第84話 就任式

▼セオリー


 蔵馬組の事務所を急襲してライギュウを倒した次の日。

 俺は昼間から暗黒アンダー都市の広場に来ていた。


「元締めになったからって広場で挨拶する必要あるか? 紙で公布するとかでいいじゃん」


「暗黒アンダー都市の中心にある広場は権力の象徴でもあります。ここで無事に演説できるということが一つの強さの証明にもなるんです」


 ゲンはそう言いながら原稿台本を俺に渡してくる。パラパラとページをめくると、元締め就任挨拶の口上が書き連ねられている。

 昨日、蔵馬組への襲撃を成功させた後に作成したものらしい。軽く冒頭から声に出して読んでみる。


「暗黒アンダー都市の元締めとなる不知見組組長のセオリーです。先代ライゴウ組長の亡き後、不正な手段で勢力を伸ばしていた蔵馬組。そして、それを良しとする息子ライギュウ。双方を我々はちゅうしました。今後は暗黒アンダー都市全体の利益を守り、住み良い場所としていくことを目標に掲げたいと思っています」


「うんうん、良いですね。これなら住民からの反発も起きにくいでしょう」


「本当か? なんか腰低くないかな」


「蔵馬組とライギュウが元締め就任挨拶をしてまだ日が浅い状態です。トップがコロコロと変わるのは住民に不安を与えます。そういう時は謙虚な姿勢と安心感を与える誠実そうな挨拶が良いんですよ」


 ゲンの言うことも分かる。数日前に蔵馬組とライギュウが元締めに就任するという挨拶をしていたばかりだ。それを倒して新しい人間が急に上に立ったら驚くだろうし、この先の都市運営は大丈夫だろうかと心配にもなるだろう。

 俺がゲンの話をなるほどと聞いていると、ホタルが俺に近寄ってきた。そして、懐から紙を一枚取り出して渡してくる。受け取ってみると、これも挨拶の台本のようだ。


「ふむふむ、……俺が新しい元締めとなった、不知見組組長セオリーである! てめぇらは勝手に付いてきやがれ!」


「わぁー、格好いいです! これぞ大組長ですよ、セオリーさん。挨拶はこれでいきましょう!」


 ホタルの台本は短くまとまっているけれど、その代わりに俺の第一印象がえらいことになりそうな内容だった。


「一応聞くけど、どういう意図?」


「それはもちろん、強く頼れる漢の中の漢ってイメージですね。暗黒アンダー都市は地下世界です。閉塞した空間は住民たちの心を下向きにしてしまいます。そこにセオリーさんが背中を見せつけて『俺に付いてこい』って先導すれば誰しも従いますよ」


「そ、そうか」


 なんとなくホタルが芝村組に入っていた理由が分かった気がする。組長のライゴウがどんな人物だったかは伝聞でしか知らないけれど、頭領を返り討ちにしただとか、任侠を大事にしていたところを聞く限り強く頼もしい男だったのだろう。そして、ホタルはそういう強いリーダー像みたいなものへの憧れがあるのかもしれない。


 しかし、それはそれとして閉塞した空間で気持ちが下向く住人たちを先導するという部分は一理ある。大事な部分だ。支持を得られなければお飾りの元締めとなるだけだろう。


「どうしたものか」


 俺は着々と広場に組み上げられていく台座を眺めながら、近くに置かれた椅子に座った。

 目の前には挨拶台本が二つ。謙虚で安心を与える挨拶か、はたまた強く頼れる元締め像を押し出す挨拶か。どちらも狙いは理解できるからこそ、どちらを選ぶか悩ましいところだ。ただ、どちらもしっくりこない気もするのがより一層悩ませる部分だ。


「結局、元締めになるのはセオリーなんだから、飾らずに自分らしく話せば良いんじゃない?」


 いつの間にか後ろに回って来ていたエイプリルが俺の肩へ手を置く。

 飾らずに自分らしく、か。確かにそれが良いかもしれない。変に気取ったことを言うと遅かれ早かれ化けの皮がはがれてしまうだろう。だったら初めから俺自身の考えをぶつけて納得させるしかない。それで支持が得られないならそれまでだ。


 腹は決まった。あとは本番を待つばかりだ。残った時間でエイプリルと今後のことを話すことにした。


「ところで、地上の蜂起軍の話はどうなった?」


 ずっと地下に掛かり切りだったせいでエイプリルから聞いていた地上で進行するクエストに関しては情報共有がおろそかになっていた。


 たしか桃源コーポ都市上層部の腐敗した現状を打破しようとする蜂起軍のようなものがあって、その一員であるシャドウハウンドのリリカがエイプリルに接触してきた。接触してきた理由は蜂起軍への参加のお誘いだ。

 その誘いに対して俺たちは『参加したい意志はある』と返事をしていた。しかし、実際どうなるかは読めなかった。それほどまでに元締め争いの準備やらが忙しかったのだ。


「昨夜連絡を取ったんだけど、セオリーが元締めに就任するって話をしたら、慌てて作戦を変えるとかなんとか言ってたかな。それでまた返事するって」


「そうだったのか」


 エイプリルが聞いてきた話によれば、地下が元締め争いでゴタゴタしている内に地上の作戦も開始するという話だった。それは当然、桃源コーポ都市のコーポ上層部と暗黒アンダー都市のヤクザクランが再び手を組んだら面倒になるからだ。

 だから、てっきり蜂起軍は昨日今日辺りには上層部を転覆させる蜂起作戦を決行するものだと思っていた。しかし、結局蜂起作戦は決行されなかったらしい。


 さて、新たに暗黒アンダー都市の元締めとなったのは俺だ。となると、当然どこかのタイミングで桃源コーポ都市の上層部連中と顔を突き合わせる場面が出てくるのではないだろうか。この手は一つのカードとして使えそうだ。もしかしたらリリカの方もそれを利用する方向で作戦変更を考えたのかもしれない。


「蜂起軍の規模も実はそれほど大きくないのかな」


「どうして?」


「ここまで返事を先延ばしにしている俺たちを待っていたり、俺が元締めになった途端に作戦を変更しようと動き出せるフットワークの軽さを考えたりすると、規模の大きい組織には思えないんだよ」


 そもそも、暗黒アンダー都市がごたついている状態でも蜂起軍はすぐに行動を開始していない。本当なら戦力さえ整っていれば半年前には上層部を転覆させようと動き出していてもおかしくなかったはずだ。それが今の今まで起きていないということは未だに戦力は足りていない可能性が高い。

 その辺がどうなっているのか、一度リリカとは話し合う必要がありそうだ。






「セオリー組長、出番です」


 しばらく経ってホタルが俺を呼びに駆けてきた。台座は完成し、周囲には城山組の構成員が配置されている。これじゃあ、まるで俺が城山組の組員みたいに思われそうだな。そんなことを思いつつ、台に上った。


 広場には非常に多くの住民たちが押し寄せていた。つい三日前に蔵馬組とライギュウが元締め挨拶をしようとしていたばかりだ。それで再演説をすると発表した当日になって、今度は別の人物が登壇している。これはなかなか激動と言っていいだろう。フードや仮面でよくは見えないけれど、隙間から覗く住民たちの顔には不安や動揺などネガティブな感情が窺える。


 一段高い場所から広場を見回すと、一斉に視線がこちらへ向いた。興味無さそうな振りをした住民や露天商たちもフードの隙間から鋭い視線を向けているのだ。

 ここに立つまで分からなかったな。注目されていることが痛いほどに感じる。その視線はまるでナイフのように鋭い。皆は俺をどれほどの人物なのか見定めに来ているのだ。


「ふー、なんか緊張してきた」


「ちょっと、マイク入ってるよ!」


 台座の脇に立っていたエイプリルが俺に注意を飛ばす。

 やべっ、マイクの電源入れたままだった。気付いたものの後の祭りだ。広場の周囲からは少なくない笑い声が聞こえてくる。


「はっはっは、笑ってもらえたなら何よりだ。俺はなるべく皆が笑顔になれる平和な都市にしたいと思っているからな」


 俺は胸を張って暗黒アンダー都市に住まう人々へと目を向けて語り掛ける。これで最初の失敗をわざとやったものだと印象付けられればリカバリーになるだろうか。


「自己紹介がまだだったな。俺は不知見組組長のセオリー。不知見組を聞いたことがない奴らも多くいると思う。そりゃそうだ、つい二、三日前にできたばかりの新興クランだからな」


 周囲がざわつくのを感じられる。そんな若いクランが都市を率いていけるのかという不安や、若造に何ができるのかという嘲り、そんな色んな感情が渦巻いている。


「とはいえ、ライギュウを倒したのは紛れもなく俺たち不知見組だ。蔵馬組を打倒するために城山組と手を組みはしたが元締めは俺だ。その件は城山組組長トウゴウも承知している」


 俺が合図すると城山組若頭であるゲンが台座に上がり、トウゴウ直筆の書状を読み上げる。

 その内容は俺が暗黒アンダー都市の元締めの座に就くことを認めるという内容だ。この直筆の書状は後で暗黒アンダー都市の各所にコピーしたものが掲示されるらしい。


「現状の暗黒アンダー都市におけるヤクザクランのトップ勢力である城山組が俺を認めている。とはいえ、それじゃあ納得できない跳ねっ返り共も居ることだろう」


 城山組が後ろ盾にいるから俺を元締めとして認めろ、という論調は他のヤクザクランの構成員からすれば到底受け入れられるものじゃない。それも出来たばかりの新興クランの若造組長ではなおさらだ。


「もしそれが気に入らないなら、……力を示せ。俺に掛かってこい。それで俺を倒せたなら元締めの座もくれてやる。以上だ」


 後半は完全に俺のアドリブだった。台座で隣に立つゲンがポカンと大口を開けている。ゲンは謙虚に安心させる挨拶派だったな。そうなると俺の口上には賛同しがたい気持ちが強いか。

 しかし、住民たちの顔つきを見て理解した。弱いリーダーでは支持を得られない。かつてのライゴウのように力を見せ、その上で一本筋を通さなければ賛同者は増えないだろうと思ったのだ


(セオリー、来てるぞ。五人だ)


(分かってる)


 挑発的な物言いをした結果、早速活きの良い輩が釣れたようだ。

 シュガーからの連絡を受ける前から俺も気付いていた。人ごみに紛れて俺へと近寄ってくる奴らがいる。一段高い視点から周囲を見渡すと意外なほど視界が広く持てる。襲撃を企てる者たちが誰なのか伝わってくるのだ。

 十分に近づいた彼らは一斉に得物を抜いた。短刀や銃を握り締め、いずれも標的を俺へと定めて踏み込んでくる。


「『不殺術・仮死縫い』」


 俺は曲刀・咬牙を引き抜き、たちまち襲撃者を返り討ちにする。

 ライギュウを倒し、莫大な経験値が入ったおかげで俺のレベルは40レベルを超えていた。経験値はパーティーで分散されるため、少なくとも五人で分割しているはずなのに10レベル近く跳ね上がったのは驚異的と言っていい。

 そして、レベルが上がったことで五人程度の襲撃者なら物の数ではなくなっていた。地面に崩れ落ちる襲撃者たち。その光景は住民たちにも他のヤクザクランの者たちにも刻まれた事だろう。


 ライギュウを倒したのを実際に見た者は少ない。人によっては信ぴょう性を疑う者も出てくるだろう。そういう人々には力を見せつけて理解してもらう他ない。今回は軽いデモンストレーションくらいにはなっただろうか。


「そういうわけだから、今後ともよろしく」


 俺はそう締め括り台座を降りたのだった。

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