第85話 被搾取階級レジスタンス

▼セオリー


 広場でおこなった元締め就任挨拶を無事に終え、諸々の手続きも済ませた。

 とはいえ、俺の率いる不知見組はシマを持たないヤクザクランだ。特に管理するシマもないので元締めとしての役目以外は大して制約はない。


 そうそう、城山組組長のトウゴウから元芝村組のシマだけは約束通り受け取ったけれど、そこはホタルに譲ってしまった。

 ライギュウを倒した後、ホタルに芝村組のシマを管理しないかと提案した所、三日ほど悩んだ末に了承してくれた。そして今後、芝村組は不知見組の直系下部組織として再結成し存続することとなった。ホタルは不知見組に在籍しつつ、下部組織芝村組のまとめ役となったわけだ。


「不知見組の組長がセオリーなら私はなんの役職なの?」


 不知見組と芝村組の組織間の役割決めなどをホタルと話していた際、エイプリルがそんなことを聞いてきた。それに便乗するようにシュガーも身を乗り出して「俺は? 俺は?」と役職をねだってくる。


「いや、四人しか居ないクランなのにそんなに役職要らんだろ」


 役職を欲しがる二人を俺は冷たく一蹴した。しかし、それでもめげた様子は微塵も見せずに挙手してくる。


「はい! 私、姐御になりたい!」


「よっ、エイプリルの姐御! ちなみに俺はやはりナンバーツーの座ということで若頭になるのかな?」


 エイプリルもシュガーもどうしてそんなに肩書きが欲しいのか。しかも、エイプリルの方は肩書きですらないだろうに。シュガーにおだてられてエイプリルは謎の笑みを浮かべている。


「シュガーは却下だ。若頭はホタルにする。エイプリルの姐御は、……まぁ、好きにしてくれ」


「やったー! それじゃあ、決まりね」


「えー、なんでだよぉ。どう考えても俺だろう」


 自分の提案が通って喜ぶエイプリルに対して、シュガーは駄々をこね始めた。

 こうなると鬱陶しいことこの上ない。とはいえ、芝村組を束ねるホタルが不知見組の若頭を兼ねていた方が外聞的に何かと都合がいいらしい。

 トウゴウに聞いた話では下部組織のトップを部下に据える場合、あまり低い地位に就けるのは良くないのだという。これもヤクザクラン特有のメンツの話だろうか。だが、俺もシマの管理を任せるホタルにはそれなりの地位を提供してやりたい。だから、若頭の座はホタルで決まりだ。


 となると、どうしてもシュガーの矛先を逸らす必要がある。

 どうせ若頭という役職を希望しているのもヤクザクランのナンバーツーという情報だけで言ったものだろう。何かちょうど良い役職を他に当てがってやれば納得するかもしれない。


「シュガーにはもっと大事な役職を用意してある」


「おいおい、それを先に言ってくれよ。それでどんな重役を俺に任せてくれるのかな?」


「シュガーには組長付き相談役という役職を与える。これは俺が困った時に相談相手を務める役職だ」


「……なんか聞いたことない役職だな。テンション下がってきたかも」


 まずい、適当な役職を割り当てとけば駄々こねるのもおさまるかと思って口から出まかせを言ってしまった。さすがにこれじゃあ煙に巻けないか。もう少しシュガー好みの要素を前面に押し出して畳みかけよう。


「いやいや、相談役ってことはさ、いわば参謀だよ。つまり、シュガーに不知見組の参謀役を任せるってことだぜ」


 シュガーはこれまで遊んできた他のゲームでも参謀や指揮官といった役職を好んで選択する傾向があった。であれば、これで納得してくれるのではないか。


「……」


 ぐっ、何も返事がない。ダメだったか?


「……なるほど、セオリー君もようやく俺の類稀なる頭脳に頼りたくなったか」


「お、おう」


「よろしい、組長付き相談役の任、このシュガーミッドナイトが謹んでお受けしようじゃあないか!」


 よし、他の役職で納得してくれたようだ。こうして若頭にホタルを据えることの問題はなくなったのだった。

 こんな一幕の後、しばらくして芝村組の方も事務所が崩壊する前に在籍していた構成員の多くが戻ってきたらしい。元々ホタルを担ぎ上げていたような連中ばかりだったし、若衆頭の生き残りであるムロも上手く取り纏めてくれたようだ。


 こうしてヤクザクラン『不知見組』は新たなスタートを切ったのだった。






 ところ変わり、地上『西部ゲットー街』にある喫茶店。

 いつだかケーキを食べに入った店だ。今回こそは洋酒仕立ての生チョコレートケーキを食べるのだ。そう決心して入店したのだけれど……。


「こっちの季節のフルーツタルトも美味しそう」


「待って、セオリー。こっちのブルーベリーチーズケーキも前回は無かった。これ、絶対に美味しいよ」


「たしかに!」


「ボクはモンブランも捨てがたいと思います」


「たしかに!」


 俺とエイプリル、ホタルがメニュー表をガン見している中、対面の席に座って優雅な所作で紅茶を口元に運ぶ女性はクスクスと笑いながらシュガーへ話しかけた。


「愉快なパーティーね」


「俺もそう思うよ」


 苦笑いのシュガーに対して、女性はさらに続ける。


「まさか、暗黒アンダー都市の元締めになってしまうだなんて思いもしませんでしたわ」


 その言葉には純粋な驚きが含まれていた。その言葉にシュガーも賛同する。


「本当にその通りだ。しかも、まだ中忍なり立てのコイツがだからな」


「もしかしたら、貴方たちとなら本当に桃源コーポ都市を正常化できるかもしれませんわね……」


「うん? ……リリカ、アンタの口振りだとまるで作戦は失敗すると思ってたみたいだな」


 俺はメニュー表を見ていた目線を上げて、女性を睨むように話しかける。

 女性の名はシャドウハウンド所属の上忍リリカ。今日はリリカからエイプリル宛に連絡があって待ち合わせをした。

 俺とホタルはカルマ値の関係で保障区域以降には正規の手段で入ることができない。そのため、警戒区域にある喫茶店を待ち合わせ場所としたのだ。


「そうね、言い方は悪いけれど失敗すると思いながら活動していましたわ」


「それはどうして?」


 というか聞きたいことは沢山ある。作戦の全容も知らないし、蜂起軍の規模も知らないし、作戦を指導している者が誰かも知らない。知らないこと尽くしだ。


「……まず一つ目に、上層部の護衛には常に頭領ランクが付いている、ということ。それから二つ目は地下にライギュウがいた、ということ。大きな障害はその二点ですわね」


 頭領ランクの忍者による護衛か。その忍者の固有忍術や得意技能にもよるが、それでも突破するのは確かに難しいだろう。しかし、ライギュウに関してはどういうことだろう。


「ライギュウはただの戦闘狂だ。上層部がどうにかされるとして、出張ってくるような奴じゃないぞ?」


「ライギュウに対する懸念はそこではありません。万が一、地上を正常化できたとして、地下から這い出てきた彼が地上に混沌をもたらすのが容易に想像できたのです」


「あぁ……、なるほどな。頭領をやっとの思いで倒したと思ったら、今度は地下から鬼が出てきて誰彼構わず襲うってなったらたまったもんじゃないな」


 想像して思わず笑いが漏れる。あんな化け物が地上で大暴れしようものなら、ビルが倒壊して甚大な被害が出ることだろう。


「その通りですわ。ですから、ライギュウを葬って下さったセオリーさんたちには感謝しています。そして、それだけの実力があれば護衛を足止めし、上層部に巣食う腐敗した者たちに引導を渡すこともできる。そんな希望が兆してきたのです」


 図らずも俺たちの働きで作戦成功後の憂いを断つことができたわけだ。しかし、話を聞いてると俺たちに頼りきりじゃないか。本当に蜂起するような組織が存在するのか?


「それよりも作戦に参加できるそっちの規模を教えてくれ。聞いている感じだと、リリカ以外に戦えるメンバーが居ないんじゃないかと思い始めてきたぜ」


 リリカは目を伏せ、しばしティーカップに注がれた紅茶の水面を見つめた。

 俺の疑問に対して、彼女は何を考えているのか。すぐに返答しないということは蜂起軍のメンバーに関して即答できない問題を抱えているのかもしれない。何か言い出しづらい問題を。


「……そう、ですわね。ここは正直にお答えしますわ。現状ワタクシたちの画策している作戦において戦闘員はワタクシ一人しかいませんの」


 やはりか。


「そんな不安定な作戦に俺たちは乗せられそうになってたわけか?」


「あまり、リリカ嬢を責めないでやってくれませんか」


 俺が語気を強めて詰めていると、ケーキを持ってきた男性が口を挟んだ。

 え、どうして喫茶店のオーナーが話に入ってくるんだ?

 俺の頭に疑問符が浮かんでいると、リリカが答えを示してくれた。


「こちらの喫茶店のオーナーはワタクシたちの側ですわ」


「つまり、オーナーも蜂起軍ってこと?」


「言ってしまえばそうですわね。ワタクシたちは組織のことを被搾取階級レジスタンスと呼んでいます」


「被搾取階級、レジスタンス……」


「元々、警戒区域に住む者たちや保障区域に住んでいたけれど納税できなくなって警戒区域に移り住んだ者たちが団結してできたものです」


「つまり、そのレジスタンスに所属しているのは、ほとんどが桃源コーポ都市に住む一般の市民ってことかよ」


「まさしくその通りですわね」


「でも、せめて誰かしら指導者とかが居たんじゃないのか。そいつは?」


「えぇ、居ましたわ。けれど彼は半年前に亡くなりました。もっと言えば戦闘に参加できるメンバーたちは半年前にほとんど潰えたのです」


「はぁ……?」


「ワタクシたちもただ手をこまねいていた訳ではありません。暗黒アンダー都市が元締め争いで揉めている際に一度は作戦を決行しているのです」


「そして、結果は失敗したってことか」


 リリカは苦虫を嚙み潰したような顔をしてコクリと頷いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る