第83話 桃源郷の裏側
▼セオリー
俺たちが蔵馬組事務所の最上階へ辿り着いた頃には、ゲンと城山組の構成員が完全に事務所内を制圧した後だった。
「あっ、セオリーさんたちも来たんですね」
「おう、ライギュウの始末は終わった。そっちも鎮圧完了みたいだな」
最上階の部屋には縄に縛られた男たちがたくさん転がされている。おそらく蔵馬組の構成員だろう。その中には蔵馬組若頭の姿もある。
「本当にあのライギュウを倒したというのか? 信じられない!」
蔵馬組の若頭は信じられないものを見るように俺たちを見た。俺は蔵馬組の若頭を
「蔵馬組の組長には逃げられたのか?」
「いえ、蔵馬組の組長は私邸で
俺の質問にゲンが答える。どうやら蔵馬組は実権のほとんどが若頭の方へ移っているようだ。その原因は組長の病か。縄に縛られて床に座る蔵馬組の若頭へ視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「俺は不知見組組長をしているセオリーという。お前の名は?」
「……蔵馬組若頭のシュウイチだ。頼む、組長には手を出さないでくれ。これまでのことは全て俺の独断だ。責任は俺にある」
「それはそっちの返答次第だ。いくつか聞きたいことがある。お前たちは何を目的に暗黒アンダー都市を乗っ取ろうとしていたんだ?」
俺はシュウイチの要望を手で制して尋ねる。蔵馬組とライギュウも考え無しに暗黒アンダー都市の元締めの座を狙っていたわけじゃない。少なくとも他に手を組んでいる相手がいるはずだ
「それは……」
「答えられないか? それならお前のとこの組長もライギュウと同じとこに行くだけだぜ」
「まっ、待て、答えるから。俺たちが手を組んでたのは桃源コーポ都市のルシス会長だ」
「ルシス会長?」
名前は聞いたことがない。しかし、ここに来て桃源コーポ都市側の人間が一枚噛んできていたか。俺がルシスについて聞き返したと思ったのか、シュウイチはさらに補足説明を続ける。
「桃源コーポ都市を裏から牛耳る企業連合会の会長だ。そいつが最初に俺たちへと話を持ち掛けてきたんだ」
「へぇ、地上の都市を牛耳る会長ってことはトップってことか」
「そんな大それたもんじゃない。ルシスは所詮お飾り会長だからな」
「いいね、そのまま話を続けてくれ」
シュウイチに話を続けさせると桃源コーポ都市の実像が浮かび上がってきた。どうやら企業連合会は会長の座へルシスを据えてはいるけれど、実態としては幾つかの巨大コーポの発言が強く反映される構図となっているらしい。そして各コーポの渉外担当役員を通じて話し合いや騙し合いの応酬をしながら桃源コーポ都市の利権を貪っている状態のようだ。
エイプリルが言うには桃源コーポ都市ではシャドウハウンドですら信用してはいけないという。とんだ悪徳都市だ。
「それでルシスはどうするつもりだったんだ?」
「ルシスはお飾りではなく本物の会長になりたがっていた。桃源コーポ都市を真に支配する
「なるほど、地上のコーポと手を組む気が全くないライゴウからライギュウへと代替わりしたのを狙ったのか。そして、ライギュウを唆して味方につけるのがルシスの目的だったと」
「そうだ、そしてライギュウの武力にモノを言わせて桃源コーポ都市を手中にすると言っていた」
シュウイチが話すルシスの野望はずいぶんと穴だらけに聞こえる。例えライギュウという化け物を手懐けたとしても、桃源コーポ都市には巨大コーポがいくつも入っている。その中には当然頭領ランクの忍者を子飼いにしているコーポも含まれるだろう。
ライギュウは確かに化け物だった。しかし、その
おそらくルシスは実物のライギュウを見ていないのだろう。もしくは傲りを見抜けないほど戦闘に疎いかのどちらかだ。
「まるで破滅に向かっているようなものだ。お前たちもライギュウもよく手を組む気になったな」
「それは俺も思ったさ。とはいえライギュウの方は地上で頭領と戦いたかったらしいがな」
なるほど、ライギュウを
「だから蔵馬組が手を組むのは本来ならここまでだったんだ」
「手を組むのはここまで?」
「あぁ、蔵馬組の目的は暗黒アンダー都市の元締めの座だけだ。地上には興味がない。ライギュウだけが地上へ侵出するつもりだったのさ」
「それで蔵馬組は暗黒アンダー都市の元締めに収まった後は知らぬ存ぜぬ、と」
「そう上手くいくかは分からなかった。しかし、それが理想だな。地上のコーポどもは地下のことなど大して気にも留めない。ライギュウが地上で暴れたとしても、乱心しただけでこちらとは関係がないとしらを切れば、それ以上追及もしてこなかったろう」
「分かった。色々と話してくれてありがとうよ。そっちの組長さんに関しては俺からもトウゴウ組長に口添えしとこう」
「……恩に着る」
俺はその場をゲンに任せて屋上へ向かった。
屋上ではシュガーが待っていた。結局、今回はシュガーの奥の手に頼ることは無かった。それは少し嬉しいことでもあった。シュガーは現実での親友だから俺たちと行動を共にしている。言ってしまえば半分チートみたいなものだ。それに完全に頼ることなく解決へと結びついたのだ。
せっかく始めたゲームを頭領にキャリーされるだけで進めるのは何とも味気ない。だからこそ、俺はなるべく自分たちだけで解決できることは自分たちだけで解決していきたいと思っている。シュガーもそれを分かっているのか、手を貸すのは必要最低限なことが多い。
改めて親友の大事さを理解したような気がした。
「お疲れ。無事にライギュウを倒せたようだな」
「あぁ、上手くいって良かったよ」
手を上げてシュガーの
「ブフッ、その頬の赤い
「えっ、……あぁ、これは話すと長くなるんだけど」
「長くなんてならないでしょ!」
ずっと静かに俺の後ろを付いてきていたエイプリルが会話に割り込んできた。
「ちょっと聞いてよ、シュガー。セオリーったらあろうことか戦場でホタルの胸元を覗き込んでたのよ?!」
「えぇっ、なんだって!」
シュガーは話を聞いた途端に身体を手で隠すようにして俺を見る。何を隠してるんだ、お前は。そう睨み付けると、ビクリと身体を震わせて、まるで俺をケダモノかのように見つめてくる。俺が誤解を解こうと一歩足を前に踏み出すと「イヤイヤ、アタイに近寄らないで」とでも言うように首を振りつつ、後ろへずり下がる。
こいつ、遊んでやがる。誰だ、こいつを良き親友だなんて思ったヤツは。
「だから違うって言ってるだろ。俺はただ忍具を懐に仕舞う原理を聞いてたの」
「でも、セオリーさんの目、ちょっと怖かったです……」
ここに来てホタルが謀反を起こした。
どうしてだい、君だけは俺の味方だと思っていたのに!
「やっぱりイヤらしい目で見てたんだ! どうしてセオリーはそうやって色んな人に手を出すの?」
「手なんか出してないわ! むしろ、九割が誤解だったろう」
「おう、とうとうゲロったな。一割は本気らしいぞ」
エイプリルの激昂という名の火へとシュガーが揚げ足という名の燃料を注ぎ込む。
やめろ、俺の頬の
そんな中でふと俺はホタルへと視線が向く。彼もシュガーと一緒になって、俺の襟首を掴むエイプリルを見て笑っていた。良い笑顔だ。芝村組の事務所が壊された時の沈んだ表情とは大違いだ。
パーティーにホタルを誘って良かった。俺はそんなことを思いつつ、平手打ちを受けるのだった。
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