第46話 魂消た邂逅、偶々と宣うなかれ

▼セオリー


 イリスは影の中から大怪蛇イクチを呼び出すとカルマを頭から丸呑みにした。そして、イクチは大きくとぐろを巻いて動かなくなる。しかし、これがどれほどの時間稼ぎになるかという話だ。微塵も安心できはしない。


「セオリー君、何か良い案ある?」


「俺に振るってことは、イリスには手が無いのか」


「ビターな解決方法ならあるけど、ベターな解決方法は思いつかないかな」


「ちなみに、ビターな解決方法はどんな?」


「地上のNPCに避難連絡して、逆嶋の街は諦める」


「俺たちプレイヤーはリスポーンするからスパッと諦めるってことか」


「ビターでしょ?」


「……あぁ、苦いな」


 カルマが丸呑みにされた後、アリスの呪縛が消えた。防衛対象が消失したせいで機能停止になったという感じだろうか。

 俺はハイトの下まで近づくと、襟首にあるシャドウハウンドのエンブレムが入ったピンバッジを借りた。このピンバッジは通信機の機能が付いている。これで地上のシャドウハウンド隊員に避難を呼びかけるのだ。


「ハイト、大丈夫ですか?!」


 ピンバッジで通信を行うとすぐさま女性の声が聞こえてきた。相手がどこまでハイトの行動を把握しているのか分からない。しかし、シャドウハウンドの隊員であることは間違いないだろう。とりあえず、端的にして欲しいことを伝える。


「俺はセオリー。ハイトと一緒に逆嶋バイオウェアの地下研究所に潜入した仲間だ。そこでカルマっていう研究者が自爆テロみたいなのを起こそうとしてる。範囲は甘く見積もって逆嶋の街全域だ。民間人を早急に避難させてくれ」


「えっ、何を言っているんですか。自爆テロ? そんな急に」


 まだ何か言っているが通信をひとまず切る。こっちもこっちで最後まで足掻きたいのだ。


「ひとまず地上の避難は依頼した。あとはこっちでもやれることやろうぜ」


 カルマの消失により、バイオミュータント忍者も行動を停止したようだ。コタローとアマミが合流する。さらにリデルを縛り上げたシュガーミッドナイトも合流した。

 パーティメンバーが揃ったところで、簡単にこれから起きることを共有する。


「圧縮された細胞を解き放つことによる大質量攻撃とは参ったね。いったいどんな技術なのやらって感じだ」


 コタローは早くも解決策ではなく、感想戦に入っている。

 ハイトに回復薬を飲ませつつ、イリスが苦笑する。


「さぁね、カルマは外道だけど、間違いなく傑出した科学者だったんでしょうね」


 そんな中、アマミが俺を指差してポツリと漏らす。


「君の人を操る忍術でカルマを操って解除させるとかできないの?」


 その一言を聞いて俺とイリス、コタローは顔を見合わす。


「「「それだ!!」」」


 言うが早いか、イリスは大怪蛇イクチの口を開き、胃の中からカルマを探し始める。もー、なんで食べさせちゃったかなー、などと愚痴っているけれど、イクチに食べさせたのはイリスだ。完全に自業自得である。

 その間に俺の方もアリスへしっかりと『仮死縫い』を施しておく。カルマが戻ってきた途端にアリスが再び戦闘態勢になってしまっても困るからだ。


「アリスさん、大丈夫かしら?」


 アマミが俺の傍で心配そうに呟く。正直、軽々しく大丈夫とはいえないだろう。カルマは実験によってアリスの精神は崩壊したと言っていた。反射の能力を行使することに対して抵抗している、という風にカルマが最後に行っていたけれど、それだけで精神が復活したなどと安易には考えられない。


「どう転ぶかは分からない。でも、俺にできる限りのことはするよ」


 俺は黒いオーラを纏わせた手刀をアリスの心臓部に突き立てた。クリティカルヒットとなり、衣服や胸の筋肉などを透過して、そのまま心臓部へ手刀が到達する。


 そういえば、カルマは俺の忍術のことを精神や無意識下へ働きかけているのでは、と仮説を立てていた。もしかして、もっと奥深くまで潜り込めるのかもしれない。

 そんなことを思いながら、心臓を手で握りしめた時だ。手がさらに奥へ飲み込まれる感覚がした。心臓の先、アリスの心の内へと吸い込まれていくような感覚に襲われたのだ。






 気付けば、真っ暗な空間にいた。

 目の前には二つの光が浮かび、輝いていた。二つの光の大きさはアンバランスだ。片方は大きく光り輝き、もう片方は小さく弱々しげな光だった。


 大きな光の方は機械のコードのようなものが周囲を取り巻いており、輝き方自体も蛍光灯のような人工的な光に見えた。

 それに引き換え、弱々しい光の方は仄かな暖かみを感じ、そして、必死に大きな光を抑え付けているようだった。


「これは、なんだ?」


 突然の状況に俺は呆気にとられる。

 今まで『不殺術』を使ってきて、このようなことは一度もなかった。しかし、自分の中で何かが変わったような感覚も確かに感じる。俺はステータス画面を開き、固有忍術を見る。




『不殺術・仮死縫い』

『不殺術・たま縫い』




「固有忍術が増えてる……?」


 そこには初めて見る固有忍術が載っていた。詳細を確認するが、説明文章は何も出てこない。『仮死縫い』ですら『傷つけた部位を仮死状態にする』という端的で不親切な説明が付いていたのに、新しい固有忍術には説明すらないのだ。驚きだ。


「いや、さすがに不親切過ぎだろ! 苦情入れるぞ!」


 俺は天を仰いで大声で叫んだ。もしかしたら、運営側の管理AIが今の慟哭を拾ってくれるかもしれない。そんな想いを込めた叫びだった。しかし、現実は非情である。真っ暗な世界には俺の声が虚しく響いただけだった。


 べ、別に反応が無くて寂しいなんて思って無いんだからね! 心の中のツンデレセオリーが自分の心を守るべく立ち上がる。……なんだツンデレセオリーって。セルフツッコミの末、心がスンと落ち着いた。

 というか、わりと今って切羽詰まった状況なんだよな。このアリスの精神世界(仮称)の外では、今にもカルマが自爆しようとしている所なのだ。一分一秒を争う事態である。遊んでいる場合じゃない。


「とはいえ、ただ『仮死縫い』で暴れないようにしたかっただけなのに、こんな訳分からんことになるとは思わないよなぁ」


 とりあえず、どうしようか。

 実は、選択肢自体はそんなに多くない。機械のコードがたくさん付いた光と弱々しい光のどっちかを『仮死縫い』すればいいのだろう。提示されている選択肢を整理している内に、段々とこちらの整理もついてきた。


「あぁ、そうか。これは、どっちを仮死にすればいいの? って尋ねられてる状況なわけか」


 アリスの中には本来の精神とは別にもう一つの精神があった。カルマによって疑似的に植え付けられた機械的な人格だ。そんな二つの精神を前にして、俺の『不殺術』は対象が二つあるけど、どっちをやっとく? ってわざわざ固有忍術を増やしてまで聞いてくれたのだろう。


「そんなことで新しい忍術作るなよ!」


 これってこのゲームの平常運転なのだろうか。フリーダム過ぎないか。

 ふむ、思い返してみると、忍術の習得方法は『自動習得』と『習得の書』の他に行動学習によるものもあったな。プレイヤーの行動やらを管理AIが学習した結果、プレイヤーに適した忍術を別個で習得できるというものだ。これが固有忍術に適用されない、ということもないだろう。




 なにはともあれ、やるべきことは分かった。

 目の前に浮かぶ二つの光。そのどっちかを選んで仮死にすればいいのだろう。

 そんなのは簡単だ。カルマに植え付けられた方を消してやればいいのだ。そうすればアリスの精神が打ち勝って、奇跡の復活となるかもしれない。


 俺は再び黒いオーラを右手に灯した。そして、ゆっくりと機械コードに繋がれた光へと手を近づけていく。なんだか妙に緊張してしまう。映画でよくある時限爆弾を止めるために赤いコードと青いコードのどちらかを切断しなければいけない、みたいな緊張感だ。いや、実際に爆発するのはカルマの方だけど。


 そんな緊張から来る、ちょっとした躊躇いが俺に新たな気付きをもたらした。最初、小さな光は大きな光を抑え付けているように見えた。けれど、今あらためて見てみると、小さな光が大きな光に必死にしがみついているようにも見えるのだ。

 もしかして、アリスの精神は本当に残りかすくらいしか残っていなくて、カルマの植え付けた精神にしがみつくことでギリギリ保っていたんじゃないだろうか。


 分からない。すべては想像でしかない。精神という本来目に見えないモノが形となって見えている状況からして普通ならあり得ない状況だ。こんなものは一介の高校生である俺には分かりようがない。


 試しに、大きな光に繋がれた機械のコード、その一つを浅く傷つけた。コードは幾つか繋がっている。その内の一本なら大丈夫だろう。そんな考えからの行動だった。

 すると、途端に大きな光が揺らいだ。まるで砂上の楼閣のような儚さだ。見た目は大きな光だけれど、すぐ後ろの真っ暗な闇が透けて見える。

 カルマによって植え付けられたものは疑似的な精神だ。本来の人間の精神とは比べ物にならないくらい薄っぺらいものなのかもしれない。そして、小さな光の方もそれに合わせて、より一層弱々しく今にも消えそうになっている。


 やはり、二つはもはや癒着していると言って良い状態なのだ。大きな光は機械コードの補助で存在を確立していて、その大きな光にしがみつくことで小さな光は辛うじて存在できている。

 これは勘だけれど、この不安定な均衡は長く続かない気がする。そもそも、大きな光を生かしている機械のコードはカルマという存在だろう。そして、カルマとの繋がりはもう消えてしまった。であれば、この機械のコードもじきに消えていくのだと思う。そうなれば大きな光が消え、それに縋る小さな光も潰える。バッドエンドだ。


 なんでこんな意地悪な状況をわざわざ精神世界に引っ張って来てまで見せつけてくれるかね。

 俺は自分の右手を包む黒いオーラを眺めた。『不殺術』よ、俺のこと嫌いか? チュートリアルの時はエイプリルのことを助けるために開花してくれたっていうのに、今回はこんな悲しい結末を見せつけるためだけに固有忍術を開花させたのか?






 ……俺は自分の顔を戒めるように叩いた。違う、そうじゃないだろう。


 俺の固有忍術を俺自身が信じてやらないでどうする。きっと、これは俺への試練だ。材料と道具は用意してやった。さあ、お前はコレをどう調理する? といった具合に俺の資質が問われているんだ。


 そう考えると、さっき生まれた新しい固有忍術『たま縫い』も別の見え方ができてくる。

 忍術の詳細が書かれていなかった。それは不親切なわけじゃない。まだ、その忍術でできることが決まっていなかったんだ。『仮死縫い』の時もそうだったじゃないか。エイプリルを助けるために、どうすれば良いのかを考えて忍術を使った。要はそれと同じだ。


「アリスの精神を生かす為にはカルマの植え付けた疑似人格も保持しないといけない。だけど、疑似人格はカルマの消失によって存在を確立できなくなって、いずれ消える」


 キーになるのはカルマの存在だ。疑似人格の存在意義はカルマを守ることだ。それが揺らいでしまうと消失してしまう。


「なら、疑似人格の存在意義を別に与えてやればいい。何を与えれば都合がいい?」


 逆嶋バイオウェアというコーポへの従属?

 いや、それだとコーポに縛り付けてしまうことになる。もし、またカルマのような人物が内部に入った時に再び利用されてしまう恐れもある。これは無しだ。


 なら、『生きろ』みたいな漠然とした目的でも与えるか?

 いや、あまりに漠然とした存在意義だと本当にただ生きているだけ、という状態に陥ってしまうかもしれない。




「だぁああ、ただアリスの精神を元に戻したいだけなのに難しいなー」


 途方に暮れて頭を掻く。

 何なら疑似人格に元の精神を守ってもらいたいくらいだ。カルマという存在を元のアリスの精神とすり替えて、疑似人格に守らせる。そして、元の精神は疑似人格という揺り籠に揺られつつ、疑似人格の存在を確立して共依存的な関係に落ち着く、というのはどうだろうか。


「あれ、これいけそうじゃね?」


 大きな光と小さな光が相互に補完し合う形で完結すればいいのだ。あとは、俺の新たな固有忍術である『たま縫い』がその期待に応えてくれるかにかかっている。それともう一人もだ。


「アリス、お前も気張れよ。手は貸すけど、最後に何とかするのはお前自身だからな」


 俺は右手と左手をそれぞれ二つの光へ向ける。そして、忍術の名を唱えた。



「『不殺術・たま縫い』」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る