第45話 逆嶋防衛戦 その26~人を呪わば穴二つ~
▼セオリー
カルマの無茶な実験のためにアリスは精神が崩壊してしまった。その弊害は意志の喪失に伴う機械的反応にある。
俺がアリスの心臓部を『仮死縫い』で突こうとするのに合わせて、ハイトがカルマへと攻撃を仕掛ける。自分の身とカルマの身の安全を天秤にかけた時、アリスが選ぶのはカルマの身の安全だ。
その身を挺してカルマを守ることになり、結果として俺の『仮死縫い』は彼女の身を捉え始めていた。アリスの意識がしっかりとしており、頭領としての能力を十全に発揮できていれば結果は違ったかもしれない。しかし、今の彼女には頭領らしき技量や忍術の精彩さは見る影もない。
揺さ振りをかけ続けるハイトの攻撃のおかげで、アリスの機械的な反応に俺も段々と慣れてきた。
アリスは左肩から先をダラリと下に向け、右手は指に力が入らないようだ。それぞれ避け損なった『仮死縫い』による攻撃を左肩で受けたのと、右掌で受け止めたせいだ。両腕を使用不可能にするだけで戦いの優位性は大きくこちらに傾く。
しかし、悠長に構えてもいられない。アリスの傷口を見ると、少しずつだが傷周りの肉が盛り上がり、塞がり始めているのが分かる。カルマが頭部の傷を再生したのと同じようにアリスにも再生能力が付与されているのだろう。俺とハイトは攻撃の手を緩めず、波状攻撃を加えた。それこそアリスの回復が追い付かない速さで攻撃し続ける。
とうとう、アリスは脚にも『仮死縫い』による攻撃を受け、体勢を崩した。倒れつつもカルマを背にするような位置取りをするのはもはや感服ものだ。
「だけど、もう動けないよな」
俺はアリスを見下ろす。ここは二択だ。カルマを先に倒すか、アリスを先に倒すか。カルマに関しては先の再生能力が頭にちらつく。俺の『仮死縫い』を受けても、即座に再生される場合は仮死状態にできないかもしれない。
であれば
両腕と片脚が使えないとはいえ相手は頭領だ。油断なく近づいていく。
「いやぁ、驚きですよぉ。まさか下忍にここまで追いつめられるなんて思いませんでしたねぇ」
退路を塞ぎ、護衛のアリスもほぼ行動不能に陥ったことで、一度戦いのスピード感が落ち着く。そのタイミングでカルマは賞賛するように拍手をした。
「とはいえ、MVPは君ですね、シャドウハウンドの上忍君。アリス君に刷り込ませた『私を守る』という機能を逆手に取る手腕はお見事でしたぁ」
「はっ、マッドサイエンティストに褒められても全然嬉しかねーよ」
「おや、そうですか。ですが、これは最大の賛辞ですよ。何故なら私も最終手段を取らざるを得ないわけですから」
カルマはニヤリと口角を上げて、アリスへ何事か囁きかける。何をしているのか分からないけれど、それをさせてはいけないと感じた。こういう時の嫌な予感は当たる。こうなれば罠があろうと関係ない。俺は直感を信じて一直線にアリスへ向けて駆けた。
だが、それを嘲笑うように身体が急激に重くなる。眼前に見えていた視界が突然狭くなり、平衡感覚が狂う。両手両足が鎖を巻き付けたように重く感じ、画面の端にはアラームや警告が大量に表示されていた。
ステータスを開き確認すると大量のバッドステータスが付与されている。この症状はイリスが受けていた謎の呪縛だ。
「おぉ、やはり素晴らしいですねぇ、アリス君の『
カルマの声がまるで遥か遠くから聞こえるようだ。これは聴覚阻害のバッドステータスだろうか。力を振り絞って周囲を見渡すと、ハイトも同じように膝をついているのが見えた。二人ともが呪縛を受けている。これはイリスの予測と異なるものだ。
「彼女の『相呪術』は対象と自分に同じ呪いを付与します。複数人を対象にすることも可能ですが、人数が増えるほどにアリス君に掛けられる呪いも倍々に増えてしまうのですねぇ。とはいえ、そのデメリットがあるからこそ破格の強さを誇る呪術を容易く行使できているのですがね」
カルマはアリスの忍術をご高説を垂れるがごとく、満悦の表情で説明していく。
「もちろん、私はそのようなデメリットを残しておきません。脳を弄って反射能力を使えるようにしてあげました。これで自分に返ってくるはずの呪いすら相手に与えてしまうのです。さて、君たちも二倍の呪いを受けてみて下さい」
カルマの声とともにアリスは手を前へ向ける。すると、アリスの周りに纏わり浮いていた紫色の煙が透明な壁に押され、ハイトの身体の中へ押し込まれていく。紫色の煙が身体の中へ入っていくとハイトは軽く体を痙攣させた後、意識を失ったようにうつ伏せに倒れてしまった。それからはピクリとも動かない。
「よしよし、きちんと機能していますね。頭領すらも行動不能にしていたのですから一介の上忍、ましてや下忍などにはとても耐えられないでしょう。さぁ、アリス、次は彼に反射をしなさい」
アリスは先ほどより顔色が良くなった表情で今度は俺へと手を向ける。イリスが行動不能になり、ハイトが意識を手放すほどの呪縛だ。受ければ俺もひとたまりもないだろう。半分の呪いである今の時点ですでに身体は思うように動かないくらいだ。
俺は思うように動かない身体を叱咤して這おうとする。だが、アリスが手を動かすのと比べれば、まるでナメクジが這いずるかのごとき遅さだ。俺はなかば覚悟を決めて前を見据えた。
しかし、追加の呪いはいつまで経っても来なかった。
「おやぁ、反射能力が機能していませんねぇ?」
カルマの方も予想外だったようでアリスの頭部へ手を当てる。すると、カルマの人差し指の先から細長い機械の義指が飛び出し、アリスの頭部へと接続される。直後にアリスは白目をむき、伸ばしていた手は力を失い、地面に落ちた。
「……ふむふむ、なるほど。どうしてか、アリス君の精神が微弱ですが戻りつつありますねぇ。そして、反射を使うことに抵抗しているわけですか。反射の対象が一人までに制限されていますね……。このようなことは他の実験体ではあり得なかったことです」
カルマは興味深そうにアリスの脳を弄り、観察する。指の動きに合わせ、アリスは小刻みに痙攣を繰り返す。そうして、しばらくした後、カルマは指をアリスの頭部より抜き取り、俺とハイトを交互に見つめる。
「……もしかして、君たちが何かしましたか? 青い蝶の彼は精神に働きかける感じではなかったですね。では、黒いオーラの君でしょうか」
カルマはアリスから指を離すと、俺を見つめて近づいてきた。
「興味深いですねぇ。先ほどの戦いを見るに黒いオーラは麻痺毒のようなものだと思いましたが、ただの毒であれば即座に無毒化されるよう仕込んであります。となると、その黒いオーラは精神や無意識下へ直接の攻撃を行っている可能性が考えられます。そして、その刺激により彼女の精神が揺さぶり起こされた、と」
カルマは独りでブツブツと推論を述べ、仮説を立てていく。
「とはいえ、開頭してみれば分かることでしょう」
そう言って、俺の頭部へ手を伸ばす。指先からは先ほどアリスの頭部に接続していたのと同じ機械義指とともに、小さな丸ノコのような刃が飛び出している。
「や、やめろ……」
俺は狭くなった視界に迫ってくる機械の義指に未だかつてないほどの恐怖を感じた。このゲームを始めてから、初めて自決コマンドの使用が脳裏によぎったほどだ。
しかし、そのコマンドが使用されることはなかった。
「こんな場面でも知的好奇心が第一に来るなんてホント研究者の鑑よね」
女性の声が聞こえる。そして、その直後にカルマがとんでもない勢いで吹き飛んでいった。俺の見間違えじゃなければ、イリスがドロップキックをカルマに食らわせていた。
あぁ、そうだった。こっちにはとても心強い味方がいたんだ。『相呪術』を反射させるというコンボが呪いの力を増幅させていたのなら、反射の対象が一人までになった時点でイリスへの呪いが半減したであろうことは自明の理だ。
「いやー、鬱陶しい呪縛だったわ。さすがに頭領ランクの固有忍術は効くわね」
壁まで吹き飛び、地面に倒れ伏したカルマに対し、イリスは無理やり襟首を掴んで立たせる。そして、逆の手で首を掴むと、まるで巴御前のようにそのまま
圧倒的に不利な状況。しかし、カルマは首があらぬ方を向いたまま笑い続けた。
「本当に頭領というのは理不尽ですねぇ。あれだけの間、呪縛を受けていたというのに死なないとは」
「お生憎さま、呪いくらいアホかってくらい受けてきてんのよ。……まぁ、呪い軽減の身代わり人形が全部ダメになるなんて久しぶりだけどね」
イリスは懐から藁人形を取り出し、地面に落とす。すると、落ちた傍から人形が青い炎に焼かれて燃え尽きた。
「アリス君は素晴らしい素体でしたからね、当然と言えます」
「そんな素晴らしい忍者を使い潰しといてよく言うよ」
イリスの言葉に、カルマは神妙な顔をしてアリスの方を見る。
「そうですね、まさかまだ抵抗する精神力が残っていたとは思いませんでした。もっと言えば彼女を完成体にできれば隙が無かったのですがね」
「お前の野望はここで潰える。地獄で後悔するんだね」
「ふむ、それは困りますね。まだ、実験はスタート地点に着いたばかりです。全てはこれから、なのですよ」
カルマはそう言うと、自身の手で白衣とスーツを破り捨てた。そして、自身の心臓部を晒す。そこには赤く輝く宝石のようなものが埋め込まれていた。イリスは即座にそれを手刀で叩き割ろうとするが、カルマが制止する。
「止めておいた方が良いでしょう。この宝石の中では絶えず私の細胞が増殖し続けています。それを圧縮し無理やりに閉じ込めているのです。それが放たれれば、この逆嶋の街くらいは平気で圧し潰す質量になりますからねぇ」
「そんなバカなこと信じるとでも?」
「でしたら、破壊すればよろしい」
カルマの言葉にイリスは逡巡する。カルマの言葉が嘘であったとしても、何か良くないことが起こる予感がした。宝石の中から感じる圧力のようなものが、実際に途轍もない力を孕んでいると感じさせたのだ。
「まぁ、私が自分で壊すんですけどねぇ!」
カルマは指先から出した機械義指の一つである小型ドリルで赤い宝石に傷をつけた。イリスが神業的な反射神経でカルマの指先を切断する。しかし、宝石には微かな傷ができてしまった。さらに、そこから少しずつ光が漏れ出していた。さながら想定以上の増水により決壊する直前まで差し迫ったダムのようである。
カルマは折れた首をものともせず高笑いを続ける。その笑いには研究成果をおじゃんにすることへの悲しみによる自嘲も含まれていたのかもしれない。しかし、他の誰もそれを気にする余裕はなかった。
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