第44話 逆嶋防衛戦 その25~もう一人の頭領~

▼セオリー


 リデルはハイト、カナエ、タマエの三人を相手にして手一杯だ。今ならアリスと一対一で邪魔は入らない。カルマを後ろに庇うようにして立ちふさがるアリスへと俺は一歩を踏み出す。

 踏み込んだ瞬間、自分の身体がまるで自分のものじゃないような錯覚に陥る。一歩で進む間合いが拡張され、自分の思っている倍以上の速度でアリスに肉薄する。

 対イリスのために『加速加算アドアクセル』を付与されたハイトの俊敏を『月下氷人』で経験していなければ、今の体の軽さに戸惑い、逆に翻弄されていただろう。


(一度、この速さを体験していて良かった)


 しかし、今の俺はきちんと速さを制御できている。さらに、イリスのステータスからは技量も受け継いでいる。そのおかげか、身体の動かし方や相手の動きまでもがよりハッキリと見える。


「食らえ!」


 黒いオーラを纏わせたクナイをアリスの心臓部へ向けて突き入れる。アリスの方は避けてしまうと背後のカルマが危険に晒される。即ち、避けるという選択肢はない。


 これを裏付けるのはリデルの先ほどの行動だ。

 カルマは『空虚人形エンプティマリオネット』で操っていた上忍の斬撃を食らった際、事も無げに再生して立ち上がった。しかし、その再生力が揺るぎないものであるならば、アリスやリデルはここまでカルマの防御に腐心しないはずだ。

 先の場面でも、あと少しで俺を脱落させられるという一歩手前まで追い詰めていたリデルがわざわざカルマの下へ戻り、俺の操っていた二人を攻撃したのも不自然だ。


 つまり、カルマの再生には許容限界のようなものがある。もしくは自身が完成体である旨の発言自体がブラフである、という可能性が考えられる。どちらにしろ、カルマは相手側の急所であることに変わりない。


 さぁ、どうするアリス。

 イリス相手に使っていた反射を使うか、忍具で防御するか。それとも現在進行形でイリスを苦しめている謎の呪いのような忍術を使用してくるか?


 結果として、アリスはそのどれでもない選択をした。アリスは俺が近付くのに合わせ、地面を力強く踏み砕いた。その蹴り足の強さに床を形作っていたコンクリートタイルが割れ、宙を舞う。そして、粉塵とともにアリスの姿を覆い隠した。


(畳返しの術か!)


 本来は畳を踏みしめた反動で持ち上げて壁にする忍術だ。それを筋力にモノを言わせて、コンクリートの建物内で実行しやがったのだ

 もう、心臓部へクリティカルヒットさせるのは難しいだろう。即座に突きから横薙ぎに攻撃を変更し、広範囲を払う。しかし、手ごたえはない。

 突如、ボフッという音とともに左右からアリスが現れ、接近してくる。俺の攻撃をスカしてから時間差で二方向からの攻撃。これは受けきれない。俺はたまらずバックステップを踏む。


 やはり頭領ランクだけあって簡単には攻撃を受けてくれない。俺の『仮死縫い』は初見殺しだ。当たってくれれば例え頭領相手でも意表を突ける。しかし、その攻撃を当てるということのハードルが未だかつてないほどに高い。


 アリスも深追いはせず、分身二人を脇に控えさせて、俺と静かに対峙する。

 どう攻めていったものか、習得している忍術の数も俺とは比べ物にならないだろうことが今の一合の立ち合いの内に理解できてしまった。そんな風に攻めあぐねていると、青い蝶がヒラヒラと羽ばたいて来て俺の肩に止まる。


「よぉ、お互い手をこまねいてんな」


「できればリデルを倒してこちらに来て欲しいんだけどな」


「そりゃあ、無理だ」


 ハイトの声が青い蝶を通して聞こえてくる。アリスを俺が引き付けている内に、リデルの方は三対一で一気に押し切ってほしかったが、そう上手くも行っていないようだ。


「リデルの強さはステータスだけ見れば頭領に迫る強さだ。たぶん、肉体の強度やらをカルマに弄られてるんだろうな」


 両腕に生える刃の切れ味や太刀筋の速さは、たしかに相当なものだった。リデル自身、元からバリバリの戦闘員タイプの上忍頭だったということだろう。それにカルマの人体改造による強化も施されているとなれば、それこそ頭領に匹敵する強さを持っていてもおかしくない。


「困った話だぜ。頭領レベルの強さはこんなポンポン相対するもんじゃないんだけどな」


 ハイトはやれやれといった声音で愚痴る。ハイトの上忍だって忍者のランクとしては上位に入る。しかし、ハイトはどちらかと言えば隠密諜報が得意な忍者だ。真正面からぶつかっては太刀打ちできない。

 カナエとタマエの二人もステータスの強さ的には上忍くらいということなので、現在は上忍三人で頭領に限りなく近い上忍頭とぶつかり合っていることになる。


「しかも、状況は悪くなってるぜ」


 ハイトの声を聞き、一瞬イリスたちがいた方へ目を向ける。そこには壁にめり込んでいたはずのバイオミュータント忍者たちが群がっていた。コタローとアマミが対応してくれているが、あれがこちらになだれ込めば、いよいよもって戦況が悪くなるだろう。

 つうか、シュガーの野郎は何もしないで立ちん坊かよ。アイツは本当に何なんだ! 窮地に現れてくれたことは感謝するが、その活躍はほぼシュガーと一緒に来た少女三人の手によるものだ。シュガー自身は何もしていない。

 そう考えていたところで見透かされたようにシュガーより念話術が飛んできた。


(セオリー、蝶使いとスイッチしてリデルの相手をお願いしていいか。アリスは退路の確保を急いでる。蝶使いの方が邪魔を上手くやれそうだ)


(邪魔を上手くやれるって誉め言葉じゃねーよな。まあ、実際にそっちの方が向いてるかもしれねーけど。……ちなみに、俺はハイトだ)


 念話術がパーティーのオープン回線だったため、ハイトが割り込む。その声音にはジトーっとした雰囲気が混じっていたが、シュガーはケロリとした様子で話を続ける。


(リデルは俺がやるから、その準備までセオリー一人でリデルを止めてくれ。十秒くらいでいいから)


(……なにか手があるんだな)


(まぁな)


 そうこう話している間にもアリスは分身にカルマの守りを任せて、背後の脱出口を塞ぐ巨大な斧を取り除こうとし始めている。あまり時間を無駄にもできない。


(分かった。ハイト、スイッチだ)


(おうよ)


 俺は去り際にクナイをカルマ目がけて投擲すると同時にリデルの方へ駆けだした。途中でハイトと入れ替わる。

 ハイトは青い蝶を出して分身とカルマに纏わりつかせた。分身たちはそれを振り払うが、蝶の中に一匹だけ紛れ込んだ札を持った個体に攻撃が当たった。その瞬間、爆炎が蝶ごと巻き込んでカルマとアリスの分身を包み込んだ。

 札の名は爆炎符。衝撃を与えると爆炎を撒き散らす忍具だ。オリジナルのアリスはカルマへの攻撃を察知して、すぐさま防御に回る。


「やっぱり機械的に反応して行動してるな。なら、その思考ルーチンを乱しまくってやればいい」


 ハイトは絶妙にカルマが危機に晒される程度の攻撃を、点ではなく面で与えていく。分身だけの防御だと手が足りない。そうなるとアリス本人が出張って来ざるを得ない。

 カルマは強力な再生力を得たかもしれないけれど、反射神経や動体視力は一般人だ。忍者同士の戦闘に介入して、アリスに命令を下すことはできていない。そのため、優先順位が一番上であるカルマへの攻撃を防御するというタスクを絶え間なく挟み込むことで、思考をフリーズさせる。

 ハイトの妨害により、カルマたちは退路の確保をスムーズに進めることはできなくなった。






 ハイトの妨害や立ち回りを見て、舌を巻く。

 俺には、ああいった二手三手先を見据えたり、相手の動き方を把握して戦うといった頭脳プレイはできない。今までにプレイしてきたゲームでも、どちらかといえば、そういったものはシュガーに任せていた自覚がある。


 さて、そんなシュガーからのお願いはなかなか大変なものだった。ハイトとスイッチして再びリデルと対峙した俺は、シュガーの提示した十秒という時間稼ぎに心が折れそうだった。

 とんでもない剣速で振るわれる両腕は掠めただけで肌に綺麗な血の線が浮かび上がる。死ぬ気で攻撃を受け続けてようやく五秒くらい稼いだだろうか。たったの五秒が五分にも十分にも感じられる。

 今、俺がなんとか致命傷を避けられているのは、ひとえにイリスの俊敏ステータスが高いからに他ならない。だが、そのおかげで先ほどは瞬く間の内に両腕を斬り落とされた俺でもなんとか耐え忍ぶことができている。シュガー、何の準備か知らないけど、なるべく早くしてくれ。そう心の中で祈り続ける。






 俺の背後ではシュガーと三人の少女たちが集まっていた。そして、シュガーは少女たちに手を繋がせ、円を作らせる。


「甘き夜の夢のごとく、儚き夢想の狭間より顕現せよ」


 シュガーミッドナイトの詠唱とともに、三人の少女が囲む中心から光が溢れ出す。



「ノゾミ・カナエ・タマエ———『夢想術・妄想権現パラノイアニマ』」



 最後の言葉を紡ぐとともに固有忍術は完成し、光が世界を染め上げた。

 一瞬の空白。世界の色が白一色に染まったと同時に、まるで世界が静止したかのように一切の音すらも失われた。そして、光は再び収束する。


「顕現は成された。そして、神は此処に在り」


 収束した光の中心にいたのは、紛れもなく砂糖 神シュガーゴッドだった。その脇に控えるシュガーは満足げに微笑み、そして、神の御尊顔を崇拝していた。ダメだ、こいつ早く何とかしないと。


「つうか、それ著作権とか肖像権とか、その辺は大丈夫なのか」


 俺の抱いた心配はまずそれだった。あまり詳しくないけど、いつだか見せられたアイドル砂糖 神シュガーゴッドの見た目まんまだぞ。


「問題ない」


「いや、でも見た目まんまだし」


「問題ない」


 彼の目はグルグルと渦を巻いていた。もはや常識は通用しないのだ。今のヤツが白と信じる限り、それが黒であっても白なのだ。もういいや、そして俺は深く考えるのを止めた。


「というか、それで何とかなるのか? 俺はまさかお前の趣味のために命がけの十秒間を耐えたってのか?!」


 俺の必死の十秒間にどれほどの意味があったのか、その結果を俺はシュガーに問う。それに対して、シュガーは不敵な笑みで答えた。そして、それと同時にシュガーゴッドが動き出す。フリフリのアイドル衣装を着たまま、指を天に向ける。


「ステージオン! ライトアーップ!」


 彼女の足元からステージ舞台がせり上がる。そして、なにも無かったはずの研究所の天井には、いつの間にかステージライトが出現し、シュガーゴッドを幾つもの方向から照らし出す。

 そして、音楽が始まった。シュガーゴッドのデビュー曲「甘々女神 しゅが~★ごっです」のイントロだ。俺の心配度はさらに上がった。シュガーを見るが、彼の目からは「何も、問題、ない」という強い返事しか戻ってこない。音楽関係の著作権で有名なジャバウォック協会は結構厳しいって聞くけど本当に大丈夫なのだろうか。

 しかし、ここで良心が働いたようだ。BGMの音楽は流れるが歌は流れなかった。いわゆるオフボーカルだ。本当に良かった、まだ彼にも良心があったのだ。



 ところで、もしかして推しのアイドルがライブをするだけ、とかいうことはないよな?

 俺の心配をよそに、シュガーミッドナイトは俺の横に並び立った。


「セオリー、時間稼ぎ助かった。もうアリスの方へ行っていいぞ。リデルは俺が受け持とう」


「いや、お前のステータス、下忍の俺並みって言ってたろ」


「問題ない。すぐに同志たちが駆けつける」


 言葉の意味が分からず疑問符が俺の頭に浮かび上がる。しかし、その答えはすぐに分かった。

 シュガーゴッドのライブステージを囲うように実体を持った影のような存在が青白く仄かに光りながら地面から染み出し、うぞうぞと蠢きながら人の形をとっていく。それも一つ二つではない。同時に三十、四十と生まれ、次々に増えていく。そのどれもが両手にサイリウムを持っていた。


「俺の忍術は最大百人の軍団を呼び出す。そして、シュガーゴッドの加護を受けた彼らは一人一人が一騎当千の古強者よ。すなわち、我らは十万と一人の大軍勢となって敵を滅ぼすのだ。そう俺こそが降霊忍術において並ぶ者なしと謳われ、大軍勢を率いし頭領、シュガーミッドナイトだ!」






 俺は青白いヒトガタがサイリウムを持ち出した時点で、さっさとハイトの下へ向かった。何か後ろで見得を切るような前口上が聞こえてきたが耳を閉じた。なんか頭領とか聞こえてきたけど嘘だと思いたい。たしかに意味の分からなさという点ではイリスたちのように規格外感があるけれど。

 でも、一つ分かったことはある。アイツのカリスマが低くて配下を持てていない理由だ。それはアイツ自身が単体で群体なせいだ。きっとそうだ。

 それにしてもシュガーのヤツ、普段はまともなんだけどな。アイドルに傾倒している時のシュガーがまともじゃないとは言わないけれど、話は若干通じない。とはいえ、それも一つの人生の楽しみ方だ。何も言うまい。


「ハイト、待たせた。二人でアリスを捕縛するぞ」


「えっと、アレは無視する感じで良いのな?」


 ハイトは呆気にとられた様子でシュガーの呼び出したアレやコレやを指差す。俺は指の先に目線もくれず、アリスとカルマを見る。


「もう、ツッコんだら負けだと思うんだ……」


「いや、でもアレって降霊系の忍術だよな。こっちだと八百万神社の忍者なんかがよく習得してるタイプの忍術だ。それでも、あの規模はなかなか見ないぞ」


 ああ、どうやら忍術の規模的にも凄いものらしい。この一件が終わったら、アレに感謝しないといけないのだ。訳分からないことをしているけれど、それでも確かにアイツのおかげで勝利への道筋をここまで手繰り寄せることができたのだから。


「なら、後ろは任せよう。俺たちは俺たちのすべきことをするだけだ」


「……そうだな。よし、良いクライマックスを迎えようぜ」


 俺はハイトと拳を合わせ、前を向いた。

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