第43話 逆嶋防衛戦 その24~第二ラウンド~

▼セオリー


「オンゲでチームアップすんのは久々だな」


「そりゃあ、お前が受験勉強でゲームしなくなったからな。俺は寂しかったぜ」


 俺とシュガーが呑気に会話する中、アリスとリデルには二人の少女から絶え間なく攻撃が降り注いでいた。大きな斧を振り回す少女はカナエ、口から暴風を吐き出す少女はタマエというらしい。

 そして今、俺の腕を医療忍術で治療してくれている少女はノゾミというそうだ。緑色のオーラが俺の腕を包みこみ、凄い速さで回復していく。


「それにしても、あんまり言いたくはないけど、女の子ばっかりパーティーに入れてるのはどうなんだ。それも皆七、八歳くらいの見た目だし……」


「いや待て、お前の言いたいことも分かる。だけどな、これは不可抗力だったんだ。別に俺の嗜好は一切混じってないから!」


 本当かぁ? と思わずうたぐるような目で見てしまう。

 とはいえ、コイツの趣味は俺も知っている。甘い歌声とファンの狂信っぷりで有名なアイドル、シュガーゴッドこと砂糖 しんという女性がシュガーミッドナイトの推しだ。というか、シュガーがシュガーミッドナイトというプレイヤーネームにしている理由も推しのアイドルにちなんでいる。

 そして、そのアイドルはたしか二十代半ばくらいの年齢だったはずだ。以上の事実を加味するなら、小さな女の子をはべらせている現状というのは本当にシュガーの嗜好によるものではないのだろう、たぶん。


 バイオミュータント忍者が壁に埋まり、行動不能になったおかげでハイトも戦線に合流した。コタローの方は腕を斬られたアマミのフォローに入ったようだ。

 とはいえ、これによりカナエとタマエという二人の少女の攻撃にハイトのフォローが加わった。三対二でさらにカルマを守りながら戦わなければならないため、リデルとアリスは防戦一方となっている。


「しかし、あのスーツの忍者は守りが硬いな」


「あぁ、あの人はアリスっていう逆嶋バイオウェアの頭領らしい」


「頭領か、面倒だな。固有忍術は分かるか?」


「最初は攻撃の反射をしてきたんだけど、イリスは違うって言ってたな」


 こちらの頼みの綱だったイリスを行動不能に追い込んだほどの実力者だ。今は絶え間なく攻撃を繰り出すことでカルマの防衛に力を割かせているけれど、彼女が再び攻勢に回れば危険だ。

 アリスの情報は実際に戦ったイリスの方がより得られているだろう。そう思っていると丁度良いタイミングでイリスがフラフラとした足取りながら、こちらに合流した。


「この子は信用していいのかな?」


 イリスはシュガーを指差して俺に尋ねる。

 たしかに他のパーティーメンバーからしてみれば唐突に現れた忍者だ。どこまで信用していいか分からないだろう。


「シュガーはリアルの友人だ。信用していい」


「そっか。とは言っても、どっちにしろギリギリな盤面を助けてもらったんだから信用するしかないよね。……アリスの固有忍術は、おそらく対象一人へ強力なデバフを掛ける呪術系の忍術ってとこかなー?」


 俺たちの会話が聞こえていたようでイリスは固有忍術の説明を始める。若干、歯切れの悪い様子だったのは正確なところを測りかねているらしい。

 ひとまずイリスはステータスに表示されていた状態異常を説明していった。毒や麻痺といったオーソドックスな状態異常に始まり、視覚阻害、聴覚阻害、筋力低下、体力低下、自然回復力低下、呪縛、エトセトラ……。聞いただけでもクラクラしそうなほど多種多様なバッドステータスが付与されている。


「ただ、これほどのデバフを簡単にかけられるはずがない。だから、何かカラクリがあると思うんだよね。今のところ、このデバフてんこ盛り状態なのは私だけみたいだし」


 イリスは力なく笑うと、状態異常を回復させる効果のある万能薬を飲み干す。一瞬、顔色が良くなるが、その後すぐに再び顔色が悪くなった。


「困ったところは永続効果な点ね。単純に状態異常を付与しているというより、呪術に近いと思ったのもそういう点からかな」


 イリスは再び膝をつく。ここまでイリスは大怪蛇イクチを複数体出したり、警備隊などの無力化の際に俺を『影跳びあらため』で転移させまくったり、と忍術を連発してきた。規格外さに驚いてばかりだったけれど、それでも同じゲームプレイヤーだ。どこかで限界は来る。

 俺はシュガーをパーティーに入れつつ、現在パーティーの固有忍術や忍者ランクを伝えていく。


「なるほど、そうなるとアリスの固有忍術を把握して、デバフを解除したイリスを戦線に復帰させたほうが良いな」


「シュガーもそれなりに強いんだろ。お前がイリスの立ち位置で戦っちゃダメなのか?」


 俺の疑問にシュガーはピタっと身体を止めると、ギギギと油の刺していない機械のような動作で首を回し、俺を見た。


「残念だが俺は戦えない。なんならステータスだけならセオリーとそう大差ないぞ」


「はぁっ?!」


 シュガーは『‐NINJA‐になろうVR』を発売した当日に購入している。そして、受験勉強というしがらみが無い強みを生かしてドップリと時間をゲームに使っていた。そんなゲーム漬けと言って良い生活をしていた男が、ゲームを始めてまだ数日の俺と大差ないステータスだという。


「もしかして、このゲームにはレベルドレインしてくるサキュバスでもいんのか?」


「いないわ! いたとしても、それなら俺はどれだけ吸われてんだよ!」


 俺が恐る恐るといった風に聞いた質問は、食い気味に否定された。さすがにそんなことはないかと一安心する。

 こんなことを聞いたのも、もし、サキュバスが変身能力など持っていて、シュガーの推しアイドルであるシュガーゴッドこと砂糖 しんの姿形をとったりするなら、案外あり得ない話ではないからだ。

 シュガーゴッドのファンは一種の狂気に囚われている。そして、推しであると公言するシュガーも漏れなく狂気を孕んでいるのだ。


「ちなみに、サキュバスがシュガゴ(シュガーゴッドの略称)の見た目と声で囁いてきたら?」


「はぁ、何バカなこと言ってんだ。そんなもん当然、……全レベル捧げるが?」


 これである。綺麗な澄んだ瞳でコイツは何をほざいてるんだ。


「セオリー、楽しそうに会話してるとこ悪いんだけどよ、ちょっとヤバいぞ」


 呑気なことにシュガーといつものノリで会話を繰り広げてしまった。そんなところでハイトから警告が入る。

 見れば攻撃側と防御側が逆転していた。リデルが鋭利な両腕の刃を振るい、カナエとタマエを吹き飛ばす。ハイトがそれを受け止めるが、その隙にアリスが手裏剣を投擲する。頭領レベルの忍者だとただ手裏剣を投げただけでも技術の高さが段違いだ。最初に飛んできた手裏剣は一つでも、空中で三つ、五つと分身していく。そして、そのどれもが寸分狂わず急所へ殺到しているのだ。


「『花蝶術・胡蝶乱舞』」


 ハイトの青い蝶がカナエ、タマエ、ハイトの三人を覆い隠す。手裏剣は蝶に阻まれて威力を削ぎ落される。おかげで致命傷は避けられたようだ。しかし、直後にリデルの踏み込みから追撃の凶刃が三人へと迫る。

 ギリギリのところでカナエが手に持ったハンドアックスを巨大化し、まるで壁のようにそそり立たせた。リデルの両腕の刃とハンドアックスの腹部分がぶつかり合い、周囲に激しい金属音が響きわたる。


 シュガーたちが現れてから、こちらが優勢になったように思っていたけれど、しだいに再びこちらが押され始めている。というのも、アリスがカルマの防衛および後方支援に徹し、リデルが近接での攻撃役を担うようになったからだ。こうした役割分担の結果、少なくともリデルの方が伸び伸びと動けるようになってしまっている。


「セオリー、腕は治ったか?」


「あぁ、問題なさそうだ。それにしても凄いな、前に腕を治してもらった時よりもだいぶ早いし、なによりすぐに動かせる」


「そうは言っても無理やり繋げてるだけだからな。あとでちゃんとした所で見てもらえ」


 シュガーの忠告に俺は頷く。

 今は腕を動かせるようにしてくれただけでも十分だ。クナイを構え直し、『仮死縫い』の黒いオーラを両手に纏わせる。そして、戦線に復帰しようとしたところでアマミが駆け寄って来た。


「セオリー、お願いがあるの。アリスさんは仮死状態で捕縛して欲しい。あの人がヤクザクランに手を貸すなんて考えられない。絶対に卑怯な手で陥れられたはずだから」


 無事だった方の拳を握りしめ、俺を見つめるアマミの目は悔しさに満ちている。本当なら自分の手でアリスの身を奪還したいのだろう。しかし、そうして突っ込んだ結果は先の通りだ。それに頭領ランクの忍者を相手に捕縛しようとなると普通に倒すよりも難易度は当然高まる。しかし、俺の固有忍術なら普通に倒すのと仮死状態で捕縛することにほぼ違いはない。


「そういうことなら私のステータス使ってもいいよ。掛かってるデバフは状態異常系がメインで、ステータス減算は筋力以外受けてないっぽい。今は役立たずだからね、少しくらい力になるよー」


 イリスが力なく、手を挙げる。デバフまみれで動けないとはいえ、頭領ランクのステータスは大きい。アマミは『結縁術・月下氷人』を使うと俺とイリスを繋いだ。

 俺は電子巻物を呼び出し、ステータス画面を確認する。すると技量と俊敏がとんでもなく上昇していた。当然のように桁が一つ違う。


「あれ、能力値が二つ上がってるけど何でだ?」


 前回ハイトと繋げてもらった時は俊敏しか上がっていなかったはずだ。しかし、今回は技量と俊敏の二つが跳ね上がっている。


「それは私の能力値で技量と俊敏が同値だからじゃない?」


 イリスの説明を受けて、アマミが補足する。


「それなら元になったステータスの八割くらいになってると思う」


「これで八割なのか。とんでもないな……」


 コタローの固有忍術『加速加算アドアクセル』でバフをかけたハイトの俊敏がだいたい同じくらいだった。つまり、実際のイリスの俊敏はもっと高いという訳だ。もし最初にイリスへ奇襲をかけた際に、あれが分身じゃなくて本物のイリスだったとしたら俺たちは返り討ちにあっていたかもしれないというわけだ。

 そんな、もしもを思い浮かべて思わずゾクリと背筋が凍る。けれど、今やそのイリスは心強い仲間だ。俺がアリスを『仮死縫い』で止めればイリスも復活するだろう。


「よし、それじゃあ、行ってくる」


 俺はカルマを守るように立ちふさがるアリスを見据え、一歩を踏み出したのだった。

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