第47話 破滅に続く導火線
▼セオリー
俺が目を開くと、そこには倒れたままのアリスがいた。そして、横には心配そうにこちらを窺うアマミの顔があった。
「どのくらいの時間、こうしてた?」
俺は精神世界でかなり時間を浪費してしまっていた。現実に引き戻されてから真っ先に気になったのはそのことだ。
しかし、アマミはキョトンとした顔をして、俺を見る。
「どのくらい、って言われても。……二、三秒くらいじゃない?」
どうやら精神世界での長居は、こちらではほんの一瞬だったようだ。ひとまず胸を撫で下ろす。それからもう一度、アリスを見る。手応えとしては、悪くない感触だった。言葉で説明しようとすると難しいけど、二色の粘土を上手く調和を保ったまま混ぜ合わせた、みたいな感じだ。
「ちょっと、その手の動き……もしかして、どさくさに紛れてアリスさんに変なことしてないでしょうね?!」
「うぇえっ、……いや、違うって!」
粘土をコネコネしていた感覚を思い出す様に手を動かしていたら、アマミに酷い勘ぐられ方をされてしまった。俺は逃げるように大怪蛇イクチの方へ向かう。口の中へと消えたイリスはまだ出てこないかな、と覗き込んだ。
「よいしょー、なんとか見つけたよ」
すると、イリスがちょうどよく現れた。そして、肩からヒョイとカルマを下ろす。胃液でドロドロになっているけれど、飲み込まれてまだそこまで時間が経っていないため、原型は留めている。
そして、胸に輝く赤い宝石から漏れ出る光はさらに激しさを増していた。
「おや、大蛇に飲み込まれるという貴重な体験が終わってしまいましたねぇ」
カルマは特に変わらず平常運転だ。こんな時まで知的好奇心が旺盛とは恐れ入る。しかし、今必要なのはカルマの頭脳だ。自身で用意した自爆装置なのだから、解除方法も設けているかもしれない。
「『不殺術・仮死縫い』、『支配術・
俺は時間を惜しむように即座にカルマの脳へ手を刺し入れた。さらに続けて支配術を仕掛ける。
「カルマ、命令だ。胸の赤い宝石の自爆を止めろ」
意識を手放したカルマは目を虚空へ向け、呆けたように身体を弛緩させて、全ての動作を静止する。そのまま五秒、十秒と待ってもカルマは動き出さない。
「動き出さないね。自分でも止められない自爆装置ってことかしら?」
横で見ていたイリスがそんな言葉を漏らす。命令に対して行動停止するのは、これまでもあった。警備隊の隊長にドアのロックを解除させようとした際に、認証キーのランクが足りておらず、解除ができないという状況の時だ。今回も同じ状況ということだろう。
「カルマ自身が止められないなら、もう止めようがないじゃないか」
赤い宝石からピシっという音が鳴った。最初にカルマ自身が傷つけた小さな亀裂から枝分かれするように、さらに亀裂が増えている。それと同時に漏れ出す光も強まった。
もはや、宝石自体の大きさよりも亀裂部分の面積の方が大きくなっている。
「イリスが全力で走って、幽世山脈の奥深くに捨ててくるとかは無理かな?」
アマミが新たに提案する。しかし、イリスは首を横に振った。
「カルマが宝石に傷をつけてから今がちょうど五分くらい。亀裂の進行速度を考えると、逆嶋を出た辺りには爆発しちゃうかな」
この研究所は地下二階にある。それに立地的にも逆嶋の中央に位置する場所のため、どこへ運ぼうとしても時間がかかる。端から論外だ。
「せめて爆発までの時間を稼げれば良いんだけどな」
「一応、カルマにその命令もしてみれば?」
「たしかに、そうだな。やれるだけやってみよう」
止められなくとも時間を稼ぐくらいはできるかもしれない。とにかく今は思いついたことを時間が許す限り試していこう。
「赤い宝石の爆発までにかかる時間を引き延ばせ」
カルマへ向けて命令を発する。しかし、またしても行動を停止させたまま反応を示さない。すると、突然カルマの腹部から声が聞こえた。
「困っているようですねぇ」
それは聞こえるはずのない声。支配術で行動を支配しているはずのカルマの声だった。しかし、カルマの声が聞こえるのはおかしい。そもそも、彼は唇を動かしてすらいないのだ。となると、声が聞こえた腹部が怪しい。
俺は胸元まで破かれていたカルマのスーツをさらに破り、腹部の辺りまで露出させた。すると、そこにはカルマの顔があった。
「やぁ、ご対面ですねぇ。はじめまして」
「はじめまして?」
カルマの言動に引っかかった俺はオウム返しに聞き返す。腹部に現れたカルマの顔は、その疑問が面白かったのか、声を出して笑った。それから真面目な顔を作り直してから、再び口を開いた。
「いえ、間違えました。さっき振りですかねぇ」
「おい、完全に何か隠してんだろ」
急な態度の変わりように不審感を覚える。俺は追求するように顔を近づけた。カルマの背後ではイリスが首根っこを捕まえて抑えている。
「おやおや、そんなことをしていて良いんですかぁ? 状況を察するに、正十二面体コラプス保管器の均衡を崩してしまったのでしょう。私の推定ではあと三十秒で崩壊が始まり、複製細胞の噴出が始まるでしょうねぇ」
饒舌にしゃべるカルマは、まるで他人事のように状況を見ている。というか、傷つけたのはカルマ自身じゃないか!
そんな恨み言の一つも言いたくなるけれど、彼の言葉通りならあと三十秒で自爆されてしまう。
「こんなんどうすりゃいいんだよ」
視界の端ではアマミが、アリスの腕を肩にかけて立ち上がらせる。NPCであるアリスはカルマの自爆に巻き込まれれば死んでしまう。だから、少しでも遠くに逃がしたいのだろう。だが、今からでどれだけの距離を逃げられるものか。
「アマミ、さすがに今から連れ出すのは無理じゃないかな」
コタローはアリスを逃がそうとするアマミに不可能だと諭す。しかし、アマミは何も言わずに、そのまま歩き出そうとする。何もしないでいることが堪らなく悔しいのだろう。コタローはせめてもの慰めか、『
そんな様子を見たカルマは、ここにきて一番の驚きを見せた。
「おや、アリス君が倒されたのですねぇ。これは驚きです。失敗作とはいえ、どのように倒したのか、後学のために聞いておきたいところですねぇ。あぁ、しかし、時間が迫ってきている。……残念です」
カルマの言葉を尻目にアマミが走り出す。赤い宝石から漏れ出す光は地下二階の研究所を明るく照らし出すほどにまで大きくなっていた。
これでカルマを倒すことには成功する。しかし、それと引き換えに逆嶋に絶大な被害をもたらす結果となるだろう。痛み分けと言いたいところだけれど、どう贔屓目に見てもこちらの大負けだ。これなら素直にカルマたちに逃げられていた方が、結果的に被害が軽かったまである。
リデルを捕え、壁に寄り掛かるシュガーが視界の端に映る。彼の顔も苦汁を舐めたように苦々しげだった。シュガー自身もカルマたちの退路を塞いだことと今の状況の繋がりに気付き、退路を断ったことに対して後悔しているのかもしれない。だけれど、シュガーの行動がすぐさまこの結果に繋がったわけではない。それぞれ皆が最善と思われる手を取り続けた結果だ。誰も責めることはできない。
唯一、責めるべき相手がいるとすれば、それはこの事件の黒幕だったカルマと、さらにその裏で糸を引いているパトリオット・シンジケートだ。
「次は絶対に負けない」
固い決意とともに、そう声に出して発した。
その直後、圧倒的な光が視界を覆いつくす。後ろでアマミの叫ぶ声が聞こえる。イリスやシュガーも直前に忍術を使って押し留めようとしていたけれど、光の奔流に飲み込まれて見えなくなった。
光に包まれていく中で、知らない女性の声を聞いた。どこか機械的で、それでいて暖かみもある、不思議な女性の声。
「
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