第48話 逆嶋防衛戦、終結。そして、

▼セオリー


 視界いっぱいに広がった光は、しばらくして唐突に消失した。

 カルマの身体があった場所には赤黒い球体が浮かんでおり、その球体を前にしてアリスが立っていた。


「何が起きたんだ?」


「オーダーの通り、一時的にですがカルマの自爆行動を止めました」


 アリスは俺の方を振り返ると一礼とともに答えた。頭の中が混乱しているけれど、とにかくアリスがカルマの自爆を止めてくれたらしい。


「助かった、アリス。時間はどのくらい稼げる?」


「私の気力が続く限りは止めておけるでしょう。ですので、およそ二時間程度は止められるかと」


 俺はホッと胸を撫で下ろした。それだけの時間があれば、きちんとした対策を取れるだろう。そういって周囲を見回す。辺りにはイリスとシュガーが吹き飛び、引っくり返っていた。


「大丈夫か?」


 俺は近くにいたシュガーの手をとり、起き上がらせる。


「どう、なったんだ?」


 シュガーは目をきょろきょろとさせて、周囲の状況を確認する。そして、最終的に俺の方を見た。


「自爆は不発だったのか?」


「いや、導火線をギリギリで延長しただけだ」


 俺はカルマの居た位置にある直径二メートルほどの赤黒い球体を指差す。シュガーもそれを見て納得したようだ。いつの間にか起き上がっていたイリスも、球体に近づいて様子を確認している。


「これはカルマに付与された反射能力?」


 イリスは確認するようにアリスへ向けて言葉を発する。それに対して、アリスは無反応だ。


「あれー、私の声聞こえてない?」


 イリスがアリスへ向けて手をブンブンと振るが、一向に反応を示さない。


「アリス、どうした?」


主様あるじさまの許可を得ずに情報を開示することはできません」


 俺がアリスに尋ねると、そんな回答が返ってきた。

 ふむ、主様というのが居るのか。逆嶋バイオウェアの上層部とかかな。


「コーポ所属は色々としがらみがあるんだな」


「恐れながら訂正します。情報開示に関して、所属コーポは関係ありません。ひとえに主様への忠誠ゆえです」


 俺の呟きに対して、アリスは片膝立ちになってこうべを垂れる姿勢になりつつ、訂正の言葉を発した。ふむふむ、つまり所属するコーポとは別にあるじがいるのか……。


「へぇ、コーポに所属しつつ、他のあるじに仕えるってのもあるんだな」


 そこまで考えてエイプリルのことを思い出した。彼女も一応は俺が主人という設定になっているけれど、シャドウハウンドにも所属している。それと同じようなものだろう。自己解決の結果、合点がいったので納得する。

 そんな中、アリスは俺を真正面から見据えてきた。


「そばに侍る方が良いのでしたらそうします」


「……? よく分からんけど、アリスのあるじが許可しているなら、そのままで良いんじゃないか?」


「分かりました」


 アリスはそれだけ言うと、再び赤黒い球体に向き合ってしまった。

 彼女の瞳からは感情が見えない。先ほどの口振りも機械的だった。ここまで感情らしさが薄い様子を見るに、もしかしたら疑似人格と統合したことによる弊害が出ているのかもしれない。もし、それで感情が失われてしまっているのだとしたら申し訳ない。


「アリスさん!」


 俺の考えをよそに、アリスの背中へとアマミが飛び込んできた。アリスは素早い反転から綺麗にアマミを抱きとめた。さすがの反応スピードに頭領の片鱗を見たといったところだ。


「良かった、本当に良かった……!」


 アマミは声にならない小さな嗚咽を繰り返しながらアリスにしがみつき続けた。アリスは困ったような顔をしつつ、それでも優しく抱き止め続けた。

 しばらくして、アマミはアリスの胸元にうずめていた顔を上げ、俺の方を見た。


「セオリーもありがとうね。きっと貴方の忍術のおかげだと思う」


「どういたしまして」


 果たして俺の取った行動は最善だったのだろうか。

 そんな疑問が湧いてきていた中で、アマミの感謝はある種の救いだった。これから他に弊害が見つかるかもしれないけれど、命あっての物種だ。それは後からじっくり考えていけばいい。


 それからアリスの方も俺の顔を見てきた。アマミの感謝から、俺はアリスの精神世界での一件を思い出していた。

 俺の忍術はキッカケを作ったに過ぎない。今にも消えてしまいそうだった精神を疑似人格にしがみついてまで必死に持ちこたえ、最後に意識を覚醒させることができたのはアリス自身の頑張りに他ならないのだ。


「お前も頑張ったな」


 アリスは目を見開いた。それから、小さく表情を綻ばせながら静かに頷いた。それは優しい笑顔だった。

 そんなアリスの笑顔に俺の方が面食らってしまった。小さな表情の変化だったけれど、感情が完全に失われている訳ではないということが分かったからだ。

 良かった、アリス本来の精神は失われてなんかいない。その実感が改めて湧き、嬉しさを噛み締めるように拳を握った。






 それからは怒涛の展開だった。

 まず、カルマの置き土産の件だ。そう簡単にどこかで爆発させるわけにもいかない。しかし、タイムリミットは残り二時間。

 どうしようか、というところでハイトがシャドウハウンドの副隊長であるタイドを呼び出した。彼の固有忍術である『監獄術』は鉄檻型の結界を生み出すことができる。アリスの反射によって押し留めていたものを、さらに鉄檻の結界で閉じ込めることで時間にさらなる余裕を持たせることに成功した。


 その後、シャドウハウンド隊長のアヤメと逆嶋バイオウェアの上層部とで話し合いが行われた結果、逆嶋バイオウェアが所持していた『天上忍具・八尺瓊勾玉やさかにのまがたま一片いっぺん』と呼ばれる強力な封印忍具を使って半永久的に封印し、逆嶋バイオウェアとシャドウハウンドの共同で管理する、という結果になった。


 やはり、不用意に爆発させるわけにもいかない、というのが大きな焦点だったようだ。カルマの言によれば爆発時の被害規模は逆嶋をし潰せる程度とのことだった。しかし、敵の言葉を鵜吞みにして、実際に爆発させてみたら幽世山脈のフィールド一帯を全て埋め尽くすような質量だったりすれば大変なことになる。

 ゲーム的に考えると、それほどの規模で被害は出さないとは思う。しかし、この世界で生きるNPCたちからすれば万に一つでもあってはならない。



 天上忍具というのは、人の身に余るほどの力を宿すユニーク忍具である。

 各都市を取り仕切る巨大クランでもせいぜい一個か二個所持していれば良い方というほど希少な忍具らしい。

 今回、逆嶋バイオウェアはカルマの後始末をつけるために、その希少な切り札を使用したのだ。カルマは元々逆嶋バイオウェアの研究者なので後始末をするのは当然とも言えるかもしれないけれど、それでも切り札をしっかりと使用できるというのは俺の中で好印象を残した。






 次に組織抗争に関してだ。

 これは意外なことに、結果はヤクザクランである黄龍会の勝利に終わった。ほとんどカルマの事件の方にかかり切りだったため、結末はなんとも呆気なく感じる。

 組織抗争の戦い自体は終始、逆嶋バイオウェアが有利に進めていたそうだ。しかし、途中から黄龍会側に現れたフェイという忍者が一人で本社に突撃を仕掛け、破竹の勢いで防衛側の忍者を倒していき、そのままクローン技術のデータを持ち去られてしまったというのだ。



 敗戦の原因はいくつかある。


 一つ目は、逆嶋バイオウェア側の防衛が万全ではなかった点だ。

 というのも、逆嶋バイオウェアの最高戦力は頭領ランクのプレイヤーとNPCがそれぞれ一人ずつで計二名だ。その内、NPCの頭領であるアリスはカルマの手に落ちていたため戦闘に参加できず。プレイヤーの方の頭領は大怪蛇イクチを前にして待機していられず、イクチとタイマンを張りに行ってしまったのだという。

 その結果、防衛の最大戦力が上忍頭となってしまった。とはいえ、それでも上忍頭だ。そうそう後れを取るようなことはない。


 二つ目の原因はそこだ。

 単純に相手の戦力として出てきたフェイという忍者が強かったのだ。黒縁の丸眼鏡をかけたその男は拳一つで道を切り開き、逆嶋バイオウェア本社に真正面から堂々と入ると、データを奪って再び正面から出ていったのだという。






 こうして組織抗争クエストは幕を閉じた。逆嶋防衛戦もこれでお仕舞い、というわけだ。

 現実世界ではまもなく午前一時を回るだろう。明日も佐藤に付き合って学校に行く予定だ。そうなると、そろそろログアウトしなければいけない。


 俺はベッドで眠るエイプリルを見下ろした。

 組織抗争の終結後、避難していた逆嶋の住民たちは各々の自宅へ帰っていった。ちなみに、家屋が破壊されていた住民には逆嶋バイオウェアが社宅を無償で貸し出しているらしい。

 ランとおキクさんの駄菓子屋は幸運にも被害が無かった。そのおかげで避難途中に気力が切れてしまったエイプリルがこうしてベッドで眠れているのだ。



 俺は身体を反転させ、ベッドの縁に腰かけた。そして、窓際に片膝立ちでこうべを垂れる人物へと視線を向ける。


 ……これ、どうすっかなぁ。

 俺の視界には青白く発光する電子巻物が浮かんでいた。そこには、いつだか見た文章と酷似した文面が並んでいた。




支配者フィクサーへの道 その2』




 そう、俺はいま組織抗争の結果よりも、もっと大変な問題を抱えていた。

 文章は何度読み返しても変わりない。たしかに前回の時には『その1』と書いてあった。けれども、こういった形で『その2』が来るとは予想していなかった。

 もっと言えば、カルマの研究所で俺はずっと頓珍漢なことを言っていたようだ。通りで彼女と会話している時、イリスやハイト、コタロー、アマミといった面々が変な顔で俺を見ていたと思ったよ。


「まさか、腹心の二人目ができるとはなぁ」


 俺はこうべを垂れたまま微動だにしない彼女を見て、ため息を吐いた。


「椅子座らないか? そのままだと疲れるだろ。それと敬語も要らないからタメ口でいいよ」


「そうはいきません。主様に向かってタメ口などできません」


 彼女は頑として譲らない。

 そういうことなら俺も支配者フィクサーらしく権限を使わせてもらおう。


「命令だ。椅子に座って楽な姿勢を取れ。そんで敬語禁止」


 俺は部屋の中にあるソファーを指差し、座るように促す。


「分かりました」


 彼女はようやく顔を上げると、ソファーへ移動して、チョコンと座った。返事の敬語は取れていないけれど、それはもう諦めることにした。

 ソファーに座ってくれたおかげで、早朝の日の光に照らされてようやく彼女の顔が露わになる。



「じゃあ、アリス。今後のことを話すか」



 俺もソファーへと移動して、アリスと向かい合って座った。

 そう、これが俺の抱えた大きな問題だ。何故か、アリスが俺の腹心になっていたのだ。

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