第49話 ゲームリザルト:増えた腹心

▼セオリー


 まずは最初に聞くことがあるだろう。

 それはアリスが俺の腹心になった経緯だ。


「アリスはどうやって俺の腹心になったんだ?」


「それには私という存在の成り立ちから話さなければなりません」


「存在の成り立ち?」


 俺の疑問に対して、アリスは静かに頷く。そして、自分の胸に手を当てた。


主様あるじさまはすでに知っているとは思いますが、私の中には現在二つの精神が混ざり合うようにして同居しています」


 それは知っている。

 というか、元のアリスの精神とカルマによって植え付けられた疑似人格を『たま縫い』で混ぜ合わせた張本人が俺だ。


「元からいた私とカルマによって作り出された私。これらが混ざり合った結果、今の私は二つの精神両方の性質を持っています」


「あ、今更だけど二つの精神を混ぜたせいで拒絶反応を起こしたりとかはないよな?」


 アリスの説明に割って入る形になってしまったけれど、これは『魂縫い』を使った時からずっと気になっていたことだ。悪いが質問を挟ませてもらう。


「はい、今のところ問題はありません。元々、カルマが植え付けた私はオリジナルの私の精神を複製し、調整したものでした。ですので、元を辿れば同じ『私』なのです」


「カルマは精神すらも複製していたのか」


「彼は外道に堕ちていましたが、それでも紛れもなく天才だったのです」


 カルマの技術力は忍者とは別のベクトルで規格外だ。登場するゲームを間違えていたんじゃないかとすら思う。

 しかし、そのカルマの規格外さのおかげで、アリスには拒絶反応など無く精神の融合が行えたということだ。もちろん、もとはと言えばカルマのせいなので感謝する気は微塵もないけど。


「話の腰を折って悪かった。二つの精神、その両方の性質を持っている、だったか。続けてくれ」


「はい。主様の疑問に関係するのは、カルマによって植え付けられた私の性質です。カルマは我々に対して忠実な兵隊であることを望みました。そのため、彼は我々に『呪印紋じゅいんもん』を施したのです」


「呪印紋?」


「呪印紋は施した相手に様々な効果を及ぼす技術です。通常は化粧師けわいしと呼ばれる技能を持った忍者が使える特殊な忍術ですが、カルマはどのようにしてか、同様の効果を自身の技術力だけで実現したようです」


「じゃあ、アリスには呪印紋が刻まれてたってわけか」


「その通りです。呪印紋の効果は『服従』。私の精神に纏わりついていた枷です」


 その言葉を聞いて、俺はアリスの精神世界に飛び込んだ時のことを思い出した。大きな光に纏わりつく幾つもの機械のコード。あれはカルマによって施された呪印紋が可視化されたものだったのかもしれない。


「カルマに植え付けられた私の精神は服従の呪印紋と紐づけされた状態で、アリスの肉体に宿りました。そして、カルマの側近として働かされていたのです」


 カルマは実験により擦り潰されたアリスの精神を見限り、自分に絶対服従の疑似人格を植え付けた、というわけか。カルマによる人の身も心も弄ぶ所業には思わず閉口してしまう。

 しかも、そんな本人の末路は大量の複製された自身の細胞によって圧死し続けたまま封印される、というものだ。カルマの再生力は恐ろしいものがあった。もしかしたら、あの封印忍具の中でも生き続けているのかもしれない。絶えず増え続ける自身の細胞に圧し潰されては再生する。それは一種の無間地獄と呼べるだろう。おぞましい生物はおぞましい結末を迎えるということだ。

 俺は首を横に振って、自身の想像を振り払う。思考が脇道にズレてしまった。今はアリスが腹心になった経緯だ。


「カルマに操られるようになった経緯は分かった。そして今日、初めて俺たちは出会った訳だけど」


 アリスが腹心になるような過程に心当たりはない。強いて言えば二つの精神を混ぜ合わせたことくらいだろうか。それだけだと、せいぜい大目に見ても命の恩人くらいのものだ。というか、見方によっては本人の了承なしに精神を混ぜ合わせたのだから、両方の精神から恨まれる可能性すらあっただろう。

 しかし、当のアリス本人は精神を混ぜ合わせたことに対して恨みを持っていたりはしていないようだった。


「はい、主様は私の命の恩人であるとともに、解放者でもあるのです」


「解放者……?」


 今日は聞き返してばかりだな。俺のことは今度からオウム返しの達人と呼んでくれ。そんな達人があってたまるか。

 アリスは俺の疑問に対して、おもむろに上着をはだけさせた。


「ちょっと何してるんですか、アリスさん! この部屋にはエイプリルもいるんですよ!」


 エイプリルだけじゃない。他の部屋にはおキクさんやランも居るのだ。そんな大胆なことをされると困ってしまう。思わず口調も丁寧口調になってしまった。


「これを見て下さい」


 そんな俺のプチパニックをよそに、アリスは胸の少し上あたりの肌を指し示した。顔を覆った指の隙間からアリスの姿を確認する。上着はギリギリのところで大事な部分を隠している。よし、大丈夫だ。

 俺は顔から手を放し、アリスの指し示した部分をよく見た。そこには紋様のようなものが描かれている。崩し字のようになっていて見づらいけれど、よくよく見てみれば赤い字で『服従』の二文字が書かれているのだと分かる。そして、その上から黒い線でその二文字を打ち消すように線が引かれているようだ。


「これが『呪印紋』なのか?」


「その通りです。元々は私の心臓に刻まれていました。ですが、二つの精神が混ざり合った結果、効果が半減したようです。こうして肌の見える位置に浮かび上がってきました」


 なるほど、疑似人格の精神に施していた呪印紋だから、元の精神と混ざった結果、呪印紋の効力も半分に薄まったというわけか。


「じゃあ、今は呪印紋の効果は受けないのか」


「いえ、本来であれば半減していようと呪印紋の効力からは逃げられません。アリス疑似人格が身体の主導権を巡って綱引きをするような形となります。そうなれば最悪、永遠と行動停止に陥ります」


 今回の件で言えば、カルマを守ろうとする精神とカルマを守らないようにする精神が身体の主導権を取り合ってしまうわけか。その結果は相反する行動が打ち消し合って行動停止に陥る、と。しかし、枕詞に本来であれば、と付いていた。これに何か意味があるのだろう。


「本来であれば、というと?」


「主様のおかげです。私の精神を混ぜ合わせる時、私に私自身を守るように、と呪印紋を書き換えてくれました」


 ほうほう、そんなことしたのか?

 たしかに『魂縫い』を使う時にそうなったら良いなとは思っていたけど、結局具体的にどう解決に至ったのかを理解していなかった。俺は感覚で固有忍術を使っている……?!


「腹心となった今なら分かります。主様の称号『支配者フィクサー』は下位の支配系忍術を書き換える力を有しています」


「———なん……だと?」


 そんなん、知らんかった……。

 というか、不殺術の方じゃなくて支配者の称号の方が関係していたのか。そういえば称号に関してはステータスにも詳細な説明が無かった。このゲームはカリスマ性しかり、カルマ値しかり、マスクデータが結構ある。称号の特殊な能力というのも隠されていることが色々とあるのかもしれない。


「そして支配の書き換えと同時に私の中で『腹心』の称号が解放されたのです」


「あー、なるほど……。ここで腹心になったことと繋がるのか」


 もしかして、不用意に支配系の忍術を掛けられている忍者を助けると、今後も腹心が増えていったりするんじゃなかろうな。


「主様は私に新たな生を与えて下さり、そして枷から解き放ってくれた、すなわち解放者なのです。腹心となる以外に選択肢などありません」


「いや、そこは新たな生をもって自由な人生を謳歌してもいいんだよ?!」


 そんな簡単に他者の腹心になるなって!

 しかし、そんな俺のツッコミはどうやらスルーされたらしく、アリスはソファに座って真面目な顔で俺を見つめていた。どうやらアリスの中では恩に報いるというのが優先順位的にかなり上位にあるようだ。なら、仕方ない。

 俺はソファに座るアリスの肩へと手を置いた。


「決意が固いのは分かったよ。それじゃあ、これからよろしく頼むな。とはいえ、基本は逆嶋バイオウェアの方を優先してくれていいから」


「はい、主様。御用がある際にはお呼び下さい。馳せ参じます」


 うむ、これで良い。本人の決めたことならもう何も言うまい。受け入れようじゃないか。ただ、さすがに頭領の腹心はバランスブレイカーが過ぎるから、どうしても応援が必要な時に呼ぼう。それが良いだろう。というわけで、問題も解決したことだし、ログアウトするか!






「ねぇ、セオリー。…………その人、誰?」


 その時、背筋を凍らせるような冷たい風が俺のうなじを撫でた。

 ギギギと首を回していくと、ベッドから体を起こしたエイプリルの姿。彼女の顔は、どこまでも無表情だった。感情の抜け落ちたその表情には、喜も怒も哀も楽もなかった。ただ、だけれども、俺には何故か彼女の背後に般若が浮かび上がっているように見えた。


「えっと、新しい腹心、みたいな?」


「……ふーん、仲良いんだね」


 エイプリルの目がアリスの方へ向けられる。

 俺もその視線を追って、アリスの方を向く。 

 OH! なんとそこには上着をはだけさせたままのアリスが!

 しかも、そんなアリスの肩に俺はオンザハンドしているではありませんか!


 エイプリルの視点からだと、どう見える?

 そりゃあ、俺が脱がしてるようにしか見えないね!


「違う違う違う、これはやましいことをしていたとかでは決してなくてだな」


 ヘルプを求め、アリスへ目で合図を送る。何か弁護をプリーズ!


「これは主様に書き換えられた私のを見てもらっていただけです」


 待って、何でそういう言い方したのかな。大事な情報抜けてない?

 その言い方だと変な風に聞こえる気がするんだけど大丈夫?


「セオリーに書き換えられた私の身体?」


「違いますーぅ!!」


 語弊があるよね、やっぱり。

 そんな中、ガチャリと扉の開く音がする。


「セオリーさん、エイプリルさん、おはようございます!」


 朝から元気いっぱいにランが挨拶しに来たのだ。

 昨夜は組織抗争に巻き込まれて避難やら何やらと大変だったろうに、ランはよく眠れただろうか。そう思って見れば目の下に薄っすらとクマができている。やはり眠れなかったようだ。それなのに朝から元気な素振りで挨拶に来てくれるなんて、優しい子だよ……。俺の心の中でほろりと涙がこぼれた。それはさておき、ランもアリスを見て目を丸くする。


「え、その女性は誰ですか?」


「主様の腹心、アリスと申します」


「セオリーさん、エイプリルさんだけに飽き足らず、別の女性を連れ込んだんですか?」


「違います!」


 あぁ、もう駄目だ。収拾がつかない。

 というか、ランが挨拶に来たということはもう朝か。となると、現実世界だとそろそろ深夜二時ぐらいに差し掛かる。いい加減、寝ないとまずい。


「絶対に戻って来たら説明するから、早とちりしないでくれよ」


 俺はエイプリルを見つめながら入念に伝える。それからアリスに向き合う。


「アリスの方は、もし逆嶋バイオウェアの方に報告とかあるなら自由に行動しててくれ」


「主様の仰せのままに」


 それから、ランに向く。


「ちょっと外出します」


「えぇ、こんな修羅場に取り残されても困りますよ!」


 えぇい、次にログインする時が怖くなってきたぜ。

 そんな恐怖にかられながらも、俺はログアウトした。






 ベッドに横たわったまま、VRヘッドセットを取り去る。

 今日は濃厚な一日だった。ゲームの中での時間経過で言うなら二日間と言った方が正しいか。組織抗争クエストから極秘任務に派生して、敵だったはずのイリスと共闘して、そして、何故か腹心が増えた。


 明日、学校で佐藤と会ったら、きっと今日の話で盛り上がるだろう。そうだ、佐藤には感謝も伝えよう。それを言うなら今日関わった全員に感謝だ。誰が欠けても、同じ結果にはならなかっただろう。

 それはさておき、次にログインする時には、まずエイプリルの機嫌を窺うことから始めよう。またもや、本能寺の変フラグが立っているのだ。そんな危険なものはさっさとブチ折らなくてはならぬ。


 そんなことを思い返しながら、俺は眠りについたのだった。

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