第207話 監視者の意味と隠し通路

▼セオリー


「えと、その……、利息とかは聞いてないんだけど?」


「ウチの貸し付け条件を聞かずに即決で借りちゃったからなぁ」


「そういうのって説明義務とかあるんじゃないのー?」


「おいおい、こちとらヤクザクランだぜ? そういうとこから金を借りるってのがどういうことか分かるよな」


「ふぇっ、それってどうなっちゃうの……?」


 コヨミの顔がサーと青くなる。色々と想像を膨らませているのかもしれない。俺の読んでいた闇金漫画ではそれこそ考え無しに金を借りた人間は大抵ひどい目にあっている。それに近いことがコヨミの脳内で再生されているのかもしれない。そんなコヨミを見てつい俺は吹き出してしまった。


「あはは、なんてな。冗談だよ」


 コヨミは目を白黒させて、俺を見た。


「えっ、どこからどこまでが冗談なの?」


「いやぁ、せっかくヤクザクランに入ったからにはクラン専用技能とか使ってみたいと思ってたんだよな。もちろん全部冗談だよ。借用書も破棄しとくさ」


 俺がコヨミに対して使用したのは『高利金貸ヤミキン』という技能だ。正直、真面目に使用しているのはNPCばかりで、プレイヤーにとってはゲームに味付けをするフレーバーみたいなものである。いわゆるロールプレイ用技能とでも呼べばいいだろうか。


「もう、やめてよね。ただでさえ、セオリーくんって『支配者フィクサー』とかいう悪者っぽい称号を持ってるから恐い想像をしちゃったよ」


「へぇ、想像の中の俺はどんな要求をしたんだ?」


「いっ……言えるわけないよー!」


 顔をボンと赤くすると今度こそダンジョンの先へ向かってズンズン歩いて行ってしまった。置いてかれてしまうと困るのですぐに後を追う。

 ちなみに、途中でエイプリルから背中をグーパンチで殴られた。ごめんって流石に俺も悪乗りし過ぎたことを自覚している。反省しないといけないな。



 しばらくコヨミの後を付いて行くと、ダンジョンボスである不死夜叉丸が出現したボス部屋前の通りに辿り着いた。あとは目の前にある大きなアーチを潜り抜ければ、そこはダンスホールである。死とワルツを踊れる素敵なボス部屋だ。


「コヨミ、そこはボス部屋だぞ」


「わぁ、本当だ。それっぽい雰囲気出てるねー」


 ボス部屋入り口から中を覗き込むコヨミ。おい、本当にボスへ突撃したりしないだろうな。万が一、不用意に中へ入っちゃったとしても俺はエイプリルを連れて逃げるからな。

 そんな俺の思いが伝わったのか、コヨミは少し中を覗くとくるりと振り返った。


「分かった、この部屋はダミーだよ」


「ダミー?」


「そう、強いボスが配置されてるのは、もっと大事なモノを隠すためのおとりってわけだね」


 そう言うとコヨミはボス部屋とは逆にある何の変哲もない廊下の壁へ両手を添える。それから壁の質感を確かめるように少しずつ位置をずらしながら何かを探すような行動を繰り返した。


「……あった、ここだ」


 しばらく壁を探っているとコヨミは何かを見つけたらしい。コヨミが指さす位置を見てみると、壁の装飾の内一ヶ所が丸いボタンのようになっていた。

 へぇ、よく見つけたものだ。ここの壁はボス部屋前ということもあって道中の壁と比べて豪華な装飾が描かれていた。そのため、小さなボタンなど装飾にまぎれてしまい、じっくりと観察しないと分からないようになっている。これじゃあ、今まで見つからなかったのも納得だ。


 満を持してコヨミはボタンを指で押し込む。カシャンと何かが外れる音がすると同時に壁が真っ二つに割れた。ゴゴゴと重いものを引きずるような音を立てながら壁だった箇所にぽっかりと道ができる。隠されていた道が現れたのだ。その先を覗くと、さらに下へと続く螺旋階段が続いているようだった。


「隠し通路だ、よく分かったな」


「えっへへーん、すごいでしょ。ボスの名前がヒントになってたんだよ」


「ボスの名前? ……不死夜叉丸がか」


「ううん、そっちじゃなくてくびきの監視者の方だね」


「二つ名の方か」


「監視者って冠するくらいだから、ボスは世界の軛を監視できるような位置に配置されてなきゃおかしいと思ったの。でも、撃破後に行けた空間に世界の軛は無かったんでしょう?」


「あぁ、そうだ。あったのは世界観を補強する背景設定集みたいな本だけだったよ」


「となるとダンジョン内の別の場所に隠し扉があるだろうと思ったんだ。それで思いついたのはボス部屋の中からも見える位置、つまり廊下を挟んで逆側の壁が怪しいと睨んだわけさ」


 コヨミは薄い胸を手で叩きつつ得意げに語った。しかし、自慢げではあるけれど、その鋭い洞察力はオモイカネという神様の権能を借りたからなのでは? もっと言えば、その権能を借りるために出資したのは俺なんだけどな……。

 なんて、そんな無粋なことは言わない。静かにコヨミの高説にウンウンと頷いた。過程など些細な事だ。実際、コヨミが居なければ隠し通路は見つけられていなかったのだから、奥の手を使ってまで世界の軛へ辿り着ける通路を見つけてくれて感謝しかない。


 ふと、視線を感じて振り返った。もちろん誰もいない。


「セオリー、どうかした?」


「ん、いや何でもない。気のせいだろう」


 エイプリルが不審そうに尋ねてきたけれど、俺は適当に誤魔化した。視線を感じた気がしたけれど、背後には誰もいなかった。多分、気のせいだろう。……いや、もしかしたら不死夜叉丸がボス部屋の奥から俺たちを見ていたのかもしれない。監視者というくらいだ、見張っていてもおかしくはない。


「そういや、隠し通路見つけた時点で不死夜叉丸が襲ってくる可能性もあったんじゃないか?」


 当然と言えば当然だけど、監視者はただ見ているだけじゃない。監視対象の下へ行こうとすれば妨害してくるのが普通だろう。俺の思いつきで発した言葉は想定外だったようで、コヨミはビクッと身体を震わせてボス部屋方面を振り返った。もちろん、不死夜叉丸が襲ってくるなんてことはない。


「なーんだ、居ないじゃない」


「まあ、実際には居ないんだけどさ」


「もしかして、セオリーが不死夜叉丸を倒してるからじゃない?」


「ほうほう、なるほど」


 エイプリルの推測で納得した。それなら有り得る話だ。逆に言うと、もしもコヨミ一人で隠し通路を見つけていた場合は襲われていたかもしれない。


「だとしたらセオリーくんを連れて来て良かったー!」


「分かんないけどな、普通に素通しだったかもしれないし」


「はいはい。さあ、道は開かれたんだ。奥へ行ってみよー!」


 俺の言葉を話半分にスルーしたコヨミは上機嫌で腕を掴んできた。そして、引っ張られるまま隠し通路の先、螺旋階段を下ったのだった。



 階段を降りた先、見えてきたのは砂利石が地面を覆う墓所だった。中心部には大きな墓石が一つあり、周囲をたくさんの小さな墓石が囲むようにして立っている。規則的に立ち並ぶ松明たいまつには青白い火が灯され、じめっとした空気が充満しているようだった。


「……地下墓所。ここが不死夜叉丸の監視していた場所か」


 俺は周囲を眺めつつ呟く。

 ゲームなら確実にイベントシーンが入るであろうシリアスな場面だ。しかし、そんな趣深い情緒など露知らず、俺の両腕にコヨミとエイプリルが左右からしがみ付いてきた。


「あたし、こういう雰囲気って苦手かも」


「うっ……、私もちょっと」


「いや、ホラーゲームみたいなもんだろ」


 両腕をされるがままにしつつ、やれやれと愚痴る。これで俺までホラーが苦手だったら話が詰んでいた。危ないところである。それにしても二人してホラーで怖がるなんて意外な弱点だ。コヨミなんて神様を降ろしたりするくらいだから霊が出たって大丈夫そうだけど。


「誰でもセオリーくんみたいにゲーム感覚でいられるわけじゃないのー!」


「それに、私にとっては現実なんだからね」


「お、おうおう。分かったってそんな波状攻撃で責め立てないで」


 なんか仲良くなってない? 息の合ったコンビネーションで俺を左右から責め立ててくる。いや、俺悪くないだろ。


「えぇい、怖いのは分かったけど、話を先に進めるぞ!」


 二対一で口論したら負ける、そう悟った俺はなかば強引に墓所の中心にある大きな墓石へと歩を進めたのだった。

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