第208話 墓石見上ぐる落ち武者よ
▼セオリー
中央に位置する一際大きな墓石へと近寄ると、まるで待ってましたとばかりに青白く輝く霊魂のようなものが周囲からあふれ出した。
「ぴゃあっ」
「ひぃっ」
よく観察してみると周囲を囲んでいる小さな墓石たちからこの霊魂は飛び出してきているらしい。霊魂たちはグルグルと渦を巻きながら俺たちの目の前へ集結しだした。ついでに両腕にかかる二人のお嬢さんの握力パワーもギリギリと右肩上がりに上がっている。
「あの、痛いんですけど」
「なんでこの状況で平然としていられるの?!」
コヨミが若干涙目になりながら訴えてきた。なんでって言われても現状、和製ホラーの演出にしか感じないからなぁ。
おっ、霊魂の渦から人が出てきた。……なるほど、落ち武者か。血の気の無い青ざめた顔色に、身体の所々が痛々しくも抉れ、赤黒い肉の隙間から白い骨が見え隠れしている。
「キャーッ! 出たー!」
「……っ! ~~!!」
コヨミは盛大に叫びながら、エイプリルは声にならない声を噛み殺して俺の腕を引き千切らんばかりに握り締めている。
ほうほう、コヨミはまだ余裕があるっぽいな。なんだかんだでお化け屋敷的な楽しみ方をしている気がする。一方のエイプリルはわりとガチめに嫌なんだろう。そろそろ俺の腕も落ち武者と同じように抉り取られるんじゃあないかな。
「えっと、あんたが『いにしえの王』ってやつか?」
コヨミとエイプリルの相手をしていると一生話が進まないだろう、ということを察した俺は気持ち二人より前へ出て代表するように落ち武者へ質問を投げ掛けた。
世界の
『猟犬を従えし者が隠された道を暴き、秘密を解き明かす者が軛を照らす』
ここまではクリアした。そして、続く言葉は
『万物を支配せし者、いにしえの王を呼び覚まし、王位を簒奪する者が破滅を
と締めくくられる。つまり、この地下墓所とは即ちいにしえの王の墓所なのではないか、と冴える頭をフル回転させた俺は考えたわけだ。
さて、そんなわけで俺の質問に対する解答は……
『否』
違ったわ。じゃあ、落ち武者は誰なんだって話だけど、その前に一つ朗報だ。落ち武者は意志疎通が取れる。これは非常に重要だ。話が通じるかどうかで選択肢の広がりが大きく異なってくる。
「それならアンタは誰なんだ。王への案内人か?」
『
「武士か。たしか武士ってのは
不死夜叉丸を撃破して手に入れた書物をシャドウハウンドが解析・要約してくれた内容にはザっと目を通してある。
『
「物ノ怪の残滓?」
『うむ、物ノ怪は封じられたが完全ではなかった。隙間風のように漏れ出る力の残滓は実体を持ち、軛を破壊せんと日夜襲ってきたのだ』
えっ、何それ知らないんだけど……。
たぶん、武士が話していることは書物に書かれていた出来事のその後の話だ。『神縫い』ってので化け物を封じたけど、それは完璧ではなかった。だから武士たちはずっと軛の外で戦い続けていた、ということか。
「じゃあ、俺たちが見た霊魂みたいなものは」
『物ノ怪の力の残滓を抑え込むために戦い散っていった武士の魂である』
「なら、さしずめアンタはその集合体ってとこか」
『然り。某は誰でもなく、誰でもある』
「なんだそりゃ、謎かけかよ?」
俺の質問に対して返答はなく、それっきり武士は背後の大きな墓石を見上げて押し黙ってしまった。うーむ、これは何か行動を起こさないとイベントが進行しない流れか。
「ねぇねぇ、セオリーくん。今が支配術の使い時なんじゃない?」
武士と俺の双方が黙っていると、コヨミが俺の腕をツンツンしながら話しかけてきた。『支配術』か、たしかにそれが正解な気はする。『万物を支配せし者がいにしえの王を呼び覚ます』らしいし。
「とはいえ、誰にどうすりゃいいんだろう。あの武士を『
「それしかないんじゃないかな」
コヨミはあっけらかんと答えるが、そう簡単に言ってくれるな。『空虚人形』は意識を失っている対象を操る忍術だ。となると当然、相手が意識不明じゃないと効果を発揮しない。しかし、目の前に立つ武士は明らかに霊魂の集合体だ。そもそも死者である可能性が高い。
「死者に意識の有無はあるのか……。そもそも俺の忍術は通用するのか?」
「そんなの考えてたって答えは出ないよ。とりあえず、物は試しでやってみたら」
楽天的にコヨミは提案する。つうか、もう全然ホラーな雰囲気に怖がってないな。今は『支配術』で何が起こるんだろうというワクワクが勝っている様子だ。最初からお化け屋敷感覚くらいのものだったのだろう。
それに引き換え、エイプリルはいまだに俺の腕に引っ付き虫みたく張り付いている。対照的だ。しかし、これから俺は武士に触れて『空虚人形』を掛けなきゃいけないのだ。さすがに腕を掴まれたままだと不意のアクシデントに対応できない。
「エイプリル、悪いけど一回手を離してくれ」
「やっ!」
「……え? いや、なんかあった時に身動き取れないだろ」
「いーやっ!」
エイプリルは首をブンブンと横に振ってイヤイヤしている。あの、なんか幼児退行してない?
「どうしたんだ、さすがに怖がり過ぎじゃないか」
「だ、だって声が……」
「声?」
「四方八方から聞こえるでしょう、殺された人たちの怨めしそうな声が」
「……いや、聞こえないけど。コヨミは?」
「あたしも特には聞こえないかな」
俺とコヨミの返答を聞き、エイプリルは目を見開いて愕然とした。そして、周囲を見回してから俺の腕の中に顔を
「えぇい、こうなったら仕方ない。このまま『空虚人形』を試すか」
「いざとなったら、あたしが守ってあげるよー」
「あぁ、そん時は頼む」
俺はエイプリルを引きずりつつ、墓石を見上げる武士へ近づいた。意志疎通の取れる相手に仕掛けたことが無いので緊張する。でも、やるしかない。俺はすぅっと息を吸い込んだ。
「『支配術・
忍術を唱え、武士の身体に触れた。すると、その瞬間に電子巻物が目の前に展開される。
『石川鉄之進・山本一平太・小野寺清兵衛・田井中六郎・中村三郎左衛門・佐々木九兵衛……』
名前の羅列が視界一杯に広がり、面食らった俺は思わず仰け反った。いきなり何なんだ。それも名前は十や二十じゃ効かず、百個以上の名前が羅列されている。もっと言えば電子巻物をスクロールすればまだまだたくさんの名前が表示されそうな雰囲気さえある。
突然の出来事に圧倒されつつ、よく観察してみるとこの表示のされ方には覚えがあった。同じ支配術の一つ『
つまり、仕様が同じだとすれば、表示されてる人名全てが『空虚人形』の対象になるということ。もしかしたら意識が覚醒してない霊魂の中から選択して術を掛けられるのかもしれない。
とはいえ、膨大な量の名前だ。確実に骨が折れる作業となるだろう。いやはや、武士一人の身体の中に一体いくつの霊魂が詰まってるんだ……。
そんなことを思いつつ何気なく電子巻物をスクロールしていると、吸い寄せられるようにして一つの名前が目に留まった。
『不死夜叉丸』
このダンジョンのボスの名前だ。霊魂の集合体である武士の中にどうして不死夜叉丸の名があるのか。疑問に思いつつも、俺は自然とその名前へと指を伸ばしていた。さも、そうするのが当然といった動作で一覧の中から『不死夜叉丸』を選択する。
選択した途端、目の前に立っていた武士は
「この姿は……!」
現れたのは半透明の白いベールを頭から垂らし、高下駄を履いた武士。
すなわち、不死夜叉丸だった。
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