第209話 託されし黄金の針『神縫い』

▼セオリー


 落ち武者の姿が完全に変貌し、不死夜叉丸の姿となる。それを見た瞬間、俺はエイプリルとコヨミへ叫ぶように指示を出していた。


「不死夜叉丸だっ、距離を取れ!」


 俺は腕にしがみ付いたままのエイプリルを逆の手で抱くと、大きく飛び退く。同じくコヨミも後方へ退避するが、それだけに留まらず追加で忍術を唱えていた。


「『祓魔術・浄界』!」


 不死夜叉丸の周囲を四角く結界で取り囲む。頭領であるコヨミ最強の結界術だ、いくら不死夜叉丸と言えどそう簡単に壊すことはできないだろう。一瞬の猶予、この隙に逃げ出すか戦うのかを見極める必要がある。

 油断なく不死夜叉丸の所作を観察する。今のところ腰にぶら下げた刀へ手を伸ばす様子は見られない。俺たちが警戒している中、不死夜叉丸はゆっくりと腕を上げた。何か攻撃を繰り出してくるのかと身構える。


「忍びの子よ、私の名を誰に聞いたのじゃ?」


 不死夜叉丸はピンと伸ばした指先を俺へ向けてそう尋ねてきた。幼さの残る少年のような声色とは裏腹に年季の入った年寄り臭い喋り方だ。


「……のう、聞こえておるじゃろう。返事くらいしたらどうじゃ」


「あ、あぁ、聞こえてる」


 突然、会話を求められて驚きが勝ってしまった。絶句していると向こうから返事の催促が来たので、なんとか返事を絞り出す。


「よしよし、聞こえておるな。して、先の質問の返事は?」


 質問の返事? 名前を誰に聞いたのか、ってやつか。


「アンタ、軛の監視者だろう。戦った時にそう表示されてた」


「はて、軛の監視者とな?」


 不死夜叉丸は視線を中空に漂わせて記憶を掘り起こすような表情を浮かべる。おいおい、覚えてないのか、と脳内でツッコミを入れていて気付いた。そういえばボス戦の時は装着していた般若の面を今の不死夜叉丸はしていない。服装だけ見て不死夜叉丸と判断していたけど、もしかして不死夜叉丸じゃないのか。


「そういえば般若の面を今はしてないのか?」


「般若の面じゃと……ほう、なるほどのう。あのカラクリ武者の話をしておるのか」


 不死夜叉丸は合点がいった様子で手を叩いた。そして、懐をまさぐると中から黒い般若の面を取り出して見せる。


「この面を被った不死夜叉丸は光吏ひかりや上位支配者どもが作り上げたカラクリ人形じゃよ。よくできておったろう、なんせ私自身が監修してやったんじゃからな!」


「カラクリ人形……? あんな化け物みたいな強さのが人形だってのか」


 俺たちが必死こいて攻略したダンジョンボス不死夜叉丸は人形だったっていうのか。信じられない。


「ただの人形とて侮るでない。かつての武士たちにもそうそう倒せる者はおらなんだ。なんせ、基にしている武士がこの私じゃからのう」


 腕を組み、得意げな表情で自分を模したからくり人形の自慢話をしている。なんか思ったより親しみやすいキャラクターなのかもしれない。


「そうだ、目的を忘れてた。俺たちは世界のくびきを破壊するクエストを受けてるんだ。アンタは軛の場所を知ってるか?」


 不死夜叉丸が出て来た驚きで話が脱線してしまった。軌道修正をかけるべく、俺は本題の話を切り出す。


「世界の軛を壊しに忍びの子が来たということは、上位支配者どもの判断かのう。……ふむ、機は熟したか」


 世界の軛という単語が出た途端、不死夜叉丸は天井を見上げて独り言をつぶやいた。また、上位支配者という単語が出てきた。この世界の色々な場面で耳にする言葉だ。きっとゲームにおけるキーマンなのだろう。まあ、字面だけ見たら悪役の黒幕なんだけどな。


「何か知ってるのか?」


「知っておるとも。じゃが、まだ足りん」


 そう言うと不死夜叉丸は腰にぶら下げた刀を突然抜き放った。

 抜刀一閃。抜き放った刀がきらめいたかと思うと、コヨミの張った『浄界』が綺麗真っ二つに斬り裂かれた。


「うっそでしょ、『浄界』を斬った?!」


 コヨミが目を丸くして驚きの声を上げる。俺も斬られたことに驚きを隠せない。そんな俺たちの驚愕の表情を意に介さず、不死夜叉丸はスタスタと俺の前まで歩み寄ってきた。

 あらためて抜き身の刀に目を向ける。刀身が鏡のように反射していた。曇りのない刀身はきっと入念な手入れがなされているに違いない。


「我が愛刀、雷霆らいてい薄緑よ。これまでご苦労であった」


 不死夜叉丸はポツリと言葉を漏らした。それはまるで刀へ手向けの言葉を送るようだった。

 突如、刀身が砕け散る。まるで内に秘めていた膨大な力の奔流を留めて置けなくなり、内側から爆発したかのような砕け方だった。


「何が起きたんだ?」


「これを見よ」


 もはや柄だけとなった日本刀を不死夜叉丸が掲げる。その根元に金色に輝く針が埋まっていた。


「この針は『神縫い』といってな。宇宙そらから飛来した物ノ怪の力を封じる力を持っておる」


 不死夜叉丸は柄から針を抜き取ると俺へと放り投げた。


「え? ……えぇっ!」


 俺は慌てて両手で針を受け止める。なんでこんな重要そうなアイテムを軽々しく投げ渡せるんだ。万が一、地面に落としたらどうするというのか。


「こんな大事なもの軽々しく投げるなよ!」


「ふぁっはっは、こりゃすまんのう。しかし、慌てるでない。その針はまだ死んでおる」


「針が死んでる?」


「そうじゃ、お前さんはこれから『神縫い』を蘇らせねばならん。そのためにエニシを探すのじゃ」


「どういうことだよ、この針だけじゃダメなのか?」


「その針はかつての戦いで力をほとんど使い切ってしもうた。刀が砕けたのが証拠じゃな。しからば、この時代の『神縫い』を新たに作り出さねばならん」


 俺は手元の針を見下ろした。さっきまで金色の輝きで満ちていたのに、今は何の変哲もない針だ。この針をエニシに会って蘇らせる。それが次のミッションってことか。


「ところで、エニシって全国を放浪してるんだろう。そう上手く会えるのか?」


「安心せい、ヤツは今関東におる」


 不死夜叉丸はニヤリと笑みを浮かべた。ついさっきまで落ち武者の中で眠りについていた霊魂が何故エニシの居場所を把握しているのか非常に不思議ではあるけれど、それが本当なら大助かりだ。


「……分かった、エニシに会ってくる。それで針を蘇らせたらここに戻ってくる。それで良いんだな?」


「うむ、我ら武士に成し得なかった悲願をどうか成就させておくれ」


 言いたいことを言い切ったのか、はたまた制限時間が来たのかは分からないけれど、そこまで伝えて不死夜叉丸の身体がほぐれるように光の粒子へと変化していく。


「むぅ、もう時間か。もう少し時間があれば現世を見て回りたかったものよ。いや、すでに死人の身、次代の者たちに伝える時間を得られただけでも過ぎたる幸いかのう」


 不死夜叉丸は満足したような表情のまま青白い霊魂の集合体へと戻った。霊魂たちは思い思いの墓石へと飛んでいき、消えた。あとに残るは静かな地下墓所と俺たちだけだ。


「なんか託されちゃったね」


「あぁ、でもやることはハッキリした。エニシを探そう」


 俺たち三人は静まり返った墓所を後にした。何故か、まだ視線を感じる気がするけれど、今ここでその話をしたらエイプリルが怒り狂うかもしれないので黙っておこう。『第六感シックスセンス』よ、教えてくれてありがとよ。だけど、幽霊の視線まで感知しなくていいぞ。

 ちらりと後ろを振り返る。視線を感じた辺りをジッと見つめるけれど、やはり何も見えない。ダンジョンに入ってから時折感じる視線だ。多分、ダンジョン特有の幽霊か何かを感じ取ってるのかね。




 ▼


 三人の人影が地下墓所から離れていき、十分な時間が経った後、墓石の影から這い出る女性の姿があった。


「ふぅ、勘が鋭いなぁ。あやうく見つかっちゃうかと思った」


 女性は額の汗を拭いつつ、中心にある大きな墓石の前へと立った。


「不死夜叉丸。それが武士たちの王の名か。それじゃあ、その座を頂戴しましょうか」


 女性は墓石に片手を押し当てた。少しずつ力が込められていくにつれ、石碑からピキパキと割れるような音が響き出す。


「よっこいしょー!」


 掛け声とともに墓石が引き倒される。その下には骨壺が置かれていた。女性は目を細めて壺を見つめた。


「『簒奪術・偽位簒奪』」

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