第206話 巫女様、金の無心

▼セオリー


「やあ、あたし! 呼んだかい?」


 形代かたしろが変化して現れたコヨミは朗らかに笑うと元居たコヨミに話しかけた。傍から見るとコヨミがコヨミに話しかけているようにしか見えない。やはり、いつ見てもシュールな情景だ。


「うん、オモイカネの力を貸して欲しいんだ」


「へぇ、あたしの力をかい。そりゃあ、簡単なお手伝いくらいなら構わないけど、神名で呼ぶってことは神としての力を借りたいんでしょう?」


「そう、神様であるオモイカネの力が必要なんだよ。だからどうかお願い~!」


 コヨミは両手の平を合わせて拝むように懇願する。それを見たコヨミことオモイカネは腕を組んで値踏みするような視線を寄越した。


「まあ、巫女の頼みだしね。聞いてあげないこともないよ」


「ホント?!」


「ただし、相応の頼み方ってものがあるでしょう?」


「えー、そこは無償の愛を頂戴よ」


「チッチッチィ、神はそんなに甘くないのだよ」


 オモイカネの返答を受けて、コヨミは項垂うなだれる。相応の頼み方か、何か対価でも必要なのかな。そんなことを思っているとコヨミが振り返って俺を見た。なんだか嫌な予感がする。


「セオリーくん、とっても大事なお話があるんだ」


「……なんだ?」


「お金、貸して欲しいな」


「ダメに決まってんだろ!」


 速攻で断った。金の貸し借り禁止はウチの家訓だ。たとえ親しき仲であったとしても金銭トラブルは友情破壊の元である。というか、コヨミは頭領だろう。中忍頭の俺なんかよりずっと多くのゲーム内通貨を持っているはずだ。


「そんなぁ……。どうしても、ダメ?」


 今度はウルウルと瞳を潤ませながら俺の手を両手で包むように取って自身の胸の前へ持っていった。背の低いコヨミは小動物系の可愛さがある。そんな彼女のお願いポーズはかなり火力が高い。並の男子では一撃ノックアウトの凶悪さと言って差し支えない。そんなおねだりに思わず俺も屈してしまいそうになる。そんな時だった。


「私の目の黒い内は!」


 俺の背後で急速に膨らむ殺意が声を発する。


「絶対に手は出させないんだから!」


 突如としてコヨミが影の中へと引きずり込まれた。これはエイプリルの『影呑み』だ。俺へのハニートラップを検知して自動防衛機能エイプリルが働いたのだろう。

 エイプリルは優秀だ。俺が拒絶しにくい攻撃であっても彼女なら対処してくれる。そんな信頼感が生まれつつあった。ちょっと影の中を覗いてみる。女子二人によるキャットファイトが繰り広げられていた。……俺はそっと目を反らした。




 数分してコヨミが自力で『影呑み』の中から脱出してきた。基本的に影の出入りはエイプリルにしかできないはずだけど、無理やり這い出てくるとはさすが頭領だ。


「はぁ、はぁ……、厄介な術だね。でも、血気盛んな猫ちゃんはその中で見てなさい」


「っ~~~!!」


 コヨミは勝者の風格を見せつけつつ、未だ影の中にいるエイプリルへと指を差して宣言していた。エイプリルの方はというとコヨミの絶対防御結界である『浄界』に囚われているようだった。あらら、たしかあの結界の中からだと『影跳び』でも脱出できなかったはずだ。つまり、手詰まり。エイプリル、今回は完敗だ。むしろ頭領相手に善戦したよ。




 勝者と敗者が明確に決まった所でエイプリルは『浄界』から解放された。今は俺の背中で「うーっ」と唸っている。本当に猫みたいだ。そんなエイプリルを華麗にスルーしてコヨミは俺へ向けて再び話しかけてきた。


「さて、セオリーくん、思わぬ乱入もあったけど話を戻そうか」


「それなんだけど、どうして俺から金を借りる必要があるんだ? 金なんて頭領であるコヨミの方がずっと多く持ってるはずだろう」


 エイプリルが稼いでくれた時間で俺は冷静になることができた。クールに頭が冴えている俺はそもそもの発端である金を借りる必要性を問いただす。


「うーん、それを知っちゃうと効果が薄れるのが難しいところなんだよねぇ」


「効果が薄れる……。やっぱり自分の金だとダメな理由があるのか」


「それはそうだよ。何の意味もなく金を借りようとするはずないじゃない」


 コヨミは純真そのものといった澄んだ瞳で答える。

 甘いなぁ、何の意味もなくとまでは言わなくても自業自得な内容で金を借りようとする人間はたくさんいるのだ。きっとコヨミは周囲に愛されて育ったのだろう。世の中の穢れも知らぬ箱入り娘か。貴重な存在だ。……いや、かくいう俺も現実でそこまで殺伐とした世界に生きるわけではないけども。むしろ俺は闇金漫画の読み過ぎか。


「でも、何の理由もなく金は貸せないな」


 もっと言うと家訓的には理由があったとしても基本貸さない。だから俺の場合、金を貸すのは返ってこなくても良いと考えた時だけだ。あとは正式な金融機関として借用書を交わすのなら有りかもしれないな。家とかはローンを組まなきゃ買えないだろうし……。おっと、話が逸れた。


「だから、この金はコヨミに対する投資だと思ってくれ」


 俺はステータス画面から全財産の内、半分を出金するとコヨミへ送った。


「えぇっ、完全に断られる流れだと思ってたのに」


「そりゃあ、知らない相手から急に言われたら断るけどさ。コヨミは知らない仲じゃないし、話の流れ的に必要なモノみたいだしな」


「あたしを信頼してくれたんだね、セオリーくん本当にありがとう。やっぱり持つべきは可愛い後輩だよぉ」


「いや、それほどでも……。ところでコヨミ、『金額はそれで問題ないか?』」


「うん、十分だよ。きっとこれで神様も願いを聞いてくれる!」


 コヨミはさっき見せた芝居がかった潤んだ瞳とは異なる雫を目尻に湛えていた。ヤバい、俺は詐欺師に向いているかもしれない。ちょっと罪悪感があるぞ。説明は……まあ、後でするか。


「願い……、俺から借りた金で神様にお願いごとを聞いてもらうってことか?」


「そう、『神降ろしの巫女』の固有技能でね。神様にお願いができるんだけど、その時に賽銭が必要なんだよ。しかも、金の出処でどころである本人が大金だと思う額であるほど効果が強まるのさ」


 コヨミが説明してくれたおかげで合点がいった。だから俺から金を借りたのだ。俺が大金だと思う額とコヨミが大金だと思う額には大きな差がある。元々の所持金にも違いがあるし、クエストで稼げる金額にも差がある。だけど、いずれにしろ俺が金を出した方が小さい金額で済むことは間違いない。

 しかし、そのルールを事前に知っていると効果が弱まるというのは良くできたシステムだ。談合したりといった悪用はしにくくなっている。


 コヨミは改めてオモイカネへと身体を向けた。

 とはいえ、オモイカネは俺とコヨミの一連の会話を聞いていた。となると俺の金を使ってお願いをするというのは考えようによっては安く済ませようという魂胆が見えるズルい行為だ。大丈夫なのだろうか?

 そんな俺の心配をよそにコヨミは姿勢を正すとオモイカネへと一礼した。途端、白いオーラがコヨミの身体を包み込んでいく。


「『オモイカネ様、そのすべてを見通せしまなこと知恵をどうかお貸しください』」


 コヨミが下げた頭の先から一本だけオーラの線が伸びていく。オモイカネはその線を手で受け止めると静かに頷いた。するとオモイカネの身体が霧散し、光の粒子となった。粒子はゆっくりとコヨミの身体の中へと流れ込んでいく。

 全ての粒子が残らずコヨミに吸い込まれると身体を包んでいた白いオーラも消えてしまった。その代わり、コヨミの瞳が金色に輝いていた。


「うん、ばっちり! セオリーくんのおかげで成功したよ」


 どうやら俺の金でお願いを安く済ませたことは問題なかったらしい。コヨミは満面の笑みで俺にハイタッチしてきた。背の高さに差があるのでコヨミはぴょんと飛び跳ねてハイタッチする。一つ一つの動作があざといぜ。……あとエイプリルさん、肩に置いた手、爪が食い込んでるんですけど?


「それは良かった。だけど、オモイカネはどういう力を貸してくれたんだ?」


「オモイカネは天の岩戸を開く方法を知る神様なんだ。だから隠された扉とか、その開け方とかを教えてくれるんだよ」


「隠された扉って世界のくびきの有る場所のことか」


「その通り!」


 ワールドクエストが始まって最初に見つかった石板には世界の軛を破壊するための手順が書かれていた。

 その内の一つ目はシャドウハウンドのアヤメによって突破されたわけだけど、二つ目の「秘密を解き明かす者が軛を照らす」という部分が未だに解明できていなかった。コヨミはどうやらその二つ目の段階を突破しようと考えているらしい。


「称号が鍵になるならあたしの称号でもやってやれないことはない、って思ったんだよね」


「なるほどな、それにしても神様の権能を借りられるなんて初耳だ。驚いたぞ」


「当たり前じゃない。これはあたしの奥の手だよ? しかも、習得したのもサークルの先輩たちが忙しくなってからだから、現状知ってるのはセオリーくんだけなんだからね」


「そいつは恐れ多いな」


 なんと、コヨミの隠し玉だったらしい。そんな大事なことをどうして俺にだけ明かしてくれたのか。しかし、それ以上話を続ける前にコヨミはスタスタとダンジョン内を歩き始めた。どうやら彼女の金色に輝く瞳には世界の軛へ通じる何かが見えているようだ。


「ところで、コヨミ」


「んー、なに?」


「言いにくいんだけどさ、さっき貸した金の利息、十日で一割トイチだから」


「……ふーん、そっかぁ。分かった。…………って、えっ?!」


 さっきまで行き先ばかり見つめていた瞳を首ごとぐりんと俺へと向ける。俺は手に持った借用書をコヨミに見せた。そこには俺が貸し付けた金額と利息が記載されている。


「えぇーっ?!」


 コヨミは二度見した後に素っ頓狂な声をあげるのだった。

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