第229話 未来への展望

▼セオリー


 イリスとの密会を終え、暗黒アンダー都市へと戻った俺はルペルやホタルといった不知見組の面々と顔を合わせていた。


「なるほど、イリスがそんなことを……」


 ルペルは片手で口元を隠しつつ、絞り出すように呟いた。

 ワールドモンスターの強さは前評判と比べてずいぶんと弱い。去り際に彼女が言い放った言葉を、俺はいまだに飲み込み切れないでいた。だから、不知見組の仲間に吐露したのだ。





 地下墓所での密会。


「とてもじゃないけれど、今出現しているワールドモンスターの強さで世界を滅ぼすなんて夢のまた夢じゃない?」


 イリスは冷めた仕草で髪先を指で遊ばせながら事も無げに言った。

 破壊の規模が大きすぎて正常な判断ができていなかった。熱に浮かされた頭へ冷や水をかける言葉に俺はハッとしてしまった。


 ただただイリスは冷静だった。関西サーバーでのワールドモンスターの一件から現状を整理し、戦力を測ったのだろう。


 頭が冷めた頃合いを見計らったのだろうか。それからイリスは口元に人差し指を当てて、秘密の会話を交わすように俺の耳元へ顔を近づけた。


「ここから先は秘密の話ね。……私、実はワールドモンスターも全ては上位支配者の掌の上なんじゃないかって思ってるのよ」


「てのひらの、うえ……?」


 どうしてこうも俺の心をかき乱す言葉ばかり重ねられるのか。イリスの言葉には一つ一つ驚かされる。だがしかし、その考えはどうだろう。ワールドモンスターには上位支配者も手を焼いて、封印するしかなかったんじゃなかったか。


「君が思うことも色々あるだろうね。けれど、それらの情報の出どころはどこ?」


 俺の思考を先読みするようにイリスは尋ねる。俺の持つ情報の出どころは不死夜叉丸撃破後の書斎にあった書物だ。その時は世界観設定を知れる背景資料集だと思ったけれど、言われてみればワールドモンスターの詳細に関しては食い違う部分が見えてきた。


 じゃあ、その書物を残したのは誰だ?

 ……不死夜叉丸を倒した後、あの場に現れたのは光吏ひかりと呼ばれる影子と対になる存在だった。どちらにせよ、上位支配者の息がかかった者。

 瞬間、脳裏に湧き上がるのは疑念。


「自作自演だっていうのか?」


「そもそも私はね、上位支配者どものことを信用していないの。彼らは大きな欺瞞を抱いてる」


 俺の質問に明確に答えるわけではないけれど、意味深な言葉でイリスは締めくくった。

 歴史は記した者の手でいくらでも歪められる。勝てば官軍という言葉もある通り、敗者の扱いは勝者の思いのままだ。





「それなら想定よりも弱いわけですから結果的には良かったんじゃないですか?」


 ホタルの言葉で脳内の回想から現実へと引き戻される。


「そうだな、強いて言えば嘘の情報を掴まされてモヤモヤしたくらいか」


 実際問題としてそれほど実害は無い。一方的に上位支配者たちに対する信頼感が失われただけだ。それだってそもそも俺は上位支配者、というかその中でもヴェド=ミナースに対して良い感情を持っていないわけだから低い好感度がさらに下がった所でほとんど何も変わらない。


「ルペルはどう思う?」


 宇宙より飛来した獣の脅威に対し、個人で対策を進めていたルペルからすると、今回の話は肩透かし的な意味合いも持つ。これでやる気が落ち込んでしまったりしなければいいんだけれど。


「……そうだね、私としてはワールドモンスターのことよりもイリスが上位支配者を敵視することの方が気になるかな」


「あれ、そっちが気になんの?」


「それはそうだろう。頭領がそこまで言うんだ、上位支配者関連のイベントは今後必ず来るよ」


 思った以上にルペルは前向きだった。てっきりこれまでの行動が無駄骨だったんじゃないか、とか思ってしまわないか心配していたのに俺の杞憂だったようだ。

 にしても、そうか。ルペルは先のことを見据えているわけだ。もし、ワールドモンスターすら上位支配者の掌の上というのが真実であれば、今後の厄介の種は確実に上位支配者関連のイベントになるだろう。


「そういう意味では不知見組に入れて良かったよ」


「どういうことだ?」


「なんせ、組長の君は上位支配者とコネクションがあるじゃあないか」


「コネクション……。あれか、一方的に身体の自由を奪われて、乗っ取りされた件を言ってんのか」


 俺がジト目でルペルを見ると、彼は深く頷いた。

 こいつ、全然悪気なくそう思ってやがる。こんなんのどこがコネクションなんだよ。しかも、こっちから連絡とる手段ないからな。向こうからの一方通行だぞ。


「君は必ず今後のイベントでも渦中に巻き込まれるだろう。そして、それは同じクランに所属する私たちも同様だ」


「それ、真面目に言ってんだとしたら厄介事に巻き込まれるの確定ってことじゃないか?」


「そうだね」


「そうだね、じゃねぇ!」


 爽やかスマイルで何言ってやがる、コイツは。


「だが、君は『神縫い』を手に入れただろう」


「……? それは今関係ないだろ」


「いいや、関係あるね。私の知る文献の中で『神性特攻』なんてものはほとんど存在しない。なぜなら神性という属性を所持する敵対生物がほとんど出てこないからだ」


「そうなのか」


「逆に言えば、神性特攻が現れたということは、これからその対象が出てくるってことだろう」


「まあ、そうかもしれないな」


 そうでなければ無用の長物になってしまう。

 一応、ヨモツピラーの図書館で調べた内容によれば神性はユニークモンスターや忍者にも設定されてる属性だ。

 しかし、それ以外の該当対象はほとんど名前を聞いても知らない固有名詞ばかりだった。図書館で調べられる情報にはまだ世界に認知されていない知識も含まれる。ならば、これから先、出てくるのかもしれない。神性という属性を持つ敵が。


「きっと私たちは神に挑むことになる。なんだかワクワクしてこないかい?」


 なるほど、ルペルが前向きなのが分かった。ワールドモンスターを倒した先を見ているからだ。

 そういえばワールドクエストが発表された時も公式アナウンスに書いてあったな。たしか「ワールドクエストシーケンスが次の段階へ移行する」だったか。


 結局のところ、この世界の次のステージへのワクワクが止まらないんだ。それは話を聞いた俺も同じだ。なるほどな、だったらワールドモンスターがちょっとばかし弱くたって気にならない。それを乗り越えて先へ進もう。

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