第228話 一緒に世界を救いませんか?
▼セオリー
「やあやあ、セオリーくん。今日はなかなかのメンバーで来たね」
イリスは俺の後ろにいる面々を見回してから、そう言った。若干、警戒の感じられる声色だった。シュガーとコヨミはどちらも頭領だ。たしかにここまで来るだけなら過剰戦力と言ってもいい。
「あぁ、警戒させるつもりはなかったんだ。単純に仲のいいメンバーで来ただけ」
これは大マジである。シュガーとコヨミはリアルでも親交のある二人だ。今日、イリスと会うことを話したら自分の用事も投げ捨てて同行してくれた。
「仲のいいメンバーを集めたら頭領のプレイヤーが二人も混ざるなんて面白い冗談だ」
「いや、真面目に言ってんだけどな……」
うーん、イリス的には半信半疑ってところか。とはいえ、関東クラン連合としては世界の
「……あぁ、でもそういえば、そっちの男の子はリアルの友人とか言ってたっけ」
唐突にイリスはシュガーを指差してそう漏らした。たしか逆嶋でカルマと戦った時にそんなことを口走った気がする。よく覚えてたな、あんな昔のこと。
「そう考えるとあながち嘘でもないのかしら」
「ずいぶんと疑り深いな。俺の見立てだとイリスなら頭領二人相手でも大立ち回りできるんじゃないか、くらいに思ってたよ」
「あら、そんな過大評価を受けてたの」
過大かなぁ……?
イリスは謙遜するように言うが、これまでの実績が彼女の強さを裏付けている。
「……口を挟んで悪いが、そろそろ本題に入った方がいいんじゃないか」
話が逸れてしまったところをシュガーが軌道修正してくれた。そうそう、今日はちょっと急ぎめに話を進めなければいけない。何故ならシュガーに時間制限があるからだ。明日の仕事の都合上、現実の時間に換算しておよそ1時間、ゲーム内では4時間程度しか猶予がない。
コヨミと合流して、この地下墓所まで来るのに軽く二時間程度かかっている。イリスとの話が終わったらログアウトする予定らしいが、何かイレギュラーがあると長引いてしまうかもしれない。すでに制限時間の半分が過ぎた。どうやら少し時間を気にし始めたらしい。
「そうだったな。それじゃあ悪いけど単刀直入に聞く。イリスは世界の軛を破壊する最後のピースで合ってるのか?」
質問を聞いてイリスはやや上を向き、顎に手を添えた。何事か考えているような仕草だ。
「俺の知りうる中で『王位の簒奪者』ってヒントから連想されるのはイリスだけだった」
「ふふっ……、私たち二人だけの秘密があるものね」
ざわっ、と後ろにいるエイプリルおよびコヨミの二人から不穏な気配が感じられた。ステイ、ステイ! 別に秘密って言っても後ろめたいことじゃないから!
「でも、その質問に答えるのは簡単だけど、私にメリットがないと思わない?」
そう言われるとこちらは弱い。そもそも頭領が喜ぶメリットなんて中忍頭の俺に用意できるわけがない。
「……あぁ、損得でいうならイリスにメリットは無い」
仕方がない。無いものは無いのだからハッキリと答えておく。対するイリスは残念そうな表情をした。いや、頭領が喜ぶようなメリットなんてそう簡単に提示できてたまるか。
そもそも、なんなら喜ぶんだ。逆嶋でカルマの一件を解決した後、まだ下忍の俺へポンとユニークモンスターの素材を渡せるような存在だぞ。文字通りランクが違う。
それほどの差があることくらいイリスも分かっているだろう。あれ、だったらどうして残念そうな顔をしたんだ。俺に提示できるメリット、何かあるのか?
(イリスは自分が協力した結果、どのような効果をもたらすのか、そういうことを聞きたいんじゃないか? )
(イリスが協力した結果?)
シュガーが『念話術』でフォローをくれるが、いまいちピンと来ない。
というか、イリスの行動原理って何なんだろう。無所属の頭領はプレイヤーの中ではイリスしかいない。つまり、何か目的があってフリーを貫いているんだ。
最初にイリスと会った時は、極秘任務としてカルマの野望を阻止するべく行動していた。次の時には、パトリオットシンジケートの計画を頓挫させるのに協力してくれた。両方に共通しているのは、関東地方全体へ悪影響を及ぼしかねない存在……か? まさか、巨悪へのアンチなんてのが行動原理だったりしないだろうな。
……なんにしても説得するための言葉を繋げよう。
「あとはええっと、チャットでも誘ったけどさ、関東クラン連合ってのを立ち上げたんだ。ワールドモンスターは破壊の規模がデカい。このままだと関西サーバーの二の舞になる。思い出の詰まった場所が壊されてしまうかもしれない。……俺はできることなら関東サーバーをグッドエンドで締めくくりたいんだよ。協力してくれないか」
ダメ元だ。もし、巨悪へのアンチ感情でイリスが動いているのなら、その情へ訴えかける。そこにはもはや損得勘定なんてものはない。得は無いけど、損だって無い。だったら一緒に世界を救いませんか?
「……ふぅん」
真剣なまなざしをイリスへと向けたまま答えを待つ。彼女は視線を受け止めた上で、焦らすようにゆっくりと俺の言葉を咀嚼していた。
そして、たっぷり1分くらい焦らしただろうか。唐突にイリスは口を開いた。
「いいよ、協力してあげる」
返答は思いがけないものだった。軽やかにさっぱりと協力の了承が取れたのだ。
「さっきまで渋ってたのに切り替え速過ぎない?」
「あら、そっちからすれば願ったり叶ったりなんだから良いでしょ」
「そりゃ、そうだけどさ。あまりの変わり身の早さに驚いてんだよ」
全然断ってもおかしくないような雰囲気を出していたんだけどな。まさか、情に訴える戦法が大成功だったのか?
「まあ、それはアレだよ。頭領が協力するには相応の理由が欲しいわけ。クラン所属の頭領たちなら話が早いだろうけど、私は無所属だからね」
「二つ返事で協力するわけにはいかなかったのか」
「慈善家だとは思われたくないからね。私にも私の狙いがあるんだよ」
狙いがある、そう答えた時のイリスは鋭い眼光を光らせていた。その狙いというのが、これまでの行動原理に関わってくるのだろうか。
でも、協力してくれるなら話が早い。まずは最初の質問だ。最初にして最も重要な質問でもある。
「それで『
あえて称号の『
シュガーには『
「そうね、君のご明察の通りだよ。今の私ならいつでも
「そうか! それじゃあ、破壊する日取りを決めたい。……どうだろう、関東クラン連合の会議に出席してくれないか?」
「えぇー、それは面倒かも」
「そこをなんとか。イリスの予定だってあるだろうし」
「あぁ、そういうこと。それなら私のことは気にしなくて良いよ、いつでも良いから。決行の日時だけ事前にチャットで教えて。そうしたら仕事はしとく」
これ以上の譲歩は無い。そういう雰囲気を感じた。
会議への出席は断固拒否か。しかし、日時さえ事前に伝えればいつでも協力に応じてくれる。頭領にそこまで言われれば、こちらも引き下がるしかない。
「分かった。この件はそれでオーケイだ。……あとはもう一度だけ聞くけど、関東クラン連合で一緒に戦ってくれたりとかはしないか?」
最後に欲を出してもう少し踏み込む。これは正直、チャットでも誘いをかけて一度断られているのでダメ元だ。
こう考えると俺の頼み事はダメ元が多いな。メリットを提示したりといった駆け引きが全然できていない。多分、カザキとかが見たら「駆け引きヘタクソですか、あなたは!」と怒られているところだろう。
「それはチャットで返事したよね」
「心変わりしてないかな、とか期待して」
「残念ながらそれはないよ」
「そうか、なら仕方ないな」
さすがに二度目の誘いは断られたならすぐに手を引く。ここは引き際を間違えると鬱陶しがられるからな。それにしても、やっぱり駄目か。
俺の残念そうな表情が顔にありありと出ていたのだろう。イリスは笑って声を掛けてきた。
「ふふっ、そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫よ。頭領が5人もいるんでしょう。だったらワールドモンスターは問題なく倒せる」
「関西サーバーの惨状は知らないのか? 今日の時点で全体の5分の3が破壊されてるんだぜ」
「知ってるよ。でも、あれは準備ができてなかったから。関東はどう? 違うでしょう、万全の準備を進めてるじゃない」
どうしてそんな楽観的なことを言えるんだ。未知の相手に対してはいくら準備したって心許なく感じてしまう。
「そんな楽観視してるってことは、イリスは何か情報を掴んでるのか?」
「特別な情報は無いよ。むしろ、気付いてないのかしら。ワールドモンスターの強さが前評判と比べるとずいぶんと弱いって」
ワールドモンスターが弱い?
俺はイリスの言葉に絶句してしまった。
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