第230話 軛の破壊とワールドモンスター解放
▼セオリー
───世界の
イリスとの約束の日。事前に関東クラン連合内で日程共有をした結果、関東サーバーはいまだかつてないほどのプレイヤーログイン率となっていた。
先行していた関西サーバーはすでにワールドモンスター討伐に成功している。それに続くようにして九州サーバー、中四国サーバーもワールドモンスターを解放し戦闘が始まった。
続々とワールドモンスターとの戦闘を開始したサーバーが出てくる一方で分かったこともある。それはワールドモンスターがサーバーごとに異なる点だ。
最初に戦闘を行った関西サーバーに出現したのは、うず高く積まれた金銀財宝の上に座す金色の体毛で包まれた四足の獣。九州サーバーに出現したのは、全身真っ黒な体毛をした猫科を思わせるしなやかな体躯に虫のような羽根が生えた獣。そして、中四国サーバーに出現したのは、とぐろ巻く細長い胴体を持った八つ首の獣だった。
それぞれ能力に特色があり、関西サーバーで出現したワールドモンスターを参考に対策を考えていた九州・中四国はそれぞれ当てが外れて少々後手に回ったそうだ。
つまり、関東サーバーにおいても戦いが始まるまではワールドモンスターがどんな攻撃をしてくるのか、どんな能力を持っているのか未知数のまま挑まなければいけない。
「だいぶ出遅れてしまったな」
「まあ、安全第一ってことで良いんじゃないか?」
「それもそうだが……」
隣に並び立つシュガーがぼやく。今日は仕事を早めに切り上げさせてもらいワールドモンスター出現の予定時刻に間に合わせてきたらしい。
彼の言う出遅れとはワールドモンスターの解放に関してだ。関東クラン連合で話し合いを行い、極力プレイヤーが多く参戦できる日をすり合わせた結果、予定日が大幅に遅れてしまった。そのため、九州・中四国サーバーにワールドモンスター討伐戦を先行されてしまった。途中までは関東サーバーが進捗トップだったのに、それも今や昔の話だ。
しかし、それも全ては慎重を期した結果である。実際問題、二番手三番手の九州・中四国もワールドモンスターが関西と異なったために被害が大きくなっている。速さを取るか、安全を取るか、二者択一だ。
「さて、そろそろ予定の時間だな」
「セオリー君、防御は任せてね!」
「あぁ、頼んだ」
シュガーと反対側に並び立つのはコヨミだ。今回、コヨミは俺専属の防御役という役割が振られている。驚くべきことに俺一人のために頭領が付いているのである。もっと言えばシュガーも俺のフォローのために一緒の場所にいるくらいだ。
ただの中忍頭である俺の為に頭領二人が居るなんて勿体ないと思ってしまうかもしれない。しかし、これにも理由がある。
これまでに3ヶ所のサーバーでワールドモンスターが出現した。それらの戦いからワールドモンスターの思考ルーチンが解析されたのだ。それによるとダメージを一番多く与えている個人に対してヘイトが向かい、その個人へ向けて移動し、攻撃をするというものらしい。
ワールドモンスターは非常に巨体である。それこそ街の二つ三つくらいは平気で覆い隠せるくらいの大きさを誇るそうだ。そのため、ヘイトを稼ぐプレイヤーはなるべく近接戦闘を続け、被害を広げさせないことが重要になってくる。
ちなみに関西サーバーは一番ダメージを与えていたプレイヤーが途中で逃走を選んだために、他のプレイヤーがヘイトを買うまでワールドモンスターが該当プレイヤーを追いかけ、同時に街々を蹂躙していったそうだ。
さて、ヘイトを買うプレイヤーは一番ダメージを叩き出せる者が選ばれる。そして、この俺への手厚い介護体制から分かる通り、俺がヘイトを買うプレイヤーに抜擢された。
「ハァ……、マジで緊張すんなぁ」
「頭領が二人も付いてるんだよ? 大丈夫だってばー」
気楽な調子で俺の背をバンバンと叩くコヨミに多少俺の緊張もほぐれるが、それでも疑念は拭えない。
右手に握る雷霆咬牙を見やる。エニシの再鍛錬によりユニーク忍具となり、さらに神域忍具にもなった。この雷霆咬牙の持つ神性特攻というのがとんでもない倍率を誇るらしいのだ。ヨモツピラーの図書館で読んだ神域忍具の効果をルペルたちに話したところ、目玉が飛び出るんじゃないかというほど驚いていた。後から話を聞いたシュガーも同じ反応だったのでこのゲームのデータ関連に詳しい者が聞くと凄さが分かるのだろう。
たしか、ダメージの最終値に忍具強度を掛けるんだったか。そもそも忍具強度ってのがピンと来ていないのであまり分からない。
「そろそろ繋げますよ」
「あぁ、分かった。『支配術・
アマミに促されてライギュウを召喚する。そして、俺とライギュウが赤い糸で繋ぎ合わされた。
なんだかんだ最前線とはいえ知り合いもちらほらいる。アマミもその一人だ。彼女の役目は俺とライギュウを『月下氷人』で繋ぎ、出来る限り俺の一撃の最大値をあげようというものだ。
元になるダメージが増えるほど、最終的なダメージ値が跳ね上がるので俺へのバッファーはかなり手厚い。アマミの他にも4人ほどのプレイヤーが代わる代わるバフを掛けていく。それぞれ所属するクランは違えどもワールドモンスターを倒すという目的のために一致団結しているのだ。
「凄いな、身体に力が
腕と脚に青白い包帯のようなものが巻き付き、身体全体を赤いオーラと黄色いオーラが包み込む。筋力・技量強化と全身の耐久強化。視覚強化と聴力強化も入ってるだろうか。さらに雷霆咬牙も青いオーラが包み込み、威力増強されている。
これだけのバフを集中して掛けてもらうなんてなかなか経験できないことだ。電子巻物を呼び出し、ステータスを確認すると軒並み素のステータスと比べて数倍から数十倍の強化を受けている。
あ、ちなみに筋力はライギュウのステータスを参照した上で強化を受けているので数千倍である。元が低すぎるだけだけど、知らない人が聞いたらギョッとするだろうな。
バフを掛け終わり、いつでも戦える状態になった頃、グォォオオオという大地を揺るがすような咆哮が遠く山中より響き渡った。腹の底から震えるような大音量だ。おかしいな、ワールドモンスター出現予測地点から10キロくらい離れてるんだけどな。
下手したら関東地方全体に今の咆哮は轟いたんじゃなかろうか。そんな馬鹿げた想像すらしてしまう。
(出てきたぞ!)
突如、脳内に『念話術』による注意喚起の声が響く。関東クラン連合における全体チャンネルの『念話術』だ。この権限は参戦する頭領たちにしか貸与していない。
この声は逆嶋バイオウェアの頭領ヒナビシによるものだ。
世界の
まずは戦力を整えた場所までワールドモンスターを誘導したい。それには最速の頭領であるヒナビシが適任だった。軽い攻撃でヘイトを買った後、幽世山脈内に布陣した関東クラン連合で迎え撃つ。それが俺たちの描いたシナリオだ。
(よし、俺の方向いた。それじゃあ、合流地点まで向かうぜ)
ヒナビシは無事にヘイトを買うことに成功したようだ。あとはワールドモンスターに追いつかれる前に俺たちの居る場所まで戻って来てくれればオーケーだ。
ヒナビシの声が聞こえた直後、数キロ先の山中で爆発と土煙が遥か上空まで巻き上がっているのが確認できた。そして、その煙の中を切り裂くようにして異様な怪物が姿を現した。
猛禽のような翼を背から四枚生やし、獅子の顔と身体を持つ獣。それが幽世山脈の山頂に前脚をかけていた。
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