第231話 巨躯。そして、咆哮

▼セオリー


 幽世山脈の連なりを足場にするほどの巨躯を持つ有翼の獅子。その姿は見る者に恐怖と無力感を刻み付ける。

 10キロ近く離れた場所から眺めているだけでも、ワールドモンスターの発するエネルギーがビリビリと伝わってくる。


「一瞬で飲まれたな。このままだと士気にかかわるぞ」


 周囲を見回したシュガーが冷静に分析して注意喚起の声を上げる。言われて俺も周りを見た。上忍以上のプレイヤーたちはさすがに胆が据わったものだ。ワールドモンスターの姿を見るや装備の変更やどう対応するか言葉を交わすなど、即座に適応している。

 しかし、中忍以下のプレイヤーは遥か山中に見える獅子の姿を前に、ただただ呆然と立ち尽くしていた。


「……分かった。全体チャンネルで話す」


 俺は一度目を閉じ、深呼吸をする。俺だって冷静でいられるのはシュガーやコヨミといった心強い仲間が隣にいるからだ。彼らがいなければ俺も同じように呆然と立ち尽くしていたかもしれない。

 まずは敵の強大さに飲まれた心を解きほぐす。そのためには俺たち関東クラン連合だって負けてないってことを見せつける必要がある。


(関東クラン連合、各員。ワールドモンスターは確認したな? デカさにビビる気持ちは俺も一緒だ。だけどな、こっちだって頭領が5人も付いてるんだ。絶対に負けねーよ)


 言葉ではいくらでも言える。だけど、一縷の希望も見いだせなきゃ身体は付いてこない。そして、希望が偽りではないと裏付けられた時、プレイヤーたちは信頼して命を預けてくれるはずだ。


(……まずはヘイトを俺が買う。事前の打ち合わせ通り、少数精鋭で斬り込むぞ)


 ヘイトを買うにはワールドモンスターに対して最もダメージを与えている必要がある。俺は『念話術』を全体チャンネルから頭領と選抜された上忍頭のみのチャンネルへ切り替えた。


(発破はかけた。委縮しちまったプレイヤーの緊張をほぐすには、あとは実力で魅せるしかない)


(良い感じだったんじゃねーか? 中忍頭のわりには肝も座ってて好印象だったぜ)


(とにかく、ワールドモンスターに一発ドカンと食らわせれば良いんですね)


 逆嶋バイオウェアの頭領ヒナビシとシャドウハウンドの頭領ミユキがそれぞれ返事を寄越す。絶対に負けない、だとか勢いに任せてハードルを勝手に高くしてしまったけれど、それに関しては不問にしてくれたようだ。ふう、良かった。それにしてもヒナビシは絶賛ワールドモンスターと追いかけっこ中のはずだけど、ずいぶんと余裕があるな。

 他のプレイヤーたちからの異論もない。さすがに選ばれた精鋭たちなだけある。自分の力に自信を持っている。そして、実際にそれを可能とするだけの力量も備わっているのだろう。


(よし、それじゃあ満場一致も得られたってことでいいな。ド派手にいこう)


 ワールドモンスターの大きさを見てよく分かった。VRMMOにおいて、この手の巨大ボスは一人二人の飛び抜けた強者だけでは倒せない。数千数万というプレイヤーたちの力が折り重なり、合わさって勝てるものなのだ。

 そのためには先陣を切って、勝てると思わせるだけのパフォーマンスも必要だ。プレイヤーの最高峰である頭領たち、彼らの活躍こそが一番の発破になることだろう。


(───作戦開始だ!)

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