第232話 開幕、稲妻一閃

▼セオリー


 作戦開始の号令とともに三ヶ所で狼煙のろしが上がった。ワールドモンスターを三角形で囲むように赤・緑・青のカラフルな煙が上空へと立ち昇っていく。この煙は各部隊の第一陣が戦闘を開始したことを示している。


 第一陣は頭領および選抜された上忍頭たちで編成されたチームだ。

 第一部隊は俺とシュガー、コヨミが率いる。主な役割としてはワールドモンスターを正面から受け止める部隊だ。そのため、基本的に攪乱かくらんや守りに重きを置いている。なにせ、ここを突破されるってことは幽世山脈からワールドモンスターが解き放たれることを意味する。主要拠点である街を守る上で俺たちの部隊が最終防衛ラインという訳だ。


 第二部隊はシャドウハウンドの頭領ミユキが率いる。ワールドモンスターの右側面から攻撃を加える部隊だ。なんでもミユキは火力が高いとの話を聞いている。逆嶋支部で隊長を務めるアヤメと並ぶ存在だというのだから、その火力の高さは折り紙付きだろう。

 とはいえ、ミユキがヘイトを買ってしまうと困る。上手くヘイトコントロールするためにもミユキとは頻繁に連絡を取り合う必要があるだろうな。


 第三部隊はヤクザクラン血染組の組長にして頭領アカバネが率いる。第二部隊の逆側、つまりワールドモンスターの左側面から攻撃を加える部隊だ。こちらは火力よりも搦め手でワールドモンスターの足を引っ張ることを目的としている。言ってしまえばデバフチームって訳だな。

 基本的には俺がヘイトを買う役割だ。もしくはやり過ぎたミユキがヘイトを貰う可能性もあるけど、その場合であってもデバフチームの戦場は反対側だから比較的安全だろう、という読みで配置されている。


 以上3つの部隊がワールドモンスターを囲む形で一斉砲火を食らわせる算段だ。


「さて、行きますか」


「あまり悠長にしてるとミユキにヘイトを奪われるぞ」


「おっと、それはマズいな」


 呑気な物言いをシュガーにたしなめられ、気を引き締め直した。

 とはいえ、俺が一撃を加えるまではミユキも手は出さないだろう。今しばらくはヒナビシにワールドモンスターを引きつけといてもらおう。今、地味に必死なのは一対一でワールドモンスターを引き付け続けているヒナビシである。あとでねぎらいの言葉くらいはかけてやらないとな。



 平野を駆け、幽世山脈へと足を踏み入れる。

 山頂へ向けて頭をあげれば有翼の獅子が前脚の先に備えた鋭い爪を振り回し、木々を薙ぎ倒す様が見て取れた。片手の一薙ぎで周囲数キロが更地になる。とんでもない攻撃範囲だ。


 ……これで弱い? 冗談も大概にして欲しい。これじゃあ、近付くのすら困難だ。


 今回の作戦は俺がヘイトを買うことで成立する。逆に言えば俺が仕事をこなせなければ作戦自体が瓦解する恐れだってあるのだ。責任重大過ぎる。

 しだいに進む速度が遅くなっていった。足に鉛でも巻き付けられているかのように重く感じられる。気丈に振舞っているつもりだったけど、知らない内に精神的には重荷と感じてしまっていたのかもしれない。

 巨大で強大なボスを前にして、これ以上前に進みたくない、と身体が拒絶反応を起こしているかのようだった。


「心配なの? 大丈夫だってば」


 二の足を踏む俺へコヨミが声を掛けた。背中へそっと手が押し当てられる。じんわりとした温もりが広がった。


「君のことはあたしが絶対に守ってあげるから、どーんと任せなさいって!」


「そうだぞ、セオリー。頭領が二人も付いてる破格の待遇なんだ。失敗なんて万に一つもないさ」


 ダメだな、支えられてばかりだ。シュガーにも、コヨミにも細かな部分でフォローされてばかりいる。それだけ今の俺は情けない姿を見せてしまっているのだ。自信の無さが隠し切れていないのだろう。



 ぱしりと両頬を叩く。なにを弱気になっている。責任重大だからこそ、頭領が二人も付いてくれているのだ。これ以上の援護は無いだろうに。


「悪い、弱気になってた。……そうだよな、二人とも頼りにしてるぜ」


 シュガーは何も言わずにサムズアップで返してきた。コヨミも俺が両頬を叩く姿を見て目を丸くしていたが、すぐにシュガーを倣ってサムズアップしてくれた。

 二人に背中から後押しを受けているようだ。前向きな気持ちが湧き上がる。さっきまで二の足を踏んでいた身体が嘘のように、力強い一歩を踏み出していた。



 ワールドモンスターと十分に近付き、ついにヒナビシを目視する。いや、正確にはヒナビシの残像を目視できたという方が正しい。黒い影のようなものが線を描いて、戦場を縦横無尽に駆け回っている。

 気付けば目の前にヒナビシが立っていた。そして、それを追随するように影の線がこちらへ近付いてくる。まるで自分の影すら置き去りにしているようだった。


「よう、遅かったな」


「アンタが速過ぎるんだ」


「そりゃ、そうだ。俺は最速だぜ」


 合流地点に辿り着くのがヒナビシは速過ぎだった。それを言っているのだけど、話は噛み合ってない。とはいえ、悠長に会話している時間は無い。話を切り替え、ヒナビシのファーストインプレッションを尋ねる。


「ワールドモンスターの動きはどうだ?」


「あぁ、とりあえず適当に攻撃振らせてみたが……、爪攻撃だけなら一般的な中忍頭以上が全力で回避すれば当たることは無いだろう」


「俊敏はそこまで脅威じゃないってことか」


「その代わり、火力と範囲はヤバいな。足遅い奴は後方支援に回した方が良い」


「分かった。詳細は伝令部隊で共有してくれ」


「おう、了解。それじゃあ、あとは任せた。お前の火力に期待してるぜ」


 言い終える前にはすでに姿が消えていた。まるで瞬間移動でもしたのかという速さだ。最速の名は伊達ではない。彼はこのまま伝令部隊を率いて情報を各地に伝える役目だ。


 情報共有という点において『念話術』は非常に便利だ。しかし、関東クラン連合は関東サーバーに存在するほとんどのクランを内包している。そのため、細かな情報伝達をするのが困難なほど大きなパーティーとなってしまったのだ。

 それこそ『念話術』で特定のクランへだけ伝達したい場合、膨大なクランの中からそのクランを検索しなければいけない。ワールドモンスターとの戦闘中にそんなことをしている時間はとてもじゃないけど捻出できない。


 結果的に細かな情報伝達には原始的な方法を取った方が早いという結論になった。とはいえ、ヒナビシという最速の忍者がいること前提の話ではあるけれど。




 一旦、ヒナビシが後方へ回る。

 つまり、ワールドモンスターがヒナビシを追って進軍を始めるということだ。もちろん、そんなことはさせない。ここでヒナビシとバトンタッチし、俺がヘイトを買うのだ。


「フゥー……」


 深く息を吐く。そして、右手の雷霆咬牙を今一度しっかりと握り締め直した。

 まるで山が動き、こちらへ突進してきているかのような錯覚を覚える。有翼の獅子は吠え声をあげ、巨躯を躍動させると山を踏み越えた。


「今だ」


 ライギュウが俺を砲丸投げでもするかのように直上へと投げ飛ばす。真上には跳ぶ獅子の腹が無防備に晒されている。そこへ下から突き上げるようにして雷霆咬牙を閃かせた。


「『雷霆らいてい術・稲妻』」


 曲刀を振り抜くのと同時に一瞬の雷光が空へと駆け上がり、───獅子の腹部を貫いた。

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