第233話 傲慢なるルシフォリオン
▼セオリー
おそらく地上のプレイヤーたちには奇妙なものが見えたことだろう。
地から天へ向かって雷が昇っていく。そんな自然現象とは真逆のことが起きたのだ。
その内の一つ『稲妻』は簡単に言ってしまえば射程を拡張する忍術だ。抜刀した瞬間から刀身は雷を帯び、振るうことで稲妻が放たれる。
にしても、おかしいな。
事前に練習で放った時はせいぜい射程10メートル程度の拡張が限界だった。それがどうだ、今の雷は天をも貫くといって過言じゃない勢いで放たれていった。
これが神域忍具ということなのか。神を殺すことだけを存在意義に持つ神域の特性が発揮されたのかもしれない。
そんなことを思いながら、俺は遥か上空から落下していた。ちなみに、さらに上を跳んでいた有翼の獅子は稲妻の一撃を受けて、ギロリと鋭い視線を俺へと向けていた。そのまま翼を一度羽ばたかせ、空中で停止する。
「これ、ヤバいか?」
ヘイトの移り変わりと攻撃先の変更が瞬時に切り替わっているのを感じる。今はもうヒナビシではなく、全ての攻撃は俺へと向かってくるのだ。
ワールドモンスターの真下にいる俺へ攻撃を加えるとしたら、どうするか。せっかくの巨体だ、生かさない手はない。すなわち、急降下からの
前脚を俺の身体へ押し付けると、全体重にプラス落下の速度を加えて地面へ叩きつける。小さな猫がやっているなら、可愛いじゃれつきと思える行動も、山のごとき巨躯で行われると災害だ。今一度、思い知る。俺たちは自然災害に等しいモンスターへ楯突いているのだ。
しばらくグリグリと地面ごと削るように押し付けた後、ようやく前脚を退けてくれた。青く澄んだ空が見える。あぁ、空は綺麗だ。
とんだ踏みつけ攻撃だった。山を陥没させ、その中に肉球で押し込め、閉じ込められてしまった。いくら
俺の周囲を守っていた結界『浄界』が消えるのを確認して陥没孔から脱出する。長手甲のワイヤー機構を発動し、まだ生き残っている木を取っ掛かりとした大ジャンプを敢行する。
空中高く飛び上がったおかげでさっきまで自分が押し付けられていた陥没の大きさが分かる。山が凹んでいた。どうみても不自然な陥没が一瞬で生み出されていたのだ。
「こりゃ、戦闘が長引くだけでここら一帯が更地にされちまうな……」
「周囲の心配より自分の心配をしなよ、大丈夫?」
追いついてきたコヨミが俺と並走する。たしかに、あの陥没は俺目掛けた攻撃の副産物でしかない。コヨミの言う通りだ。
「問題なし。コヨミの守りが通用することも分かった」
「そうだね」
上空からのスタンピングを防ぎ切ったのだ。おそらく単純な物理攻撃でコヨミの『浄界』が破られることは無いだろう。
「それに向こうさんも俺たちを敵として認識したみたいだ」
穴の中から無傷で這い出てきた俺を見て、ワールドモンスターは不機嫌そうに喉を鳴らした。そして、敵意の視線とともにモンスター名が電子巻物により表示された。
『傲慢なるルシフォリオン』
それが関東サーバーに現れたワールドモンスターの名前だった。
その名に刻まれた
「いかにも高慢ちきそうな顔してるわねー」
「そうだな」
コヨミがルシフォリオンの顔を一瞥するなり吐き捨てるように言った。たしかにヤツの瞳からは見下してくる気持ちが読み取れる。獅子面にもかかわらず、それだけ表情豊かということだ。一種の知性すら感じられる。
「知性か……。普通のモンスターより厄介そうだな」
いわゆるモンスターが持っている思考AIは比較的単純だ。だからこそパターン化してハメやすい。しかし、人に近い知性を持った思考AIは複雑だ。こちらがパターン化しようとすると上手く外してくる賢さを持っている。
「ごちゃごちゃ考えても仕方ないよ。とにかく今は攻撃しよう!」
「まあ、その方が良さそうだな」
ここで俺が小難しく色々と考えたところで妙案は浮かばない。だったら攻撃の手を止めている時間こそがもったいない。
ルシフォリオンを真正面から見つめ返す。俺の返答はこうだ、と意志を示すように雷霆咬牙を構えた。
どうやら俺の意志は汲み取ってもらえたようだ。グォォオオオと吠えるとルシフォリオンは俺へ向けて踏み込み、両前脚で攻撃を仕掛けてきた。
全力で駆け抜けて攻撃の隙間を掻い潜る。たしかにヒナビシが言うように攻撃速度自体はさほどでもない。避けるのに専念していればそう当たることも無いだろう。
ただし、避けるばかりもしていられない。鋭い爪が地面を抉る様を見届けつつ、再び咬牙を振るう。今度は世にも奇妙な地上を横切る雷だ。曲刀の切っ先から稲妻が放たれ、獅子の鼻っ柱を焼け焦がす。その傲り高ぶった鼻っ柱を折ってやろうじゃないか。
しかし、すぐさまゾクリと
顔面に雷を喰らったというのにビクともせず、返す刀でフェザーショットをお見舞いしてくるとか困ったボスだ。
周囲の地面を爆発させながら突き刺さる羽がそれこそ数十発と飛んでくるのだ。これは避けに専念してても避け切れたか分からない。当然、攻撃を放った直後の硬直時間が解けていない俺に避けられるはずもない。
目前に迫る鋭利な羽はあわや俺を貫くかと思われたが、並走していた頭領がそれを許さなかった。瞬時に張られた『浄界』によって阻まれ、俺までダメージは届かない。さすがにスタンピングを耐えきった結界だ。羽による攻撃なんぞで破られはしない。
ただ、この羽を使ったショットガン染みた攻撃はマズいな。攻撃することに意識を割くと避け切れない場面がちょくちょくありそうだ。そして、避け切れないとその分だけコヨミが『浄界』を使用する頻度も上がってしまう。
「気力消費は大丈夫か?」
「うーん、思ったより使う頻度高めだね……。なんとか結界を張る時間を短めにして省エネでやりくりするよー」
「おう、頼む。でも、無理せず早めに交代してくれよな」
上手いことやりくりするようだけど気力は有限だ。気力回復のタイミングになったら、防御特化の上忍頭が入れ替わりで俺の守りへ入ることになっている。
どうせ、長丁場になるんだ。本来ならあまり最初から省エネとかやりくりとかに脳のリソースを割くべきじゃない。
さて、ここからどう攻めようかな。さすがにルシフォリオンの警戒も強まってきている。このまま無策で突っ込めば手痛いしっぺ返しを食らいそうな気配がある。そんなことを思っていた時だ。
(そろそろ参戦しますね)
ミユキの声が脳内に響いた。直後に第2部隊の待機している方角で黒い飛翔体が空高く飛び上がった。遠目にも分かった。あの飛翔体はミユキだ。
事前に聞いていた話によれば、ミユキは物体の重さを操作することができるらしい。ルシフォリオンの背中まで届きそうな高い跳躍力を考えると、自分の体重を操作していることが窺える。そのままムササビのように滑空し、ルシフォリオンの背中へ飛び乗る。
同時にドゴッと鈍い衝突音がルシフォリオンの背中付近から聞こえた。山のような巨躯を誇る獅子が忍者一人の一撃に顔をしかめる。よほど重い一撃なのか。
「こりゃ、負けてられないな」
このままだとヘイトをミユキに奪われてしまう。しかし、ミユキの一撃のおかげで隙が生まれた。再び足へ力を込めると、獅子へ向けて駆け出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます