第234話 ハイパーミラクルメガトンパワー

▼ミユキ


 作戦開始の狼煙が上がった後、しばらくして雷がワールドモンスターを貫いた。実際のダメージがどれほどのものかは分からないが、忍術の規模としては頭領ランクに匹敵するものだ。


「すっげー! 隊長見ました、今の?」


 ミユキの脇に控えるシャドウハウンドの部下が感嘆の声を上げる。私はそれに首肯して返した。私とともに第一陣で出るのは上忍頭以上だ。そんな彼らでも驚きを隠せない。


「初撃はヘイト管理の都合で譲りましたので、アレはセオリーさんですね」


 関東クラン連合の発起人、企業連合会会長セオリー。数か月前、桃源コーポ都市でルドー元隊長らを蹴落として企業連合会を掌握した人物。

 後から調べ直したところ、幽世山脈の逆嶋で起きたカルマの事件にも一枚噛んでいた。それから暗黒アンダー都市の元締めや甲刃連合の幹部など要職と思われるポストに次々と収まっていった。経歴だけ見ると何やらキナ臭い人物だ。


「作戦資料見ましたよ。まだ中忍頭らしいっすね。雷系の忍術とか見た目華やかで羨ましいなー」


「忍者なのですからあまり派手過ぎるのはどうかと思いますが……」


「隊長は分かってないです、NINJAはド派手でなんぼっすよ」


「ハァ、そういうものですか」


 何か今、彼と認識のすれ違いが起きた気がする。なんにせよ、重要なのはセオリーがいまだ中忍頭ということだ。となれば先ほどの雷は忍術の規模が大きすぎる。

 そもそも過去の逆嶋支部からの報告書によれば彼の固有忍術は『不殺術』という相手の意識や身体の自由を奪うものだ。さすがに雷を発生させるのは元の方向性と違い過ぎる。


 となると、ユニーク忍具の力か、称号忍術辺りが濃厚だろうか。

 ユニーク忍具はピンキリではあるが強力なものだと忍術以上の戦力になることもある。特に極上忍具以上のランクになってくると忍者ランク二つ分くらいの底上げになりかねない。とはいえ、そう簡単に入手できる代物でもないのだが。


 称号忍術というのも可能性として考えられる。称号はまだまだ絶対的に母数が足りないため研究が十分にされていない分野だ。しかし、基本的に称号は特定の条件を満たすことで得られるものだと考えられている。

 そのことを考えれば彼の経歴が非常に怪しいことに気が付けるだろう。暗黒アンダー都市の元締め、企業連合会の会長、ヤクザクランの組長、それから噂によれば甲刃連合の上位幹部にもなっているという。判明しているだけでこれだけあるのだ。何かしらが称号を得るトリガーになっていても不思議じゃない。



 ……っとと、いけない。相手を分析し始めると熱中してしまうのは悪い癖だ。今は味方なのだから変に詮索し過ぎるのも印象を悪くしてしまう。

 多分、ヤクザクランに関係しているのがダメなんだろう。今は良くてもいずれ敵に回るのではないか。そんな焦燥が胸を焦がすのだ。


 頭を切り替えよう。まずは直面している敵を倒さなければその先だって無いのだから、今はワールドモンスターを討伐することが第一優先だ。

 セオリーの攻撃を受け、関東クラン連合が敵として認識されたのか。ワールドモンスターの名前『傲慢なるルシフォリオン』というのが開示される。


「そろそろ私たちも参戦しましょう」


「了解です! 隊長の力を見せつけてやりましょう」


 部下の言葉に苦笑を漏らす。別に討伐を競い合ってる訳じゃないんだけどね。むしろ、こちらが張り切り過ぎるとヘイトが変わってしまう。ヘイト管理は繊細だ。ルシフォリオンが次に誰へ向けて攻撃を繰り出そうとしているのか分かっているのといないのとでは対応の楽さが段違いで変わってくる。


「あくまで私たち第二部隊はサブ火力ですからね」


「ですが隊長、見た感じわりと苦戦してるみたいですよ」


 手を筒状にして『遠見術』を使用している者が報告した。

 あれ、と思い私も『遠見術』で様子を見る。攻撃に対してルシフォリオンのひるみが少ない。そのせいで攻めあぐねている様子だ。


 なんだ、まだまだ中忍頭らしいところもあるじゃない。そう思って心の中でくすりと笑ってしまった。

 さっきまで脳内で妄想していたセオリーはもっと泰然自若として黒幕的雰囲気を醸し出していた。実際の忍者ランクと噛み合わない攻撃の規模や不審な経歴に惑わされていたのかもしれない。彼も普通のプレイヤーだったということだろう。

 そうと分かると得体のしれない人物だと身構えていた先ほどまでの自分にも笑ってしまいそうになる。良い感じだ、絶妙に緊張もほぐれたかもしれない。


「よし、ヘイトを掻っ攫うくらいの意気込みでいきましょうか」


「さっすが隊長、話が分かる!」


 私がやる気になったのを見て、部下も調子の良いことを言って煽ってくれる。

 シャドウハウンドではどうしても逆嶋支部のアヤメ隊長の方が有名だ。ユニークNPCということもあってプレイヤーからの愛も強い。シャドウハウンドの専用称号を得ていることからもそれは分かる。

 それでも、こんな私を隊長と呼んで慕ってくれる仲間も居るのだ。彼らの為にもちょっと頑張ってみよう。なにせ、おあつらえ向きに関東サーバーのクランの大部分が参戦しているのだ。実力を見せるのに丁度良い舞台だ。


「『軽重術・超軽量化』」


 忍術を唱える。効果は単純明快で自分の身体を軽くする、というもの。

 セオリーが見せた雷攻撃のような派手さはない。しかし、私は自分の忍術に誇りと自信を持っている。


「んじゃ、隊長飛ばしますよ! 『風切術・初列突風』」


 強い風が吹いた。一列に並んだ突風が身体を上空へと舞い上げる。吹けば飛ぶような軽さになっているからこそ、風の勢いそのままにどこまでも上空へと昇ることができる。

 幽世山脈の山頂を越え、ルシフォリオンの体長を超え、より高く舞い上がる。十分な高度を稼いだらグライダーを広げて滑空し、同時に体重を元に戻していく。


「『軽重術……」


 ルシフォリオンの背中が目前に迫った所で自重を重くするため忍術を唱える。しかし、そこで逡巡した。

 相手は山のように大きな存在だ。体重を数百倍にしたくらいでは蚊に刺されたようなものだろう。となると、いまだかつてないほどの重さにならなくてはいけない。自分の想像できる最大の重さ……。


「……超重量化:メガトン』」


 グンと地面へと吸い込まれるような感覚。

 その感覚に流されるままルシフォリオンの背中へと踏みつけスタンピング攻撃を敢行した。

 爆弾が爆発したような音を響かせながら攻撃がクリーンヒットする。山のように大きな体ががくんと揺れる。手応えを感じた。

 体重を軽くするのに比べて、重くするのにはデメリットがある。しかし、私の身体は砕け散っていない。ということはメガトンの重みに耐えたということだ。

 これまで数トンくらいの重さで満足していたが、私の重さに際限は無い。一皮剥けたような気分だ。本格的にヘイトを奪ってこちらがメイン火力であると証明しても良いかもしれない。


「メガトン級くノ一、ミユキ。推して参る!」

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