第183話 四つ巴の裏協定。序列決め戦、開催中

▼セオリー


 俺の前に置かれたモニターには序列決めで競い合う三種目の内、「諜報能力」戦が行われていた。これは三種目の競い合いの内、二戦目にあたる。すでにホタルとエイプリルは一戦目の「資産形成能力」戦を終えた後であり、今は俺とともに自陣営の控え室でモニターを覗き込んでいた。


 今回の「諜報能力」戦、不知見組からは傘下に入って早々のルンペルシュテルツヒェンへ仕事を頼んでいる。というか、他に諜報能力に長けている人材が不知見組には居ないという裏事情もあったりする……。

 序列決めではクランに所属する者だけしか選出できない。クランメンバーが少ない不知見組にはなかなか厳しい条件だ。もし、その縛りが無かったらハイトやリリカなど、他の諜報戦に長けてそうな人へ依頼をしたかもしれない。


 ……と考えてしまうのは、俺がまだまだルペルを信用しきれてない証拠か。彼との付き合いはまだまだ短いから信頼できるというほどの関係性を築けていない。だけど、少なくとも関東地方一帯を脅威に晒した手腕は確かなものだ。パトリオット・シンジケートに所属していた時は裏方として活動していたと聞いているから、その力を確かめさせてもらおう。



 さて、二戦目の「諜報能力」戦ではどのようにして諜報能力を測るのかというと、実は一戦目で行った「資産形成能力」戦と絡んでくる。「資産形成能力」戦では様々な場面を想定した際の対応方法が問題として出され、それに解答していくというものだった。

 それだけだと何の変哲もない試験なんだけど、なんとこの問題に関する解答は一問ごとにそれぞれ指定の場所まで運ばなければ解答として認められないというのだ。だから、解答者はベストと思われる方法を選択し、自身の答えを送り届けなければならない。


 人によってはここでピンとくる者もいるかもしれない。

 そう、次の「諜報能力」戦では、この運ばれている自陣営の解答を守ったり、はたまた相手陣営の運搬されている解答を妨害したりするわけだ。

 こう考えると諜報能力が序列決めに対する大きなウェイトを占めていることが分かる。例え、「資産形成能力」戦の解答が素晴らしいものだったとしても、諜報能力で大きく差があると解答のほとんどが指定の場所へ届かず、点数にならないという事態も起こり得る。

 情報の重要性、忍者に最も必要とされる能力こそが諜報能力なのだ、と思い知らされるようだ。



 そして、俺の最大の誤算はルペルの強さを見誤っていたことだ。

 信頼関係の薄さや付き合いの短さは、仕事を任せる上で一つの指標にはなる。しかし、それだけに重きを置いてはいけない、という教訓になった。

 つまり、どういうことかと言えば、「諜報能力」戦はルペルが圧倒的な強さで敵陣営を完封したということだ。


「こうやって見ると、かなり強力な固有忍術だな」


「名前さえ分かればNPC相手に無双ですもんね……」


 一緒にモニターを覗き込んでいたホタルが感嘆のため息を漏らす。それほど鮮やかな手管だった。上位幹部である由崎組と八重組も馬鹿ではない。「資産形成能力」戦の解答をあの手この手で送り届けようと画策していたはずだ。しかし、そのことごとくがルペルの手によって崩壊していた。

 ルペルの固有忍術『忌名術』は名を呼んだ相手を操る。その力をもってしてか、すでに十人以上の敵陣営NPCを撃破している。モニター越しに観察してみると、なんだか敵側の動きが不自然に見えた。解答の運搬ルートが安直過ぎて、そのせいで簡単に撃破されているように見える。


「敵側の動き、何か変じゃないか?」


「うーん、そうですかね。……あっ、たしかに解答を運ぶルートが限定されてる気がします」


「ほうほう、なるほど」


 ホタルが何かに気付いたようだ。地図を取り出すとペンで敵側の運搬ルートを書き出していく。十本以上の線が引かれていき、最終的に見てみると確かに指定の場所へ向かうためのルートが最初は散らばっているのに、ある一点で不自然に収束している。これなら戦力を集中させて運搬役を襲撃することも容易いだろう。


「本当だ」


「まるでルートを操られてるみたいですよね」


 思い浮かぶのは、やはり『忌名術』による支配か。たしか対象が増えるほど効力が薄まると聞いていたけれど、すでに十人以上が掌の上で転がされている。一体、どういうカラクリなのだろうか。

 その時、モニター越しにルペルと目が合った気がした。フッと笑みを見せると無線機を取り出し、どこかへ掛け始める。どこかへ指示出しでもしているのかと思ったら、俺の無線機が着信を知らせてきた。


「アイツ、一応は戦いの最中だってのに余裕かましてんな」


 まだ「諜報能力」戦の途中だというのに俺へ連絡をしてきたようだ。とはいえ、出ない理由もないので応答する。


「はい、こちらセオリー。どうした?」


『フフッ、私の活躍は見てくれているかな?』


「あぁ、正直なところ予想以上だ」


『素直に称賛してくれるとは嬉しいね。仕込みを頑張った甲斐があったよ』


「わざわざそんなことを確認するために連絡してきたのか?」


『そんな釣れないこと言わないでくれよ。これでも君のために奮闘しているんだからさ』


「俺のため?」


『そう、その通り。そして、巡り巡って私の目的のためでもある』


 ルペルは「世界の滅びを食い止めよ」というユニーククエストを受けている。そのクエストを発生させた預言者なるNPCによれば、世界のくびきによってゲーム内世界の日本は守られており、それが破られると七大罪の獣と呼ばれる強大なモンスターが解放されてしまうのだという。

 ルペルの目的はこの強大なモンスターたちによって引き起こされる世界の崩壊を回避すること。つまりは関東地方全体のクランをまとめ上げ、協力し合ってモンスターを倒すことだ。

 一時はルペル自身が実行しようとしていた作戦。そして、その意志は俺へと引き継がれた。今、俺とルペルの向いている方向は同じだ。だからこそ、彼は全力で俺から振られた依頼を完遂しようとしてくれている。


「あくまで自分の目的達成のため、みたいに言ってるけどさ。ずいぶんとデレてくれたじゃん」


『ば、馬鹿を言わないでくれ! 今だって利害が一致しているから協力しているに過ぎない』


「そうかい、そうかい。じゃあ、そういうことで良いよ。ただ、今後はもっと頼りにさせてもらうぜ」


『ぐっ……、なんとも腑に落ちない言い方だが、まあいい。せいぜい上手く私を使いこなしてくれ』


 そう言って無線は切れた。モニター越しには照れ隠しなのかカメラ映像を送信してくれるドローンに背を向けるようにしているルペルの姿があった。

 なんというか、俺の中での信頼度みたいなゲージがじわりと上昇した。元々、ニド・ビブリオの関西支部ではシュガーとも親交はあったみたいだし、取るべき手段を間違えてしまっただけで、根っからの悪い奴じゃないのは分かっていた。こうして話をした後の今なら、もう少しだけ信用しても良いかな、と思えた。

 まあ、それはそれとして贖罪のため、馬車馬のごとく働いてもらうけどな。




 そんなことを思っている内に、二戦目「諜報能力」戦も終了した。

 ここまでで「資産形成能力」戦の結果と合わせて、暫定の序列が発表される。


 序列二位 甲刃重工

 序列三位 八重組

 序列四位 不知見組

 序列五位 由崎組


 どういう点数計算をしたのかは分からないけれど、結果は以上の通りだ。暫定の序列が発表されて首を捻る。


「なんか思ったより序列低くね?」


 序列二位に甲刃重工が入っているのはまだ分かる。ルペルの奮闘により、こちら陣営の解答はほとんど無事に指定場所へ送り届けられたわけだし、そうなると「資産形成能力」戦の解答が良かった方が上になるのが当然だ。甲刃重工はカザキが直々に参戦していたのだから解答に抜かりはないだろう。

 しかし、だったとしてもウチが序列三位に入っていても良くないだろうか。敵陣営の解答はかなり妨害できていたはずだ。それを示すように由崎組は最下位の序列五位に沈んでいる。


「八重組ってところが思ったより被害を受けてないねー」


「八重組が俺たちより上に行くには解答を全て届けないと無理だろう。……もしかして八重組のヤツら、由崎組を囮に使ったな」


「えぇっ、仲間なのに?」


 エイプリルが驚いた表情を見せる。しかし、カザキは言っていたじゃないか。由崎組と八重組は必ずしも仲が良いわけじゃない。俺とカザキが手を組んでいると見て、協力するだろうと推測しただけだ。しかし、結果はこうだ。つまり、八重組は由崎組を踏み台にしようとしている。

 なるほどな、したたかな考えだ。だけど、それをされた由崎組はどう思うのだろうか。まだ最後の「戦闘能力」戦もあるというのに、このままいくと二対一対一の三つ巴になって、不知見組と甲刃重工に有利となるのではないだろうか。


 考えに沈んでいると、控え室の扉をコンコンとノックする音が響いた。


「どうぞ」


「……失礼します。次の『戦闘能力』戦に参加されるセオリー様、会場へお越しください」


「あぁ、今行く」


 控室の扉を開き、入って来たのは序列一位である冴島組の忍者だ。今回は序列決めの進行・案内をしてくれている。

 いよいよ、俺の出番だ。正直な話、戦闘面での不安は大きく残っている。それでも、なんとかして八重組より上の成績を残さないと序列四位のままだ。できることなら上の順位を狙いたい。なら、あとはやるしかない。

 俺が立ち上がると、エイプリルとホタルが後ろから声援を送ってくれた。


「セオリー、頑張って! でも、無理はしないでよ」

「セオリーさん、ファイトです!」


「あぁ、フェイ先生との特訓の成果を少しでも見せられるように頑張ってみるよ」


 背中越しに手を振って扉をくぐった。そして、目指すは戦場へ。

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