第182話 盤外戦術
▼ハイト
世界の
その中の最初の一文、「猟犬を従えし者が隠された道を暴き」という部分からシャドウハウンド逆嶋支部の隊長アヤメに辿り着いた俺たちは、彼女の協力を得て、一早くダンジョンへの入り口を見つけることに成功した。
しかし、ダンジョンボスである「不死夜叉丸」の難易度は高い壁となって立ちはだかり、アヤメ・コタロー・アルフィ・俺の四人は無様に敗走を喫したのであった。
ここまでは良い。また、戦略を練り直して挑めば良いだけだ。
だが、ダンジョンへの入り口に辿り着いた者は俺たちだけでは無かった。おそらく交代で見張っていたのだろう。俺たちがダンジョンから脱出するのと同時に、別のクランの忍者が数を集めてダンジョンへ入って行ったのだ。
同じように頭の回るクランは着々と準備を整え、ダンジョンへ挑んでいくだろう。そうなればボスの分析が進み、不死夜叉丸が倒されるのも時間の問題となってくる。特に、同一のクランが何度もダンジョンに挑むというのはそれだけ対策を考える試行回数が増え有利に繋がる。そうならない為にも、こちらは手を打たなければいけなかった。
「仲間を集める前にすること、ですか?」
アヤメが疑問を口にする。他のクランが大人数でダンジョンクリアを目指している今、こちらもいち早く仲間を集めて再チャレンジするべきだと思っているのだろう。
「そうだ。まずは関東全域に隠しダンジョンの所在を公開する」
「えぇっ?! そんなことしたらとんでもない数のクランが殺到しちゃいますよ」
俺の発言を聞き、アルフィは目を白黒させて驚きの声を上げた。アヤメも顎に手を当て、首をかしげる。そんな中、コタローは得心がいったように頷いて、俺の考えを代弁してくれた。
「なるほど、僕らの後追いがボスと戦える回数を減らすわけだね」
「そういうこと。この手のダンジョンは誰かがボス戦にチャレンジしている間、他のパーティはボスと戦えない。それを逆手に取る。俺たちは一度戦っているからその情報を元にして念入りに準備できるってわけだ」
俺の考えを聞いた後、少し考えてアヤメが反論する。
「……ですが、たくさんのクランやパーティが挑んだ場合、上手く嚙み合って初見で倒してしまうことも有り得るのではないですか?」
「あぁ、普通のダンジョンボスならその可能性は大いにあっただろうな」
「普通のダンジョンボスなら、ですか」
俺の含みを持たせた発言に全員が注目する。薄々は全員勘付いていただろう。あれは普通のダンジョンボスなんかじゃない。不死夜叉丸はダンジョンボスではあるが、それに加えてユニーク属性を持っていると推測できる。
ああいったダンジョンボスの場合、守護者として定番なのはミノタウロスだとか、ヒュドラ、マンティコアといった幻想生物が多い。だが、いずれも固有名ではなく種族名で表示されるのが基本だ。固有名が与えられるのは一握りのユニークモンスターだけである。
そして、ユニークモンスターはいずれも例外なく、とんでもなく強い。
「ありゃ、ユニークモンスターだろ。倒せるパーティが出現するまで相当掛かるぜ。少なくとも対策をなんもしてない初見パーティが勝てる相手じゃねーよ」
スタスタと逆嶋へ向けて歩き出す。俺の見積もりじゃ、打開の糸口を見つけるまでにゲーム内時間で一ヶ月はかかるだろう。
システムの案内によればサーバー統合が完了するまでゲーム世界で四ヶ月かかると言われていた。それだけの時間がクリアに掛かると運営側は踏んでるわけだ。となれば、世界の
それからすぐに、関東地方全域へ向けて不死夜叉丸のいる隠されたダンジョンの場所を拡散した。こうして多くのクランがダンジョンへ目を向けることとなった。これにより少数のクランだけが不死夜叉丸への挑戦権を独占できないように釘を刺したわけだ。
結果的に俺の取った行動により、不死夜叉丸というユニークモンスターに関しては目論見通りに関東全域へ周知された。多くのクランが挑戦することで一つのクランやパーティによる試行回数は減り、不死夜叉丸は倒されずに時が過ぎていった。
───そうして、ゲーム内で一ヶ月が経った。
一つ、誤算があったとすれば、いまだにどのクランも不死夜叉丸を倒す
「逆嶋バイオウェアの第七パーティが壊滅との連絡が入りました」
「続いてシャドウハウンド第八パーティがダンジョンへ突入します」
「壊滅したパーティは速やかに戦闘の報告をするよう伝えて下さい」
シャドウハウンド逆嶋支部の情報統制室ではオペレーターの報告と指揮を執るアヤメの声が絶えず響き渡っていた。現在、シャドウハウンド逆嶋支部と逆嶋バイオウェアは協力体制を築き、情報交換をしつつ、適宜パーティをダンジョンへ送り込んでいた。
少しでも不死夜叉丸との戦闘データが必要だった。最初は各クランが好き勝手にダンジョンへ挑んでいたが、まるで進展が無かった。その強さは底が見えず、中小規模のクランなどは早々に諦めムードに入るほどだ。
「やはり、パーティメンバーが一定数を超えると分身するみたいっす」
「ただ八人パーティでも分身する時と十人パーティでも分身しない時があって、バラつきがありますね」
「人数だけでなく、他の何かが分身を誘発しているわけですか……。分析班、今回の情報も組み込んで解析してください」
不死夜叉丸が一筋縄でいかないのは、今報告にも挙がった通り、パーティメンバーの数が一定数を超えると分身する点だ。しかも、ただの分身ではなく、全く同じステータスを持った分身なのだという。つまり、単純にボスが増えるということだ。
噂に聞くところによれば、三十人規模でダンジョン攻略へ向かったクランなどは三体の不死夜叉丸によって蹂躙されたそうだ。この噂が囁かれた時点でパーティメンバーをいたずらに増やすことは愚策として切り捨てることとなった。数の力で押すという攻略法は封じられたわけである。
現在、分かっている限りではおよそ八人~十人辺りがボーダーになっているらしく、それを超えると一体目の分身が出現するようだ。また、同じ人数でも分身したりしなかったりでブレがある。その辺に攻略の糸口が見えそうだから、情報解析班が寝る間も惜しんで分析しているわけだ。
しかし、そろそろシャドウハウンドと逆嶋バイオウェアだけでは手詰まり感が出てきていた。新しい風を吹き込みたいタイミングだ。
そんな中でおあつらえ向きなフレンドが居る。関東地方で活動するプレイヤーの大半がワールドクエストに夢中となっている中、ここ一週間ほど別のことに勤しんでいたヤツだ。
「そろそろ、セオリーの手を借りれるかねぇ……」
一週間前に協力を打診した際には、甲刃連合の方で上位幹部の序列決めがあって忙しい、という理由で断られてしまった経緯がある。
たしかちょうど今頃、序列決めとやらをしている最中のはずだ。フレンドチャットで協力してもらえるか尋ねておこう。あそこは逆嶋バイオウェアやシャドウハウンドには居ない面白い忍者が揃っている。戦力を共有できれば、打倒不死夜叉丸に大きく前進することができるはずだ。
▼セオリー
「ハックシュンっ」
「大丈夫、セオリー? 風邪でも引いたんじゃない」
「ずずっ……。いや、大丈夫。多分どっかで誰かが俺のことを噂してんだろ」
そう答えつつ、モニターを眺めた。ちょうど今、序列決めで行う三種目の内、諜報能力を試す戦いが行われているところだった。
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