第181話 ダンジョンボスの本領

▼ハイト


 不死夜叉丸が右手に握る一振りの日本刀。刀身は淡く薄緑色の光を発していた。その美しさに見惚れる間もなく、姿勢を低くして跳躍の体勢に入る。


「『六韜りくとう奥義が一・そくく剛を制す』」


 唱える言葉が聞こえた瞬間、不死夜叉丸の姿が搔き消えた。同時にアヤメの落とした隕石に異変が起こる。大きな隕石の真ん中に、いつの間にか人一人が通れるくらいの穴がぽっかりと開いていた。


「上だよ!」


 コタローの声で視線を天井へ向ける。そこには突きのモーションで刀を振り抜く不死夜叉丸の姿があった。つまり、一突きであの分厚い隕石を突破したってことかよ……。

 あの俊敏の高さでさらに一撃の威力も高いだと? そんなんたったの四人でどうしろってんだ。もしかして、ダンジョン攻略の推奨人数を見誤ったか。だが、今更こんなことを考えても遅すぎる。……悪い予感を振り払うように頭を振った。


「今は空中にいる。飛び跳ねるための壁もない。一斉攻撃だ」


 声を張り上げる。大技を使った直後の硬直だ。さすがに避ける余裕もないだろう。全員で一斉に遠距離攻撃を繰り出す。クナイが、手裏剣が、爆弾が、石礫いしつぶてが、空中で身動きが取れないであろう不死夜叉丸を襲う。


「『天狗の羽衣』」


 しかし、期待は裏切られた。一言呟いて、頭の上に掛かった白布のベールを片手で摘まむと、ぴたりと不死夜叉丸の身体が静止した。そして、空中からこちらを見下ろす。まるで品定めでもしているかのようだった。

 ……遅い。俺たちの投擲した忍具による攻撃がいつまで経っても不死夜叉丸に届かない。そんな風に錯覚してしまうほど、その一瞬は長く感じた。

 実際にはコンマ一秒以下の出来事だったのだろう。俺からすれば走馬灯のようなものだったのかもしれない。世界がスローモーションで動いている中、不死夜叉丸だけが自然な動作のまま、空中で姿勢を低くするのが認知できた。そして、直後に相手の身体が掻き消える。

 自分の身に喰らうことでより深く理解できた。『星降り』の隕石を突き抜けた一撃。それは超スピードによる知覚不能の突きだ。その刀の切っ先一点に集中された力は圧縮され爆発的なまでの威力へと達する。


「ハイトっ!!」


 アヤメの叫ぶ声が聞こえ、俺は自分の身体を見下ろす。腹と腰の周辺の肉体が綺麗さっぱり無くなっていた。そう、たったの一突きで脇腹から下を抉り取られていたのである。


「アヤメ、逃げろ……」


 俺の声は届いているはずだ。いつもなら二つ返事で動き出すというのに、アヤメは頭が真っ白になっているのか動きが鈍い。代わりに俺の声を聞き、即座にコタローとアルフィがアヤメの脇を掴んでボス部屋の出口へ向かって駆け出した。


 良かった。かろうじて声だけが出せた。肺を潰されなかったのは幸いだったな。おかげでまだ忍術が使える。視界が暗くなり、体力ゲージが急速にゼロへ向かって行く中、俺は最後っ屁とばかりに『花蝶術』を全力で張り巡らせたのだった。





 ブラックアウトしていた状態から目を覚ます。

 そこはシャドウハウンド逆嶋支部の医療救護室だった。プレイヤーとしての施設で言うならリスポーン地点というやつだ。身体にどこも異常は無い。ついさっき大きな穴を開けられた下半身も健在だ。

 最後、ボス部屋の出口からアヤメとアルフィが出て行き、殿しんがりだったコタローが俺と同じく身体を貫かれたところまで見届けることができた。しかし、そこまでだ。ひとまず、コタローと合流して世界のくびきの石板まで戻らないとな。



 急いでコタローと合流し、ダンジョン入り口まで向かう。逆嶋の街からダンジョン入り口があった場所までは迷いなく真っ直ぐに向かえば一時間もかからずに戻ることができた。念話術を使うが、アヤメとアルフィには繋がらない。となると、二人はまだダンジョン内に居るはずだ。コタローと二人でダンジョンへと再侵入する。

 現在の俺たちでは戦闘力が低すぎる。そのため、ダンジョン内部の妖怪どもとはなるべく接敵しないように慎重に進んでいく。アヤメがいた時は各個撃破して進軍していたけれど、そうもいかない。おそらく向こうも俺やコタローの補助無しで不用意に戦いを挑んだりしないだろう。身を潜めつつ、ゆっくりとダンジョンの出口へ向かっているはずだ。


 俺は道の角に差し掛かる度、定期的に念話術を使用した。ダンジョン型のフィールドでは念話術や無線機などといった連絡手段の有効範囲が限定される。そりゃあ、制限なく連絡が取り合えたらダンジョンの怖さである未知の部分が失われてしまうから賢明な判断だ。しかし、はぐれた仲間と再会することを考えると、とても面倒な仕様といえる。


(アヤメ、アルフィ。聞こえたら返事をくれ)


 幾度目かの曲がり角に差し掛かり、再び念話術で呼びかける。


(ハイトさん! アルフィです)


 すると、ようやく返事があった。お互いに居る位置を知らせ合いながら、ダンジョン内を慎重に進む。そして、しばらくして無事に再会することができた。


「ハイト、コタロー。二人とも無事でよかった」


「それはこっちのセリフだっつーの」


 アヤメはいつもの凛とした表情で俺とコタローへ安堵の声を掛ける。しかし、俺たちはプレイヤーであり、リスポーンできる。つまり、今ここで本当に死ぬ可能性があったのはアヤメだけだ。それこそ無事でよかったと心底胸を撫で下ろしているのは俺たちの方だ。万が一、アヤメが死んだりしたら逆嶋支部の隊員全員から恨まれるところだったぜ。



 合流した後も精神的に消耗していたのもあり、敵との戦闘を極力避けて脱出する。行きで潜った木のうろが見えたところでようやくホッと一安心できた。まさか敗走してここから出ていくことになるとはな。アヤメを連れてきた時点で一発クリアする気概だったが、さすがにワールドクエストのコンテンツだけあって一筋縄ではいかなかった。


「ほい、お疲れさん」


「……誰だ?」


 俺たちが木のうろから外へ出ると、待ってましたと言わんばかりに、ずらずらと忍者が集まっていた。およそ三十人近く、かなり大きな規模だ。

 その中で先頭に居る忍者がアヤメと、それから俺たち全員を見ながら口を開く。


「シャドウハウンドのアヤメだな。お前が石板に彫られてた『猟犬を従えし者』ってことだろ。つまり、お前らが出てきた木の穴が『隠された道』ってわけだ」


「だったら、どうする?」


「俺たちのクラン、暗刃衆が先にダンジョン攻略してやるよ。お前ら二人がリスポーンして中に入って行くのは確認している。ってことは、負けて逃げ帰ってきたんだろ」


「さあ、どうだかな」


「へっへ、強がんなよ。たった四人のパーティーじゃ仕方ねぇって。あとは俺たちに任せときな」


 そういうと、ぞろぞろと三十人近くが木の洞の中へ入って行った。ずいぶんと戦力を集めたもんだ。これだけの人数を集められたってことは、俺たちが最初に隠されていたダンジョン入り口を暴いた時にはすでに見張られてたってわけだ。そして、俺たちがダンジョン内を攻略している間に戦力を集結させていた、と。

 こうなってくるとこのクランの他にも少なくない数のクランが見張り役の忍者を配置していてもおかしくない。

 不死夜叉丸の強さを見るに、そう簡単に突破できるとは思えないが、一つのクランが何度も試行回数を増やせてしまうと、その分だけ分析が進んでしまう。そうなると相性の良い忍者で固めたチームに突破されてしまうかもしれない。


「さて、どうしようか」


 コタローが俺へ尋ねる。コタローのやつ、口をとがらせて面白くなさそうな顔をしている。そうだよな、せっかく一番乗りしたダンジョンだ。自分たちの手でクリアしたいよな。


「まずは不死夜叉丸に勝てるパーティーを組む。この四人は悪くなかった。ただ、必要な役割に対して受け持てる人員が足りてない。戦力増強を図るべきだろうな」


「チームのメンバーを増やすということですか」


「そうだな。特にタンク役は必須だ。あとはデバフ役が最低でも二人くらい欲しい」


 アヤメの頭上にハテナマークが見える。ついMMO的なロールで喋っちまうな。プレイヤーにはこの方が通りが良いんだけど、NPC相手だとそうもいかない。適宜、噛み砕いで説明する。


「なるほど、不死夜叉丸の攻撃を受け持てる盾役のことをタンクと。それから相手へ悪い効果を与えるのがデバフですね」


「そうそう、そういうこと」


「では、さっそく仲間を集めましょう」


「……いや、その前にやることがある」


 今にも仲間集めに奔走し始めそうなアヤメを手で制して、俺は悪い笑みを浮かべたのだった。

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