第180話 軛の監視者・不死夜叉丸
▼ハイト
戦いは突然に始まった。眼前に広がる『軛の監視者・不死夜叉丸』という敵モンスターの名前表示が消えたと同時に、こちらへ向けて駆けて出してきた。その駆け寄る速度を見てすぐさま確信する。この敵はスピード特化だ。
脳裏に一番初めに出会った
こちらの誰よりも俊敏が高い敵が出てくると、俺たちは常に後手へ回ってしまう。そうなると厳しい。何故ならタンク役を受け持てるメンバーが居ないからだ。つまり、どういうことかって言うと、素の状態だとこのダンジョンのボスモンスターは相性が悪いということだ。
「コタロー、アヤメの技量にバフだ」
「俊敏を上げなくて良いのかい?」
「誰かひとりの速度を上げたところで、遅いヤツから狩られるだけだろーよ」
「オーケー、『付加術・
コタローがアヤメの技量にバフを掛けている間に、俺は花蝶術で目くらまし&足止めを行う。青い蝶が壁の様に飛び回り、不死夜叉丸の行く手を遮る。相手は突然目の前に展開してきた蝶を見て、用心するように足を一瞬だけ止めた。しかし、すぐさま蝶に攻撃能力が無いと看破すると飛び込んできた。
「アヤメ、突っ込んでくるぞ」
「はい、分かっています。『礫地術・奈落割り』」
アヤメの技量にバフを掛けた理由は、技量が高くなるほど忍術全体の速度が速くなるからだ。特にアヤメのような地形や石、土を遠隔で操るタイプの忍術においては、技量による操作速度の違いが大きく出てくる。そして、バフを掛けられたアヤメの技量であれば、ほんの少しばかりの準備時間があれば巨大な地割れを発生させることだって可能だ。
不死夜叉丸が青い蝶を突破し、飛び込んだ先には地割れによってできた奈落へ通じる大穴がぽっかりと口を開けていた。前方確認を怠った報いだ。そのまま地の底まで真っ逆さまに落ちていきやがれ。
俺たちの目の前で、足の踏み場を失った不死夜叉丸は哀れにも重力に引かれるまま暗い穴の底へと落下していった。本当に落ちていくとは思っていなかったので、若干肩透かしを食らったような気持ちが湧き上がる。
「……やったか?」
「こんな大きい地割れをダンジョン内で発生させるなんて反則も良いとこだね」
皆、恐る恐ると言った具合に割れた地面から中を覗き込む。こんな馬鹿げたことができるのは頭領までひっくるめてもアヤメの他に早々いないだろう。コタローは地割れを眺めながら苦笑している。
このゲームは変なところで律儀だったりするので、高所の戦闘でボスモンスターが落下して死亡なんてことも普通に有り得る。この高さから落ちたら死ぬだろ、という高さは実際に死んでしまうほどの落下ダメージが入ってしまうのだ。
そんな落下ダメージを悪用した技が奈落の底まで地を割ってしまう『奈落割り』だ。まあ、運営がまともならこんな反則に近い技にはすぐさま修正が入るのだろうが……。しかし、使い手がNPCのアヤメだからな。はたして修正は入るのだろうか?
「バウッ! バウッ!」
そんな呑気なことを考えていると、アルフィの抱えるヘルマン君が大きな声で吠え始めた。それも地割れの底へ向かってだ。タラリと嫌な汗が頬をなぞる。やっぱり、そう簡単には終わってくれないか。
タンッ、タンッと軽快なジャンプする音が地の底から聞こえる。そして、程なくして不死夜叉丸の姿が見えた。なんて事はない。ただ単純に壁を蹴り、ジャンプして上へと戻ってきたのだ。
壁を蹴る勢いでさらに高く飛翔する技を三角飛びという。一応、現実にもある技だ。しかし、言うのは簡単だが三角飛びを連続することで垂直に近い崖を上まで登るなんていうのはちょっと現実的じゃない。いや、俺たちも今は忍者なんだからできないこともないのかもしれないけど、せいぜい足に気を集めて壁に吸着するくらいが関の山だ。あんな軽やかにジャンプだけで登るなんて真似できない。
あぁ、そうか。反則に近い技を持っていたとしてもNPCであるアヤメに修正を加えるより、ボスモンスターの方にそれを乗り越えられるだけの能力を付与した方が早いってことか。……でもよぉ、それってボスモンスターがいたずらに強くなるってことじゃねーか?!
もうすぐにも不死夜叉丸が地割れの中から這い出そうとしていた。思わず呆気に取られていた俺たちだったが、アルフィがハッとしたように声を上げる。
「上から攻撃しましょう。今なら避けられないですよ」
アルフィが率先して手裏剣を投擲する。俺やコタローもすぐさま同じように投擲忍具で攻撃を開始した。視界を狭めるために『胡蝶乱舞』も駆使して不死夜叉丸の復帰を阻止しようと行動する。特にコタローの爆弾はダメージを与える範囲が広いため、かなり嫌がっているように見えた。
地割れの中、こちらの攻撃を回避するために、上ではなく横向きにジャンプを繰り返す。やはり、俊敏が高い。こちらが圧倒的に優位な立ち位置にいるにも関わらず、目まぐるしく縦横無尽に跳び回り、回避されてしまう。
それにただ飛び回るだけじゃない。ところどころで動きが物理法則を無視してくる。俺が回避先を予測してクナイを投擲したところ、空中での回避中に突然ぴたりと静止してきた。そして、クナイが目の前を通り過ぎた瞬間、再び高速で移動し始める。
「好きなタイミングで静止できるみたいだね。どういう能力だろう。何にせよ、あの俊敏の高さで持って良い能力じゃないね。緩急の差が激し過ぎて攻撃が当たる気がしないよ」
「静と動を極めましたってか? 本当に厄介なボスだな」
コタローの分析に茶々を入れつつ、動きを観察する。俺たちの攻撃を回避しつつ、じわじわと地割れの中を登り始めた。もう適応してきたのか。モンスターにしては学習能力が高いな。こりゃ、普通にユニークNPCと同じレベルのAIを積んでるのかもしれない。
「お待たせしました。もう時間稼ぎは十分です」
敵モンスターの強さに舌を巻いていたところだが、そこにアヤメから心強い言葉が送られてきた。俺たちが崖の縁から地割れの下へ向かって攻撃を繰り返していた間、アヤメは一歩引いた位置から忍術の準備をしていた。
「避けられるのならば、避けられない範囲で攻撃すれば良いのです」
最初の
「『礫地術・星降り』」
アヤメが天に掲げた掌の先には巨大な石の塊が浮いていた。その忍術を簡単に説明すれば、ただ隕石を降らせるというだけのもの。しかし、大質量による圧倒的な物理攻撃、それはもはや戦略兵器と言って良い。
今回は地割れの形に合わせて隕石を加工している。隙間があると回避される恐れがあるから万全を期したのだ。そのため、忍術の発動まで時間が掛かってしまったが、それを補って余りある成果だ。
アヤメの手の動きに合わせて、隕石が地割れの上へと移動していく。そして、降下。その様は圧巻だ。ぴったり地割れの形に合わせて生み出された隕石はゆっくりと奈落への大穴に蓋をしていく。もし、地割れの底から見上げて、この光景を目にしたならほとんどの忍者が心を折られるだろう。
ダメ押しとばかりにコタローが爆弾を地割れの中へ放り込んでいた。片目を閉じ、蝶の視界とリンクさせ、地割れ内部を確認する。爆弾は回避したようだが、それによって地割れから脱出する目は潰えた。不死夜叉丸も諦めたのか、地割れの中で動きを止め、アヤメによって生み出された隕石の蓋を呆然とした様子で見上げていた。
行動を止める。それは打つ手なしと判断したAIがしばしば取る選択だ。地割れと隕石の隙間から覗いていた光が徐々に細くなっていく。もうじき完全に蓋が閉まる。そうなれば終わりだ。
なかば勝ちを確信した時、行動を止めていた不死夜叉丸が再び動いた。両手を左腰付近へ持って行き、まるで見えない刀をさも存在するかのように握る。そして、すらりと刀を抜き放った。
途端、何も無かった空間に薄緑色の光が溢れ、不死夜叉丸の手に一本の日本刀が出現したのだった。
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