第162話 妖精に誘われて
▼セオリー
タカノメの遠距離索敵が機能し始めたおかげで進行速度が上がった。三神インダストリの元本社ビルは三神貿易港の中でも中心地に位置する。
現在、パトリオット・シンジケート率いるヤクザクラン連合は北側と西側の防衛に多く戦力を回しているけれど、それでもなお少なくない数の見張りが港全体に配置されているようだ。
「各地の戦況は大丈夫そうか?」
カザキは
「概ね順調なようですねぇ。北側の遊撃部隊はアリスが先導する形で敵の戦力を的確に減らしているようです。それから西側の諜報部隊も陽動の動きを全うするため上手く奮闘してくれているようですね」
「アリスはともかく諜報部隊も奮闘してるのか。こっちも負けてられないな」
戦力の数で言うとヤクザクラン連合側の方が多い。特に、黄龍会と甲刃連合の寝返り組の人的戦力が非常に厄介だ。
タイドから送られてきた敵側のおおまかな配置によれば、北と西の防衛戦力にそれぞれ百人近い忍者が動員されていた。そして、ほとんどは黄龍会か甲刃連合の寝返り組の忍者たちである。
「いくら奮闘しようと人数差というのはどうしたって覆すのが難しいですからねぇ。我々攻撃部隊の奇襲を成功させるのが鍵になりますよ」
単純な戦力差、これは本当にどうしようもない。こちらも複数の組織が手を組み、連合になってはいるけれど、それでも集められた忍者の数はパトリオット・シンジケート側と比べると少ない。
北の遊撃部隊は五人一組の部隊が五つ。アリスが率いる部隊が中心になり、ゲリラ的に攻撃を加えることで上手いこと膠着状態を生み出しているようだ。背後にはパットが直接指揮する補給部隊も控えてはいるけれど、この部隊に配置されている者は医療忍術に長けているなど戦闘向きではない者が大半だ。つまり実際に戦えるのは二十五人程度しかいない。
西の諜報部隊は三人一組の小隊が十五部隊。タイドが率いるシャドウハウンドの忍者が多く配置され、他に八百万カンパニーの忍者もいくらか助っ人で入っている。こちらも戦力としては五十人程度だ。
北と西の両方面にそれぞれ百人近い忍者を配置しているヤクザクラン連合と比べて、こちらはあまりにも戦力が乏しいと言える。特に北側などは四分の一の戦力である。頭領のアリスがいるからこそなんとか膠着状態に持ち込めているというのが正しい評価なのだろう。
また、ツールボックスを利用した結果、敵側にはタイド率いる西の諜報部隊が本命だと伝わっている。北の戦力が少ないことは敵も分かっているだろうけれど、だからと言って北側に戦力を集中させると西の部隊が突入してくるかもしれない。タイドの強気な陽動作戦で圧をかけ、敵側が大胆な動きを取るのを抑制することに成功している。
とはいえ、西の戦力も人数差的には敵の半分ほどしかない。奮闘してくれている今は良いとして、時間が経てば経つほどにジリジリとこちらが不利になっていくだろう。だから、なんとしてでも形勢が有利な内に敵の懐まで潜り込みたいところなのだ。
「しかしながら、キナ臭いですねぇ」
「何がだ?」
「北と西の戦線で防衛に駆り出されているのは黄龍会と甲刃連合の寝返り組が中心です」
「パトリオット・シンジケートの本隊が姿を現していないことが気になるのか」
「杞憂であれば良いのですが、現状こちらに上手く傾き過ぎているように思えますから」
カザキはこちらの作戦が上手くいき過ぎていることを懸念しているようだ。
ポジティブに考えるなら、単純にパトリオット・シンジケートが本隊の戦力を温存しているだけということも考えられる。
しかし、パトリオット・シンジケートはツールボックスからこちらの情報を得ているはずだ。であれば、本命の攻撃部隊と聞いている西側へと「
それをしてこないことへの違和感がしこりのように残っているようだ。
「相手もツールボックスからの情報をまるきり鵜呑みにしないで、警戒しているのかもしれないな」
「ツールボックスからは定時連絡なども受けていたでしょうし、時間をかければ彼らが捕まったことも気付かれてしまうでしょうね」
そうなれば相手も一層気を引き締めて掛かってくるだろう。ましてや、三神インダストリ元本社を防衛する戦力を手薄にしてくれるなど望むべくもない。
「そう簡単に本丸の防衛を薄くしてくれたりはしないか……」
「そんな困った顔するなんて、パトリオット・シンジケートの戦闘部隊ってそんなに強いんだ」
カザキと俺が渋い顔をしながら話し合っていると、先頭を歩くイリスがくるりと振り返り、興味津々な様子で尋ねてきた。
「あぁ、強かったよ。とはいえ、アリスが
「ふーん、……ところで倒した二人は捕縛尋問する前に敵に回収されたって話だけど、彼女も頭領でしょう。頭領を相手にして仲間を回収するって至難の技じゃないかしら?」
「あぁ、その件か。俺も不思議に思って聞いてみたよ。なんでも急に敵だけが転移したように消えちまったらしい。アリスが言うにはおそらく固有忍術だろうって」
「ふんふん、転移したように消えた、ね。」
イリスも転移系の忍術である『瞬影術』を使うことができる。同じような転移系と思われる忍術を使用する敵に興味が湧いたのかもしれない。興味深そうに頷いていた。
それにしても、こちらだって相手の戦力が全て分かっている訳ではない。いまだ未知数の固有忍術を持った忍者が控えているのだ。相手より情報で先んじている利を生かせるように、気を引き締めてかからないとな。
(……緊急っ。再度、そちらの現在位置の座標を求める)
イリスと話していると、突然タカノメから念話術が入った。盗聴の恐れがあるから使用は最低限にするよう決めていたはずだけれど、切羽詰まったような言葉からは緊急性が感じられる。
(現在はD12地点を歩いているはずですが、何か問題でも?)
(私の視界からあなたたちは完全にロストしている。通信機もジャミングを受けていて機能してない。そこは本当にD12地点?)
「……なにか認識阻害の忍術を受けているのかもしれませんね」
報告を受け、すぐさまカザキはカバンの中からペンライトのような忍具を取り出した。ボタンを押すとペン先から光の線が一直線に伸びていく。
「おや? おかしいですねぇ」
カザキが不審そうな声を出した。俺も視線をペンライトから伸びる光線の先へとスライドさせていく。すると、何でもない空間の途中で不自然なくらいスッパリと光線が途切れていた。
「道は続いているのに光が通らないとは、見えない壁でしょうか」
カザキが前へ一歩踏み出し、光線が途切れている場所まで近寄っていく。罠の可能性も考え、絶えず索敵もしつつ進むが
とうとう光線が途切れた位置まで到達し、カザキは手を伸ばす。そして、光の途切れる境目に手が触れた瞬間、カザキの姿がかき消えた。
「カザキ?!」
俺は慌ててカザキの姿がかき消えた場所まで駆け寄ろうとする。しかし、それを後ろにいたロッセルが止める。
「おい、待て。罠だったらどうするんだ」
「だけどよ」
腕を掴んでくるロッセルへ俺が言い返そうとしたところで異変が続いた。俺とロッセルから見て前方にいたイリスとシュガーの体が一瞬でかき消えたのだ。
「まずいな、すでに何か罠のトリガーを踏んだらしい。警戒しろ」
ロッセルの指示で、俺はすぐさま臨戦態勢をとる。そして、二人背中合わせになって周囲を警戒する。
「突然姿が消えた。……転移か?」
「分からん。だが、いずれにせよ、アリスさんの報告にあった敵の固有忍術の可能性が高い」
「マジか、接敵するタイミング最悪過ぎかよ」
冷静なロッセルに対して俺は少し愚痴りそうになる。的確にパーティーを分断されてしまった。そうであれば、敵の狙いは戦力の分散、各個撃破にある。となると……
「ハッハァーッ、この前ぶりだな、小僧」
やはりこうなるか。つい先日戦ったばかりの軍人風の男が何も無かったはずの空間からヌルリと出現した。
「まさか、またお前と戦うハメになるなんてな……」
「前回は上手く逃げおおせたみたいだが、今回はそうもいかねぇぜ。なんてったってここは
サバイバルナイフを出現させた男はニヤリと片側の口角を吊り上げながら、俺たち二人を前に戦闘態勢を取るのだった。
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