第163話 銃火器の弾丸で忍者は撃ちぬけない
▼セオリー
「ほら、二人同時にかかってこいよ」
サバイバルナイフを手にした男は挑発するように手招きする。
「二対一でずいぶんな自信だな。それなら遠慮なくいかせてもらおう」
対して軽く言葉を交わしたロッセルは、俺へと合図を出すと同時に両腕を広げ猛然と駆け出した。
前回のようにスナイパーを務める金髪の女の子がどこからか狙っているかもしれない。目の前の男との近接戦闘はロッセルに任せ、俺は追随しつつも援護にとどめ、周囲を警戒するように動いた。
「なんだ、二人一緒にかかって来ないのか」
「そちらの手の内は分かっている。近接戦闘と狙撃の組み合わせで敵を刈り取るんだろう。一人を警戒に回すのは定石だ」
「ハッハァーッ、その作戦は一対一で俺に勝てなきゃ話にならねぇぜ」
「無論、問題ない」
「ハッ、そうかい」
ロッセルの返答を鼻で笑うと、男はサバイバルナイフを持った状態のまま握り拳を形作る。そして、まるでボクシングのインファイターのごとくステップを刻み始めた。
直後、ボッという風切り音が鳴ったかと思うと、男の左拳が放たれていた。空を切るジャブ。ロッセルは前に屈むようにして紙一重で躱した。髪に拳が掠めるのも構わず、ジャブを放ち伸び切った男の腕に向けて返す刀でロッセルは掌底を放つ。
「……外したか」
危険を察知したのか身体ごとバックステップを踏んだ男はロッセルの射程から大きく距離を取る。それにより、ロッセルの掌底を食らう前に腕を引き戻すことに成功していた。
「軽いジャブにカウンターを合わせてくれて助かったぜ。おかげで無理やり距離を取れたからな。……それにしても掌底か。なぁんか嫌な感じだな」
男は初見にもかかわらずロッセルの掌底攻撃に対して不審さを感じているようだ。
強い忍者というのは危険への嗅覚も鋭くなるのか。俺の『
「なら、装備変更だ。『悪狼術・狩人喰らい』」
サバイバルナイフが手の中から消え、その代わりとして両手にサブマシンガンを出現させた。忍術による武装変更は一瞬だ。本来であればポーチなどから他の武器を取り出す際に多少の隙が発生してしまうのだけれど、そんな隙は微塵もない。
武器を変更した直後、男はサブマシンガンを乱射し、俺とロッセルに弾丸の雨を降らせた。弾かれたように回避する俺たち二人の内、厄介に思ったのかロッセルの方を追うように銃口が向けられる。
バラ撒くように放たれた弾丸は点ではなく面での攻撃となり非常に避けにくい。しかし、ロッセルからしてみれば銃火器など豆鉄砲に等しいようだった。
「たかだか銃で俺を倒せると思ったなら甘く見られたものだな」
弾丸が目の前に迫る中、ロッセルは冷静に掌を地面に押し当てる。
「『剛柔術・軟化』、『形状指定』、『硬化』」
手を押し当てた地面が板状に盛り上がり、ロッセルの身を守る壁となった。
壁が形成された直後、降り注ぐように連続して弾丸が突き刺さる。だが、硬度を高められた壁を前にして、サブマシンガンで放てる小口径の弾丸程度で貫くことは叶わない。
「ヒューッ、やるねぇ。なら、次はコイツだ」
男はサブマシンガンを消すと、いつだか俺の乗っていたパトカーへ向けてぶっ放したのと同じロケットランチャーを出現させる。そして、ノータイムでロケット弾を発射した。
「ロッセル!」
生成した壁の裏へ隠れたロッセルにロケットランチャーは見えていない。このままだと壁ごと直撃を食らってしまうだろう。俺は声を張り上げて危険を報せる。
名前を呼ぶところまでが限界だった。詳細を伝え切る前にロケットランチャーの弾頭がロッセルの生成した壁に直撃し、爆発を巻き起こす。
しまった、直撃を受けたか?
煙が立ち込める中、不用意に動くこともできない。ロッセルの安否が心配だけれど、目の前にいる男から目を離すわけにもいかない。
「さすがにこれで終わりじゃないだろう?」
俺の心配をよそに、男はロッセルの強さに一定の信頼を置いているようだ。臨戦態勢のまま新たに出現させたショットガンを両手で構える。男の目に油断はない。こういう警戒を怠らない相手と言うのは厄介だ。
そんな中、ロッセルから念話術が届いた。
(ヤツの意識を一瞬逸らせ)
それはロッセルが無事な証拠であり、次の一手のための指示だった。
男は煙の中を警戒している。まさか、馬鹿正直に煙の中から飛び出してくるとも思っていないだろうけど、それでも警戒しないわけにもいかない。そんな中で俺がちょっかいを掛ければ警戒するために割ける意識をいくらか邪魔することができるだろう。
手裏剣を持てるだけ用意する。そして、男へ向けて投擲した。
牽制目的だから質より量だ。威力も低い。それでも自分へ向けて飛んでくる刃物というのは払い除けるのに最低限の注意を払う必要がある。
「その程度の妨害がなんだ! ファイア!」
ショットガンを構えたまま、片手にサブマシンガンを出現させ、俺のいる方向へ弾丸をバラ撒く。瞬く間の内に手裏剣は撃ち落され、ついでのように俺へも弾丸の雨が降り注ぐ。
手裏剣はほとんど意味を為さずに撃ち落されたけれど、少しは男の集中を邪魔することができたのではないだろうか。弾丸を回避しつつ様子を窺う。
「『土遁術・
一瞬、俺へ意識を割いたタイミングを狙って、地面の中からロッセルの声が響く。直後、ショットガンを構えていたはずの男が急に体勢を崩した。
男は驚きつつも即座に地面へ向けてショットガンを放つ。しかし、弾丸を放った時には既にそこにロッセルの姿はない。というか、最初からロッセルは手首から先だけしか地面から出していなかった。そして、そっと男の足首に触れていったのだ。
男はそのまま仰向けに倒れていく。足は地面に着いたまま、しかし、足首から先がまるで骨折したかのように折れ曲がっている。
この奇妙な現象には覚えがある。ロッセルの固有忍術だ。
「二対一で掛かって来いだなんて大見得切ったわりには呆気ないな」
地面から這い出たロッセルは俺の横に並びつつ男を見下ろして言う。男は足に力を入れることができず、仰向けのまま俺たちを睨み付けた。手にはまだショットガンを持っているけれど、倒れた状態のまま撃った所で悪あがきにしかならない。
「それじゃあ、息の根を止めさせてもらおうか」
ロッセルは狙撃を警戒しつつ一歩ずつ近付いていく。男は観念したように笑った。
「ハッハァーッ、やるじゃねぇか。この前のくノ一といい関東にも強いヤツがたくさんいるんだなぁ」
「当たり前だ。俺やお前より強い忍者なんていくらでもいる」
「そうだな、そりゃそうだ。……カメリア、撤収しろ」
男は顔を横に振ると、ここから遠く離れた場所を見るようにして手を向けた。
男が意識を向けた方向を確認すると、数百メートル先にいつか見た金髪少女の姿があった。男の手振りに反応して立ち上がり、そのまま建物の中へと引き返していく。
「負けを認めて狙撃手を逃がすか。潔いな」
「おいおい、俺たちと戦うのは二度目だろ。どうせ狙撃に対するカウンターくらい用意してんだろうよ。
やれやれと肩をすくめた男はショットガンを消して地面に大の字となって寝転がる。
彼の言う通り、向こうが先に撃ってくれれば、高台から索敵しているタカノメがどこから撃ったのか見つけてくれるだろうという目論見はあった。それに敵が撃った方向などから逆算してタカノメに俺たちのいる場所のおおまかな座標を伝えることだってできただろう。
「すぐに仲間と合流する必要がある。さっさと捕縛尋問させてもらうぞ」
ロッセルが掌で地面に触れると、隆起した地面が男を捕らえるように変化していく。
「ハッハァーッ、まだまだ
男は笑う。不審に思ったのも束の間、隆起した地面が男を捕らえる直前、先のイリスやシュガー、カザキと同じように男の姿も忽然と消えてしまった。
「また転移か!」
「そのようだな」
俺の疑問にロッセルが頷く。
「負けそうになったら転移で逃げるとかズルいよなぁ」
「……いや、待て。逃がしはしたが転移の情報は得られたかもしれないぞ」
ロッセルは何かを掴んだようで、さっきまで男がいた地面を指差す。
俺もそこを見てみるけれど、ロッセルのようにすぐには分からない。彼が言うには何か有用な情報が得られたようだけれど、何か見落としているのだろうか。
首を傾げながら現場を見る。男は消え去り、その場には綺麗さっぱり何もない。
……あれ、そういえばロッセルの忍術で隆起していた地面も綺麗に直っている。ロッセルが術を解いたからか?
「ロッセルの忍術って解いたら形状の変化とかが元に戻るのか?」
「いいや、戻らない。この前、変化させた武器を手渡しただろう」
「だよな」
つまり、『剛柔術』による形状変化はその場に残り続けるはずだ。しかし、男と一緒に変化したはずの地面も消えてしまった。ここまでお膳立てされれば転移の条件も分かってくる。
ロッセルが答え合わせをするように口を開いた。
「つまり、奴らの用いる転移は、地面や男も含めて一定の広さの空間ごと移動してるってことだ」
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今回の更新で「小説家になろう」の方で先に連載していた最新話に追いつきました。
ここから先は毎日更新ではなく「小説家になろう」での更新頻度と同じく、2日~3日に一回の更新となります。
更新ペースが多少ゆっくりとなりますので、気長にお付き合い頂ければと思います。
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