第164話 スライドパズル式迷宮

▼ルぺルもしくはルンペルシュテルツヒェン


「『組替くみかえ術・箱入り娘の迷い街』」


 テーブルの上で青白く光る正方形の盤。その上には何百という膨大な数の小さな正方形のキューブが碁盤の目のごとく整然と並べられていた。

 ソファに腰かけた女性メイズは並んだキューブを見つめたまま、指揮者のように指を動かし始める。すると、並べられていたキューブの位置が入れ替わり立ち替わりスライドしていく。

 そうして一筋の道が生まれ、ある一つのキューブだけが我々のいる位置を示すキューブの近くへと真っすぐに向かって来た。


 メイズの固有忍術は非常に珍しいことに対象を遠隔で転移することが可能だ。

 青白く光る正方形の盤を実際の地図に見立てている。その上に並ぶキューブは現実には一メートル四方の空間を表し、そのキューブを動かすことで空間ごと入れ替えていく。

 とはいえ、彼女に言わせれば「縛りだらけで、てんで使えない忍術よ」とのことで、どうやら色々と縛りや制限があるらしい。彼女には彼女の苦労があるのだろう。



 現在は今しがた敗北を喫した仲間を回収しているところだ。

 ここは三神貿易港の中心にある三神インダストリの元本社ビル、その最上階にある社長室である。しばらく経つと社長室の床が一メートル四方の部分だけ土の地面と入れ替わった。ちょうど隆起した地面がウォルフを縛り上げようとしている状態で止まっている。

 盤の操作を止めたメイズはウォルフに近付いて行き、見下ろすようにして話しかけた。


「ウォルフってば負けてんじゃーん。これで二連敗よ?」


「なかなか強ぇヤツだったぜ」


「えー、でも前回の頭領と違って、今回は上忍頭でしょー。結局カメリアちゃんの狙撃支援が無いとこんなもんなんじゃないの?」


「ハッハァーッ、喧嘩なら買うぜ!」


 一触即発だ。私は仲裁するように二人の間に割り込んでいく。


「ほら、メイズ、そこまでにしなさい」


「えぇー、せっかく脳筋ウォルフを弄り倒せる機会なのにー」


「……メイズ」


「むぅー、……はぁーい、分かったってば。分かったから術は使わないでよ」


 私が名前をはっきりと呼ぶと、ようやくメイズは口をつぐんだ。

 それからウォルフの方へ向き直る。


「それでどうだった? 威力偵察をお願いしたとはいえ、まさか君が負けるとは思わなかったよ」


「ハッハァーッ、そりゃ、ちょいと俺の強さを過信してるぜ」


「そうかい? だけど近接戦闘で君に土を付けられる忍者なんて、そういないだろう」


「あぁ、だが負けた。そんだけ強かったってことだ」


「それほどだったんだね」


 私の質問にウォルフは首を縦に振った。

 ウォルフは寓話の妖精たちテイルフェアリーズの中でもリデルに次いで近接戦闘に強い忍者だ。その彼を負かすとなると十分に侮れない相手と言える。



 けれど、気になる点もある。


「ところで、どうして銃火器メインのモードのまま最後まで戦ったんだい?」


 ウォルフの固有忍術『悪狼術』はいくつかのモードがある。近接戦闘は相手に分があると判断して銃火器メインにしたのは分かる。けれど、後半は銃火器も有効とは言い難い状況だった。であれば、他のモードに切り替える選択もあったのではないだろうか。


「ペテンは性分じゃないんだよ。だから使わなかった。悪いか?」


「……いいや、君が使いたくなかったなら、それで良いさ」


 『息巻く狼』、『狩人喰らい』、『老婆騙し』、『嘘つき少年』……。

 私が把握しているだけでもこれほどある。彼の固有忍術の派生は多く、モードを切り替えると戦闘方法もガラリと変わる。それらを切り替えて戦えば今回の相手だって翻弄することができただろう。

 とはいえ、中には彼の好みでない戦闘方法もあるようだ。忍術には本人の意志が強く反映される。使いたくないという気持ちを抱えたまま忍術を発動させても、その忍術は十全の力を発揮してはくれないのだ。

 だから、良い。彼が必要とした時こそが真の力の使いどころなのだから。



「そんでルペル、俺以外の所はどうなってる?」


 ウォルフは話を変えるように分断した敵の現状を尋ねてきた。

 私は笑みを見せると、社長室の奥で佇む男性を紹介する。


「私の方は仕事を終えたよ。彼はカザキくんだ」


 私が手招きすると、カザキはすたすたと歩いてきて隣に立つ。彼の目は光を失い、虚ろな表情だ。


「ヒューッ、さすがNPCキラーと呼ばれるだけはあるなァ」


「カザキくん、ウォルフの足を治せるかい?」


「やってみましょう」


 カザキはカバンの中から筒状の入れ物を取り出した。栓を抜き、指を筒の中へ突っ込むと、ぬらりとした乳白色の塗り薬が現れる。


「幅広い状態異常に対応した塗り薬です。固有忍術による作用も解毒してくれるでしょう」


 そう説明をしつつ、ウォルフの足首周辺に塗り込んでいく。

 いまだにウォルフの足は不自然な位置で曲がったままだった。戦いの様子は『視覚共有の術』を使って見ていたので、おそらく固有忍術によるものだと断定できる。

 塗り薬が塗布されていくとしだいに淡い光を放ちながら曲がっていた足が元に戻っていく。


「おぉ、こりゃ凄いぜ」


「これでまた戦場に戻れるかい?」


「おうともよ! ところで、そのカザキってヤツから他の情報は絞れたのか?」


「いいや、無理だったよ。彼はなかなかやり手だね。自分が洗脳される可能性を見越してプロテクトを掛けていたみたいだ」


 メイズの忍術により、カザキは我々の根城である三神インダストリ元本社の社長室へ転移させられた。彼を選んだ理由は、たまたま一人だけ分断できたからというのもあるし、甲刃重工の取締役として有名で確実にNPCだと判断できたのも大きい。

 私の『忌名術』はその者が持つ本当の名前を呼ぶことで対象を操ることができる。対象が増えるほど強制力が弱まっていくけれど、今はカザキ一人を対象にしているからほとんど意のままに操ることができている。

 しかし、彼は自分が洗脳などの忍術を受けて意志を消失した瞬間から、自動的に情報漏洩に対するプロテクトが脳へ掛けられるようにしていたらしい。


「俺が相手をした二人とその男に関しては分かった。あとは男女の二人がいただろう。そっちはどうだ?」


「そっちはパトリオット・シンジケートの兵隊五十人が待ち構えている場所に送ってもらったよ。甲刃重工の取締役であるカザキと企業連合会の会長を務めるセオリー、この二人以外はNPCかどうかも不明だし、そもそも洗脳する旨味も少ないだろうしね」


「ハッハァーッ、ウチのが五十人か。そいつは大変だな。下手すりゃ俺と戦うよりもずっと悲惨な目に遭ってるぜ」


「そうだね、さすがに五十対二の勝負なんて戦う前から結果は目に見えてる。だからこそ、ウォルフと重点的に視覚共有していたんだよ。その代わり、向こうが今どうなっているのか分からないんだけどさ」


「とはいえ、正面でドンパチやってる裏からこっそり入り込んできた少数精鋭部隊だろう。少しは足掻いてるんじゃないか」


「どうだろう。雑魚の寄り集めならともかく、五十人の中には上忍も多く混ざってるからね。逆に一瞬で倒してしまっているんじゃないかな」


 ウォルフは天井を見上げて笑う。潜入してきた部隊のメンバーは五人。たったの五人をさらに分断して各個撃破を狙ったのだ。慎重に過ぎるほどの作戦内容である。

 しかし、私は現状を優勢であるとは微塵も思っていない。パトリオット・シンジケートは関東地方において、いまだ砂上の楼閣だ。優位を取れるならいくらでも優位を取る。数の暴力を押し付けて簡単に勝てる場面を増やすように画策するのだ。

 特に今はプレイヤーたちがワールドクエストに夢中となっているため、多少手荒な手段に出ても今回のように妨害が少なく済む。


「……なんとかイベント期間中に南の甲刃工場地帯まで支配下に置きたいところだね」


「そのためには、まず目の前の攻め込んできてるヤツらを追い払わないとな」


「もちろん。……さて、一応分断した二人組の方も確認しておこうか」


 ウォルフの言う通り。まずは目の前の戦いに専念することが重要だ。そのためには一手一手確実に詰めていく。

 私は『視覚共有の術』を使い、五十人のパトリオット・シンジケートの兵隊を率いる立場にある上忍の視覚と同期する。戦闘終了の連絡が無いということはまだ倒し終わってないということだと思うのだけれど、たかが二人相手に何をしているのだろうか。



 ……おや、おかしいな。術を使用したというのに目の前が真っ暗なままだ。失敗したわけでもないだろう。

 この場合に考えられる原因は、視覚を同期させている上忍が術の範囲外にいる可能性、もしくは目をつむっている可能性が考えられる。まさか、戦闘終了の連絡もせずに寝ているんじゃないだろうね。

 『視覚共有の術』のチャンネルを変えていき、他の忍者へと同期を移り換えていく。だが、いずれの忍者も視界は真っ暗なままだ。こうなってくるとさすがに何かがおかしいと分かる。


「おい、ルペル! 術を解いて窓の外を見ろ」


 突然、ウォルフが大きな声で喚きたてた。

 一体何だというのか、こちらもそれどころじゃないというのに。


「なんだい、大きな声を出して」


「良いからアレを見ろ」


 指差す先へ目を向ける。途中でソファに腰かけたメイズが視界に入ったけれど、彼女も窓の外を見つめたまま固まっていた。二人して何に驚いているのか。

 そんな風に思って窓の外を見た。そして、私も文字通り固まってしまった。


 三神インダストリ元本社、その最上階にある社長室。壁際は一面の窓ガラスとなっており、全方位が眺める作りとなっている。

 そして、その内の一方向の窓全面が白い壁に覆われていた。小さな鱗のようなものが無数に付いた壁だ。その模様はまるで爬虫類の皮膚を思わせる。


 突如、カッと黄色く光る双眸が見開かれ、私たちを睨み付けた。

 身体は金縛りにあったかのように動けなくなり、一瞬にして大量の冷や汗が流れ始める。


「……白い、大蛇?」


 浅く早い呼吸とともにそれだけ絞り出すのがやっとだった。

 そう、目の前に広がる一面の窓ガラスを覆い隠すように白い大蛇が首をもたげていたのだ。

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