第73話 命儚し、弄せよ策を
▼セオリー
まばゆい光が収まった後、ライギュウの元居た場所には鬼が立っていた。額から一本の角が生え、その角からバチバチと電気が発生している。全身も淡く帯電しているようで青白い光の線が周囲を駆け巡る。
ゴクリと唾を飲み込む。自然と距離を縮めるために踏み出していた足が止まっていた。ここから先は近づいて戦うことも危険なのだと俺の第六感が告げていた。
「ホタルから聞いてはいたけど、本当に鬼へ変身するとはな」
「ほぉ、あの腰抜けと繋がってやがったかぁ」
芝村組の事務所を一撃で粉砕したという話をした際に、ホタルから聞いたことだ。その時のライギュウはまるで鬼のような風貌をしていた、と。
言ってしまえばライギュウの全力についてはネタバレを先に受けていたという訳だ。そのため、心の準備ができていたから動揺はそこまで大きくない。もちろん威圧感は増したし、身体は全力で警鐘を鳴らし続けている。
しかし、だからこそ余裕を持った態度は崩さない。ヤクザクラン相手にビビったら負けだ。雰囲気に飲まれてはいけない。笑みを絶やすな。
「あまり驚いてやれなくてごめんな」
「なぁに安心しろ、これからたくさん驚かせてやるよぉ」
動じずに応答する俺を見て、ライギュウは笑みを深める。もし、ここで俺がビビったらライギュウは興醒めしていただろう。そして、そのまますぐにケリをつけるために攻撃してきていたかもしれない。
コイツの性格は何度か観察してよく分かった。ただひたすらに戦いを楽しみたいんだ。だからこそ強気な態度を崩さない限り、俺を対等な敵として見てくれる。そして、対等に見ている相手からの攻撃は全身で受けてくれるはずだ。
初めて遭遇した時も俺の『仮死縫い』を纏わせたカナエの斧に対して真っ向から殴り合いをかまし、城山組の若頭が決死の突き攻撃を放った際にもガードをして攻撃を受けていた。
自分のポテンシャルに圧倒的自信があるからこそ、先手を相手に渡してしまう悪癖。今回はそれを利用させてもらう。
(そろそろ一発かますぞ)
(分かった、フォローは任せろ)
俺は事前に決めていた策を仕込むため、シュガーへと念話術を放つ。それから鬼と化したライギュウを見据えた。
「『不殺術・仮死縫い』」
黒いオーラが曲刀・
ライギュウは直線的な動きを得意としている。真っ直ぐに突っ込んではダメだ。城山組の若頭がもたらしてくれた攻略の糸口に感謝しつつ、緩い弧を描くようにライギュウへと接近する。
「その黒いオーラはどういう術なんだぁ? 教えてくれよ!」
両手を広げたままライギュウは一足飛びに俺へと距離を詰める。ラグビー選手が行うタックルのように俺を捕まえようとする動きだ。あの剛腕で抱き締められたら背骨が全て粉砕されてしまうだろう。俺は想像した光景に身震いしつつ、地面を転がって回避する。
(これが違うゲームならローリング回避に無敵時間が付いていたんだろうけどなぁー!)
(余計なこと考えるな、回避と仕込みに集中しろ)
俺が地面を転がりながら愚痴を零すと、シュガーがたしなめるように叱咤する。ちょうどライギュウの拳が俺の目の前に迫ってきていた。しかし、すんでのところでカナエが割り込み、斧をぶつけて攻撃を反らす。
「あっぶねー、助かった」
カナエに感謝の意を伝えつつ、辺りに倒れる目標へと咬牙を刺す。そして、再び駆け出した。
その後も何度か危うい場面に直面するけれど、カナエの手堅いガードにより、俺は無傷のまま周囲を駆けまわった。
「さっきから子どもに守られながら走り回るばかりじゃねぇか。てめぇの力はそんなもんなのかぁ?」
さすがに行動が消極的に寄り過ぎていたようで、ライギュウの方は次第に怒り顔へと変わり、苛立ちを隠さず怒声を浴びせかけてくる。
「おう、そろそろ仕込みも済んだし相手してやるよ」
ようやく足を止めてライギュウの方へ向く。怒りに呼応しているのか、周囲に纏う電気が強まっているように思える。
「ここまで焦らされてショボい攻撃してきやがったら許さねぇからなぁ」
「期待に応えられるように善処するよ」
「もう、てめぇの言葉は全部詭弁に聞こえてきたとこだよぉ」
「そいつは悲しいな」
もはやライギュウとの戦いはこれ以上のらりくらりと引き延ばせない。城山組の若頭は組の拠点に逃げおおせただろうか。いまだセーフティーラインに乗ったかは分からないけれど、それでもそこそこの時間は稼いだはずだ。
「それじゃあ大技といこうか、『支配術・
急に周囲がざわめき立つ。芝村組も蔵馬組も住人達も露天商も、誰も居なくなったはずの広場に突然人の気配があふれ出す。
「立ち上がれ」
俺の発する命令を皮切りに、地へ伏していた者たちが亡者のように揺ら揺らと起き上がる。彼らは広場で勃発した抗争の犠牲者たち。ヤクザクランの構成員もいれば、たまたま居合わせた住人やトバッチリを受けた露天商もいただろう。誰も彼もが傷つき倒れた。そんな彼らを助けようと思う者もいやしない。
しかし、彼らも死んでしまった者たちばかりではない。強い衝撃で意識を失ってしまった者や怪我を負って動けない者など、まだ生きている者たちも多くいた。俺はライギュウの攻撃から逃げ回りながら、そんな彼らに『支配術』を掛けていった。
「なんだぁ、こいつらは」
「遠距離攻撃でライギュウの足を止めろ」
俺は立ち上がった数十人の人形たちへ号令を下す。すると各々が持ち得る手段でライギュウの足を止めようと行動を開始した。
戦闘能力の低い一般住民や露店商たちは周囲に散らばる石などを手当たり次第に投げ、多少戦闘の心得があるヤクザクランの構成員たちは銃を撃ったり、持っていた凶器を投げつける。
「鬱陶しいコバエどもがぁ」
ライギュウが投擲された石などを腕の一振りで弾き飛ばす。しかし数十人の人間が一斉に一つの的へ向けて物を投げるというのは、例えダメージが無くとも意識を割かれる。その内に俺は人ごみに紛れて姿を消した。
それから少しして
しばらく
「どこへ行きやがった、逃げやがったのか!」
額の一本角から電撃が漏れ出て、周囲に飛び散ると焦げ跡を作り出す。怒りのボルテージはマックスといった所だ。そんなところへヒョコヒョコと呑気な足取りで近付く影。
「やあやあ、貴方の尋ね人がどこにいるか知りたいか?」
フォーチュングラスをくいっと掛け直す仕草をしながら現れたのはシュガーだ。
「てめぇは後ろでコソコソしてた奴か」
「おや、結構しっかり目に隠れていたつもりだったんだがバレてたのか」
「そんなことはどうでもいい。あいつは何だ? 本気で戦う気があるのか。初めて拳を交わした時は面白そうなヤツだと思った。アイツに斬られてから腕と足がしばらく動かせなくなったんだ。そんなことは初めてのことだった。ワクワクしてたんだぞ」
一息に捲し立てるライギュウはシュガーの肩を両手で掴む。もしライギュウが少しでも両手に力を込めれば、シュガーなど簡単に殺してしまえるだろう。そうしないのは俺を見つけ出したいという気持ちの表れか。
「……だが今回はどうだ。俺のタマを取ろうって気概が感じられねぇ。それとも何か? 俺のことをバカにしてんのか」
「アイツは別にお前のことをバカにしてなんかいないさ。ただ
「面白いこと言うじゃねぇか。アイツが中忍になったばかりのひよっこだとぉ?」
シュガーの言葉をライギュウは鼻で笑う。俺が中忍だということを信じていないようだ。
「俺ぁ、今までに何度も忍者と拳を交わしてきた。だが、中忍はおろか上忍や上忍頭だろうと俺の手足を動かせなくした奴はいなかったんだぞ」
「何事も相性差というのはある。お前はアイツを過大評価し過ぎているんだよ」
「……そうか。じゃあ、アイツはもう逃げちまったのか。ならお前は捨て駒か?」
「いいや、俺は捨て駒じゃない。それにアイツは逃げてもいないさ」
シュガーはそう言って不敵に微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます