第74話 戦いの果てに立つ者は
▼セオリー
「いいや、俺は捨て駒じゃない。それにアイツは逃げてもいないさ」
不敵に笑ったシュガーは手の中に握っていた球体型の忍具を指で弾き、宙へと浮かす。それは丁度ライギュウの鼻の先で爆発し、大量の煙を吹きだした。エイプリルが小型化に成功した煙爆弾の忍具である。
爆発の直後、ライギュウによって投げ飛ばされたシュガーは広場の外周にある建物へと激突した。
しかし、俺はその隙を見逃さず左腕に装着された手甲の機構を起動させると、ライギュウの遥か後方へ向けてワイヤー付き棒手裏剣を射出した。それから並行して倒壊した建物の影から身を踊り出すと咬牙を構えて駆け出す。
「こんな子供騙しが効くか、ボケェ!」
激高したライギュウが腕を大きく振り回すと辺りに広がっていた煙が一瞬にして上空へ巻き上げられる。
「見つけたぞぉ」
目くらましに使った煙玉の効果は腕の一振りで無効化された。そして、近づいてくる俺を視認したライギュウは向かい合うように突進してきた。その踏み込みは雷神の如く、稲光が駆け抜けたかのように一瞬で距離が縮まる。
両目へと気を『集中』させてやっとギリギリ追える速さだ。そして、俺の方も手甲の機構を発動した。事前に飛ばしていたワイヤーが巻き取られる。これにより俺の速度が普通に駆けていた時の数倍となる。さらに追加のブーストだ。
「カナエ、引け!」
手甲の機構で射出した棒手裏剣の飛んでいった先、そこには事前に伝えていた作戦通り、
俺の命令が飛んだ瞬間、カナエがワイヤーを力の限り引っ張る。それにより俺の身体は更なる速度超過を迎え、圧倒的なGがかかる。
「食らいやがれぇ!」
唇を風圧で震わせながら、それでも俺はライギュウの想定を超えた速度を実現することに成功した。突然、俺の動きが高速化したことで初めてライギュウも驚愕の表情を見せる。
通常、戦闘というのは相手の速度と自身の速度を計算して、攻撃のタイミングを計る。そんな戦闘の最中、どちらかの速度計算を狂わせてやれば、攻撃のタイミング自体も狂わせることができる。
これによりライギュウは想定よりも早く腕を引き、拳を振るわなければいけなくなった。そして、そんな無理な動きにはどうしたってボロが出る。動きには先ほどまでの精彩さが無くなっていた。
一瞬の攻防だった。
俺は身体を捻り避けたつもりだったけれど、ライギュウの振り切った拳が右脇腹を捉えていた。嫌な音が身体の内側から響き渡る。いくつかの骨と臓器がおしゃかになった感覚があった。
そして、その代償を対価としてライギュウの胸には、『仮死縫い』による黒いオーラを纏った曲刀・
「ざまぁみやがれ」
握力が抜け落ち、咬牙から手が離れる。しかし、勢いは止まらず、俺の身体はそのまま遥か後方までワイヤーを巻き取り続ける手甲の機構によりスッ飛んでいく。そして、予測落下地点には両手を広げてキャッチ体勢をとるカナエが待ち構えていた。
「おー、ナイスキャッチだ、カナエ」
自分より十くらい年下の少女からお姫様抱っこされるという新感覚な体験に感激しつつ、広場中央で仁王立ちするライギュウを見る。
咬牙の刺さり具合から言って確実に心臓へと切っ先が到達しているだろう。奴は仮死状態になったはずだ。思いがけず作戦が成功し、ライギュウを倒すことが出来てしまった。
先ほど吹き飛ばされていたシュガーも走って来て合流する。シュガーは「身代わりのお札」という致死ダメージを無効化する忍具を常備している。それで無事だったのだろう。
「どうやら上手くいったようだな」
「あ、あぁ、……勝ったみたいだ」
自分でも信じられない気持ちが勝ってしまい、若干放心気味に俺は呆けた返事をしてしまった。そんな俺をよそにシュガーは真剣な表情を変えずにカナエへと目線を向ける。
「なら仮死状態の内に止めを刺す。アイツは危険すぎるからな」
シュガーの意志を汲んだカナエは斧を携えてライギュウの下へと向かって行った。
カナエのお姫様抱っこから解放された俺は脇腹の継続ダメージに呻いた。身体の中から大事なモノが溶け落ちていってるみたいな気持ちの悪い熱さを感じる。それに冷や汗がひっきりなしに流れ落ちている。これは早めに医療忍術の治癒を受けないと危ないかもしれない。
「シュガー、すまないんだけどノゾミを呼んでくれないか。わりとダメージがヤバそうなんだ」
「おぉ、そうか。……よく見たら脇腹に大穴空いてるもんなぁ。よく生きてるな、それで」
シュガーは呑気な声色で俺の脇腹を覗き込む。しかし、そんな朗らかな空気は一発の衝撃音で一変した。俺とシュガーは衝撃音が発生した原因へと視線を向ける。果たして、その先には斧を振るうカナエとその斧を拳で弾き返すライギュウの姿があった。
「バカな、『仮死縫い』を受けたはずじゃ?!」
俺の頭は混乱で一杯になる。斧を弾かれた反動でカナエは宙を舞う。しかし、直後にライギュウがカナエの足を掴んだ。逆さまに宙ぶらりんとなるカナエは、次の瞬間に地面へと叩きつけられた。そして、追撃の拳が地面を割りながら叩き込まれる。
「「カナエ!」」
俺とシュガーの声が重なった。目の前で行われた一連の攻撃は衝撃的だった。これまで俺の命を幾度となく救ってくれたカナエが一瞬で消滅した。
「はぁっはっはっは、最高じゃねぇかぁ」
ライギュウの歓喜に震える声が広場に響く。それからドシドシと音を立てながら俺たちの下へと近付いてきた。
「おい、てめぇの名は何て言うんだ」
ライギュウの視線は、脇腹を手で押さえて今にも死にそうな俺へと注がれていた。
「セオリーだ」
「なるほど、セオリーか。……本当に中忍なのか?」
「あぁ、そうだ」
俺は証拠を示すようにステータス画面の中から忍者ランクを表示させると、ライギュウへと見せる。不思議な顔をしてステータス画面を眺めたライギュウは、しばらく目をつむって唸った。
「ここで殺すのは惜しいな」
「はぁ……?」
「おい、この得物は俺が預かっておく。取り返しに来い」
「なっ、ちょっと待てよ、おい!」
ライギュウは左胸に刺さった咬牙を指差すと、早々に背を向けて立ち去ろうとした。
俺は慌ててライギュウに縋りつこうとするけれど、その行動はシュガーによって制止される。どうやら向こうは命を取る気が無くなったようだ。せっかく拾った生は捨てるもんじゃない、とでも言いたげな様子だ。
しかし、咬牙はエイプリルが俺のために作ってくれた一点物だ。絶対に渡すわけにはいかない。けれど、俺の想いとは裏腹にライギュウの背は瞬く間に見えなくなった。
「シュガー、どういうことだ。咬牙が俺にとってどれだけ大事な物か分かってんのか?!」
襟首を掴むと、シュガーに詰め寄る。しかし、シュガーはここに至ってなお平静な表情を崩さないままで言葉を返す。
「落ち着け、セオリー。あいつは何て言った。預かっておく、って言ったんだ。つまり、一時的に持ってかれただけだ。永久に失われるわけじゃない」
「……っ」
頭に血が上っていたようで、シュガーに諭されるまで論理的な思考が出来ていなかった。それ以上に混乱するような出来事が立て続けに起きて、訳が分からなくなっていた。
「どうして『仮死縫い』が効かなかったんだ……?」
まず第一に思うのはそのことである。
ライギュウが再び動き出してから、ずっと引っかかっていた疑問だ。それに対してシュガーが何か見解を口にしようとするけれど、その前に俺の瞼が落ちかけていた。
気付けば俺の視界には「出血多量」などといった危険域を示す警告表示がいくつも点滅し続けていた。そのツケが回ってきたのだろう。俺の視界は意識が落ちるとともに完全に暗転したのだった。
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