第78話 求むるは権力か財力か

▼セオリー


「不知見組の要求は一点。暗黒アンダー都市における元締めの座だ」


 俺の言葉が執務室に響く。トウゴウとその後ろに控えるゲンは目を見開いた。


「バカな、つい昨日今日発足したヤクザクランが元締めに就くだと……?!」


「セオリーさん、さすがにそれは無茶ですよ」


 両者ともに開いた口が塞がらないといった様子で反対の意思を表す。

 その様子はされて困るとか、しては駄目だとかいうニュアンスではなく、どちらかと言えば無茶なことは止めておけという諫言かんげんに近い。


「どうしてだ? 最終的に俺たちはライギュウと蔵馬組双方を倒す予定なんだ。となれば元締めの座には誰かしらが就かなきゃならない。それともトウゴウ組長、アンタが就きたいのか?」


「そういう意味じゃあねぇ。元締めってのはな、他の役職とは訳が違うって話だ」


「甲刃連合の幹部に名を連ねるからか」


 かつての芝村組組長のライゴウは腕っぷしの強さで暗黒アンダー都市の頂点へと登り詰めた。そして、元締めの座とともに甲刃連合の幹部というポストを得た。暗黒アンダー都市の元締めという役職にはそういった様々なしがらみが付いて回るのだ。


「……お前はそれが分かっててやろうってのか。甲刃連合の幹部になれば直系のヤクザクランにも目を付けられるようになる。幹部連中なんてドロドロの騙し合い、蹴落とし合いばかりだ。先代ライゴウのように差し向けられた刺客を返り討ちにするだけの力がなければすぐに殺されるぞ。お前さんに刺客を跳ね返すだけの力があるか?」


「今はまだそれだけの力は無いかもしれない。だけど必ず身に着けるさ。ライギュウを倒すのだって強くなるための一歩だしな」


 それに刺客を放たれたとしてもプレイヤーである俺はリスポーンすることができる。心さえ折れなければ地道に強くなり続けることができるのだ。

 とはいえ、裏社会で指名手配になるようなものだ。様々な困難が待ち構えているかもしれない。しかし、そんな困難こそがゲームではスパイスとなるのだ。どうせなら特上のスパイスをかけて味わわせてもらおうじゃないか。

 俺の意志は固いと見たか、トウゴウは肩をすくめると話を続けた。


「そちらの要求は分かった。まずは元締めの座ということだな。それで他には?」


「他はない」


「なにぃ、他はないだと?!」


 元締めの座を要求した時以上に目を見開いたトウゴウはそっくりそのまま俺の言葉をオウム返ししてきた。

 おそらくはトウゴウの方は自分らのシノギを減らさないように上手くシマを折半する案を考えてきていたのだろう。悪いけど老獪そうなジイさんの巧みな話術を展開されると、こっちは簡単に踊らされる自信がある。だったら、そもそものちゃぶ台を引っくり返させてもらうぜ。


「こっちは元締めっていう暗黒アンダー都市トップの椅子を頂くって要求してんだ。これ以上の贅沢を言ったら罰が当たるってもんさ」


「だが、そうなると勝ち取ったシマは全て城山組の管轄に入れて良いってことか?」


「それで大丈夫だ。要はデカい権力を取るか、デカいシノギを取るかって話さ。ウチは構成員三人しか居ないからな、シマが広くなりすぎると管理しきれないんだ」


 俺が大真面目な顔をしてそう言うと、突然トウゴウは天を仰いで大笑いし始めた。


「かっかっか、そうかいそうかい。それなら話は早い。こっちも兵隊の温存は無しだ。全力で蔵馬組を潰すために動こうじゃねぇか」


 今のトウゴウの発言で俺は察しを付けた。

 もし、俺たちが欲をかいていれば、ライギュウの次はこのジイさんが敵になっていたことだろう。トウゴウの発言からは俺たちと戦うための戦力を温存しておこうと画策していたことがうかがえる。

 しかし、俺たちに野心がないことを知り、目の前の蔵馬組との戦いに全力を注ごうという気持ちになった。そう捉えて良いだろう。


「あっ、そうだ。シマは要らないと言った手前で申し訳ないんだけど、旧芝村組のシマはこっちにくれないか? たしか小さなシマだったはずだし大して痛くはないだろう?」


「なんだ、さすがに少しはシマも欲しくなったか」


「いや、俺が管理するかは分からない。ただ、そこを必要とするヤツが仲間になるかもしれないんでな」


 まだホタルから、あの日の答えは返ってきていない。だけど、もしかしたら必要になるかもしれない。俺の目から何を感じ取ったのか、トウゴウは小さく微笑むと首を縦に振った。


「仕方ねぇな。とはいえライゴウもシマの管理はてんでダメだったからなぁ、本当に小さいシマだ。蔵馬から奪えるシノギの大きさに比べりゃ痛くも痒くもねぇ。良いだろう。その案で手を組もう」


 こうして城山組組長トウゴウと不知見組組長セオリーとの間に、打倒ライギュウと蔵馬組壊滅を目的とした協力体制が結ばれたのだった。

 協力体制に関しては契約の巻物と呼ばれるアイテムを用いてトウゴウと俺との間で契約を交わすことになる。ゲーム的な制約としては約束を反故にすることがシステム上できなくなるという強力な制約を課すアイテムだ。

 この世界のNPCからしても反故にした際のペナルティが大きい為、必ず約束を守るという時に誠意を示すことにも使われるアイテムなのだという。


 その後、共闘をするための事前準備として情報共有を行った。前回広場でおこなった蔵馬組とライギュウの演説は途中で城山組が乱入したために大混乱となった。よって日取りを改めて再び演説が行われるという。


 次の演説は三日後の昼。しかし、それまで待ってやる義理もない。

 トウゴウと話し合いをした結果、二日後の夜に蔵馬組の事務所を襲撃するという段取りとなった。事務所への襲撃は城山組の構成員が中心となって行う。そして、俺たち不知見組のメンバーと若頭のゲンは別動隊として待機し、ライギュウが現れた時点から戦闘を開始するという作戦だ。


 おおむねの段取りを決めた後、トウゴウは構成員たちへと作戦を伝達するためゲンとともにその場を去った。

 これでひとまず俺の仕事は終了だ。あとは二日後に備えて色々と準備するとしよう。城山組の事務所を後にした俺は自分たちの拠点へと戻ったのだった。






 ちょうど拠点である六畳一間へ着いた所でフレンドメッセージが届く。

 相手はホタルだ。内容は「この後、お会いできませんか?」とのこと。俺は了承とともに拠点に居ることを伝えた。


 それからしばらくしてホタルがやって来た。恐る恐るといった様子で室内へと入る。俺は適当にホタルを座布団に座らせるとお茶の用意へと取り掛かった。急須きゅうすに茶葉を入れ、保温ポットで沸かしておいたお湯を入れる。しばらく蒸らしてからちゃぶ台の方へと運んだ。

 ちゃぶ台を囲むのは俺、シュガー、エイプリルそしてホタルの四人だ。全員へと湯呑みが行き渡ったところで本題を進める。


「それでここに来たってことは俺たちのパーティーに入ってくれるってことで良いのか?」


「はい、あれから少し考えたんです。セオリーさんに言われた、ライギュウが芝村組の看板を利用して好き勝手するのを見てるだけで良いのか、って言葉がずっと心に引っ掛かってて」


 ホタルは心の内を吐露するように一息に吐き出した。

 色々と貯め込みやすいタイプなのかもしれない。ライギュウの横暴さにも思う所はあったのだろう。しかし、力では圧倒的にライギュウの方が上だ。そういう理由から強く出ることもできず、吐き出す場所がなかった。


「それで思ったんです。やっぱり芝村組の看板を汚させちゃいけないって。セオリーさんたちと一緒にライギュウをぶっ飛ばしたいって!」


 ホタルは正座した膝の上で手をギュッと握りしめて断言した。そして、俺の瞳を真正面から見据える。覚悟は決まった。そう顔に書いてある。これ以上、俺が何か言うこともない。共に戦ってライギュウの鼻を明かそう。


「分かった。これからよろしくな!」


「はい!」


 その後、システム的な手続きを行った。パーティーへの加入とヤクザクラン『不知見組』への加入だ。


「えっ、ヤクザクランを自分たちで作ったんですか?」


「そうだよ。まあ、結成までの経緯は色々とあったんだけど」


 俺がため息交じりに答える中、ホタルの目は驚きに満ちていた。


「プレイヤーも組長になれるんですね。びっくりです」


 ホタルの言葉を受け、いつだかこんな話をしたなと思い出していた。ホタルが芝村組の次期組長だという話を聞いた時だ。気付けば立場が反対になっている。なんとも不思議な話だ。あの時はまさかこうなるとは思いもしなかったな。

 そんな感慨深い想いに耽る中、新たな仲間ホタルが加入したのだった。

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