第77話 手を組む前に、取り分の話をしよう
▼セオリー
正式に『不知見組』が認可され、やっと城山組と手を組む話が進められるようになった。
俺は若頭のゲンに連れられて城山組の組長が待つ部屋へと通される。組長専用の執務室だ、さすがに広々としている。手前に応接用のソファとテーブルが置かれ、奥には組長が座る執務用デスクが置かれていた。
デスクには山積みとなった書類が塔のように
「お前さんがセオリーか」
「あぁ、そうだ。手を組むことに関して話し合いに来た」
「……そうか。すぐに片付ける。そこに座っててくれ」
城山組の組長は手前にある応接用のソファを手で指し示す。俺は首肯で返しソファに腰かける。向かい合わせに置かれたソファでは若頭のゲンが立ったまま俺を睨んでいた。そして小声で俺に話しかける。
「セオリーさん、組長には敬語でお願いしますよ」
「ん? だって同じ組長同士だろう。片方がへりくだっていたら対等な協力関係なんて結べないじゃないか」
「それは、そうですけど……」
ゲンはその後も何事か言っていたけれど、俺は努めて聞こえない振りをした。相手より優位に立つというのは常套手段だ。ヤクザは舐められたらおしまいだ。だから常に上から圧力をかけてくる。それに圧されて
それはそれとして気になっていたことがある。組長さんは本当に忙しいようで書類の山と悪戦苦闘しているので、まだ時間はありそうだ。俺はゲンの方へ視線を向け直すと質問を投げかけた。
「そういえば、ずっと気になっていたんだけど暗黒アンダー都市ってプレイヤーの数が少なくないか?」
俺が気になっていたのはそのことだ。今のところプレイヤーとはホタルとゲンの二人としか出会っていない。例えば
「暗黒アンダー都市にプレイヤーが少ないのは何故か、ですか」
突然話を振られたゲンは組長のいる目の前ということで私語をして良いものか悩む素振りを見せた。しかし、組長は耳ざとく聞いていたようで「しばらく雑談なりしていてくれ」と伝える。ゲンは少し思案した後、ぽつりぽつりと話し始めた。
「まず単純に言えば『隠し街』だからというのが一つです」
ゲンの言葉を聞いて俺も思い当る。たしかに隠し実績として『隠し街』を達成していた。つまり、実績としてカウントされる程度には珍しい場所ということだろう。そもそも前提条件でカルマ値がマイナスまで低下していることを求められる時点で半分くらいのプレイヤーは自力でここを見つけることは不可能だろう。
しかし、それが一つといった。ということは他にも理由があるということだ。俺はゲンへ頷き返しながら続きを促す。
「もう一つはプレイヤーにとって旨味が少ない点です」
「そうなのか?」
それは意外だった。暗黒アンダー都市の立地は言ってしまえば地上の桃源コーポ都市と同価値だ。それは要するに関東地方の中央に位置しているということ。てっきり本拠地などを構えるなら絶好の場所だと思っていた。そのことをゲンに伝えると、向こうも頷き返す。
「たしかに立地は良い方です。ただ、それが当てはまるのは桃源コーポ都市に住むコーポクランのプレイヤーたちですね。やっぱりヤクザクランと言えば南の甲刃工場地帯が人気です。南部一帯を牛耳っている甲刃連合の直系ヤクザクランがしのぎを削る場所ですが、その分実入りも良いみたいですね」
「なるほどなぁ、ヤクザクランからすると関東は南側を中心に回っていて、中央はどちらかと言えばコーポクランのシマっていう感じなのか」
「そうですね。だから実際の所、カルマ値が低いプレイヤーからすると肩身の狭いところなんですよね」
カルマ値が低いと桃源コーポ都市の保障区域より先には進むことが出来ない。そうなると基本的には暗黒アンダー都市に引っ込むしかなくなる。
ここは地下だ。プレイヤーによっては気が滅入ってしまう者もいるだろう。そういう意味でも人気が低い場所なんだな。
「でも、ゲンはここを本拠地にしてるんだろう」
「えぇ、人が少ないとロールプレイしているところを見られる可能性も減るので……」
俺はゲンの解答を聞いて納得した。
全力でロールプレイはしたいけれどプレイヤーに見られるのは恥ずかしい、そのくらい特殊な理由が無ければ住み続けたいと思う者がいないような場所ということだ。暗黒アンダー都市にプレイヤーが少ない理由が分かった気がする。
こういった事情にプラスして、シュガーがいつだか言っていた桃源コーポ都市と暗黒アンダー都市は超初心者向けのフィールドだと言う話を重ねて考えると、そりゃあ旨味も少ないし人も定住しないよなぁ。
「待たせたな」
暗黒アンダー都市のプレイヤー人口の話もだいたい終わったところで組長が席を立ってこちらへ向かって歩いてきた。
齢は七十代くらいだろうか。白髪を綺麗に刈り揃え、着物を揺らす様は堂に入っている。身長は百六十そこそこくらい。思いのほか小柄だ。しかし、その全身から発せられる気迫のようなものはライギュウなどにも負けていないように思える。
「いや、ゲンから興味深い話を聞けたから退屈はしなかったぜ」
「そうかい、そりゃ良かった」
ソファの前まで来た城山組の組長は俺を見据える。俺はソファから立ち上がると組長の視線を真正面から受けた。改めて自己紹介をする。
「不知見組組長のセオリーだ。今日は手を組むことに関して話し合いに来た」
組長の方も俺の言葉に深く頷き、口を開いた。
「俺は城山組の組長を任されているトウゴウだ。身体の方はもう大丈夫か?」
「だいぶ回復したよ。部屋をお借りした件は助かった。礼を言わせてもらうよ」
トウゴウは目線で脇腹を指して具合を聞いてきた。俺は脇を擦りつつ笑って答える。ライギュウの攻撃で脇腹に大穴が開いた結果、俺は意識を失って城山組の事務所に担ぎ込まれた。その後の処置が良かったようで現状身体に不調は無い。
ただ一つ残念なことを上げるとするならライギュウを倒しきれなかったことだ。
「ライギュウと刺し違えるつもりだったけど、どちらも生き残る結果になっちまったな」
「かかかっ、あのシュガーとかいうガキ同様、お前さんもいい度胸してるじゃねぇか」
「誉め言葉として受け取っておこう」
トウゴウは鮫のように笑うと握手を求めてきた。シュガーはこの爺さんを相手に協力体制の約束を取って来て、なおかつクラン立ち上げの認可まで引き出したのか。言葉一つ一つが刃物を突き付けられているようで心底肝を冷やす。
だが、ここで弱みを見せてはシュガーが勝ち取った優位をみすみす手放すことになってしまう。俺は笑みを浮かべて握手に応じた。
それから協力体制を敷く上での取り決めを話し合いで決めていく。先にシュガーやエイプリルと話し合って決めた不知見組としての勝利ラインを伝える。
「こちらの目的としては打倒ライギュウが第一だ」
俺たち不知見組としての目的はこれだ。そして、この目的を達成するためには若頭のゲンを同じパーティーに引き入れる必要がある。
「ウチの組としても蔵馬組とライギュウを引き離さないことには話にならん」
「そうだよな。となると、そこの所はお互いの利が一致している訳だ」
トウゴウがこちらの目的に対して賛成の意を示したので、これ幸いと畳みかける。
「広場での一件は上から見させてもらっていた。ライギュウを倒すのは城山組だけじゃ無理だろう。かと言って俺たちだけでも無理だった。そこで手を組む意味が生まれてくる」
「まぁ、待て。そう答えを
俺が捲し立てるように言葉を連ねると、それをぴしゃりと止めるようにトウゴウは手の平をこちらに向けた。
「シュガーの坊主から話を聞いてるだろう? こっちも手を組もうって気はあるんだ。それなら慌てることもあるめぇ」
「ごもっともで」
「……でだ、俺にも聞いときてぇことがある」
「なんだ」
「お前さんらはライギュウを打倒して、その後どうする気なんだ?」
トウゴウは俺の目を見据えて問うた。その質問はライギュウと蔵馬組を打倒した後のことを言っていた。シュガーたちと話し合いをする前の俺なら考えていなかったことだ。
正直、ライギュウに突っかかっているのも俺が喧嘩を売られたからという単純な理由だ。そして、一度は撤退を選択せざるを得なかったことのリベンジに燃えていた部分が大きい。
しかし、ヤクザクラン同士が手を組む時にそれでは駄目なのだ。そのまま事を起こしてしまえば、その後で必ず揉め事が起きる。つまり、勝ち分をどう分け合うかという話だ。早いところがトウゴウはこう言っているのだ。「暗黒アンダー都市のシノギをどれだけ持っていこうと思ってる?」とな。
彼らにとって暗黒アンダー都市でのシノギは死活問題だ。地上はコーポクランの影響力が強いため、おいそれと安易には手を出せない。となると、不知見組がどれだけのシノギを掻っ攫おうと思っているのかが気になるところだろう。なにせこっちは対等な関係で手を組みたいと言っているのだ。最悪の想像をするなら、暗黒アンダー都市の半分を持っていかれると考えていてもおかしくない。
そんな水面下ではひりひりとした緊張感が風船いっぱいに詰まったような状況の中、俺は風船に針を突き刺すような一言を口にしたのだった
「不知見組の要求は一点。暗黒アンダー都市における元締めの座だ」
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