第76話 新生ヤクザクラン結成
▼セオリー
ずいぶん長いこと無所属の忍者でいた気がする。しかし、とうとう俺の肩書きは無所属ではなくなってしまった。
初めてコタローからカルマ値に関して教えてもらった日。大半のコーポクランはカルマ値が低いと所属できないんだよね、と説明を受けた。その時の俺は軽い気持ちでそれを受け流していた。
「それじゃあヤクザクランみたいな悪役ロールをするクランしか入れるところないかもなぁ」
そんな風に笑って口にしていた。何故なら心のどこかでは本当にヤクザクランへ所属することになるなんて思いもしていなかったからだ。
ヤクザクランに入るくらいなら無所属を継続するだろうと思っていた。しかし、現実は違った。思いがけない話の転がりを見せた結果、俺はヤクザクラン所属となったのである。
しかも、ただの一構成員じゃあない。俺が旗揚げして結成されたヤクザクランだ。つまりは俺が組長なのだ。
「……どうしてこうなった」
「はっはっは、どうした組長? 顔色が悪いぞ」
「誰かさんのおかげでな」
笑いながら俺に絡んでくるシュガーに対して精いっぱいの恨み言を込めて返事を送る。
「そうは言っても仕方ないだろう。ヤクザクランが手を組める相手は同じヤクザクランくらいのものだ。カタギのコーポクランと手を組むわけにもいくまい」
「それは確かにそうだな」
「それにヤクザクランが一番結成しやすい状況だったというのもある。城山組の組長が協力して認可してくれたから結成できたんだ。本当なら一からクラン作るなんて大変なんだぞ。そこんとこ分かってるか?」
気付けば何故か俺の方が説教される流れとなっていた。なんでも俺が寝ている間に進んでいた話し合いは、実際のところかなり難航したのだという。
最終的にシュガーはヤクザクランを結成して手を組むという構想を描き、完成までの図面を引いて俺の所まで持ってきた。その荒業は想像以上に大変な道のりだったようだ。シュガーは俺にヤクザクラン結成に必要な書類を渡した後、すぐ倒れるように眠ってしまったらしい。
そんな苦労話を近くで見ていたエイプリルから聞かされると、さすがに何も言えなくなってしまう。というか、そんな話を聞かされてしまったからこそ俺も腹を括れた部分がある。
「ところで組の名前って何か由来があるの?」
「ああ、由来は簡単だよ。俺の名字だ」
「……?」
エイプリルは頭にハテナを浮かべている。
それも仕方がない。最近気づいたけれど、この世界には名字というものが存在しない。全員が下の名前しか持っていないのだ。そのため俺が名字と言ってもエイプリルにはなかなか伝わらない。
「説明すると、現実世界では家族で共通の名前と俺個人の名前の二つがあるんだ。そして、この二つを組み合わせたものが正式名称になる」
「……うーん、つまりセオリーの名前はセオリーだけじゃないってこと?」
「そうそう、そんな感じ」
俺はステータス画面を呼び出し、青白く発光する電子巻物をエイプリルに見せる。そこには所属先として新しく結成されたヤクザクランの名前が刻まれている。
そこに刻まれた名は『
「『
「そうだったんだ、全然知らなかった。でもさ、名前が二つあると今後はどっちで呼べばいいの?」
「それは今まで通りセオリーで良いよ。というか、エイプリルやシュガーもみんな不知見組に入ってるんだから不知見で呼んでも誰のことだか分からないだろう?」
「そっか、同じ組に入ってると全員『不知見』になっちゃうんだね。……あれ、それなら私たちはもう家族同然ってこと?!」
エイプリルの指摘を受けて、俺はニヤリと頷いた。
現実においてもヤクザやマフィアといった組織は構成員同士を家族の間柄で表現することが多い。極道で言えば親分、子分、舎弟といった関係性があるし、マフィアで言えば組織のことをそもそもファミリーと呼んだりする。それに倣って考えた結果がコレだ。
「そうだな、俺たちはファミリーだ」
俺とエイプリルがきゃっきゃと笑っている中、シュガーは頬杖をついてため息をついた。
「親友だとは思ってるが、家族とまでなるとちょっと嫌かもしれない」
「おい、なんだよ。人が頭をひねって頑張って考えた組の名前だぞ! しかも、ただ俺の名字を使っただけじゃない。漢字を見ろよ、不知見だぞ?」
「知れず、見えずで不知見だろう」
「そうだよ、いかにも忍者って感じで格好いいじゃんか!」
「いや、上手く語呂合わせしたな、とは思ったさ。ただ考えてみて欲しい。名は体を表すというが、俺たちは隠密系忍者か? 違うだろう。わりと姿を見せてバリバリに戦う方じゃないか」
「うぐっ、それはたしかにそうなんだけど……」
名前はいかにも忍者らしい不知見という文字だけど、実際に俺たちが持つ固有忍術は姿を隠すようなものじゃない。そうなると実像が伴わず、名前負けするかもしれないのだ。
「それは別に良いんじゃない? 不知見っていう文字は単純に忍者らしいから付けた。それだけで良いじゃない。私たちにとって大事なのはこれが家族としての名前だってことでしょう」
「エイプリル……」
「それに私にとっては初めてできた家族だから、……すごく嬉しかったんだよ?」
エイプリルは笑顔を俺に向ける。
チュートリアルで過ごした山村はたしかに家族とは言い難い関係性だった。だからこそ、エイプリルからしてみれば家族というものは物語の中にだけ登場する遠い世界の話だったのだ。
しかし、俺がヤクザクランを立ち上げたことで疑似的にではあるけれど、家族と言う関係性を作ることが出来た。それはエイプリルにとってかけがえのない体験となるだろう。
……決めた。不知見組は本当の家族のように仲間への思いやりを第一としたクランにしよう。組のメンバーは誰一人として死なせない。不殺の不知見組だ。
「それにしてもシュガーは良かったのか? ニド・ビブリオを脱退しちゃって」
「ん? あぁ、それは問題ないさ。正式には脱退してないようなものだからな」
俺はシュガーへと気になっていたことを尋ねた。
というのも俺が結成したヤクザクラン『不知見組』は正式なクランである。基本的には組織やクランの兼業は不可能だ。そのため、シュガーはユニーク情報蒐集クランである『ニド・ビブリオ』を脱退してきたのだ。あとから二つのクランを兼ねることができないと聞いて驚愕した覚えがある。
「脱退したのに脱退してない、ってどういうことだよ。なぞなぞか?」
「なぞなぞじゃあない。ニド・ビブリオにおいて俺の功績が大きいことは話したよな」
「なんとなく聞いた気がする。ユニーク忍具部門でトップみたいな話だったか?」
ユニーク情報を蒐集するのに特化したクラン『ニド・ビブリオ』はNPC部門や忍具部門、モンスター部門など多岐に分かれており、その中でもユニーク忍具部門で最も貢献している忍者であると自負していた。正直、俺はあまり本気にしていなかった話だ。
「そうだ。そんな俺が脱退するとなったらどうする。大きな損失だ。なるべくなら手放したくない。……その結果、新たなポストを用意することにしたんだ」
「クランに所属してないヤツが収まるポストなんてあるのか?」
「あるさ、暫定的な名前は『社外役員』だ。新しく作ったクラン外の個人に与えられる役職となる。メリットはクランに入っているのと同じ恩恵を享受できること。デメリットはクラン内の方針などに口出しができないこと」
なるほど、そんなやり方があるのか。言ってしまえばルールの抜け穴のようなものだけれど、それなりのデメリットはあるし誰もがおいそれとできることではない。
「そんな新しい役職を作らせてまで俺の組に入ってくれてありがとうな」
「気にするな。それにここで投げ出したら何のためにサーバー移動までして関東地方まで来たのかって話になるだろう。とはいえ、シャドウハウンドみたいに堂々と兼業できたらもっと楽だったんだがな」
「ちょっとそんな簡単そうに言わないでよね。シャドウハウンドだって手続きは大変だったんだよ?」
エイプリルは憤慨したようにシュガーへと抗議する。エイプリルも公営警察機関であるシャドウハウンドに所属している。しかし、エイプリルはシャドウハウンドを脱退したりはしていない。というか現状兼ねている。何故、それが可能かと言うとシャドウハウンドの特殊性によるものだ。
シャドウハウンドには特殊な任務として他のクランに潜り込むというものがある。いや、忍者だから潜入するのは普通だな。特殊な点は実際に潜り込むクランに所属できてしまう点だ。
とはいえ、そんなことが簡単にできては情報がシャドウハウンドに筒抜けとなり、潜り込まれたクランはたまったものじゃない。そのため本来はかなり無茶なハードルが設けられている。
しかし、今回は俺が組長だ。俺に全ての裁量権がある。俺が許可を出せばエイプリルはすぐさま不知見組の一員だ。じゃあ、何が面倒だったかというと、この潜り込むための特殊な任務を発生させることだった。
「リリカと色々画策したんだよ」
シャドウハウンドにおける協力者は逆嶋支部の副隊長だったタイドの息がかかった隊員リリカ。エイプリルの説明によれば全身からお嬢様オーラが出ている金髪縦ロールの人らしい。何がとは言わないけれど凄いの一言に尽きる。
そんなリリカと画策したというのは、ヤクザクラン潜り込み任務を発生させる段取りだ。いくらシャドウハウンドとはいえ無差別に潜り込む任務を発令できるわけじゃない。理由をまとめて必要性を説かなければ受理されないのだ。
今回は暗黒アンダー都市を調査するためという理由にしたそうだ。本来は暗黒アンダー都市には特殊な裏口を使わなければ入場できない。例えば俺が資格として得た芝村組食客も裏口を使うパスの一つだ。あとは暗黒アンダー都市を根城とするヤクザクランに所属していることも入場パスとなるらしい。
そのため、新興団体である不知見組を足掛かりにして暗黒アンダー都市へ潜入しようという話に持っていった。そして、晴れて受理された結果、潜入任務が発令されたのだ。
こうして三人が集まり、ヤクザクラン『不知見組』は無事に産声を上げたのであった。
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