第79話 尊厳を取り戻せ

▼セオリー


 二日後、俺たちは蔵馬組が居を構える事務所の近くにいた。

 暗黒アンダー都市の中心部から伸びる大通り沿いに面したビル。その一角が蔵馬組の事務所だ。俺たちは隣接するビルの屋上で息を殺して潜んでいた。


 もうじき城山組が襲撃をかける予定の午後八時になる。蔵馬組は明日に迫った演説の準備で出入りが激しいようだ。

 城山組のトウゴウ組長によれば、蔵馬組はかなり強引な手段で他のヤクザクランからシマを奪い取って大きくなったクランなのだという。そういえば、最初に見た時も暗黒アンダー都市の中心にある広場でのシノギで城山組といざこざを起こしていた。

 そういった経緯からクランを大きくするためには色々と後ろ暗いことにも手を染めてきているはずなのだという。今回の襲撃ではそれらの後ろ暗いことに関する情報を掴むことも狙っているのだという。言ってしまえば警察のガサ入れみたいなものだ。


 ポンポンとカラフルな煙が辺りであがる。これが襲撃開始の合図だ。

 突如、怒号のような声を上げて構成員たちが雪崩のように蔵馬組の事務所へ押しかける。響き渡る銃声、怒号と悲鳴が入り混じり、一転して辺りは血なまぐさい様相となった。


「ひとまずカチコミの初動は成功ですね」


 俺たちと共に屋上で隠れ潜んでいるゲンは地上で蔵馬組に急襲する城山組の構成員たちを見て安堵の息を吐く。

 本来ならここまで大規模な襲撃ならば若頭であるゲンが陣頭指揮を執るべき場面だ。しかし、ゲンはライギュウと対峙する時の大事な戦力だ。もし戦場に出ている時に何かしら不測の事態が発生してゲンが脱落したりすると困る。そのため、今回は一緒に隠れてもらっている。


「しかし、蔵馬組だって城山組の襲撃を予想してないはずがないよな」


「そうだな、むしろ本番はこれからだろう」


 俺の言葉にシュガーも頷く。城山組は前回の演説で真正面から妨害をした。となると蔵馬組に警戒されていてもおかしくない。何かしらカウンターを用意している可能性がある。そして、直後に危惧していたことが現実となった。


「ぐあっ、なんだこりゃあ!」


「どっかから狙い撃たれてるぞ!」


 城山組構成員たちの叫び声がこだまする。蔵馬組の事務所入り口に殺到する構成員たちが突如飛来した矢によって撃ち抜かれているのだ。

 この光景には覚えがある。俺が初めて暗黒アンダー都市に迷い込んだ時、広場で城山組と蔵馬組のいさかいが起きて、蔵馬組の若頭が合図すると同時に周囲の建物から矢を何十本と浴びせかけていた。


「あれは蔵馬お抱えのボウガン部隊ですね。いつも手を焼かされてます」


「なるほど、周囲の建物から矢を放ってるわけか」


「そうみたいだな。どうする、カナエとタマエを放って殲滅するか?」


 ゲンの補足が入り、蔵馬組の仕業であることは分かった。手早く始末しないと少しずつ戦力が削られ続けてしまうだろう。しかし、シュガーの提案に対してもゲンは首を横に振った。


「いえ、足で追いかけるのは難しいと思います。彼らは周囲の建物間に隠し通路を複数用意しています。敵が近付くのを察知すればすぐさま狙撃ポイントを変えてしまうでしょう」


「なら、私がやるよ。敵影さえ捕捉できればノータイムで接近できる。適任でしょ?」


 ゲンの言葉を受けて、今度はエイプリルが殲滅役に立候補した。たしかに居所さえ掴めれば一瞬で距離をゼロにできる。これほど適任な役もないだろう。


「よし、それじゃあ蔵馬組ボウガン部隊の殲滅はエイプリルに任せる。おそらく今の戦力ならライギュウが出てきたとしても勝負になるだろう。だからエイプリルはボウガン部隊殲滅を優先してくれ」


「オッケー。大丈夫、ライギュウが出てくる前に全員倒しちゃうんだから」


 そう言うや否や、エイプリルは身体を影に溶け込ませた。すでに第一射の時点で周囲の建物のどこに射手が居るか当たりを付けていたのだろう。

 しばらくすると周囲の建物から発射される矢の数が激減する。エイプリルの襲撃により、ボウガン部隊が居場所を変え始めたのだと推測できる。


 すると俺たちが潜んでいる屋上にも来訪者があった。建物の中から屋上へ繋がる扉を開き、ボウガンを持った男が現れた。


「なっ、貴様らも城山のモンか!」


 驚きつつボウガンをこちらへと向ける。下っ端構成員と比べて判断が早く、動きも機敏だ。中忍くらいの実力はあるかもしれない。


「残念、ウチは不知見組だ」


「?!」


 直後にボウガンを持った男へと背後から近寄っていたゲンが斬りかかる。ゲンの愛用する短刀が男の左腕を深く切り裂いた。しかし、男はボウガンを振ってこれ以上距離を縮めさせず、さらにバックステップで距離をとる。


「チィッ、仕留めきれんかったか」


「城山の若頭か」


 ボウガンを持った男はゲンを見るとすぐに無線機を取り出した。そして、自分の安全も顧みずにどこかへ連絡を取ろうとする。

 ゲンは城山組の若頭だ。カチコミの陣頭指揮を執っていてもおかしくない。しかし、そうせずに隠れ潜んでいた。その意味を向こうが理解したなら不味い。ライギュウに俺たちが潜んでいる場所を知らされてしまう。

 できることならライギュウとは正面からぶつかりたくない。アンブッシュからの奇襲で常に優位な状況を作り出して立ち回りたいところだ。

 しかし、その無線機が他の誰かと連絡を取ることは無かった。


「『蛍火術・追灯ついび』」


 ホタルが指先を男が持つ無線機へと向けて忍術を唱えていたのである。

 ホタルの指先に微かな光が灯され、そのまま無線機へ向けてスイっと飛んでいく。小さな光は儚さを孕んでいて危険を感じさせない。

 それはボウガンを持った男からしても同じだったようで避ける素振りも見せなかった。あるいは攻撃だと認識すらしていなかったのかもしれない。そして、そのまま無線機へと光が到達すると着火して無線機全体を炎で覆った。


「うわぁっ、火だと?!」


 慌てた男は無線機を取り落とす。そこにできた隙を見逃さず、ゲンの一太刀により無線機は一刀両断された。連絡手段を断たれ、逃げ腰になった男は這いずるように逃げ出そうとする。そこへ俺は接近すると頭部へとクナイを突き立てた。

 これで『仮死縫い』完了だ。ついでに『支配術・空虚エンプティ人形マリオネット』でこちらの戦力へと引き込んでおく。


「おう、ホタルの坊主。ようやるやんか」


「い、いえいえ、そんな大したことしてないですよ」


 ゲンは額の汗を拭うとホタルへと向き直る。というか、戦闘が始まるとゲンは口調が変わるようだ。やはり戦闘中はロールプレイが捗るということだろうか。

 それはそうとしてホタルの働きは大きかった。連絡を取られる前に無線機を取り落とさせたのは十分な功績だ。


「いや、俺からも礼を言わせてくれ。助かったよ、ホタル」


「皆さんのお役に立てたのなら良かったです」


「ところで、さっきのは固有忍術か?」


「はい、ボクの固有忍術です。火力自体はそれほど高くないですけどね」


 ホタルの説明によれば、火力は控えめな代わりに自由度の高い軌道で火を飛ばしたり、身体に纏わせたりできるらしい。そう言ってホタルは火を生み出すと本物の蛍の如く周囲にフワフワと浮かせた。この状態だと機雷のような運用をすることもできるようだ。


「応用力の高さを考えると単純に火力が高いだけの忍術よりよっぽど強いだろ。もっと自信を持てよ」


 なんだかホタルは自分の固有忍術を卑下しているように見える。だから俺は思ったままをそのまま口にした。


「でも、ライギュウには全く歯が立ちませんでした。ボクの火では軽い火傷一つ負わせられなかったんですよ?」


 やはり今でもライギュウの一件がトラウマになっているのだろう。殺された若衆頭たちのために敵を討つことすらできなかった自分の固有忍術に対して自信を失い、ライギュウに対する不安と恐れが勝ってしまっているのだ。

 このままライギュウに勝ったとしても、これではホタルの自信は失われたままだろう。どこかの場面でホタルの火によってライギュウを脅かすことができれば自信喪失状態から立ち直らせることができるかもしれない。


 そこでピンときた。俺の脳内に一つの策が浮かんだのだ。


「分かった。それなら作戦を一部変更しよう。エイプリルに頼もうと思っていた部分をホタルにやってもらう」


 どうしてライギュウに自分の固有忍術が通用しなかったという話から作戦の一部を自分へ任すという話になるのか。急な話の展開に理解が追い付かないホタルは頭に疑問符を浮かべている。

 そんなホタルをよそに俺はパーティー全体へ『念話術』を放ち、変更した作戦を伝えていったのだった。

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