第80話 標的捕捉せし、奇襲作戦決行す

▼セオリー


 しばらくしてエイプリルからボウガン部隊は残り数名だろうという連絡が入った。矢による妨害も少なくなり、城山組のカチコミもかなりスムーズに進んでいる。

 とはいえビル一つが丸々蔵馬組の事務所だったため、弱みとなる情報を掴むにはまだ時間がかかりそうだ。


「ウチが本気で兵隊集めてカチコミ仕掛けるとは思っとらんかったようやな」


「そうなのか?」


 もはや戦闘モードに入ったゲンは口調がオラオラなままだ。それは置いといて、俺は蔵馬組の想定をゲンに尋ねる。


「言ってしまえば前回の敗走で城山組の本格的な抵抗は終わったと思っとったんでしょう。若頭の俺がライギュウに二度やられてんですから。普通やったらこれ以上やっても兵隊の無駄使いですわ」


「なるほど、たしかに集めた構成員たちもこの場にライギュウ一人現れれば解決する程度の脅威ではある」


「だからこそ、蔵馬の若頭も機を窺っとるんでしょう。闇雲にライギュウを放って罠に掛かったら困るってもんだ」


 蔵馬組は今、絶賛困惑中というわけだ。ほぼ死に体となっていたと思っていた城山組が思いがけない全兵力を投入したカチコミを仕掛けて来たのだ。何か裏があるのではないかと疑うのも当然だろう。

 しかし、もはや城山組の構成員たちは蔵馬組の事務所を半分近くまで制圧している。頼みの綱であったボウガン部隊がほとんど機能せず壊滅したのも大きいだろう。そろそろライギュウの武力に頼らざるを得ないのではないか。


 そんな中、突如として蔵馬組の事務所から小さな爆発が起こる。場所は事務所の三階、城山組が侵攻する最前線の階層だ。窓ガラスが吹き飛んだかと思うと、壁に穴が開き、そこから城山組の構成員が外へ放り出される。


「ライギュウだ!」

「ライギュウが出たぞー!」


 事務所内から構成員たちの叫び声が木霊こだまする。その声は向かいの建物の屋上に居る俺たちにまで届いた。


「ようやくお出ましか」


「よし、俺たちも行動開始だ」


 ついに出番が来た。

 俺は左腕を蔵馬組の事務所ビルへ向けると手甲の機構を作動させ、棒手裏剣を放つ。そして、向かいのビルの屋上付近に手裏剣が刺さったことを確認すると、ワイヤーをこちらのビルの手すりに結んだ。これを簡易的な橋代わりとする。忍者であれば一本の縄で十分だ。


「奇襲を仕掛ける。音を立てないように気を付けろよ」


 念のため口頭で注意を促した後、縄に足を掛けた。『忍び歩きの術』を使い、足から発生する物音を最小限に留めてから駆け出す。三人のパーティーメンバーもそれに続いた。


「じゃあ、奇襲の方が成功することを祈っているぞ」


 屋上に着くとシュガーはそう言って詠唱の準備に取り掛かる。作戦の一つだ。シュガーとはここで一旦お別れとなる。

 メインプランは奇襲だ。しかし、それだけで勝てるとは限らない。今回は保険としてサブプランも用意した。シュガーはサブプランの要だ。


「おう、シュガーも見つかるなよ」


 俺たちは軽く腕をぶつけ合うと二手に分かれた。

 屋上から窓際に乗り出し、気を足元に『集中』させる。そして、垂直に切り立ったビルの壁に足を張り付けるとゆっくりと下って行く。ビルの中から窓越しに俺たちが映らないよう気を付けつつ、ビルの骨格部分に身体を隠して這うように進む。

 ソロソロと進んでいき、しばらくして三階部分に辿り着いた。ライギュウが開けたであろう大穴が壁面にできている。ホタルは先に穴の縁まで近寄ると、懐から取り出した手鏡を使って中の様子を慎重に窺った。


(城山組の人たちとライギュウが対峙してるよ)


 ホタルが『念話術』を使用して中の様子を伝える。


(上階へ続く階段の前に座り込んでるね。城山組の人たちも迂闊に手を出せなくて困ってるみたいだ)


(座り込んでる? ライギュウは積極的に攻撃してないのか)


(そうみたい)


 どうやらライギュウとしては完全に階段を封鎖しているだけのようだ。蔵馬組の要請を受けて仕方なく出張ってきた。そんな雰囲気だ。完全に気が抜けている。


(咬牙は持ってるか?)


(腰にぶら下げてる白っぽい刀がそうかな?)


 それだ。咬牙はちゃんと持ってきているようだ。

 となると奇襲の仕方も考えないといけない。クナイを使うよりも咬牙を奪い返して使った方がずっと強力だ。しかし、そうなると二度不意を突かなければいけない。何か良い手はあるだろうか。そう思案しているとゲンが俺へと話しかけてきた。


(セオリー、おのれの得物はついでに俺が奪い返したるわ)


(やれるのか?)


(これでも城山組の若頭背負って来とんじゃ)


 ゲンは今までにライギュウと二度戦い二度とも敗走を喫している。しかし、いずれも死亡することなく生還しているのだ。ライギュウとの戦闘経験値は紛れもなく十二分と言っていい。俺はゲンへと託すことにした。


(……分かった。武器は頼んだぞ)


 感謝の意を込めて頭を下げる。俺の武器に対して命を張って取り返すと言うのだ。それくらいは当然だ。それに対してゲンは何も言わず背中で「任せろ」と語るだけだった。






 ゲンの合図が入ると城山組の構成員が煙玉をライギュウへと投げた。

 突如として忍具を使用してきたことにライギュウは少々の驚きとともに若干身構えた。それに対し構成員たちは一斉に銃を抜き、ライギュウへと発砲する。

 幾度も銃声が響き渡った。止まないかと思われた銃弾の雨あられだったが、煙が晴れた後に無傷で座ったままのライギュウが現れると、さすがに銃声が途絶えた。


「なんて奴だ……」


「いい加減に諦めて帰ってくれねぇかぁ? 俺も暇じゃねぇんだ」


 ライギュウがため息を吐きつつ、腰にぶら下げた曲刀・咬牙を見下ろす。


「早く来てくれねぇかなぁ。また死合いてぇよ、俺ぁ」


 まるで恋人を待ち焦がれるかのように咬牙を見下ろして呟くライギュウは城山組の構成員のことなどまるで目に入っていなかった。そして、そこが最大の付け入るスキとなった。


「城山組は敵じゃねぇってかぁ?!」


 煙玉が投げられたと同時に壁面の大穴から侵入したゲンは壁を走り抜け、ライギュウの背面へと忍び寄っていた。

 そして、十分に距離を詰めると自慢の短刀を縦に振り切った。前回の反省を踏まえて突き刺しはせず、斬撃による攻撃を加える。その攻撃はライギュウの右腕に決して浅くはない傷を与えた。しかし、完全な不意打ちですら腕を斬り落とすにはまだ威力が足りないことにゲンは舌打ちする。


 とはいえ、役割は果たした。腕を斬ると同時に咬牙を吊るしていた紐が切り落とされ、咬牙が地面に落ちる。ゲンはそれを拾い上げると窓際へとバックステップを踏んで退避した。


「どうじゃ、ボケェ。舐め腐っとるからこうなるんじゃ」


「なにしやがる。その刀、返せやぁ」


 ゲンの挑発も無視してライギュウは咬牙を返すように要求する。


「ライギュウ、お前は徒手空拳が持ち味じゃなかったんか。こんな得物ぶら下げおって」


「そいつは俺のじゃぁねぇ。だが、面白いヤツの得物だ。それを持っていればいずれヤツが来る」


「はん、ずいぶんとお気に入りみたいやのう」


 ゲンは窓際へ向けて咬牙を放り投げる。それからライギュウへと短刀を向けた。


「せやったら取りに来ぃや」


「雑魚がピーピー鳴きよるのぉ。五月蠅くて敵わねぇなぁ」


 ようやくライギュウが重い腰を上げて、階段前から離れた。そして、ゲンの方へと近寄っていく。その隙に城山組の構成員たちは階段を上っていくが、もはやライギュウの興味はそちらに向いていないようだった。


「今回は全力じゃあ! 『金剛術・如来照覧にょらいしょうらん』」


 ゲンが忍術を唱えると衣服の下から覗く肌は金色に煌めきだす。

 ゲンから事前に聞いていた説明によれば筋力と耐久を大幅に底上げするタイプの固有忍術だ。とはいえ、ステータスお化けであるライギュウと組み合えばいずれは圧し潰されてしまう為、前回のような一対一の場面では使用できなかったのだという。

 しかし、今回は本命のプランがある。そのためにライギュウの動きを止めるとなれば、これほど都合の良い固有忍術もなかった。


 ゲンは輝く両腕をライギュウへと向けると、腰を落として構えた。向かうは死地の戦場。相対するは雷の力を纏いし一角の鬼。

 今、城山組若頭は三度目の戦いを挑むのだった。

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