第81話 鬼退治

▼セオリー


 ゲンは腰を深く落とし、ライギュウと相対する。待ちの構えだ。前回の戦いではライギュウの拳からひらひらと逃げ回っていた男が、今度は打って変わってどっしりとした構えを見せてきた。つまり、真正面から受け止めようということだ。


 ゲンが戦法を変えてきたことにライギュウは少々心惹かれる。前回といい今回といい、ゲンはいずれもライギュウに手傷を負わせてきた男だ。そこいらにいる雑兵とは訳が違う。何かしてくれるのではないか、という期待を胸に募らせる。

 ゲンは手の平をクイクイと誘いをかけるように動かして挑発した。


「なんじゃ、かかって来んのか?」


「面白れぇ。受けて立とうじゃねぇか」


 直後、小さな爆発が起こった。ライギュウが地面を踏み込んだ際に生じた力の余波で床が破裂したのだ。そして、気付けばゲンとライギュウとの距離はほとんどゼロになっていた。肉薄する身体と身体。まるでラグビーでスクラムを組むかのようにゲンの身体とライギュウの身体がぶつかり合った。


「ほぉ、この突進を受け止めるたぁ、やるじゃねぇか」


「この身は金剛。如来の如く強靭なんじゃ、ボケ」


 ライギュウの力はたしかに強力だ。しかし、それをゲンはしっかりと受け止め切った。固有忍術のバフは伊達ではなかったのである。さらにそれだけではない。突進したライギュウの腹部にはしっかりとゲンの短刀が深々と突き刺さっていた。


「やっぱり良い切れ味の得物だなぁ、そいつぁ」


「このドスは業物わざものじゃけぇ。おどれの頑丈な肌がまるで豆腐よ」


「俺の身体を豆腐呼ばわりか。大きく出たなぁ」


 ライギュウは腹に刺さった短刀をものともせず、ゲンの両腕を掴んだ。そして万力のような握力でギリギリと締め付け始める。しかし、金色に輝くゲンの腕は凄まじい耐久力を誇るようで、ライギュウの握り潰すような握力すら跳ね除けている。


「さっき言ったのを忘れたんか? ただの腕力で如来の身が傷つくはずなかろうが」


「ははぁ、なるほどな。素晴らしい強度だ。こりゃあ、いつだかの言葉は撤回せにゃならんなぁ」


 ライギュウはそう言うとゲンの腕を握っていた手を離し、ゲンが握ったままの短刀に手を掛けた。そして出血することもお構いなしに短刀を引き抜いた。そして、短刀を握るゲンごと一緒に放り投げる。

 呆気にとられたがよく考えればゲンの金剛術は筋力と耐久が大きくアップするとは言っても、本人の体重などには変化がない。そのため、軽々しく放り投げることができたのだ。


 空中で体勢を立て直したゲンは地面に着地してすぐにライギュウの行動に警戒した。放り投げられてバランスを崩したタイミングは絶好の攻撃チャンスだからだ。しかし、ライギュウはというと呑気に腹部を撫でながら、ゲンが体勢を立て直すのを見守っていた。

 これにはゲンも毒気が抜かれてしまう。


「あんまし軽々しく大の大人を放り投げんでもらいたいのう」


「別に赤子扱いしてるわけじゃあねぇさ。むしろ評価してるくらいだぁ。どうして前回はその忍術を使わなかったんだぁ? 俺は感動してるんだ。今のお前にならその得物を持つに相応しい男だって言ってやれる」


 何が嬉しいのか、やたらと饒舌になったライギュウはゲンを褒めるように言葉を連ねる。以前、広場でライギュウとゲンが対峙した時は短刀をライギュウに刺した後、ゲン自身の力不足が原因で攻撃が続かなかった。それを指しての発言だろう。


「そりゃあ、どうも。それで感動させた特典は何かあるんか?」


「お礼といっちゃあなんだが俺も本気で相手をしよう、『雷神術・雷鬼降臨』」


 突如、ライギュウの下へ雷が落ちる。それと同時に周囲の電化製品や蛍光灯がバチンとショートする音が響く。そして、数瞬の内にライギュウの姿が変貌した。


「こんな嬉しくない特典は初めてやな……」


 ゲンは気を引き締め直してライギュウへと向き合う。そして俺へと『念話術』が届いた。


(すまん、気を惹きすぎて鬼になってもうた。こりゃ、そう長くは持たんわ)


(分かった)


 どうやらゲンもやり過ぎたと考えたらしい。当初の予定ではライギュウが鬼と化す想定ではなかった。ゲンがそれなりに良い戦いをして、その中でライギュウの隙を見出そうとしていたのだ。しかし、ライギュウが鬼と化した後は全ての能力が跳ね上がる。早めに攻めないと先にゲンがやられてしまう。


「はっはぁ、良いねぇ。これでもまだ耐久力だけならそっちが上だ」


 ライギュウが拳を振るう。早すぎる拳は気を『集中』させたゲンの目ですら追うのがやっとだ。気付いた時には目の前に拳があると言っても過言ではない。ここにきて金剛術の弱点が露呈した。それは俊敏性を犠牲にしていることだ。そのため、目では追うことができていても体の方が追い付かない。当然、攻撃を身体で受け止めるしかない。


「じゃかしぃわ。その防御力の上からでも殴りつけてゴリゴリ削って来とるやろが」


 瞬く間の内に身体がボロボロになっていくゲン。しかし、それでも耐えていた。逆転の目を絶やさないために急所の部分だけは硬く守り続ける。そうして耐え抜いた先に、ようやくライギュウのラッシュが止まった。


「これだけ拳を受けて倒れねぇヤツは初めてだぁ。こうなりゃ、とっておきをやるか」


 ライギュウは一度拳を下ろすと、脇を締めて構えた。今までの戦い方は喧嘩殺法と言って良い無軌道な動きだった。しかし、ここに来て初めて構えらしい構えを取ったのだ。

 ここだ。ライギュウは必殺の一撃を放とうとしている。それにはきっと大きな隙が生まれるはずだ。俺はまばたきすることも忘れて、いつでも動ける体勢で待った。


「こいつぁ、親父に習った技だ。だから本当は使いたくねぇんだ」


「かの大組長ライゴウ直伝の技か。そいつは食らいたくねぇのう」


(……あっ、ダメです。あの技は発動すると大変なことになります!)


 突然、ホタルが『念話術』で大声を上げた。いきなり大きな思念を飛ばしてこないでくれ。びっくりして気配が漏れて、ライギュウに気取られたら作戦が台無しになってしまう。とはいえ、先に知っていることを話してもらうことが優先だ。


(ホタル、どういうことだ?)


(あの技は大組長の十八番『芝村拳法・男の迅雷突き』です!)


 なんだ、その頭が痛くなってくる技名は。とはいえ、ライゴウはライギュウの父親だ。当然、技を伝授したりもしているだろう。そして、ライゴウの興した芝村組で若頭を務めていたホタルも技の実態を知っているようだ。


(手短に言うと、どうなる?)


(拳から先二百メートルほどが消し飛びます!)


(はぁぁあああ?!)


 それは本気で言っているのか。しかし、俺の顔を見つめるホタルの顔は真剣そのものだ。つまり、本気マジってことだ。

 たしかにそんな技が十八番ならライゴウは化け物と呼ばれるだろう。そして、その力がライギュウに受け継がれているなら大変だ。


(こうなったら構えを始めた瞬間から奇襲作戦スタートだ。ホタルも覚悟しといてくれ)


(分かりました)


 そうこうしている内にライギュウは呼吸を整えていく。まだ駄目だ。今は精神を集中させている。不用意に飛び込めば逆に雷神の如きスピードで殴り飛ばされる。

 ライギュウが拳を握り締め、腕を引いた。そして言葉を紡ぎ始める。


「『芝村拳法……」



「いまだ!」


 技を発動しようとした瞬間に向かい側の建物に待機させていた『空虚エンプティ人形マリオネット』と化したボウガン部隊へ指示を出す。直後に矢が建物の壁に空いた大穴を通ってライギュウへと飛来する。


(ゲン、全力で真横に飛べ)


「……男の迅雷突き』ッ!!」


 ライギュウは矢を視認したが無視して技を放ちに行った。だが、矢にはエイプリルお手製の煙爆弾が括り付けられている。ライギュウの技の発動と煙爆弾の爆発、そしてゲンの回避が同時に起こった。

 目まぐるしく動く周囲の流れの中、その中でもとびきりデカいのはライギュウの突きだった。もはや、突きと言っていいのか分からない。雷を纏った拳圧が塊となって周囲を巻き込みながら飛んでいったのだ。攻撃の余波はすさまじく、向かいのビルとその奥にあるビルが一瞬で瓦解していく。


 そんなどさくさの中で、俺は咬牙を回収しつつ大穴から建物の内部へ侵入を果たしていた。それにしても、とんでもない威力だった。正しく打たせてはいけないたぐいの技の一つだったろう。

 しかし、おそらくライギュウの『男の迅雷突き』はライゴウの十八番と呼ばれていた技よりも規模が小さい。自分の居る蔵馬組の事務所に配慮したのか、はたまた元よりライゴウほどの威力を出せないのかは分からないけれど、こちらとしては助かった。


 煙を目くらましにして全力で回避に専念したゲンはギリギリで攻撃を避けられたようだ。だが、余波で壁に吹き飛ばされた影響で意識を失っていた。ゲンが意識を取り戻すのを待っている余裕はない。


 俺はすぐにライギュウへと向けて駆け出した。煙爆弾によって視界は悪い。しかし、ライギュウだけは身体の周囲にバチバチと輝く電気を纏わせているおかげで居場所は簡単に把握できる。

 俺は咬牙を構えると『仮死縫い』を纏わせた。『忍び歩きの術』を併用し足音を最小限に留める。しかし、あと数歩で間合いだというところでライギュウが拳を振り回した。これにより煙が巻き上げられ、周囲に霧散していく。


 やはり隙を突くというには強引過ぎたか。俺がライギュウへと肉薄する前に煙が半ば晴れてしまう。そして、煙の合間からライギュウと視線が合う。


「お前さんも居たかぁ」


 ニヤリと笑みを浮かべるライギュウと視線が交錯する中、俺はライギュウの顔のすぐ前まで微かな光が迫ってきているのを見た。


(ホタル、お手柄だ)


 俺は心中で拍手を送る。勝利のピースがここに揃ったからだ。

 突如としてライギュウの眼球が炎によって包み込まれた。いくら火力が弱いとはいえ、突然目玉を燃やされれば誰しも動揺する。

 そう、この土壇場といえる状況の中でホタルの『蛍火術』が綺麗に決まったのだ。俺は残りの数歩で『忍び歩きの術』を解除した。そして、脚に気を『集中』させて一気に駆け抜ける。


 そして、ライギュウのに咬牙を深々と突き刺したのだった。

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