第68話 蛍火の映りし敵影捕捉せし
▼セオリー
結局、シュガーの専属忍具屋になって欲しいという願いはエイプリルに一蹴された。盛大な土下座は残念ながら意味が無かったようだ。
「別にエイプリルに頼まなくても他にも忍具作成が上手いヤツなんて居るんじゃないのか?」
「そりゃあ、居るには居る。しかし、大概はクランやパーティーメンバーのために作成するものだ。部外者は門前払いを受けるか、普通に店売りレベル以上の高額を吹っ掛けられる」
「なるほど、それなら正規の忍具屋で購入した方が早いか」
たしかに忍具作成が上手い忍者が居たとしても同じクランやパーティーを優先するのは当然だ。そして、俺のパーティーにすんなり入った所を見るに、……というか関西地方のサーバーからすぐに引っ越して来た事を考えるに、固定パーティーを組んでいた相手も居なかったのだろう。
「お前、もしかして俺と組んだのが初パーティーだったりしないよな?」
唐突な疑問が浮かんだので話を振ると、シュガーは「うっ……、頭が……」と言いながら、うずくまってしまった。
おいおい、本当に今までパーティー組んでなかったのか。それもある意味では縛りプレイと言っていい。俺だって逆嶋に着いた当初にはコタローがパーティーに入ってくれたおかげで行動の指針を持てた部分が大いにある。
「ずっとソロプレイを続けてたっていうのか。なんでそんな縛りを……」
「別に縛っていたわけじゃない。……なんというか、ゲーム発売初日からすっ飛ばしていたらレベルや忍者ランクが周囲から突出してしまってな。ズルズルとパーティーを組むタイミングを逃し続けて、気付いたら頭領になってしまっていたんだ」
どんだけズルズルと流されて来たんだ。しかし、それで頭領にまで登り詰めたのだから馬鹿にできない。
「でも、さすがに頭領ランクと言ったら引く手あまただったんじゃないか?」
「どうしてだろうなぁ。ノゾミやカナエ、タマエは声を掛けられるんだけど、俺が付いていこうとすると拒否られるんだよな……」
「それってシュガーが最初からパーティーを組んでいるように見えるのがいけないんじゃない?」
俺とシュガーの会話にエイプリルが割って入ってきた。そちらへ視線を向けるとノゾミ、カナエ、タマエの三人が布団の上に座っているエイプリルの背中や膝の上に乗って遊んでいた。なんというか、休日に子どもからじゃれ付かれてるお父さんみたいだな。
それはさておき、エイプリルの言うことは一理ある。
「わりとシュガーは、この三人幼女を出しっ放しのこと多いし、傍から見たらすでにパーティーを組んでいるように見えないこともないかもな」
「なに、ホントか?!」
「そりゃ、この子たちを見て固有忍術で出したモノとは思わねーだろ」
シュガーはまるで雷に打たれたかのように愕然とした表情をしていたけれど、少し考えれば分かりそうなものだ。それとも使役する側からすると何か違う感覚があるものなのだろうか。
「そうか、俺がパーティーに誘われないのは、最初からパーティーを組んでるように見えたからか。実は少し気にしていたんだ。アッハッハッハ」
シュガーは朗らかに笑いながら頭の後ろに手をやっていた。表に出さないようにしているけれど、内心気にしていたようだ。しかし、さっき声かけられるって言ってなかったか?
「それとシュガー自身のステータスが低すぎて誘われなかったんじゃない?」
何気なく放ったエイプリルの一言は、一撃でシュガーをイジケモードへと移行させた。部屋の隅で膝を抱え、指を畳にグシグシと押し付けている。畳が傷むから止めろ。
「こら、エイプリル。人のウィークポイントに塩を塗るようなこと言うんじゃありません!」
「だってさっき、この子たちは声かけられるって言ってたじゃない。戦闘シーンとか見ても、シュガー本体はキャリーされてる人としか思われないよ」
「ぐぅの音も出ない正論だ」
「……親友ならなんとか反論してくれよ」
エイプリルの言はおそらく正しい。三人の強力な幼女忍者にキャリーされている謎のサングラス忍者(ステータスは下忍程度)を積極的にパーティーへ迎え入れたいと思うだろうか。いや、思わん。
すまない、シュガー。俺の力不足だ、何も反論の余地が無いよ。
「というか、クラン入ってるんでしょう。クランメンバーとパーティー組んだりしなかったの?」
「あぁ、ニド・ビブリオだっけ。どうなんだ?」
エイプリルの質問で、俺も思い出した。たしかに所属クランなら固有忍術の事情も知っているだろうし、パーティーを組む人員もいそうなものだ。
「ウチのクランは情報収集特化型だからな。単独行動のメンバーが多いんだ」
「あぁ、そうなのか……」
類は友を呼ぶ、ということか。結局、ソロプレイからは逃れられなかったようだ。
拠点での支度もそこそこに、今日も芝村組事務所のあった場所へと足を運ぶ。これがここ二日ほどの日課だ。
「おはよう、ムロさん。若頭は来たか?」
先に事務所跡へ来ていたのだろう。芝村組若衆頭の生き残りである男、ムロに声をかける。俺たちが助けた日から彼は毎日朝から晩までここで若頭の帰りを待っている。日に日にやつれていく表情に、そろそろホタルには戻って来てもらいたいところだ。
ちなみに彼は奇しくも最初に俺とカナエの二人へ襲撃を仕掛けてきた構成員だ。フードで顔を隠しているから最初は全く分からなかった。
いつもは俺たちが声をかけると肩を落としたような様子で振り返ってくる。若頭の帰還を待つ彼は俺たちの声に僅かな希望を持ってしまうからだろう。だが今日は様子が違った。
「セオリーさん、アンタの言った通り、ホタルの兄貴、戻って来ましたよ……!」
俺の声に反応して振り返ったムロは、涙を目いっぱいに湛えていた。そして、ムロの背後、事務所の瓦礫が散らばる中、一人の少年が立ち尽くしていた。
「ホタル、戻ってきたんだな」
俺が声をかけると、ホタルの肩がピクンッと跳ねるように動いた。それからゆっくりと振り返る。
「……セオリーさん」
「すまなかった! 俺がもっと早く事務所に着いていれば、この事態は防げたかもしれない」
俺は開口一番、頭を下げた。食客として招かれた以上、少なからず俺にも過失はある。俺がすぐに駆けつけていれば、構成員たちがほぼ全滅になるなんて事態は避けられたかもしれない。
「頭を上げてください。ムロさんから聞きましたよ。ここを出たその日の内にまた戻って来てくれたんでしょう? ボクは早くても翌日以降だと思っていました」
ホタルの言葉を聞いて、俺は内心で頷いた。シュガーからライギュウの動向に関して聞かなければ、おそらくはホタルの言う通り、翌日辺りにゆっくり暗黒アンダー都市へ向かっていただろう。
「おかげでムロさんだけでも助かりました」
「でもよ……」
「ボクが甘かったんです。ライギュウの力を侮っていた。……いや、正確に測り切れてなかった」
「何があったんだ?」
ホタルの口振りは、ライギュウの仕業だと確信している。それに、相手の力に圧倒されて心が折れかかっているようにも見えた。
「事務所を粉々にされた時、ボクはまだ
ホタルは自分の身体を抱きしめるようにして、震える肩を抑える。それは何かに怯える小動物を思わせた。
「あれは人じゃなかった……」
「なに?」
震える声はホタルの怒りや悲しみ、そして恐れを含んでいた。そうまで言わしめるとは、ホタルはライギュウの何を見たのか。
そうして、ホタルは絞り出すようにポツリ、ポツリと言葉を紡いでいく。
「そう、あれはまるで、———鬼」
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