第70話 斯くして弾丸は放たれた

▼セオリー


「それでカッコつけて大見得切ったは良いが、何か手はあるのか?」


 暗黒アンダー都市の中心広場へ続く大通りを歩く中、シュガーが俺に声をかける。まるで大見得切った手前、俺が何も考えていないとでも思っているかのようだ。

 たしかにあの場では保証もなく気持ちが先行して言ってしまった部分は大いにある。しかし、今深く考えてみても結論は同じだ。売られた喧嘩は熨斗のしを付けて殴り返す。それだけだ。

 とはいえ、シュガーの尋ねる具体的な方策という方も全く当てがないわけじゃない。


「一応、考えていることはある」


「ほう、完全に無策ではなかったのか」


 俺は頷き返す。瓦礫の撤去作業後、俺たちは暗黒アンダー都市の中を歩き回っていた。俺の作戦を進めるためには、まず辿り着かないといけない場所がある。その場所を探しているのだ。もちろん、あてもなく探している訳ではない。


「おっ、やってるな」


 広場では相も変わらず露天商が並び、隙間を縫うように暗黒アンダー都市の住人達が買い歩きしている。そんな中、蔵馬組の構成員が空間を開けるように囲っている場所がある。中心には一メートル近い台座が置かれ、その上にライギュウが立っていた。その隣には蔵馬組の若頭と呼ばれていた男が並んでいる。


「暗黒アンダー都市の住人たち、今日は芝村組の新しい組長を周知する」


 蔵馬組の若頭はマイクを持ち、演説を始める。つまり、ライギュウを芝村組組長として認知させるための情報操作の一環という訳だ。若頭からマイクを受け取ったライギュウは大きく手を広げ、喋り始める。


「我が父ライゴウの死から半年が経った。長いこと空席にしていた芝村組組長の座には俺が就く」


「ライギュウ組長の就任は、我々蔵馬組一派が承認した。そして、今後は芝村組と蔵馬組の共同で暗黒アンダー都市の元締めを担っていく」


 ライギュウと蔵馬組若頭の演説を要約すると以上のような内容だった。

 つまり、蔵馬組はライギュウを芝村組の組長として後押しした。そして、ライギュウは蔵馬組の後押しに対して、暗黒アンダー都市の元締めを共同で行う権利を渡したわけだ。

 これでライギュウと蔵馬組は抗争などを経ずして元締めの座を掴もうということだろう。


 これに対して、城山組は黙っていられない。その証拠に広場の周囲をさらに大きく囲むようにジリジリと輪を狭めている集団が居た。そして、銃声が鳴り響く。


「ライギュウと蔵馬の若頭をヤれ!」


 どこかで聞いたことのあるがなり声が聞こえる。この声は城山組若頭の声だ。その掛け声を皮切りに広場は戦場と化した。

 台座の上に立つライギュウと蔵馬組若頭へ殺到するように城山組の構成員が特攻してきている。台座を守るように囲んでいた蔵馬組の構成員も抵抗するが、多勢に無勢で押し流されているようだ。


 そんなこんなで広場はパニックに陥った。露天商や演説を聞いていた住人達はてんやわんやで方々に逃げ回る。俺とシュガーは戦闘の気配を察知すると一早く広場が一望できる建物の屋上へ逃げ込み、その場に陣取った。ここなら広場全体を俯瞰ふかんしつつ、遠目に見物できる。


「城山組の方は今回のカチコミにかなりの人員を割いてるんだな」


「この一発目の演説で阻止できなければ情報が浸透してしまうからな。城山組も必死だろう」


 シュガーが言うように城山組の構成員たちの猛攻は鬼気迫るものがあった。防衛側である蔵馬組は押し込まれ、次々に倒されている。そして、ライギュウと蔵馬組若頭の待つ台座まで、あと一歩で手が掛かるところまで攻め込んでいた。


「城山組、頑張ってるなー」


「そうだな。だが、雑兵の削り合いを制した所で大駒を取れなければ意味はない。結局のところ、この元締め争いはライギュウと対等に戦える駒が居なければ舞台にすら上がれない」


「シュガーは辛口だなぁ」


「事実を述べたまでだ」


 俺とシュガーが呑気に見物する中、ついに城山組の構成員の一人がライギュウの目前まで迫った。城山組の構成員は銃をライギュウへと突き付ける。直後に発砲音が幾度も広場中に響いた。

 まるで、その瞬間から時間が止まったかのようだった。広場の周囲で争いを繰り広げていた双方のヤクザクラン構成員たちがお互いに静まり返り、皆一様に広場の中心、台座の上に立つライギュウへと視線を向けていた。


「チャカなんぞに頼ってるようじゃあ、俺は倒せねぇぞぉ」


 静まり返る広場全体に轟くようなライギュウの声が響き渡った。

 特にガード姿勢を取っていたわけでもない。悠々と立ったまま銃撃を受け切り、その結果発した言葉がこれだ。


「そもそも口径が足りてねぇよ。俺のタマぁ取りに来たんだろぉ? だったら拳銃じゃねぇだろ、最低でも大砲持ってこいや」


 しまいには発砲してきた城山組の構成員相手に説教をし始める始末だ。対して撃った方はというと、たしかに身体へと弾丸が吸い込まれていったのを見届けたのにもかかわらず、全くの無傷で立ち続けるライギュウを前にして身体が固まっていた。


「この化け物が……!」


「そいつは最高の誉め言葉だ」


 ライギュウを前にその悪態を吐いた直後、発砲した城山組の構成員は頭が無くなっていた。ライギュウが水平に手刀を振るったのだ。その拳速は広場で抗争を続ける者たちの誰にも追えず、首を失くした構成員の断面から大量の血が噴水のように流れ出して初めて認知された。頭を失くした胴体は膝からゆっくりと崩れ落ち、ライギュウの前に倒れ伏す。その様子は敵味方問わず、畏怖を与えるには十分だった。


 それから広場では蔵馬組と城山組の抗争が再開されたが、誰もライギュウが立つ台座には近寄らなかった。本来なら取れば即勝利に繋がる王将の駒と言って良いライギュウが、周囲から完全に無視されているという異常な状態だった。


「勝負は決まったな。もうここから城山組はどうにもならんだろう」


 ライギュウを前にして及び腰になっている城山組の構成員たちの様子を見て、シュガーは断じた。


「一人の戦力でここまで差ができるとはな」


 当初の俺が思い描いていた作戦としては、城山組に多少はライギュウと戦える人材がいることを期待していた。何もあの化け物相手に勝てとは言わない。俺とカナエがライギュウと戦った時のように、最低限ライギュウを前にして死なない程度に渡り合える人材だ。

 そういった人材が城山組に居ることが確認出来たら、次の段階として自分たちを城山組に売り込もうと思っていた。食客でも何でもいい、とにかく共闘を組んでライギュウとの戦いに用いることのできる戦力を増やしたかった。


 現状、俺のパーティーはエイプリル、シュガーを含めて三人しかいない。ホタルから色よい返事がくれば四人となるけれど、それはまだ分からないので数には入れない。

 俺とカナエの二人で挑んだ時点で、ライギュウとはまだ隔絶した差を感じていた。精々できることは隙を突いて逃げるのが関の山だ。何かもう一つ攻めの起点が欲しいところだ。


 別口の攻めプランとしては、まことに不本意だけれどシュガーの奥の手を使うというのもある。しかし、その場合はメインアタッカーのカナエが一時的に戦場から抜けてしまう。そうなると、ライギュウの猛攻を俺とエイプリルの二人だけで凌がなければいけないわけだ。

 ライギュウの攻撃力を前にして凌ぎ切れるだろうか。……答えはNOだ。俺とエイプリルの命を賭して時間を稼げば、もしかしたら可能かもしれないけれど、そんな分の悪い賭けなど論外だ。俺は安全マージンを確保したい。


「カナエに代わる前衛を務められる人材が居たら良かったんだけどな」


 城山組に期待したような戦力はいないのだろうか。そんな風に俺が落胆とともに次の一手を考えようとしていた時だった。


「こら、ライギュウ。調子に乗ってられんのも今の内やぞ!」


 最初に聞こえた後、鳴りを潜めていた城山組若頭のがなり声が再び聞こえてきていた。俺が広場へ目を向けると、そこには一本の短刀を構えた城山組若頭がライギュウへと相対するように仁王立ちしていた。

 短刀はつばの無い無骨な作りで、持ち手には布が雑に巻かれている。いわゆる匕首あいくちやドスなどと呼ばれる任侠映画でよく見るものだ。


「ぶあっはっは、何を持ち出してくるのかと思やぁドスじゃねぇかぁ。そんな刃渡りの短い得物で俺に傷つけられるとでも思ってるのかぁ?」


 ライギュウは短刀を携えて現れた城山組若頭を見て、笑い飛ばす。たしかに拳銃を受けても無傷で立っているような男を前にして、あの小さな短刀ではなんとも心もとない。


「じゃかしいわ。ほんなら、おのれの身でもって切れ味を確かめるんやなぁ」


 ライギュウの煽りとも取れる言葉に対し、城山組の若頭は静かにそう返す。それから両足を広げると、重心を低くした体勢で短刀を構えたのだった。

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