第71話 第三勢力の介入

▼セオリー


 向かい合う二人の男たち。

 かたや無手のまま相手の出方を窺うようにどっしりと構えるライギュウ。

 かたや短刀を片手に持ち腰を落とした低い体勢から今にも襲い掛かろうかというギラギラとした気迫あふれる城山組の若頭。


 相対する二人を中心としてビリビリと緊張が高まっていく。空気が変わったことを広場で争い合う双方のヤクザクランも察して、中心にいる二人へと注目が向かう。


「食らえや!」


 先に動いたのは城山組の若頭だった。低い体勢から身体をバネのように跳ね上げて一瞬で距離を詰める。その飛びかかりはまるで虎や豹といったネコ科の肉食動物を思わせる獲物を狩ることに特化した動きだ。

 そして、跳びかかる動作からシームレスに繰り出される短刀による突き。低い位置から突き上げるように差し向けられる短刀の刃はさながら牙のようにライギュウの首筋を狙う。


「初っ端から急所なんぞ狙わせるわけないだろぉ」


 ライギュウは言葉を返しつつ、意外なことに腕を畳みガードの体勢を取った。若頭はガードされるのも無視してそのまま突き入れる。ずぶりと刃先がガードする腕へと吸い込まれていき、血飛沫が宙を舞った。

 俺はその光景に驚いた。前回、俺とカナエがライギュウと邂逅した際、俺やカナエが武器でいくら斬りつけてもせいぜい薄皮一枚を浅く裂くのが精一杯だった。しかし、若頭の短刀はしっかりとライギュウに手傷を負わせているのだ。


「かぁー、痛ぇなぁ。よく切れるじゃねぇか」


 ライギュウも賞賛の声を上げて自身の腕に突き刺さる短刀を見た。短刀は刃の三分の一ほどが刺さっただろうか。しかし、それ以上は微動だにしない。


「腕で止められるとは思わんかったけどな」


 会話の応酬を経て、互いにニヤリと笑う。

 まずは小手調べといったところか。若頭は一旦距離を取ろうと足に力を込めた。しかし、いくら足に力を込めてもその場からは動けない。ライギュウの腕に刺さった短刀が抜けないのだ。力の限り腕を引いても短刀は微動だにしなかった。


「なんじゃあ、ドスが抜けん!」


 若頭の顔がサッと青くなる。ライギュウが刺された腕とは逆の腕を振り上げていたからだ。即座に短刀を手放して後方へ跳ぶが、後を追うようにライギュウの拳が目前へと迫りくる。一瞬の内に攻守が逆転した。今度は若頭がガードを固める番だ。腕を身体の前で畳み、衝撃に備える。

 ライギュウの拳がガードの上から若頭の身体を叩くとインパクトの瞬間、周囲に衝撃波が走った。直後、鈍い爆発音が炸裂すると同時に後方へと若頭の身体がボールのように吹き飛ばされていった。十メートル以上の距離を一瞬で吹き飛ぶと建物の壁に直撃し倒壊させた。


「ドスの切れ味は良いけどよぉ。てめぇ自身が弱っちぃんじゃ意味ねぇよなぁ?」


 ライギュウは腕に刺さった短刀を引き抜きつつ、肩をすくめると落胆の表情を作った。


「少しは楽しめるかと思ったんだがなぁ。期待外れだ」


「……じゃかしい。まだピンピンしとるわ」


 パラパラと倒壊した建物の奥から若頭が姿を現す。建物を壊す勢いで吹き飛ばされたにしては身体に外傷は見当たらない。若頭は耐久力のステータスがずいぶんと高いようだ。

 俺は建物の屋上から戦闘の様子を窺いつつ、口の端が上がるのを抑えられないでいた。そんな俺の様子にシュガーが気付く。


「お目当ての相手が見つかったか」


「あぁ、勝利のピースが揃ったかもしれない」


 そうと決まれば事前の仕込みをしないといけない。

 俺は『念話術』でエイプリルへと連絡を取る。彼女には別の場所で待機してもらっている。そろそろ俺たちも動き出さないといけない頃合いだろうから、行動を起こす前にエイプリルへと事前連絡する必要がある。

 間違っても城山組の若頭を死なせるわけにはいかないため、ここからは目を離せない。となると伝達事項は簡単に一文だけだ。


『作戦、決行す』






 ライギュウは腕から引き抜いた短刀を若頭へ向けて放り投げる。わざわざ得物を返したのは再び立ち上がった若頭への期待も込めてだろうか。猛獣のように笑うライギュウは両手を広げて待ち構える。


「次はもっと楽しませてくれよぉ」


「ケッ、バトルジャンキーなんぞとは付き合いきれんわ」


 若頭は唾棄するように言葉を吐き捨てると短刀を持ち直し、すぐに駆け出した。

 最初の一合ではじっくりと距離を縮めてから攻撃を開始していたが、今回は打って変わって速いテンポで攻め立てる。短刀を振るう度にステップを挟み、ライギュウに的を絞らせないよう立ち回る。

 最初の突きとは異なり一撃の重さは軽くなったようで、ライギュウのガードする腕には浅い傷ばかりができていく。


「柔い攻撃ばかりじゃねぇか。もっと腰入れろやぁ!」


 自分の周りを蚊の如く飛び回る若頭にライギュウは苛々と声を荒げながら腕を振るう。フラストレーションを解放するように剛腕が振るわれる中、若頭はそれを紙一重で避け続ける。


「ほんなら拳を当ててみろや」


 ひらりひらりとライギュウの拳を躱し、その度に短刀で一撃を加えていく。

 それはまるでヒット&アウェイの戦法を超至近距離を保ったままで繰り返しているに等しい。もし、ライギュウの剛腕に掴まれば、たったの一発でダメージレースを覆されてしまう。

 一発たりとも食らう訳にはいかないという極限状態の中だ。若頭の集中力は急速にガリガリと擦り減っていることは想像に難くない。しかし、それでも彼がライギュウと渡り合うにはこの戦法しかなかったのだろう。


 まるでライギュウを中心に台風が発生しているかのようだった。振り回される拳が唸り、風を起こし、衝撃波を発生させる。そんな中で集中力を切らさずに避け続けるというのは土台無理な話だった。わずか数分の内に若頭の顔からは大粒の汗が滴り落ち、振るう短刀からはキレが無くなりつつあった。


 そして、ついにその時は来た。ライギュウの拳を避けようとサイドステップを踏んだ若頭の足がもつれる。途端に転倒して両腕を地面に着いた。直後にハッとして顔を上げると、ライギュウが拳を振り上げている。その瞳には失望の感情がありありと映し出されていた。


「小賢しく飛び回った結果がぁ、……それか?」


 若頭は返す言葉もなく、拳を見上げることしかできなかった。

 そのまま拳が振り下ろされる。今度こそ逃げようもない。このまま潰されて地面の染みとなるだろう。若頭は観念した様子で抵抗せずに拳を受け入れた。いや、抵抗できる力も残っていなかったのかもしれない。そして、鈍い衝突音とともに砂埃が周囲を舞ったのだった。






 砂埃が風に乗って消えると、そこには人ひとりを容易く覆い隠せるほどの大きな刃を持った斧がライギュウの拳を受け止めていた。


「横槍入れるたぁ感心しねぇぞ」


「そんなことは知らないな。ただ俺は以前売られた喧嘩を買いに来ただけだ」


 目の端では、ノゾミとタマエによって斧の影から城山組の若頭が引っ張り出され、そのまま広場の外へと連れ出されていくのが映る。


「おいおい、なに逃がそうとしてんだぁ」


「いや、戦いの邪魔かと思って」


 ライギュウが目ざとく若頭の方を指差すけれど、俺はしらを切った。ここでライギュウを自由にさせては若頭の方を追いかけてしまうかもしれない。どうにかして俺たちの方へ興味を向かせたい。そのためには若頭の存在が俺たちのウィークポイント足りえると認識されては困るのだ。

 つまり言ってしまえば、これから俺とシュガーの二人がかりで身を挺した時間稼ぎをするわけだ。この作戦は死ぬ可能性も十分にある。だから、エイプリルには別動隊として動いてもらっている。


「そうか、それなら次はお前が相手をしてくれるんだなぁ?」


「もちろん、そのために来たんだぜ」


 ライギュウは俺の言葉を受けて途端に上機嫌となった。上手く興味をこちらへと引くことができた。俺は内心を隠しつつ、不敵な笑みを浮かべて曲刀・咬牙こうがを構えたのだった。

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