第58話 目を付けられた忍者

▼セオリー


「はぁ……はぁ……、何だったんだ、あいつ」


 広場から全力で離脱し、ライギュウと言う化け物から逃れた俺は十分に距離を取った後、建物の影に身を潜めて息を整えた。


「また助けられちまったな。サンキュー、カナエ」


「どういたしましてー! カナエ、がんばったよ!」


 ぴょんぴょんと跳びはねて頑張りを表現するカナエを俺は労わるように撫でた。

 カナエがいなければ桃源コーポ都市と暗黒アンダー都市の二か所ともで死亡していただろう。命を救われた恩は大きい。シュガーはともかくとして、カナエとは良い関係を築いていこう。そう心に誓った。






▼エイプリル&シュガー


「……ハッ、今なんだか私の腹心としての立場が危うくなってる気がする!」


「急になんだ。まさか、またセオリーが腹心を増やしてるとでも?」


「それは分かんないけど無性に嫌な予感がするんだよ……。急に連絡もつかなくなるし、ただ拠点を探してるだけでどこ行ってるの?」


「たしかに『念話術』に応答がないとなると、桃源コーポ都市から出たとしか考えられないな。だが、俺たちに断りもなく出ていくかな? ともあれ俺も予定が終わったら探すさ。それにセオリーがやられることがあっても、その時はカナエが報せてくれるから大丈夫だろう」


「やられてからじゃあ、腹心の意味がないじゃない。そもそも、それ守れてないし!」


「はっは、そうだな。そしたらその辺も含めて情報収集しよう。俺の所属するニド・ビブリオは知識を蒐集しているから、桃源コーポ都市で神隠しにあったセオリーの手掛かりが掴めるかもしれない」


「か、神隠しって、そんな物騒なこと言わないでよ」


「だが、現状そう言う他ないだろう? エイプリルの方はシャドウハウンドで聞き込みだ。公営警察機関なら何か情報が掴めるかもしれない。そもそも人探しならそっちが本職だ」


「そっか、そうだよね。分かった、シャドウハウンドで神隠し的な情報がないかも聞いてみる」


「よし、それじゃあ、ひとまず別れるぞ。何かあれば『念話術』で連絡してくれ」


「りょーかい!」






▼セオリー


 さて、これからどうしたものか。

 というか拠点となる場所を探していただけなのに、どうして命の危険に晒されてばかりいるのだろう。この世界、ちょっと殺伐とし過ぎちゃいないか?

 そう思っていると、次のお客さんだ。


「次から次へと、こんな物騒じゃ命がいくつあっても足りないぜ」


 背の高い建物に挟まれた路地で、前後から挟まれるように派手めなスーツの男たちが取り囲んでいる。おそらく服装からしてヤクザクランの構成員だろうか。

 フォーメーションとしては前に三人、後ろに二人いる。前後左右に逃げ場はない。手甲の機構を使って上方向へ立体的に逃げるという手もあるけれど、この間合いだと手甲を起動してワイヤーを射出する溜めの時間で攻撃を受ける可能性が高い。それなら素直に真正面から戦う方がいくらかマシか。

 というか、どうして急に連戦続きになるんだ。バトル漫画でももう少しインターバル置いてくれるだろう。


「俺に何か用か?」


 とりあえず、前方に立つ男へ挨拶がてら何の用か尋ねる。


「……四の五の言わず、俺たちと戦いな」


 返事はそれだけだった。というか、用事は戦うことなのか? なんで俺が見ず知らずのヤクザクラン構成員みたいな輩と戦わなけりゃならないんだ。俺はそんなバトルジャンキーじゃないぞ、と返事をしたいのは山々だったけれど、相手さんはそんな事お構いなしで武器を取り出す。


 バット、木刀、メリケンサック、思ったより殺傷力の低い武器ばかりだ。もっと銃や刃物が飛び出すのかと思っていた。全員が獲物を取り出すと、前後から一斉に襲い掛かってくる。俺はカナエに後ろを任せ、前を向く。


(あ、そうそう。カナエ、一応峰打ちでよろしく)


 俺は前を見据えつつ『念話術』でカナエに指示を出しておく。カナエの操る大きな斧で両断されれば、たちまち殺傷事件になってしまう。無駄な殺生をした結果、さらなる面倒を呼び寄せるかもしれない。そんなのは御免だ。

 こんな風に冷静な頭で物事を考えられる程度には余裕があった。相手の強さがおそらく格下なこともあるし、そもそも相手から殺気を感じられないからだ。やる気あるのか、こいつら?



 バットを上段から振り下ろしてくる男にカウンターを合わせて、アッパー気味に心臓へと『仮死縫い』の黒いオーラを纏わせた掌底を当てる。

 上手くいけば肉体を透過して心臓へとダメージを与えられるけれど、そう上手いことはいかず、クリティカルヒットにはならなかった。そのため、普通に掌底を当てただけという結果になった。


 やはり、街のチンピラ相手とは勝手が違う。クリティカルヒットで攻撃できない場合、『仮死縫い』の影響は少しでも傷をつけないと発生しない。つまり、徒手空拳とは相性が悪いのだ。

 ただの掌底突き。しかも、筋力1である俺の掌底突きではほとんどダメージを与えられない。バットの男は一瞬よろめいたけれど、すぐに立て直し、バットを横薙ぎに振った。

 バットの横薙ぎをバックステップで交わすと、今度はバットの男と入れ替わりにメリケンサックを装着した男が距離を詰めてきた。素早い動きで距離を詰めると、至近距離の間合いでワンツーと拳を振るう。忍者の動体視力のおかげでギリギリ避けられているけれど、このままじゃ防戦一方だ。


 やはり、俺は刃物を使わないと戦いにならない。相手に傷をつける、という制限を自分の肉体一つでもクリアできるようになると良いんだけどな。現状だと、もしクナイや咬牙が手元にない状態に陥った時、格下相手でも手間取ることになる。これは何か打開策を考えておかないといけないだろう。

 今後のタスクとして、心のメモ帳に書き込んでおく。さて、自分の弱いところを見つめ直した後は、ひとまず倒すとするか。


 メリケンサックの男は俺が避けられないように、ボディ狙いへ切り替えてきた。

 胴体というのは回避行動を取った時に一番動作の発生が遅い箇所だ。そのため、見えていても避け切れない攻撃が出てくる。しかし、素手で防御すればメリケンサックによって威力の増したパンチは腕の骨を容易く圧し折るだろう。


 となると馬鹿正直に受けてやる必要もない。俺は腰に差した曲刀・咬牙をすらりと引き抜くと、一息の内にメリケンサックの男の両腕を切り裂いた。薄く裂いた程度だが、たちまち『仮死縫い』の効果で腕に力が入らなくなる。

 男は俺に斬られたことにも気付かず、ダラリと両腕を垂らした状態のまま飛び込んできた。しかし、両腕は仮死状態だ。動こうはずもない。男は驚愕とともに目を見開き、自分の両腕を見下ろした。

 おっ、良い位置に頭が降りてきたな。左手で頭頂部へ手刀を叩き込む。今回はクリティカルヒットとなり、頭部へ『仮死縫い』が決まった。そのまま、男はズルズルと地面に倒れ伏した。


 メリケンサックの男がやられたことに激情したのか、バットの男が上段に振りかぶって突っ込んできた。俺はカウンターで斬り返そうと咬牙を構える。しかし、まさに二人の獲物同士がぶつかり合おうか、というタイミングになって突如、バットの男の視線が俺から離れた。そして、上へと視線が上っていく。


 おいおい、戦闘中によそ見か? しかし、その技はなかなか面白い。何故なら俺も男の視線の先を見たくなっちゃうからだ。なんなの、俺の頭の上にUFOでも飛んでるの? めっちゃ気になるんですけど。一瞬だけ振り返って上見ても良いかな、ダメだよね。というか、相手めっちゃ無防備だな、今なら簡単に斬れちゃうけど斬っていいのか。武士道精神的にはNGだけど、忍者ムーブとしては大正解な気がする。男の名は廃るけども斬り捨て御免!(この間、0.9秒)



 しかし、俺が咬牙を振るう瞬間は訪れなかった。それよりも早くドスンッという重量感のある物体の落下による質量攻撃がバット男を襲ったのである。

 それは巨大な斧だった。斧が男の体にのしかかっている。さらにその斧の上にはカナエが腰かけている。俺の中で合点がいった。つまり、この男が見つめていた先にいたのは、身の丈を超す巨大な斧を振るう少女だ。その少女の姿に度肝を抜かれたのだ。そりゃそうだ、初見なら俺だってそうなる。


「カナエ、お疲れさん」


「ちゃんと、みねうちしたよー」


「おぉ、偉いな。……はたして斧の側面は峰なのか?」


 巨大な斧の側面でプレスされているけど、それは峰打ちなのだろうか。いや、深くは考えまい。少女が頑張ってるんですよ。その頑張りにケチをつける必要があるか? いや、無い。


「さて、残るはお前だけだぞ。まだやるか?」


 木刀を持っていた男に声をかける。他の四人をけしかけて、一人後ろから様子を窺っていたけれど、どうやら殺気は感じられない。このまま全員をしてしまっても良いのだけれど、それはそれで面倒だ。伸びてる男たちを回収する人員がいて欲しい。


「とてもじゃないが敵いそうにないな」


 木刀を持った男は物分かりが良い態度で肩をすくめると、携帯電話を取り出し、どこかへと掛け始めた。


「若頭、見てましたか。俺たちに比べればかなり腕が立ちますぜ」


 今、嫌な単語が聞こえた。絶対に「若頭」と言った。つまり、ヤクザクラン関係は確定だ。それはまだいい。今の話しぶりだと俺たちの実力を見定めている風に聞こえた。それってつまり、戦力に引き込もうとしてないか?


「……これから俺たちの組の若頭が来る。粗相のないようにしろよ」


「ちょっと待て、そんな急に言われても話に付いていけないんだけど」


 俺の言葉に木刀の男は頭を下げた。


「広場でのいざこざを見たんだ。あのライギュウ相手に大立ち回りして生き延びるヤツなんて見たことねぇ。どうか、ウチの組に力を貸してくれ」


「……なるほど、そういうことか」


 やっと話の流れが分かってきた。こいつらは広場でライギュウに絡まれてしまった不幸な俺たちを見たのだ。そして、俺とカナエは命からがら逃げ延びた。この地下世界の人々からすれば、あの化け物から逃げ延びるだけでも凄いことなのかもしれない。

 実際には固有忍術の嚙み合わせが良かっただけなんだけど、それを知らない彼らには俺とカナエがかなりの強者と映ってしまったのだろう。そして、白羽の矢が立ったわけだ。


「つまり、お前らは城山組ってわけか」


 ライギュウが力を貸している蔵馬組と敵対しており、あの広場でライギュウに殴り飛ばされた若頭がいた。城山組の若頭だ。あいつが来るんだろう。結構、ギャンギャン騒いでいたから、あんまり関わり合いになりたくないんだよなぁ。俺は安寧の拠点を得られればそれで良いんだよ……。


「いや、ウチは城山組とは関係ねぇ」


 しかし、木刀の男は俺の言葉を即座に否定した。


「あれ、違うのか? でも、広場にいた野次馬は他の組は皆、城山か蔵馬に与してるって言ってたけど」


 俺が疑問に思っていると、後ろから声がかかった。


「お待たせしました」


 若い声だ。間違っても城山組の若頭と呼ばれていた男のがなり声とは似ても似つかない。

 俺は振り返って確認する。そこには齢十四、五くらいに見える黒髪のショートヘアを揺らす男の子がいた。


「君は?」


「申し遅れました。ボクは芝村組若頭、ホタルと申します」

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