第57話 地下世界の勢力図
▼セオリー
広場の一角で起きた城山組と蔵馬組の小競り合いは段々とヒートアップしていく。野次馬からの情報によると、ここの広場は長いこと城山組が仕切ってきた場所であり、そこに蔵馬組が無断で商売を始めたことがいざこざの発端らしい。
「それじゃあ、蔵馬組って方が悪いのか」
「どうだかね、城山組だって大組長の威光でここを仕切ってただけさ」
「大組長?」
「そうか、知らないのか。ここいらで大組長って言やぁ、芝村組の組長にして暗黒アンダー都市の元締め、鬼のライゴウ組長のことさ」
「鬼のライゴウ……。ずいぶんと物騒な二つ名だな。強いのか?」
「いや、強いなんてもんじゃない。その腕っぷしの強さだけでいくつも敵対組織を潰して回り、気付けば甲刃連合の大幹部まで成り上がったくらいだ。逸話じゃあ、暗殺しに来た頭領って呼ばれる凄い忍者すら返り討ちにしたんだそうだ」
俺はその話を聞いて度肝を抜かした。この世界における忍者は戦術兵器として運用され、その強さは絶大なものだ。その中でも頭領と呼ばれるランクの忍者は単体で戦略級の扱いを受けてもおかしくないぶっ壊れである。その頭領を返り討ちにするとなると相当な化け物と言っていいだろう。
「……それは凄いな。ただ、それなら蔵馬組が勝手ないざこざを起こしているのは大丈夫なのか? 大組長の取り決めに逆らってるわけだろう」
「ライゴウが生きてりゃこんなことは起きなかっただろうな。ただ、ライゴウも寄る年波には勝てなかったらしい。半年ほど前に亡くなって盛大な葬式が執り行われたよ」
なるほど、このような無法がまかり通っているのにも理由があったというわけだ。それまでは圧倒的な武力を備えた大組長である鬼のライゴウが居たおかげで下部の組は好き勝手できずにいた。しかし、ライゴウが亡くなり、ストッパーが不在となった現在は下部の組同士が互いにシマの取り合いを始めたってわけだ。
「でも、ライゴウがいた芝村組ってのは今もあるんだろう。平定に乗り出さないのか?」
「はっは、そいつは無理さ。芝村組はほとんどライゴウのワンマン組織だった。若頭も若造だし、組員も数えるほどしかいねぇ」
「なるほどな、そうなると芝村組は遅かれ早かれ壊滅か吸収合併かは免れないな。となると、現状で勢いのある組ってのが城山組と蔵馬組の二つなのか」
「そうさなぁ、他にも細々とした組がいくつかあるが、漏れなく城山か蔵馬どっちかの味方をしてるよ」
野次馬から聞いた話のおかげで、おおよその勢力図が把握できた。
暗黒アンダー都市の注目ポイントは城山組と蔵馬組のどちらが次代の元締めとして君臨するか、その行く末を決める勢力争いにある。どちらの組が支配してくれた方が、こちらとして都合が良いのかを見極めたいところだ。そうして、ゆくゆくはどうにかして安住の拠点を手に入れたい。
野次馬から話を聞いている内に、広場での小競り合いは次第にヒートアップしていた。
城山組の構成員たちは蔵馬組の抱える露天商を取り囲み、商売ができないようにしている。ただ取り囲むだけ、たったそれだけの行為だけれど、周囲の客は好き好んでこんな場所で買い物をしようとは思わない。これにより、手を出さずして商売へ十分な被害を与えている。
だが、蔵馬組の方も黙っている訳ではないようだ。俺は周囲の建物へと目を向ける。十か二十か正確な数字は分からないけれど、建物の中から複数の殺気を感じる。
そして次の瞬間に音もなく数十本の矢が建物より放たれた。露天商を囲んでいた城山組の構成員は次々に矢が刺さり、倒れていく。当たり所が悪かった者は即死も免れなかったろう。そうでない者も手足に矢が刺さり、這う這うの体で逃げまわる。
「蔵馬組ぃ! 先に手ぇ出しやがったな、この落とし前はつけてもらうぞ」
「おやおや、ウチの構成員がやったという証拠はあるんですか? こちらは何もしてないんですがね」
「そんな屁理屈が通るかい!」
「なら、武力でやり合いますか?」
「……なっ、なにが武力じゃ。そんなら、かかってこんかい!」
蔵馬組の構成員が武力という言葉を出すと、城山組の方は即座にガンを飛ばして強気に
この様子だと、本格的な組同士の抗争となると城山組の方が弱いということなのだろうか。疑問に思いつつ、続けて様子を窺う。
「では、お言葉に甘えて。……おい、ライギュウさんを呼べ」
蔵馬組の方は何やら人を呼びに行った。そして、しばらくすると地鳴りが遠くから響きだした。ドスン、ドスンと一定の間隔で揺れが起き、その音が近付くにつれ、城山組の構成員は顔を青ざめさせていった。
「どうした、蔵馬の若頭よぅ。俺の力が必要か?」
その男は身の丈二メートル余りある巨漢であり、背だけでなく横幅も大きい。しかも脂肪による太さではなく、筋肉が凝縮し切った上での巨躯だった。
一目見て感じた、コイツは強い。まるで、初めて遭遇した時の大怪蛇イクチだ。その威圧感は頭領に匹敵すると言っていい。
城山組の構成員はその大男を見て、吠えるように声を荒げる。
「おいこら、ライギュウ。貴様は芝村組だろうが! 蔵馬組に肩入れするんか」
「うるさい奴だなぁ、親父が生きてた時は仕方なく従ってただけだ。俺はもう自由なんだ。どこの味方しようと勝手だろうがぁ」
「芝村の若頭がそれを許可したんか! 大組長の意志をくもうとは思わんのか」
「外部のモンが五月蠅いなぁ」
ライギュウは、まるで顔の周囲を羽虫が飛んでいたのを鬱陶しく思い、軽く振り払うような気軽さで腕を振るった。それは全く力が籠められているように見えなかった。足腰も全く使わず、腕の振りだけだ。
当然、本来ならそんな攻撃の仕方ではろくな力も籠められないはずだ。しかし、その振るわれた腕が城山組の構成員の身体に触れた瞬間、ギャグかと思うくらいの速度で吹き飛んだ。近くの露店を巻き込みつつ、最終的には建物の一つに突っ込み、土煙をあげて止まる。
あまりの破壊力に周囲を囲んでいた野次馬も悲鳴を上げたり、早々に逃げ出す者も出てくる。たしかに一般の人々がアレに巻き込まれれば即死だ。というか、城山組の人は大丈夫なのだろうか。
取り巻きの構成員が「若頭、大丈夫ですかい!」と悲鳴に近い声を上げながら砂煙が立ち上る建物の方へと向かって行く。砂煙が消えると、その中から若頭と言われた男がボロボロになりながら現れた。
どうやら即死は免れたようだ。その時点でこの城山組の若頭もそれなりには強いのだろう。だが、相手が悪すぎる。このライギュウと言う男はユニークモンスターに匹敵する存在感と威圧感を放っている。間違ってもタイマンで挑む相手じゃない。
「ちぃっ、ずらかるぞ」
正しく力量差を判断したようで、城山組の構成員たちは若頭を中心にして去っていった。周りの露天商や一般の客、野次馬連中までホッとした表情になる。そりゃそうだ、この男が本気で暴れたら広場周辺が更地になってもおかしくない。まるで生きる天災だ。
「ひゃ~、たまげたな。ライゴウの息子が蔵馬組に鞍替えしたのか」
「あのライギュウってヤツはライゴウの息子なのか」
「あぁ、そうさ。大組長顔負けの腕っぷしだ。さて、とばっちりを食らう前にさっさとずらかるか」
俺に色々と教えてくれた野次馬はそれだけ言うと、サッと人ごみに紛れていった。それから俺は再びライギュウの方へ視線を向ける。ちょうどライギュウは蔵馬組の若頭の下へと近付いていくところだった。
「蔵馬の若頭よぅ、俺の力は分かったよな。俺がケツ持ちしてやるからには、その分しっかり稼いでくれよぉ」
「分かっていますよ、蔵馬組が暗黒アンダー都市の元締めとして認められれば、ライギュウさんの望みも叶います。どうぞ今後ともよしなに」
そうして、蔵馬組の若頭の方も露天商と数人の構成員をその場に残して去っていった。残ったのはライギュウ一人だ。
彼は周囲を舐めるように見渡した。何をしているのだろうか。情報の拠り所にしていた野次馬たちは早々に消えてしまったので、ライギュウが何をするのかは分からない。とは言っても、ライギュウが蔵馬組と手を組んだのも直近のことらしいから、野次馬たちも彼の目的は知らないのかもしれない。
それにしても、あの目つきは嫌な感じだ。まるで肉食動物が獲物を品定めしているかのような目だ。
そう思っていた矢先、不意に俺はライギュウとばっちり目があってしまった。なんだろう、すごく嫌な予感がする。俺のシックスセンスが盛大に危険信号を発している。何が何だか分からないけれど、とにかくヤバい。
俺は脚に力を籠め、その場から全力退避しようとする。だが、俺が退避の判断を下したタイミングはあまりにも遅すぎた。
「今ぁ、逃げようとしたな? 俺が近付くのが分かったんだ。お前ぇ、強いだろう」
途端に俺は金縛りにあったように動けなくなった。目の前にはライギュウが立っている。
ずっと俺は野次馬に紛れて遠巻きに見ていた。だから、俺たちとの間には三十メートル近い距離があったはずだ。しかし、ライギュウはその距離を一瞬の内に縮めてきた。
今から逃げても無駄だ。確実に追いつかれるだろうし、そもそもコイツを前にして背を向けたくない。
「城山のとこの腰抜けはすぐに逃げちまったからなぁ、消化不良なんだ。ちょっと遊んでくれや」
ニコリと笑みを浮かべるライギュウからは笑顔とは裏腹に、その皮膚の内側から殺気が立ち上っているのを感じた。
たぶん、俺はここで死ぬんだろうな、という予測がついた。
一応、抵抗はしてみるか。いや、イクチの時は運良くピット器官を仮死状態にできただけだ。もっと言うなら、そもそもイリスに俺とエイプリルを殺す気がさらさら無かったということも要因としてある。
だが、目の前の大男はそんな慈悲はまるで頭の中にない。消化不良の憂さ晴らしに人を殺そうとしている。生態からして分かり合えない存在だ。
「くそ、ゲームオーバーかよ」
ライギュウは拳を振り抜く。俺には振りかぶった瞬間すら見えなかった。そのため、気付けばライギュウは拳を振り抜いた体勢だった。そして、本来なら俺は死んでいた。
だが、俺とライギュウの間に一人の少女が立ち塞がっていた。巨大な斧と拳がぶつかり合い、鈍い衝突音が遅れて発生する。衝撃波により周囲の露店が吹き飛ぶ。しかし、俺は生きていた。
目の前で起きている状況が信じられない。片や二メートルを超す筋肉ダルマの巨漢と、片やようやく百二十センチくらいになったかという程に小柄な少女とがぶつかり合っているのだ。
直後、ライギュウが振るった方と反対の拳を振り抜いた。カナエも逆の手に構えた斧を巨大化させ、再び激突する。しかし、拮抗したかに見えた衝突は次第にカナエの不利な形勢へ傾いた。ライギュウが拳を振るうラッシュの速度を上げ始めたのだ。カナエも高速で斧を振るうが、じりじりと身体が後方へ押し負ける。
「カナエ!」
俺は叫ぶ。さすがにメインアタッカーのカナエと言っても、ライギュウのパワーには押し負けるようだ。それにラッシュの速度も桁違いだ。その拳圧だけで周囲には殺人的な衝撃波が発生している。
このままだとカナエも巻き込まれて死んでしまう。何か手はないか。必死になって手を模索する。そして、カナエの持つ斧を見て脳裏に一つのプランが閃いた。
「『不殺術・仮死縫い』」
俺はカナエを後ろから抱きかかえるようにして、カナエが持つ両手の斧に俺の手を重ねて握る。そして、仮死縫いの黒いオーラが斧を包み込んだ。
黒いオーラを見たライギュウは一瞬目を丸くさせたけれど、ニヤリと笑うとそのまま無視して拳を振り抜いた。
「カナエ、切り結べ!」
今までカナエは面積の広い斧の側面部分で攻撃を受けていた。しかし、それだと相手に傷をつけることができない。だから、俺は指示した。こちらが受けるダメージは増えるかもしれないけれど、それを加味しても拳を仮死状態に持っていける方がメリットとしては大きい。
カナエは俺の指示に従い、斧の刃先を拳に合わせてぶつける。盛大に火花が散る。何故、拳と刃物がぶつかり合って火花が散るのか不思議で仕方ない。だが、相手は化け物だ。些細な疑問など捨て置く。
そして、結果的には俺の目論見通りになった。ライギュウの片側の拳が下を向いたのだ。不思議そうな表情をして、自身の拳を見つめるライギュウだったが、その直後に無事な方の拳で殴り掛かってきた。
「カナエ、防御」
次はカナエに防御全振りの指示を出す。カナエは斧の刃先ではなく、側面で受け止める。その隙に、俺は腰から咬牙を抜く。そして、姿勢を低くしたままカナエの脇をすり抜け、ライギュウの両足を横薙ぎに斬りつけた。
まるで金属を叩いたような鈍い衝撃が手に伝わる。本当におかしな人体をしている。だが、掠り傷くらいは付けられた。その証拠にライギュウは唐突に踏ん張りがきかなくなった自身の足に驚き、雄叫びを上げながら前のめりに倒れた。
その様子をのんびりと見ている余裕はない。カナエを脇に抱え上げると、そのまま全速力でダッシュだ。俺は『集中』を使い、両足に気を纏わせると、そのまま一目散に逃げだしたのだった。
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