第59話 芝村組との邂逅
▼セオリー
「突然の襲撃、申し訳ありません」
芝村組の若頭だという少年ホタルは、本当にヤクザクランなのかと疑いそうになるほど腰が低い。
「ケガは無いから大丈夫だ。それより、そっちの奴らこそ大丈夫か?」
俺は辺りに横たわるヤクザクランの構成員たちを顎でしゃくる。
「はい、組の者たちのことなら大丈夫です。それに貴方も手心を加えて下さったようですし。……ムロさん、片づけをお願いします」
「分かりやした」
ホタルは先ほどの木刀を持った男、ムロに声をかける。すると彼の背後からさらに複数人の構成員が現れ、倒れた者たちを担ぐとムロとともに路地の奥へと消えていった。これでこの場には俺とカナエ、ホタルの三人だけとなった。辺りが片付き、静かになる。
「立ち話も何ですし、ウチの事務所に来て頂けませんか?」
俺を見つめたままのホタルは誘いをかけてきた。その眼は真剣そのものだ。
芝村組は大組長と呼ばれたライゴウのワンマンチーム。彼が亡くなった後は城山組と蔵馬組の双方から相手にもされていない。つまり、戦力を欲しているのだろう。
「一つ、聞きたいことがある」
「なんでしょうか?」
「お前は、忍者だな?」
「えぇ、そうですよ。というか、ボクは貴方と同じプレイヤーですから」
「え、そうなの?」
俺がホタルを忍者だと看破したのは、他の奴らは近づいてくる気配が簡単に読めたけど、ホタルだけは声を掛けられるまで近付いて来たのに気付けなかったからだ。しかし、まさかプレイヤーとは思わなかった。いかにもNPCみたいな登場の仕方をしてくるものだから勘違いしてしまった。
「なんか、格好付かないな……」
「いえ、そんなことないです。それに、このゲームってプレイヤーとNPCの境界が曖昧ですから分からなくても仕方ないですよ」
「……まぁ、そうだな。それじゃあ、プレイヤーと分かったからには腹を割って話そう。おそらく何かしらのクエストなんだろう? それに俺が一枚噛めば良い、と」
「その通りです。クエストは事務所の方で受けられますので、まずは付いてきていただければ助かります」
なるほど、クエストを受けられる場所が芝村組の事務所なのか。となると、このクエストはライゴウが亡くなり、弱小組織となってしまった芝村組を立て直していく、みたいなクエストなのかもしれないな。
「分かった、付いていこう。あのライギュウってヤツにリベンジしたい気持ちもあるしな」
おそらくライギュウはステータスお化けなんだと思う。忍術などの搦め手が無い代わりに、素のステータスだけなら頭領以上の数値を有しているんじゃないかと思う。だが、ゲームなら倒せないことはないはずだ。それにこっちは忍者だ。搦め手だろうと駆使して勝負になるように持っていくのが肝だろう。
俺は強大な敵が現れたことにワクワクとしつつ、ホタルの後を付いていった。
ホタルに案内され、やってきた場所は暗黒アンダー都市の外れ、ごみごみとした集合住宅地のような場所から離れて、一軒一軒それなりに大きい建物が増えてきた場所にあった。
その中で突如、他の建物とは一線を画す大きさの日本家屋が遠目に見えてくる。そして、そこに近付いてみると侵入者を阻むかのように巨大な塀が左右に広がっていた。目の前に広がる巨大な塀は端から端まで百メートル以上あるんじゃないだろうか。塀の上には鉄格子がネズミ返しのように組まれており、簡単に侵入できないようになっている。
「ここです」
「ずいぶんと立派な所だな……」
門が開かれると、その先には広い庭と奥に鎮座する家屋が厳格な雰囲気を醸し出している。ホタルはずんずんと家の方まで進んでいくため、俺もそれに遅れず付いていく。
しばらく進み、一つの部屋に辿り着く。部屋の奥には事務用デスクがあり、手前には二人掛けのソファが向かい合わせに置かれている。応接室のようだ。
「そちらのソファにおかけ下さい」
ホタルに言われるまま、ソファに腰かける。ホタルは事務デスクの方からガサゴソと何かを取り出している。
にしても、最初は普通の家に見えたけど、中にしっかりとした応接室もある辺り、ここは家屋兼事務所みたいな場所なのかな
「ここが芝村組の事務所なのか?」
分からないことは聞くに限る。すると、ホタルは書類を手に持ちながら、ソファへと帰ってきた。その顔は困ったような顔だ。
「元は暗黒アンダー都市の中心部にも事務所があったんですけど、大組長が亡くなられた後、ライギュウが事務所を破壊してしまいまして……」
「ライゴウの息子が、自分のところの事務所を破壊したのか?」
「大組長が亡くなり、次の芝村組組長を誰が継ぐかという話になった時に遺言状が見つかりました」
「ははぁん、ライギュウは次の組長に選ばれなかったわけだ」
俺がニヤリと笑いつつ指摘すると、ホタルは小さく頷いた。広場でのやり取りが思い出される。「親父も居なくなった。俺はもう自由だ」などと吠えていた様子から見るに、あまり組長のライゴウとはそりが合っていなかったのだろう。反発心がありありと見て取れた。
「ライギュウは喧嘩っ早いところがありまして、そこを大組長は懸念していたようです」
「ああ、たしかに広場でも俺と目が合っただけで攻撃を仕掛けてきたもんな。しかも、アレ絶対に殺す気で来てたぞ」
「大組長がご存命の頃はここまで勝手はしていなかったんですが、最近は日に何名かはライギュウの手によって命を落としている状況です」
「うげ、狂犬もいいとこじゃねーか。周りの組は何も言わないのか?」
「蔵馬組が彼の後ろ盾になっているので、なかなか周りは言い出せないようですね」
蔵馬組は現状の暗黒アンダー都市の覇権を争う二大組織の内の一つだ。そのため、周りの組はやられても文句を言えない状況になっているのだろう。実際、広場の一件でも城山組の若頭がすごすごと引き返している。
「なら、ライゴウが後継に選んだって言う次期組長はどうなんだ。元はと言えば芝村組の問題なわけだし、尻拭いを求められたりするんじゃないか?」
俺の指摘を聞いたホタルは顔を俯かせてしまった。そして、小さな声で「申し開きのしようもないです……」と答えた。
「いや、別にホタルを責めてるわけじゃないぞ。若頭と言う立場上、色々と大変なのかもしれないけど」
「いえ、違うんです。……ボクなんです。ボクがしなくちゃいけないんです」
ホタルの言葉はずいぶんと切羽詰まった様子だった。どうも様子がおかしい。こんな風に言い出すってことはもしかして、そういうことなのか。
「もしかして、次の組長って……」
「はい……、ボクが次の組長なんです……」
俺は驚きで目を見開く。まさかプレイヤーが組長になれるとは思わなかった。
「それは驚きだな、そりゃ順当にいけば若頭が組長になるのはおかしくないけど、プレイヤーが組織の長になることってできるのか」
「ボクも驚いたんですが恐れながらも、大組長には良くしてもらっていたので……」
おそらく、ライゴウからの好感度がかなり高くなっていたのだろう。実の息子よりも優先して組長に推すなんて余程のことだ。
「というか、ライギュウよりも優先してホタルを組長に推すって、大組長からずいぶんと買われてたんだな」
すると、ホタルは首をぶんぶんと振って否定した。
「あっ……えっと、違うんです」
「違うって何が?」
ホタルは持ってきた書類の中から一枚の紙を取り出して見せる。その紙には以下のように書かれていた。
『遺言状
遺言者ライゴウが死亡した場合、芝村組は解体とする。その際の取り仕切りは若頭ホタルに一任する。財産に関しては、四分の一ずつ、若頭ホタルと息子ライギュウへ相続させる。残りの四分の二は若衆全体で分配すること』
色々と飛ばし読みだが、掻い摘んで読めば、そんなところだ。つまり、ライゴウの意志としては芝村組の解散を望んでいたのだ。
「それならどうして今も芝村組は残り続けているんだ?」
「遺産の分配をした後、若衆のみんなが芝村組を存続させたいって言って再集結したんです。それで、みんなからボクが組長になるよう推薦されてしまって……」
「はぁ、そういう経緯だったのか。つまり、ホタルは担ぎ上げられたわけだ」
「ボクも大組長には世話になったので、芝村組を残したいとは思ってましたけど、まさか組長をさせられるとは思ってなくて」
そりゃまぁ、そうだ。というか、その時にもライギュウの名は上がらなかったのか、よほど人気がないんだなぁ。
「……なるほど、それで組長として推されてるからにはライギュウの無法を放置できないってわけだな」
「その通りです」
だいたいの事情は分かった。そして、気付いてしまった。
「というか、俺はホタル組長と呼んだ方がいいのか?」
「いっ、いえいえ、止めて下さい! というか、まだ組長じゃないです」
「あれ、そうなのか」
全力で首を横に振るホタルはなんだか小動物的な可愛さがある。それはさておき、まだ組長じゃない、とはどういうことだろうか。
「簡単に言えば、ライギュウがボクを組長として認めていないんです」
「……うん? 別に一回解散して再集結したならライギュウはもう関係ないんじゃないのか?」
「形式上はそうなんですけど、ヤクザクランの世界は他の組にどう認知されるかで決まるみたいなんです。なので、今も芝村組は地続きで続いているという
「おおっぴらに言えば良いんじゃないか? 芝村組は一度解散して、新たな組織として再出発します、って宣言すればライギュウとのしがらみも消えるだろう」
「そうできたら楽だったんですけどね。もし、一度でも解散したと宣言すれば芝村組は暗黒アンダー都市の元締めから降ろされます。そうなれば、すぐに城山組か蔵馬組に吸収されてしまうでしょう」
「今はギリギリ甲刃連合によって任命された元締めとしての肩書きが、ここを守ってくれているのか」
「ですです。と言っても、それも長くは持ちませんけどね……」
それはそうだろう。蔵馬組も城山組も元締めの座を狙っているのだ。今は二つの組織が競合しているから芝村組に手を出せていないけれど、どちらかに形勢が傾けば途端に芝村組も飲み込まれるだろう。
「だから、表向き芝村組は解散してないってことになってるのか」
「その通りです。そして、芝村組の中では大組長の息子であるライギュウは現在組長代行のポストに付いています。彼が認めないとボクが組長として正式に就任することはできません」
「他の構成員はみんなホタルの味方なんだろう? ライギュウのことなんか無視すればいいじゃないか」
「……それは出来ません。下の者が上の者へ反逆することを許せば、ヤクザクランのような組織は崩壊します。だから、ボクが正式に周りの組から認められなければいけないんです。周りの組がボクを組長として認識すれば、ライギュウも認めざるを得なくなります」
それはヤクザクランとしての矜持も含まれているのだろう。舐められている者が上に立ったとしても、周りの組はそれを認めない。逆に言えば、周りが認めれば多少の反発も押し切れるということだ。
「それで、周りに認めさせるプランはあるのか?」
「あっ、そうでした。それじゃあ、クエストを共有しますね」
ホタルが青白く光る電子巻物を出現させる。おそらくクエスト画面を開いているのだろう。そして、操作をすると俺の方に電子巻物が表示されたのだった。
『クエスト:ヤクザクランの立て直し』
よし、いっちょ一肌脱ぐとしよう。クエストスタートだ。
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