第60話 食客
▼セオリー
俺は無事にクエスト『ヤクザクランの立て直し』を受注できた。ここからは細かいプランを共有していく段階だ。
「さて、これでお前と運命を共にすることになったわけだ」
「はい、よろしくお願いしますね。……えーと」
「そういえば、まだ名乗ってなかったな」
なかなか名前を伝えるタイミングが無かったので、すっかり忘れていた。
「俺の名前はセオリー。無所属の中忍だ。んで、こっちの小さいのが」
「カナエだよー!」
「分かりました。セオリーさん、カナエさん、よろしくお願いします」
挨拶を済ませると、ホタルは書類の束から一枚の紙を取り出す。
「先にお伝えしておきますと、お二人は芝村組お抱えの食客という扱いになります」
「ほうほう」
食客というと、昔の君主や有力者などがその人物の技能や才能を見込んで家に抱え置き、いざという時には主人のために力を振るってもらうという役職だ。ホタルが取り出した書類には食客として芝村組に厄介となる旨が記されている。
「これにサインしていただくと所属が無所属から変更になり、芝村組の所属になります。ただ、食客としての所属なので仮の一時所属みたいな扱いになりますね」
「組織への一時所属なんてものもあるんだな。……つうか、初のクラン所属がヤクザクランとはな」
「あははー。でも、セオリーさんはカルマ値マイナスですよね? どっちにしろヤクザクランみたいなアングラ系の所属先しか無いですよ」
「あー、やっぱり? コーポクランもシャドウハウンドも門前払いだったよ」
シャドウハウンドはエイプリルに連れられて行った時に、隊長のアヤメから正式に不可判定を貰った。
逆嶋バイオウェアに関してもダメ元でアリスに聞いてみたけれど『
あれ、というか俺がカルマ値マイナスだってホタルに言ったっけ?
「そういや、どうして俺がカルマ値マイナスだと分かったんだ? ヤクザクランの構成員はカルマ値が分かったりするのか?」
「どうして、ですか? それは簡単なことです。この暗黒アンダー都市はカルマ値がマイナスじゃないと発見できないからですよ」
「———なん……だと?」
カルマ値がプラスかマイナスかで発見イベントが起こるかどうかの判定があるのか。思い返してみると、たしかに合点がいくこともある。
最初にエイプリルとシュガーとともに桃源コーポ都市の中心部へ向かった時にも俺だけが阻まれたりしていた。つまり、桃源コーポ都市と暗黒アンダー都市は両方ともカルマ値の高低によって行ける場所が分岐するタイプの街なのだろう。
「あれ、待てよ。ということは、エイプリルとシュガーはここに来れないのか?」
俺の口をついた疑問にホタルはキョトンとした顔をしたが、すぐに返事をくれた。
「そのお二人とはどういった関係なのか分かりませんが、パーティーを組んでいるのであれば大丈夫ですよ。セオリーさんはもう暗黒アンダー都市を見つけているので、入場資格のフラグは得ています。なので次回以降は他の人が一緒でもすんなり来れるはずです」
「ふむふむ、そうだったのか。助かったぜ」
最初に暗黒アンダー都市を見つける時だけはカルマ値の制限があるのか。となると、やはり基本的にはヤクザクランなどのカルマ値がマイナスの人間だけがここに辿り着けるようになっているようだ。
パーティーの一人が発見していると他のメンバーが入場できるようになるというのは、世界観的に考えると不正な手段で裏口入場させてる、みたいな理解で良いのかな。
待てよ、それが良いなら、桃源コーポ都市の方も何かしらの手段で俺が排除された先の空間に入ることもできるんじゃないのか? これは気になるな。後でシュガーと合流したら方法を模索してみよう。
「じゃあ、俺のパーティーメンバーを連れてくるから、細かい話はその後でも良いか?」
「はい、分かりました」
「あと、ここを拠点として使わせてもらってもいいかな?」
「もちろん、食客として招いている訳ですから、ご自由に使って構いません」
よし、これでホタルの手助けと拠点を見つけるという二つのタスクを同時にこなすことができた。一石二鳥とはこのことよ。
「ただ、ボクのキャパシティだと、さらに二人を追加で食客にすることができません。セオリーさんが戻ってくるまでに、なにか方法を考えておきますね」
「キャパシティ? 食客の数に制限なんてあるんだな」
「そうなんです。カリスマ性っていうマスクデータがあるんですが、それの値を参照しているみたいで、ボクは二人しか食客を抱えられません」
「そうなのか。とはいえ、俺のパーティーメンバーは頼りになるからさ、なんとかする方法をよろしく頼む」
「はい、ボクも組をなんとかしたいので、頑張って考えておきます!」
ホタルは拳を胸の前で固く握り、決意表明の意思を表している。本人としては気張っている表現なのだろうけれど、どうにも小動物が『むんっ!』という感じの擬音とともに可愛らしく意気込んでいるようにしか見えない。
俺は思わず綻んでしまう口元を隠しつつ、席を立った。そうだ、勘違いしているっぽいところも正しておこう。
「そうそう。ちなみにカナエは式神? とかいう扱いらしいから、食客とかの人数として換算しなくて良いぞ」
すると、ホタルは目を丸くして、俺の横に並び立つカナエを見つめた。
「えっ、うそ。だってライギュウとほとんど互角に渡り合っていたって聞いてますよ? そんな強力な式神を使役するなんてセオリーさん凄いです!」
「ははは、とは言っても、これは俺のパーティーメンバーであるシュガーが呼び出した式神だけどな」
「そうなんですか、シュガーさん凄いです……」
なんかシュガーがすごく強いみたいな幻想を抱かせてしまったかもしれない。とは言っても、本体は下忍並のスタータスをした最弱頭領だけどな。
だが、言わぬが花よ。俺自身はシュガーとプロレスする際に散々こき下ろすけど、他人にまで悪評を振りまくほど落ちぶれちゃいない。いや、実際頭領まで登りつめてるわけだから凄くて良いのか? アイツとの仲のせいで逆に凄さが分からなくなってしまった。ええい、もう分からん。
とかなんとか言っている内に、それなりに良い時間になっている。念話術が通じないこともあって、二人には心配させているかもしれない。
俺はひとまずエイプリルとシュガーの二人と合流するため、芝村組の事務所を後にすることとした。暗黒アンダー都市から出るための道は、ホタルが付けてくれた芝村組の構成員が教えてくれることとなり、迷わずに出ることが出来たのだった。
来た時と同じ、下水道を戻っていき、マンホールを開ける。そこには少し酸っぱいような臭いの漂う西部ゲットー街の路地裏の景色が広がっていた。ずっと地下に居たせいか外の空気が新鮮に感じる。臭いが悪い以外はやはり外の方が快適だ。
時間的に分かってはいたけれど、すでに日が傾き始め、少し時間が立てば夜の時間がやってくるだろう。早いところ、二人と合流しないといけない。俺は手早く『念話術』を飛ばしたのだった。
そして、開口一番の「セオリー! 大丈夫なの!!」という大音量の念話を食らい、頭をクラつかせて、膝をついたのだった。
ここで時間はシュガーとエイプリルが分かれた場面まで巻き戻る。
▼エイプリル
セオリーと『念話術』が通じないことが分かり、シュガーと協議した結果、お互いの用事を済ませた後で探しに行くこととなった。
シュガーはカナエを付けているから戦闘面ではそうそうやられることも無いだろう、と言っていたけれど、それでも心配なものは心配だ。
気付けば足早になって目的地を目指す。そして、シュガーと別れて間もなく、私の目の前に大きなビルが現れた。
まさに高層ビルと言って良い高さをしており、最上階を見上げようと思うと引っくり返ってしまうのではないかというほどだ。正面エントランスの横には『シャドウハウンド 桃源コーポ都市本部基地』と大きく名前が書かれている。逆嶋支部の建物とは比べ物にならない規模の違いだ。
「ふぅー……。一応、所属してるっていうのに、なんでか緊張しちゃうな」
勝手知ったる逆嶋支部の建物とは違い、初めて入る場所だ。どうしても緊張してしまう。それでも、さっさと移動してきたという届けを出さないと、いつまで経っても前に進めない。
意を決すると、最初の一歩を踏み出した。そして、自動ドアをくぐると受付兼案内所の看板が出迎えてくれた。そこに立つ男性の隊員がこちらに気付くと近寄ってくる。
「こんにちは、本日はどうされましたか?」
「あの私、シャドウハウンドの隊員でして、……逆嶋支部から来ました」
「となると、滞在拠点の変更手続きですね。あちらの二番窓口へどうぞ」
「ありがとうございます」
私は言われるまま窓口へと進んだ。ただ窓口と言っても、ずいぶんと広い。窓口の受付数だけでも十以上ある。逆嶋支部には窓口が二つしかなかったから単純計算でも五倍以上の処理速度になるだろう。それでいて、その窓口がほとんど人で埋まっていた。隊員らしき人だけでなく、一般住人も相談などに訪れているようだ。色々な面で数の多さ、規模の違いに面食らってしまう。
……それから事務的な手続きを済ませると思った以上に呆気なく、私のシャドウハウンド隊員としての滞在拠点は桃源コーポ都市へと変更された。内部施設の利用方法などもほとんど逆嶋支部と変わりないようだったので建物の大きさ以外は違和感なく使っていけそうだ。
サッと建物内を見て回ったら、さっさとセオリーを探しに行こう。そう思っていると突然、大きな声が背後から聞こえた。
「やっと見つけましたわ、ずいぶんと探しましてよ!」
後ろを振り返ってみると、大層立派な金髪縦ロールを携えた女性が私に向かってずんずんと近付いてきていた。
何だろう、あの人は。初対面のはずなんだけど、……もしかして私に対して言ってるのかな?
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