第225話 ゲームリザルト:関東クラン連合 結成
▼セオリー
企業連合会主催の会談から数日と経たない内に「関東クラン連合」という言葉は急速に関東地方全体へ広まっていった。
特に最初は見向きもしていなかったプレイヤー主体のクランに会談の内容が知れ渡ったのが大きな収穫だった。数少ない参加者のプレイヤーを焚き付けるように危機感を煽った甲斐があったというわけだ。
「また、新しいクランから連絡があったようですね」
「そりゃあ良い。話す内容をルペルと一緒に考えたおかげだ」
「不知見組にも良い参謀役が入ったようで」
「いやいや、カザキほどじゃないさ」
「おや、いつの間にか口が上手くなりましたね」
「別にお世辞で言ってる訳じゃないんだけどな」
カザキはフッと笑うと席を離れた。そして、取り次ぎをしてくれた事務員に代わって電話対応へ入る。
関東クラン連合において企業連合会は各クランの取りまとめをすることになった。いわゆる言い出しっぺが面倒事を押し付けられるヤツだな。まあ、シャドウハウンドに任せたらヤクザクランがうるさいし、ヤクザクランに任せたらシャドウハウンドが黙っちゃいない。
そうなると中立という意味では企業連合会が最適だったのだから仕方ない。
関東地方全体のクラン総数は大小合わせて九百を超す。その内、会談に出席していたクランは百未満の数だった。しかし、関東クラン連合の構想とワールドモンスターの脅威が正しく伝わった結果、瞬く間に全クランの半数が声をあげたのである。
現状、企業連合会の電話回線はパンク寸前。今も続々と加入希望のクランから連絡が相次いでいる。とはいえ、戦力は多いほどいい。そういう意味では嬉しい悲鳴というわけだ。
さて、関東クラン連合の名が広まった要因の一つに頭領たちの存在がある。
特に頭領プレイヤーの内の5人、シャドウハウンドのミユキ、八百万カンパニーのコヨミ、逆嶋バイオウェアのヒナビシ、甲刃連合・血染組のアカバネ、甲刃連合・不知見組のシュガーミッドナイトが共同声明を出し、所属するクラン含め関東クラン連合で協力してワールドモンスターと戦うことを発表した。
忍者たちの頂点に位置する頭領、その中でも頭領プレイヤーは8人しか居ない。その内の5人が協力するというのは大きな意味を持つ。
この世界における最大戦力である頭領は本来ならおいそれと前線に出せない存在だ。死ねばそれで終わりのNPC頭領は言わずもがな、たとえプレイヤーの頭領だろうと手の内がバレれば対策を取られる可能性が高まる。
そんな中、ワールドモンスター戦はかなり大規模な戦闘が起こるだろうと予測されている。つまり衆人環視の中で固有忍術を使うことになるだろう。手の内をある程度見せることを覚悟しなければ参戦を表明することなんてできやしない。
それでも5人という頭領プレイヤーの大多数が参戦表明したのだ。数多のプレイヤーたちへ与える影響力は大きい。
「手の内がバレる、か……。固有忍術の情報って意外とデリケートな話なんだなぁ」
「いまさらだな。俺たちは今忍者なんだぞ? 情報は命よりも重い」
俺がぽつりと漏らした言葉をシュガーは耳聡く聞いていた。
ちょうどよくシュガーは頭領である。俺の抱いた疑問を聞いてみよう。
「だけどさ、頭領ランクのプレイヤーの情報ってある程度はバレてるんだろう?」
最高ランクの忍者なのだから当然注目される。全てのプレイヤーの目から隠し通せるわけもなく、外部の攻略情報サイトなどでは集められた頭領たちの情報が載っているらしい。だったら今さら隠す必要性もあるのだろうか。
「まあな、ある程度はバレてるよ。……そうだな、例えば俺の固有忍術は攻略サイトに『普段は三体の式神を操るが特定の儀式をすることで最大百体までの式神を使役する。あとなんかアイドルがステージで踊ってる』と書かれている」
「ほう」
「我らが女神を『なんかアイドル』などという形容の仕方をしている時点でお里が知れるが、まあそこはいい。これを聞いて思うことはあるか」
「うーん……、著作権とか大丈夫なのかな、とか?」
「それは問題ない。というか、そういう話ではなくて今の説明から俺の固有忍術を推測できるか、ってことだよ」
「あぁ、なるほど、固有忍術の推測か。えーっと、まず式神を操る忍術だろうな。そんで百体操るのが規格外だろうことは俺にも分かる。あとはアイドル……? 意味分かんねぇ」
俺が思いつくことを指折り数えてみると、シュガーはうんうんと頷いてみせた。
「とまあ、正直よく分からんだろう。文章から読み取れる情報なんて読み手の想像力次第だ。実際に見てみたら全然思ってたのと違ったなんてことザラにある」
「ほうほう。言われてみると、って感じだな」
たしかにシュガーと戦うことになったとして、事前情報を得ていたとしてもアイドル自身がいきなり戦闘し始めるとは思わないわな。というか、そもそもシュガーの固有忍術が本当に式神を操るものなのかどうかすら怪しいところだ。
「つまり、攻略サイトに載ってるカタログスペックは全然信用ならないってわけだ。結局は自分の目で確かめろってことだな」
「なになに、面白い話でもしてるのー?」
入り口の扉が開き、八百万カンパニーのコヨミが入室する。そして開口一番、俺とシュガーの雑談に絡んできた。
「攻略サイトに書かれてる頭領の情報がどれだけ実態を表してるかって話」
「あぁ、そういう話ね。あたしは何て書かれてるのかなぁ」
「コヨミは自分のページとか見たことないのか」
「だって悪口とか書かれてそうじゃない?」
「あぁ、それで……」
コヨミの頭領
「といっても、あたしの情報はあんまり載ってないだろうけどね」
「へぇ、わりとキッチリ隠してるのか?」
「ううん、違うよ。そもそも、あたし自身が前線に出ないから固有忍術を使う機会があまり無いんだよね。使っても補助とか防御ばっかりでさ」
「そういうことか」
言われてみるとコヨミの忍術は隠蔽を見破る『浄火』や結界を貼る『浄界』など俺の知ってる限りでも補助系の忍術ばかりだ。むしろ、補助特化の頭領だと思われていてもおかしくない。
「でも、そう言うってことは戦闘もこなせる忍術を持ってるのか?」
「ふふん、それは秘密。奥の手は隠してこそ意味があるんだよ」
人差し指を口元に当てたコヨミは下から見上げるようにして悪戯っぽく囁いてみせた。
「その考え方には同意だな」
そして、それに同意する声が後ろから掛けられる。
振り返ると部屋の入り口に新たな忍者が立っていた。綺麗に刈り揃えられた短髪に丸顔。ちょっと野球少年感の残る男だった。
「アンタは?」
「おい、呼び出した側なら顔くらい知っとけ!」
「あれ、そうなの?」
どうやらこっちが呼び出した相手らしい。
というのも俺やシュガー、コヨミも暇を持て余していたわけじゃない。ちゃんと集まるに足る理由があって集まっていた。それは頭領の顔合わせである。
関東クラン連合を結成するにあたって頭領たちは一緒に戦う可能性もある。その前に一通り顔を合わせておこうとなったのだ。いざって時の為にフレンドになっておくのも大事だろうしな。
つまり、ここへ来たということは頭領の誰かってわけだ。たしかに、頭領を呼び出しといて「アンタ誰?」ってのは失礼だったな。いや、呼び出したの俺じゃなくて企業連合会の誰かなんだけどな。
「なんとも気の抜けた発起人だな。俺はちゃんと知ってるぜ、企業連合会会長のセオリーさんよ」
むむ、たしかに直接呼び出したのは俺じゃないとしても、関東クラン連合という完成図を描いたのは俺だ。発起人のような立場と言えるだろう。言い訳は良くないな。
(すまない、無知を詫びよう。あらためて名をお聞きしても?)
よし、これでいこう。いきなり仲に亀裂を生むのも良くないしな。
「すま……」
「はぁ? アンタ何様よ。頭領だからって誰もがアンタを知ってると思わないでよね」
「なんだと、お前こそ誰だよ」
「あたしは八百万カンパニー、コヨミ! そっちだって知らないじゃない」
「コヨミ……? あぁ、あの新参頭領か。足引っ張んなよ?」
「そんなことより、アンタも名乗りなさいよ」
あぁ、あぁ……、仲良く頑張ろうなっていう俺の思いも虚しくさっそく言い争いが始まってしまった。俺の肩には慰められるようにシュガーの手がぽんと置かれた。
ねぇ、なんとかならない? そんな希望を持ってシュガーを見たけれど、彼は困ったような笑みを浮かべながら首を振るだけだった。
「頭領同士で親睦深めるって聞いて来たんですけど、ここで合ってますか?」
ギャーギャー騒がしい中、さらにニューフェイスが現れた。シャドウハウンドの隊服を着て活発そうなショートヘアをなびかせる女性の忍者。彼女は分かる。
「シャドウハウンドのミユキだよな、よろしく。場所はここで合ってるよ」
「は、はい、よろしくお願いします」
俺は声を掛けつつ、手を上げた。頭領プレイヤーの中で女性は3人しかいない。イリスとコヨミ、それからシャドウハウンドのミユキだ。一択問題なので間違えようがない。
それに関東クラン連合を結成するために開いた関東クラン会談の場にもアヤメやリリカとともにシャドウハウンド代表として出席していたのを覚えている。
「結局、俺のことだけ知らなかったんじゃないか?」
「えっ、いや、そんなわけじゃナイヨ?」
「……ハァ、まあいいよ。俺は逆嶋バイオウェアのヒナビシだ」
「あぁ、逆嶋バイオウェアの頭領だったのか。いつもお世話になってます」
思わずカタコトになってしまった俺を見かねてか、ヒナビシは振り上げた矛を収めてくれた。思ったより精神年齢が大人だ。
さて、どうやらずっと名前が分からなかった彼は逆嶋バイオウェアの頭領、ヒナビシだったらしい。アリスと並んで逆嶋バイオウェアの二大戦力と謳われる存在だ。
思わずペコリと頭を下げる。逆嶋バイオウェアには色々と世話になってる。しっかり礼をしておかないと。
「なんか調子狂うなぁ」
そんなことを言いながらヒナビシも席に着いた。招集した5人の頭領の内、4人が集まった。あとは一人だけだ。そう思っていると、ちょうどよく部屋の扉が開いた。
「おや、皆さんお揃いで。私が最後でしたか」
「まだ集合時刻より早いから全然問題ない」
最後に入ってきたのは甲刃連合・血染組のアカバネだ。ウェーブのかかった長髪は橙色に染められており、まるでロックバンドのミュージシャンじみた見た目の男だった。
彼に関してはカザキから事前に情報を仕入れている。血染組という組の組長をしているらしい。つまり、彼自身でクランを立ち上げたわけだ。意外なところで共通点があるものだ。なにやら親近感が湧く。
「甲刃連合・血染組のアカバネです。よろしくどうぞ」
真っ先に俺の前まで歩いて来て握手を求められた。本当にヤクザクランなのかと疑うくらい物腰丁寧だ。俺は笑顔で握手に応えた。
「企業連合会の会長をしているセオリーだ。よろしくな」
もしかして、ヤクザクランのプレイヤーは意外と素は真面目な人が多いのかもしれない。そんなことを城山組のゲンを思い浮かべながら考えてしまう。
それはさておき、こうして関東クラン連合として協力してくれる頭領が一堂に会した。参加するクランの中にはNPCの頭領も含めればもっと多くの戦力が控えている。しかし、どこのクランもNPCの戦力はおいそれと前線に出してくれはしない。
「世界の軛を破壊した後、解放されるワールドモンスターはユニークモンスターの比じゃない強大さだ。そんな化け物を倒すため、どうか力を貸して欲しい」
つまり、最初からプレイヤーが肝要だったのだ。どれだけプレイヤーの力を結集できるか、そこがワールドモンスター討伐の鍵となる。
プレイヤーは勝ち馬に乗りたいものだ。関東クラン連合が勝ち馬になる。そう思わせるだけの戦力を集めれば、おのずと未だ参加表明を出していないプレイヤーたちも加わってくれるだろう。
プレイヤー戦力を一丸にしてワールドモンスターを討伐する。
文字にすれば簡単そうに見えるけれど、ことVRMMOゲームという舞台を考えると実現するのが夢物語に思える目標だった。
集まった頭領の面々を見渡す。いずれも歴戦の強者揃いだ。ルペルと交わした約束を反故にせず済みそうだ。そんな希望が見えてきたのだった。
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