第224話 企業連合会主催、関東クラン会談
▼セオリー
ここは桃源コーポ都市。関東サーバーの中央に位置するフィールド。
俺たちは今、その
エニシの手を借り、咬牙と神縫いを復活させることに成功したため、次のステップへ進む準備ができたわけだ。
最上階大広間の入り口扉が開かれ、最後の一人が案内を受けて通される。
「役者が揃いましたね」
カザキが俺へと耳打ちする。最後に入ってきたサメのような笑みを浮かべる男、冴島組のキョウマを見つめながら俺は静かに頷いた。
「ご足労頂き感謝します」
「なあに、世界存亡の瀬戸際くらいは協力するさ。代わりに一枚噛ませてもらうぜ」
カザキが礼を述べると、キョウマは笑って答えた。しかし、笑顔とは裏腹に発せられた言葉の内容は周囲の緊張を一段階上げるだけの重みがあった。
関東最大のヤクザクラン甲刃連合トップの言葉。彼らのようなアウトローすら協力を惜しまない。それだけ
今回の会談は企業連合会が主催したものだ。
会談のメインテーマは世界の
プレイヤー主体のクランは反応がマチマチだったけれど、NPCが主体のクランは九割方協力する姿勢を見せてくれた。
コーポクランからはいつもと変わらず企業連合会のメンバーが集まっている。逆嶋バイオウェアのパットや甲刃重工のカザキ、八百万カンパニーのコヨミといった見知った面々だ。
なお、三神インダストリのカイヨウはパトリオットシンジケートによる襲撃で壊滅的な打撃を受け、その立て直しに奔走しているため不参加とのこと。代わりに関東内の中小コーポクランがいくつか参加している。
次にヤクザクランからは甲刃連合のキョウマ、黄龍会の
最後に警察クランからはシャドウハウンドのアヤメとリリカ、それにもう一人見知らぬ女性忍者が参加している。中央本部基地の隊長だったルドーが失踪したことで明確なトップが不在となっていたけれど誰に決まったんだろうか。あとでエイプリルに聞いとくか。
さて、事前に連絡のついた参加者は全員揃った。確認を済ませるとカザキが俺へと挨拶を促す。こればっかりは会長の責務だ、仕方がない。席を立ち、唇を湿らせた。
「全員揃ったようなので関東クラン会談を始めさせていただく。俺は主催である企業連合会会長のセオリーだ。はじめましての人も多くいるだろう。よろしく頼む」
参加者たちをゆっくりと見回す。真っ直ぐに見つめ返してくる者、頷き返す者、不敵に笑みを浮かべる者、侮るように見る者、目をつむったままの者、興味なさそうな者。
参加者たちの反応は色々だ。まあ、ポジティブな反応だけじゃないことは織り込み済みだ。会長と言われて出てきたのが俺みたいな若造じゃあ、それこそ拍子抜けしてもおかしくない。
ただしコヨミ、お前はダメだ。ペコちゃんみたいな舌出し笑顔を向ける彼女には後で反省してもらおう。例え俺の緊張をほぐそうという目的だったとしても。……このドシリアスな場で吹き出したりしようものなら俺の信用はガタ落ちも良いとこだろう。
「さて、早速だけど今回の本題に移らせてもらう。ルペル、準備はいいか?」
「問題ない」
俺の振りを受けてルペルは携帯端末を操作した。すると室内にあるプロジェクターらしき機材が起動し始め、壁一面に巨大な電子巻物を表示させる。そこにはルペルが調べ、さらにエニシから得られた情報をまとめたワールドモンスターに関するデータが羅列されていた。
「俺たちが目下直面している問題。それがワールドモンスターだ。世界の
俺が口火を切った説明にざわざわと会場内が騒然としだす。慌てているのは主に中小クランの者たちだ。それに引き換え巨大クランのトップ連中は冷ややかだ。まるで、「そんなことは分かってる」と言わんばかりである。
この辺はクランの規模と情報収集力の差が如実に表れていると言って良いだろう。中小クランの情報収集力だとここまで被害が大きくなることを想定していない者もちらほらいるようだ。
「その世界の軛というのを破壊しない方法は無いのか?」
どこの誰か分からないけれど、とんでもなく周回遅れな質問が飛んできた。しかし、馬鹿にはできない。おそらくNPCが主体となっているクランの中には、このレベルの認識を持っている所が少なからず存在するのだろう。
さて、質問に対する答えだけど、それはノーだ。破壊しないという選択肢は存在しない。何故なら軛を破壊することで生まれるプレイヤーへの恩恵が非常に大きいからだ。
完全にプレイヤーの身勝手な理由だけれど、この世界の大前提は「‐NINJA‐になろうVR」というゲームの世界なのだ。当然、プレイヤーは世界の存亡よりも自身の利益を優先する。これはどうしようもない世界のうねりだ。そして、本気になったプレイヤーたちを止める術などない。
あまり考えたくはないけれど、もしもNPCたちが世界の軛を壊させまいと蜂起した場合、プレイヤーとNPCとの間で対立が起き、下手をすればNPC狩りのような様相を呈する可能性だってあるというのだ。
それだけ「クエストの障害として立ち塞がってきた」という大義名分はプレイヤーたちの心理的ハードルを取っ払う力を持つ、らしい。
よく知らんけどハイト経由でタイドから聞いた話だ。シャドウハウンド逆嶋支部の副隊長タイドはユニークNPCであるアヤメ隊長を生存させるため東奔西走なんのそのと駆け回ったことがあるそうだ。その時、やはり最大の障壁となったのはプレイヤーだったそうだ。
クエストだからという大義名分を得たプレイヤーは驚くほど簡単にNPCを殺す。それは俺自身、これまでのゲームプレイ遍歴を振り返って見ても納得できた。ゲームの設定として悪の帝国とされた国に対して焼き討ちを行い、兵士を皆殺しにしたことだってある。
だからこそ、運営がワールドクエストとして「世界の軛を破壊せよ」という免罪符を配った時点で、破壊しないで済む方法を探るというのは終わった議論なのである。
質問者に対して端的にノーを伝える。加えてカザキが「次からは挙手をお願いします」と釘を刺した。たしかに誰彼構わず発言権を与えると収拾がつかなくなる。次からは挙手していなければ返事をしないことにしよう。
そう思っていると、さらに一人が挙手をした。
「結構な数のユニークNPCや有名どころのクランが参加してるみたいだけど、実際問題としてこんな大規模な対策取るほどのもんなのか?」
次の質問者はおそらくプレイヤーなのだろう。ここに参加しているということはどこかのクランから派遣されたか、もしくは自前でクランを結成したプレイヤーだろうか。
彼の認識としてワールドモンスターは大規模なレイドボスくらいのものらしく、クランごとにまとまって攻撃を加えればいずれは倒せるだろう、というもの。つまり、最低限クランごとにまとまってボスへ挑むくらいでいいだろうに、どうしてクラン同士でも手を組む必要性があるのかを知りたいようだ。
ゲームの背景設定としてワールドモンスターが日本以外の国を全滅させたことを伝えてもピンとは来ていない様子から見るに、運営側がサーバーをぶち壊すような真似はしないと高をくくっているのだろう。しかし、このゲームはわりと洒落にならないレベルの爆弾が結構ごろごろ転がっている。
正直、俺も一プレイヤーとしては運営がそこまでやるのか、と半信半疑なのは否めない。実際、シュガーもルペルの話を当初は眉唾ものだと一蹴していた。けれど、だからといって笑って見過ごせるほど油断はできない。そんな危うさが世界の端々から感じられるのだ。
とはいえ、この感覚は俺個人の思うところでしかない。他のプレイヤーからしてみれば「それって貴方の感想ですよね」と言われればそれまでのものである。
「ワールドモンスターへの対策を何も講じなければ地方一つが丸々壊滅する可能性が十分にある。だけどプレイヤーからするとピンと来ないかもしれない。じゃあ、どうしてそういう仮定が想定されるのか教えよう」
俺とルペルは考えた。プレイヤーの心を動かすにはどういう説得の仕方が良いのか。
ただ事実を伝えたところで運営の良心を信じる限り、関東サーバーは安泰だと考えてしまう。その安心感を打ち崩し、危機感を煽らねばならない。
そこで俺たちの導き出した答えはこれだ。
「鍵になるのは『全サーバーの統合』だ。プレイヤーたちの悲願でもある。だからこそ、プレイヤーたちは躍起になって世界の軛を破壊すべくクエスト進行に勤しんでいる」
この場にいるおそらくプレイヤーだろうと思われる者たちからの注目が次第に高まっているのを感じる。最初、興味無さそうにしていた参加者は概ねこういう本気度の低いプレイヤーたちだったのだろうな。
「しかし、裏を返せば全サーバーが統合されれば、一つの地方が持つ機能がいくらか失われたとしても、他の地方で代替が利くようになるってことだ。……この意味が分かるか?」
基本的に各サーバーには差が生まれないように同じような機能を持った施設が用意されている。クランについても警察クランやヤクザクラン、コーポクランといった色々な種類のクランがバランス良く配置されているそうなのだ。
これらはひとえにプレイヤーがサーバーによって特定の体験を損なうことが無いようにという配慮である。しかし、サーバー統合が行われればその配慮の必要性が失われる。
「極端なことを言えば、地方が一つくらい壊滅したって支障はないと運営が考えてもおかしくはないってことだ」
まあ、当然壊滅した地方にいたプレイヤーやNPCは大変だろう。本拠地が失われるのだから、新しい場所・新しい環境で再スタートしなくてはならない。
プレイヤーたちの目が真剣なまなざしに変わる。どうやら良い感じで危機感を煽れたようだ。ルペルの考えてくれた台本様様である。
「協力の必要性は分かってもらえたかな。それじゃあ、これより関東クラン連合を結成するための会談を始める」
さあ、全員の目的が一つに定まった。ここからが本番だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます