第265話 腹心、激震走る
▼
シャドウハウンド隊員による警棒の一撃でセオリーは昏倒。
その直後、腹心たちに激震が走っていた。
逆嶋バイオウェアの一室、クエスト達成の報告をしていたアリスはただちにビルから飛び出していた。無論窓を割って。
報告を受けていた逆嶋バイオウェアの社員は目を丸くして見送ることしかできなかった。彼女を止められる者など誰も居ない。
「エイプリル、あなたが付いているのではないのですか!?」
声を荒げて愚痴る先は腹心の先輩であり、セオリーが同行を許したエイプリルだ。
アリスが同行することは残念ながらセオリーの許可が下りなかった。しかし、だからと言ってアリスも指をくわえて眺めていることを良しとはしない。
即座に腹心の後輩にあたる『虚巨群体』アーティへと腹心通信を繋げた。
(アーティ、念のため
(すみません、途中でロストしました。何者かの手によって子蜘蛛を剥がされてしまったみたいです)
(最終地点は?)
(中四国地方、摩天楼ヒルズ、海鮮料亭・奇々怪海の最上階です)
……遠い。アリスは歯噛みする。
アスファルト舗装された地面に大きな穴を開けつつ地上へ降り立ったアリスはただちに逆嶋バイオウェアのプライベートジェットが格納された12番工場へと向かっていた。
しかし、中四国までとなるとプライベートジェットを飛ばしに飛ばしたところで30分はかかる。それでも国内便などと比べればかなり速いのだが、アリスからしてみれば遅すぎた。
果たして、エイプリルはこの状況に気付いているだろうか。
セオリーが意識を失った。それは一大事である。おそらく勘付いてはいるだろう。しかし、エイプリルが助けに入れるかは微妙だ。
セオリー自身が中忍頭であり、呼ぼうと思えばライギュウだって、それこそテイムしたユニークモンスターであるアーティだって召喚できる。それらを呼ぶ間もなく意識を失ったのなら相手は数段上のランクであろう。
こんなことならアーティをこっそり付いて行かせるべきだった。口寄せ術でいつでも召喚できるからとアーティは不知見組の事務所で待機している。
それでも心配なアリスは独断でアーティの召喚した子蜘蛛をGPS代わりにセオリーへ無断で付けさせていたが、それでかえって安心してしまった。
今からでは間に合わない。であれば現場に任せる他ない。アリスにだってどうにもできないことはある。距離と時間はその最たるものだ。
一番近くにいるのはエイプリルだ。アリスは西日本方面へ顔を向けると、エイプリルへ思いを託すのだった。
それはそれとして逆嶋バイオウェア所蔵のプライベートジェットに乗り込んではいたが。
▼エイプリル
セオリーが意識を失った。それはすぐに分かった。悪寒が身体を駆け抜けたような感覚。とても嫌な気持ちになる。
私はすぐに駆け出した。方向は分かるし、まだセオリーは摩天楼ヒルズの中にもいる。だけど、いくら『念話術』で呼びかけても返事は返ってこない。
逸る心を押さえ付け、一心不乱に駆けた。比較的近場だったようでものの5分程度で目的のビルに辿り着いた。……海鮮料亭・奇々怪海。ここの屋上付近に居る。
そうと分かったら登るだけだ。足の裏に気を『集中』させるとビルの側面を駆け上がる。まだ大丈夫、不可逆的な喪失感はいまだ感じられない。きっと意識を失っただけ。
自分に言い聞かせながら無心で足を動かした。近くで警報が鳴っている。多分、自分がビルをよじ登っているのがバレたんだろう。警備用飛行ドローンがビル側面を確認するように飛んできた。
「『瞬影術・影呑み』」
影へ隠れ、ドローンの視界を外れる。それから這い出して再び駆け抜けた。気力の節約なんて考えていない。気力が続く限り迅速に目的地へ向かう。それだけだ。
おかげで驚異的な速度で目的地である奇々怪海の最上階まで辿り着いた。
最上階は全面ガラス張りのドーム状をしており、外周を覆うドーナツ型の水槽とエレベーターから続く中心の部屋で間取りが構成されていた。
中心の部屋には5人のシャドウハウンド隊員と昏倒して縄に縛られたセオリーの姿、それからすぐ近くの水槽で優雅に泳ぐ巨大なクロマグロ。
「クロマグロ……!?」
目を奪われそうになったクロマグロからセオリーへと視線を戻す。どうやら意識を失った後、縛られただけらしく外傷は特に見られない。
昏倒させ、縛り上げたのはシャドウハウンドだろうか。そもそも、どうしてここにシャドウハウンドの隊員が居るのか。色々と分からないことだらけだ。
それから奇妙なことにシャドウハウンドの隊員たちがクロマグロと会話を交わしていた。
「身柄はこちらで預かりますので、勝手な捕縛尋問は承諾できません」
「とはいえ、こちらは命を狙われたのだよ。相手の狙いを知っておきたいというのが普通じゃないかね」
「身柄を捕獲したのはシャドウハウンドです。捜査はこちらに任せて下さい」
なにやらクロマグロとシャドウハウンドの間で揉めているようだ。クロマグロの方はセオリーを捕縛尋問しようとしているようだけど、シャドウハウンドは被害者とはいえ勝手なことをされたくない、という構図らしい。
え……、セオリーはあのクロマグロを襲ったの? どんな理由が合ったらクロマグロを襲うことになるのか。
ううん、きっと違う。セオリーに襲う考えはなかったと思う。まあ、情報収集といって無茶な突撃は仕掛けたのかもしれないけど……。
「話にならんな。もっと上の者に話を通した方が早いか」
シャドウハウンド隊員との話が平行線の一途をたどることを察したクロマグロは次の手に打って出た。電子巻物が水中に浮かび、どこかと通信を始める。
「こちらシャドウハウンド摩天楼ヒルズ支部隊長ミマサカ」
「ミマサカ君かね」
「こ、これは! クロ社長ではありませんか。何か御用でしょうか」
クロマグロの通信先はシャドウハウンドの摩天楼ヒルズ支部隊長だった。通信の内容を聞くにクロマグロは社長のようだ。何故、クロマグロが海鮮料亭を経営しているのか。不思議でならない。もしかしたら、この不思議さを嗅ぎ付けてセオリーは深入りしてしまったのかも。
そんなことを考えている内にクロマグロと支部隊長ミマサカの話を進んでいた。奇々怪海に侵入した者を捕縛尋問したいが、シャドウハウンドの平隊員が拒むので口利きせよ、という内容だった。
「お前たち、ただちに帰投せよ!」
「ですが対象の身柄は……」
「そんなものは捨て置けぇ!」
ミマサカの剣幕に不承不承といった様子でシャドウハウンドの隊員たちは従う。セオリーの身柄をその場に放置してエレベーターへと戻り、退散していくのだった。
これは一つ収穫だった。ここ摩天楼ヒルズでは奇々怪海の社長クロマグロが強い発言力を持っている。セオリーの突撃情報収集は大当たりだったわけね。
「それじゃあ、邪魔者も居なくなったし、そろそろ救出しちゃおっか」
今なら相手はクロマグロだけ。シャドウハウンドが呼ばれていたってことはクロマグロ自身に戦闘力は無いと思う。だったら今が救出のチャンスだ。
手に握ったスイッチを親指で押し込む。すると突如として最上階の一角で連続した爆発が巻き起こる。改良型連鎖爆弾、複数の爆弾を連鎖的に爆発させ威力の向上を図った私のとっておき。
爆発が起きると誰しも爆破地点を目で追ってしまうもの。その隙を突いて私は『瞬影術・影跳び』を使ってセオリーの影へと転移していた。
すぐ目の前にセオリーの姿がある。思わず私は抱き締めた。良かった、無事だ。何もされてない。安堵もそこそこに今度は『影呑み』を使用する。影へ隠れ、そのまま外へと連れ出す。今なら私の一連の動きに気付く者はいないはずだ。
「『暴露術・看破の波動』」
忍術が唱えられる言葉を聞いた瞬間、背筋を冷たいものが通っていった。
クロマグロが大きく身じろぎすると同時に圧倒的凄味の圧が駆け抜けて、私を覆い隠していた影が剥ぎ取られていく。気付けばセオリーを抱き締めたままの私の姿が部屋に現れていた。
「どこへ行こうというのかね」
その相手はまるで爆発など意に介していないようだった。
ずっとまっすぐに私たちのことを見ていた。
「影呑みが打ち消された……?」
「ふむ、爆発を囮にしたミスディレクションはなかなか良い案だったが、脱出の方が良くない。対象が突然見えなくなれば誰だって隠蔽を疑うものだよ。それとも術を打ち消されたのは初めての経験かな」
ぺらぺらとよく回る口。魚とは思えない表情豊かな語り口は無性に腹が立つ。しかし、相手の方が上手だということは嫌ってほどに理解できてしまった。
分かった、セオリーはシャドウハウンドに負けたんじゃない。このクロマグロの謀略にやられたんだ。
キッと睨み付ける。クロマグロはなおも優雅な様子を崩さない。そんな風にしていられるのも今の内だ。さっきの爆弾は水槽ごと破壊する気で爆破したのだ。今頃、クロマグロの泳ぐ巨大水槽から水が少しずつ漏れていっているはず。
そう予想して爆破地点を見るが、窓ガラスには傷一つ付いていなかった。私は愕然とする気持ちが抑えられなかった。気を逸らすのと同時に、脱出のための突破口でもあったのだ。
「爆弾の方もとっておきだったのかな」
まるで何をしても無駄だと言わんばかりの表情をクロマグロは向けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます