第266話 クロマグロめ、ぷっつん逆撫で煽り焼き
▼エイプリル
海鮮料亭・奇々怪海の最上階を囲むドーム状のガラスは、とっておきだった改良型連鎖爆弾でも傷一つ付かなかった。つまり、今持ち得る手段で突破する方法は無いということ。
セオリーを起こす?
気付け薬を使えば起こせるけど、それをクロマグロが待ってくれるとは思えない。
「ふむ、外部へ連絡を取っている様子はなかった。にもかかわらず、君は彼を助けに来た……。どうやって彼が意識を失ったと察知したのだね?」
「……」
私の答えは沈黙。簡単に情報を渡したりしない。クロマグロの方は左右に泳いで私たちを舐め回すように見ていた。
「だんまりか。それもまた正解ではある。私が気にしていることを教えてあげよう。君がセオリーくんを助けに来た時点で、さらなる増援はあるのか。そこが気になっているのだよ」
クロマグロがセオリーの名を出した時、一瞬だけクロマグロを睨み付ける目に力がこもってしまった。どうしてセオリーの名を知っているのだろう。わざわざ自己紹介したのだろうか。いや、そうは思えない。
「なるほど、よく分かった。彼は君にとって大事な存在のようだね」
「……ッ」
これは意識的な沈黙ではない。図星を突かれて思わず絶句してしまったのだ。しかし、今度は悟られないよう、表情に出さないよう気を付ける。
そんな私の努力を嘲笑うようにクロマグロは目を細めて口角を歪ませた。
「当たりのようだ。無理に無表情にして誤魔化そうとすれば本来出るはずの自然な反応すら薄れてしまう。それは図星を突かれた者のする反応だよ」
「なんでもお見通しみたいな調子でペラペラとよく喋るのね」
「即座に反論かい。私の言葉が全て正解だったと白状するようなものだ。さっきまでのようにだんまりを決め込んでいた方がいくらか利口だったのではないかな」
む・か・つ・く~!!
クロマグロはいちいち私の神経を逆なでするような言葉選びをしているようだった。
もう決めた。絶対に返事しない。
そんなことよりも次のことを考えた方が良い。現状、私はセオリーを連れて逃げ出す算段が付いていない。どこかで突破口を開かなければいけない。
クロマグロの方はずいぶんと余裕ぶって今も
意識の6割をクロマグロへの警戒に割り当て、残りの4割で周囲の観察をする。なんでも良い。逃げ出す為に利用できるものはないか。
窓ガラスは壊せない。換気ダクトは小さくて人が入れる大きさじゃない。あとは背後にエレベーターがあるか。
ちらりとエレベーターへ目を向ける。ドアをこじ開ければ階下まで逃げられるかもしれない。
……その時ようやく気付いた。エレベーターが起動し、到着ランプが点灯していたのだ。それが表すのはこの階へ訪問者が来たということ。思い当る対象はある。しまった、クロマグロは再度呼び寄せていたんだ。
目の前でドアが開く。ぞろぞろと5人小隊が踏み込んできた。
「動くな、シャドウハウンドだ!」
「何度も呼び出して悪いね」
クロマグロの労わる言葉をシャドウハウンド隊員は無視した。
「心証は最悪かな、しかし仕事は仕事として割り切っている。私情を挟むほど未熟ではないようだね。よく訓練された隊員たちだ、摩天楼ヒルズにおける長生きの秘訣だよ」
「チッ、今日は厄日だ。さっさと片付けるぞ」
クロマグロの評価を受けてリーダー格の隊員は苛立ちを募らせたような表情を浮かべつつ、それでも仕事に取り掛かった。残りの4人へ指示を出し、扇状に囲む。
とにかく戦うしかない。しかし、セオリーを背後に庇いつつ5対1というのが難問だ。普通に考えれば手が足りない。足りないならどうするか。
「もう、こうなったら面よ、手数は面でカバー!」
馬鹿正直にクナイや手裏剣で戦っていては手数が足りない。面で攻撃だ、範囲爆撃だ。
ポーチから取り出したるはお手製爆弾。丹精心を込めて作ったこの子たちを投擲! 投擲! 投擲!!
さすがに爆弾の雨霰の中、飛び込んでくるほどシャドウハウンド隊員たちは無謀じゃなかった。しっかりと防御されていることだろう。でも、必要だったのは一瞬の猶予だ。
「『概念工房:エイプリル』」
放浪の名匠エニシとの出会いは私にとってのブレイクスルーだった。一皮剥けるどころか階段を数段飛ばしで駆け上がったような感覚で、私の忍具作成への理解度は飛躍的に深まった。
その結果、巻物から簡易工房を呼び出さずとも、エニシと同じように忍具作成を自在に行えるようになったのだ。
工房の名は「エイプリル」。つまり、私自身が工房となり、忍具を生み出すということ。
「はい、爆弾一丁!」
と言っても、今の私が瞬時に作れるのはこれまで何千、何万回と作成してきた爆弾だけだ。それも手の込んだ爆弾を作ろうとすると時間が掛かる。5対1では質より速さ。最も手軽に作成できる簡易爆弾を作成しては投げ、作成しては投げを繰り返す。
「無駄な抵抗は止めろ!」
「そう言われて止める人なんていないでしょ!」
売り言葉に買い言葉。相手だって本気で私が手を止めるとは思ってない。少しでも私の思考リソースを割こうとしてるんだ。それを裏付けるようにリーダー格が私との会話を続ける間にも、周りの隊員たちはジワジワと包囲網を狭めてきている。
結局、爆弾による面制圧で保たれた均衡はほんの数分にも満たなかった。私が投げる爆弾の間隙を縫ってシャドウハウンド隊員たちが一斉に踏み込む。
前衛をシールドで武装した隊員が固め、押し込んできた。距離が近すぎて爆弾を投げられない。ここで爆発させれば自分たちの方がダメージを負うだろう。そんな私の逡巡を突かれ、シールドで押さえ付けられてしまった。
「『瞬影術・影呑み』」
でも、私は影に逃げ込める。セオリーを抱き寄せ、影の中へ逃げ込むと一目散にエレベーターへ向かって泳いだ。隊員たちは突然シールドの下にいた私たちの手応えが無くなったことに驚き、周囲を見回している。
上手く包囲から脱した。あとは気付かれる前にエレベーターまで行って下に降りるだけ。そう思って泳いでいたのだけれど何故か壁に当たった。おかしい、エレベーターの方向へ真っ直ぐに泳いでいたのだから壁に当たることなんて有り得ない。
影の中から周囲を窺う。すると、さっきまであったはずのエレベーターが無くなっていた。代わりに全方位を水槽が囲んでいる。
出口が無くなった……!?
愕然とする心の中で、一つの確信とともにクロマグロへ視線を移す。巨大な怪魚はただ優雅に泳いでいた。まるで侵入者など居ないかのように自然体でゆったりと過ごしている。ただ、その口元には全て計画通りとでも言いたげな笑みを浮かべていた。
出口が消失したのは、あのクロマグロの仕業ね。
マズい展開であることは分かる。『影呑み』が自動的に解除され、影の中から強制的に排出される。気力が尽きた。ここに辿り着くまでガス欠など気にせず突っ走ってきたツケだ。
「そこか!」
リーダー格の隊員が私を見つけ、再度包囲網を構築した。
そんなことしなくても私はもう気力がこれっぽっちも残っていない。物量で簡単に圧し潰せる。もちろん口が裂けても言えないけど。
さて、どうしようか。
煙爆弾で目くらましをして気力回復薬を飲む?
悪足掻きと言えば悪足掻きだ。それをしたところで突破口が見出せる訳じゃない。
「観念してもらおう」
「……もう勝った気でいるの?」
「なら聞くが一人で何ができる。さっさと投降した方が楽になれるぞ」
「笑わせてくれるね。そんな簡単に割り切れるなら、ここまで助けに来るわけ無いでしょ」
セオリーが倒れた状況に、私一人が駆け付けて何とかできるかなんて分からない。けれど結局は腹心としてセオリーの下まで駆け付けた。それが私の一番の想い。勝算なんて関係ない。
「だから、私は最後まで悪足掻きさせてもらうよ!」
(よく言いました。その通りです)
突如、脳内に『念話術』による声が聞こえた。直後、天井のドーム状ガラスが莫大な破砕音を轟かせて粉砕される。
その場にいる全員が呆気に取られる中、一つの影が私たちと隊員たちとの間に降り立ったのだった。
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