第196話 祭りの後は片付けもきちんとね

▼八重組、ある末端の忍者


 俺は息を切らして走っていた。組長直々に、あるくノ一を見つけ出せと指令が出たからである。



 事の発端は甲刃連合の序列決め、その第三種目「戦闘能力」戦の直後だ。八重組の代表で出場したくノ一が戦いを終えても帰って来なかった。

 しばらくすると慌てた様子の組長付き近衛忍者衆がゾロゾロと現れ、控え室で見物していた組長へ何事か耳打ちした。近衛忍者衆と言えば八重組の筆頭集団である。彼らが慌てて報告するということはおそらく良い報せではないだろう。耳打ちの内容を聞いた途端、組長の目が大きく見開かれる。


『なにぃ、アーティの呪いが解除されただとぉ?!』


 組長の驚愕の叫びは控え室中に響き渡るほどだった。その狼狽えようを見れば末端の忍者である俺でも、何か異常事態が起こったのだと察せられた。


『総員、聞けぃ! 戦闘能力戦に出場させたくノ一、名をアーティという。ヤツが戦いのドサクサにまぎれて逃げおった。いいか、あの女はウチの切り札だ。死に物狂いで見つけ出し、ひっ捕らえろ!』


 それからはてんやわんやの大騒ぎだ。八重組の手隙てすきな者は全員駆り出され、「百景島シーアイランド」を手始めに、周囲の甲刃工場地帯を人海戦術でローラーしていった。

 なんでもアーティというくノ一は組織外秘のトップシークレット案件だったようで、甲刃連合の他の組には気付かれないように探せなどと無理難題を吹っ掛けられたものだから、もう大変だ。自分らのような末端忍者からすれば、降って湧いた残業とでも言おうか。まるで身の入らない任務だった。



 そして、何の進展もないまま夜を迎えた。

 八重組の大屋敷に戻ると、いまだに情報収集などで忙しなく動き回る近衛忍者衆が散見される。そして、その中心に組長も加わっていた。ほうぼうに指示を飛ばす熱の入りようを見るに、よほど逃げられたくノ一は貴重な人材だったのだろう。とはいえ、序列決めを終えてから休みなしのノンストップだ。屋敷に居る誰しもから疲れの色が窺える。

 組長は手ぶらで返ってきた俺を見つけると次の探索場所を、唾を飛ばす勢いで捲し立てた。


「収穫無しか。……探索範囲をさらに広げる。お前は西の幽世山脈へ繰り出せ!」


 脚が棒になるほど走り続けて、やっと帰ってきたと思ったら次は幽世山脈へ行けという。さすがに少し休ませてほしい。しかし、それを言っても要望が通るはずもないだろう。


「了解いたしました」


 心中でため息を一つ吐きつつ、組長に背を向けて退出しようとする。

 その時だった。突然、背後で肉を切り裂く斬撃音が響く。何事かと振り返って見ると、倒れ伏す組長と白い忍者装束を纏った一人の男の姿があった。背中を十文字に斬られた組長を中心にして、真っ赤な血が地面を濡らしていく。


「組長! ……貴様、何奴だ?!」


 周囲にいた近衛忍者が叫ぶ。それから瞬く間に五人の近衛忍者衆が集まった。それに対峙するのはたった一人の白い忍者。彼は両手にそれぞれ日本刀を持っていた。


 忍者にして二刀流とは酔狂な話だ。忍者は基本的にフィジカルだけで勝負はしない。多様な忍具や忍術を駆使して任務を遂行する。そのため、忍者は最低限片手を手ぶらにすることが多い。そうでなくても任務時、長物の刀を二本所持するというのはメリット以上にデメリットが大きいというのが定説だ。


 現代で二刀流をする者は、よほど技を極めた者か、はたまたビジュアルを重視した二流三流の忍者くらいのものである。そして、後者の方が圧倒的に多い。

 ……しかし、よく考えるとおかしな話だ。組長は近衛忍者衆に周囲を守られていた。彼ら近衛忍者は上忍から上忍頭で構成されている。そんな強固な守りを二流三流の忍者が突破できるはずもない。

 白装束の忍者はやれやれといった様子で首を振ると口を開いた。


「カカカッ、俺が誰か分からないのか? 八重組の近衛忍者衆といえば情報収集力で甲刃連合トップに食い込む実力者集団だと聞いていたがなぁ!」


「我らを愚弄するか」


「ハッ、実際お粗末なものだろう。抱え込んでいたユニークモンスターの逃げた先すら見つけ出せないんだからな」


「なっ、何故そのことを?!」


 白装束は近衛忍者衆を嘲笑うように話をしていた。その中には末端の忍者には驚愕するような情報が紛れ込んでいた。

 ユニークモンスターを抱え込んでいたって? そんな話は聞いたこともない。しかし、近衛忍者衆の反応を見るに事実なのだろう。じゃあ、序列決めで逃げ出したアーティというくノ一はユニークモンスターだというのか。


 屋敷に居た忍者たちに動揺が広がる。それらはいずれも自分と同じ下っ端の忍者たちだ。おそらくは組長とその側近たちしか知り得ない情報だったのだろう。

 ユニークモンスター絡みのいざこざであることが判明し、事態の危険度は一気に増した。この情報を手土産にタレコミすることで他の組へ逃げることさえ一考の余地がある。つまり、八重組を見捨てて亡命するのだ。

 倒れ伏す組長と襲撃者の情報を聞き、一瞬でそんな未来を想像してしまう程度には、ユニークモンスターの抱え込みは危険な話なのである。


 ゴクリと息を飲む。場の圧迫感で息が詰まりそうだった。

 言ってしまえば、この白装束の襲撃者はユニークモンスターを秘密裏に抱えていた八重組へ天誅を下さんがために参上した者ということだ。そんな命令を下せる人物は限られてくる。上位幹部の屋敷に部下を潜入させ、組長を害するような命令ができるのは紛れもなく甲刃連合のトップ以外にはいやしない。

 近衛忍者の一人がわなわなと指を震わせながら襲撃者を指す。


「白装束に二刀流……、まさか冴島組の?」


 周囲を囲んでいた近衛忍者たちにも動揺が広がる。甲刃連合序列一位「冴島組」は組長のキョウマが切れ者であることもそうだが、それに加えて懐刀である頭領が恐ろしいというのが漏れ伝わって聞く話だ。


「ようやく辿り着いたか。冴島組頭領フェイムだ。以後、よろしく!」


 爽やかな笑みを浮かべると、片手を上げて挨拶を投げ掛けてくる。

 しかし、その挨拶が言い終わるかというところで、待ち切らず近衛忍者衆は動いた。それぞれが得意とする方法で一斉にフェイムへと攻撃したのである。


「『渡世術・霊体化』」


 しかし、近衛忍者衆の斬撃、忍術、捕縛忍具、それら全ての攻撃は空振りに終わった。いまだフェイムはその場を一歩も動かずに立っている。にもかかわらず、まるで蜃気楼かのごとくいずれの攻撃も貫通して空を切ったのだ。


「おいおい、早速物騒だな」


「くっ、これは幻術か?!」


「違うなぁ、俺の忍術は俺自身をこの世とは別の世界に渡らせる。世界の軸が違うんだから、お前らの攻撃も当たらないのが道理よな」


「な、なにを意味の分からないことを」


「カカカッ、理解を放棄しては勝ちが遠のくぞ」


 そこから先は一方的な蹂躙だった。一人一人、その両手に煌めく二刀によって十文字に切り裂かれていく。最初の内は近衛忍者衆も応戦していたが、しだいに絶望の色に顔が染まっていった。何をしても攻撃が当たらないのだ。こちらの攻撃は当たらず、向こうの攻撃は致命の一撃となる。そんな状況下でそうそう冷静ではいられない。

 俺たちのような末端の忍者は我先にと一早く屋敷から逃げ出そうとした。しかし、屋敷の周囲には冴島組の忍者が陣取っていた。ネズミ一匹逃がすまいという包囲網だった。それこそ逃げ場などすでに無かったのである。


 半刻も掛からずして、近衛忍者衆は全滅した。それもたった一人の忍者の手によってだ。上忍と上忍頭の混合集団だというのに、それを意に介さず殲滅してのけた。それが冴島組の頭領フェイムという忍者だった。

 末端の忍者は捕縛され、捕縛尋問の後に八重組組長の企みに加担していなかった者たちは監視付きの解放となった。俺も情報はほとんど何も知らなかったため解放された。今後は、冴島組傘下の下部組織に配属されるのだという。解放された忍者たちは殺されてしまうよりは余程マシと誰一人歯向かわずに言われた条件を飲んだのだった。


「もし、情報をよそに売ろうなんてしたら、その時は俺が斬りに行く。それだけは覚えておいてくれ」


 最後、別れ際にフェイムの放った言葉は、この場にいた末端の忍者たち皆が忘れないだろう。近衛忍者衆を赤子の手を捻るように殲滅して見せた彼に命を狙われる、それがどれだけ恐ろしいことか、実際に目の当たりにしたのだから……。






▼セオリー


 やっっっっっと、自由だ!

 なんだか長いことパトリオットシンジケート関連だとか、序列決めだとかで忙しく、伸び伸びとゲームを遊べていなかった。ちょっとたまには息抜きに普通のクエストとかして遊びたい!


 そんな風に思っていた時だ。ちょうど良いタイミングでシャドウハウンド逆嶋支部の忍者ハイトからフレンドチャットで連絡があった。「‐NINJA‐になろうVR」の公式イベントである通称「世界の軛イベント」に関してのお誘いである。


 公式イベント! ちょうどそろそろ公式イベントにも関わりたいと思っていた所だ。こんなグッドタイミングのお誘いに乗らない訳が無い。

 どうやら世界の軛があるというダンジョンで、ボスを見つけたけれど倒すのに手が足りないから協力して欲しい、という内容らしい。強大なボスをみんなで倒す。これはVRMMOゲームの醍醐味の一つだ。

 俺は心を躍らせながらルンルンと逆嶋へと向かったのだった。





********************


 更新の間が空いてしまいました。お待たせしていまい申し訳ないです。

 言い訳をすると、アホかと思うほど続いた連勤と花粉症のダブルパンチでほとほと疲れ果てダウンしていました。文字にするとたったこれだけなんですが、それでもここしばらくは家に帰ってからタイピングする余裕も無かったわけです。

 花粉よ、早く過ぎ去ってくれ!

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