第197話 ボス戦攻略パーティー結成

▼セオリー


 フレンドチャットでの誘いを受けて、俺は早々に逆嶋へ赴いた。そして、待ち合わせしていた広場でハイトと合流することができた。


「よぉ、ハイト! 呼んでくれてサンキューな」


「セオリー、来たか。待ってたぜ」


「公式イベントなんて逆嶋での組織抗争イベント以来だ。フレンドチャットで呼ばれてから浮き足立って仕方なかったんだぞ」


「良い意気込みだ。それなら存分に力を振るってくれ。皆も期待してるからよ」


 軽い挨拶もそこそこに、彼の後に付いてシャドウハウンド逆嶋支部へと向かう。

 しかし、何故だろう。心なしか彼が疲労しているように感じられた。今まで会ってきたハイトはいつだって飄々ひょうひょうとした態度を崩さない、食えない曲者感のある忍者だった。だが、今はそんな余裕も感じられない。

 どうしてそんなに疲労しているのか疑問に思いつつ、しかし、それを切り出す前にシャドウハウンドの建物へ着いてしまった。桃源コーポ都市と比べると逆嶋は幽世山脈の一都市に過ぎない。歩く時間はほんの一瞬だ。

 逆嶋支部のエントランスをくぐり、連れられるまま情報統制室というパソコンや巨大なモニターなど様々な機材が立ち並ぶ部屋へと入った。


「シャドウハウンド第四チーム。壊滅の報告が上がりました」


「逆嶋バイオウェアと情報の共有を進めて下さい。今回の策ならいけると思ったのですが……」


 届けられた情報を報告するオペレーター隊員と、それに返答するシャドウハウンド逆嶋支部隊長のアヤメ。彼女らの声にも疲れが見える。というか、この情報統制室に詰める十数人の忍者たち全員から疲労の色が窺えた。


「おーう、アヤメ。セオリーを連れてきたぞ」


「ご苦労様です、ハイト。セオリーさんも来て下さいましたか!」


「あぁ、呼んでくれて嬉しいよ。ところで、なんでこんなに皆して疲れ果ててるんだ?」


 俺が来たことを報せるハイトに対して、アヤメはパッと顔を明るくする。中忍頭が一人加わったくらいで何かがどうなる訳じゃないけど、歓迎してくれるのは素直に嬉しい。しかし、この状況は明らかに異常だ。何か手詰まり感のようなものが室内全体の空気から察せられる。


「どうしたもこうしたもねーよ、世界のくびきイベントのダンジョンボスがアホかってほど強いんだ。もう一ヶ月以上進展なしだぜ」


 俺の質問にハイトがやれやれといった表情で答える。それを補足するようにオペレーターの一人がこれまでの経緯をまとめた書類を俺に渡してくれた。

 ふむふむ、ざっと目を通しただけでも百回以上は挑戦したみたいだな。それも色んな編成であの手この手を試し尽くした形跡が見られた。でも、一ヶ月以上かけて倒せる目途が無し、と。


「ヤバすぎだな、調整ミスってんじゃないか?」


「運営は沈黙。……つまりは仕様ってことらしい」


「運営的にはこれで問題ないのか」


 ハイトは「さてね」と投げやり気味に両手を上げた。こりゃ、このボスにずいぶんと困らされたみたいだ。渡された書類をめくり、ボスの情報が載っているページを開く。


 世界の軛イベントのダンジョンボス『軛の監視者・不死夜叉丸』。

 スペックは人型のユニークモンスターで、スピード特化型。武器は腰にぶら下げた刀だが、使用頻度は少なめ。ただし、刀を抜いた時はいずれも即死級の大技が飛び出す、と。

 ここまでの情報ではそこまで凶悪さは感じさせない。しかし、その次の項目を見て、これが大きな壁となって立ちはだかっているのか、と納得した。


『挑戦しているパーティーの参加人数によって不死夜叉丸は分身行動を取る』


 この能力だ。しかも、劣化分身ならまだしも完全コピーの分身だというから質が悪い。この能力が一パーティーの参加人数に実質制限を掛けている。少数精鋭を余儀なくされるわけだ。

 また、読み進めていて驚いたが、この分身は時間経過でも増えるらしい。逆嶋バイオウェアに所属する俊敏特化のプレイヤーが精神をすり減らしながら毒攻撃によるスリップダメージと持ち前のプレイヤースキルで数時間粘った結果、一時間経過するごとに一体ずつ分身が増えていったという。


「時間経過でも分身が増えるのか」


「それなー。その情報を持ってるクランはそう居ないはずだぜ。逆嶋バイオウェアの頭領プレイヤーが持ち帰ったレア情報だからな」


「マジか、頭領も参加したのかよ」


 逆に言うと、頭領が参加しても勝利できなかった相手ということだ。その点だけ取り出してみても難易度の高さが窺える。


「ちなみにその頭領は一度しか挑戦してないが、相性が悪いから他の忍者で頑張れ、って言い残して諦めた」


「頭領が一発挑戦して諦めるレベルかよ。……そんなに相性悪いか? たしかに俊敏特化型の忍者がスピード特化のボスと戦うのはあまりアドバンテージが取れなさそうだけど」


「……いや、そういうことじゃない。むしろ攻撃は全部余裕で回避できたらしい」


 ハイトは頬を掻きつつ、俺の予想を否定する。


「え、それなら何の相性が悪いんだ?」


「逆嶋バイオウェアの頭領は変わったプレイヤーでな。タイマン専門なんだ」


「へぇ、タイマン専門。だから分身する不死夜叉丸とは相性が悪いと」


「しかも、回避に全振りしてるから攻撃手段がスリップダメージ頼りだ」


「……ほ、ほーん」


 め、めちゃくちゃ尖っている。言っちゃ悪いが変態だ。シュガーのことを散々と変な頭領だと思っていたが、もしかすると頭領は軒並み変態的なのかもしれない。


「常時リジェネ自動回復とか付いてるボスは厳しそうだな……」


「それは確かに。……あぁ、でもリジェネは封じる忍具もあるからいけなくもない」


「色んな忍具があるんだなぁ。それなら分身を封じる忍具もあって欲しいもんだけどさ」


「ハハッ、確かにそれは欲しい」


 逆嶋バイオウェアの頭領プレイヤーとも会ってみたいもんだ。もしかしたら同じ逆嶋バイオウェアなわけだし、アリスとも親交があったりするんだろうか。今度聞いてみるとしよう。

 逸れた話に軌道修正をかけるため、再度書類に目を落とす。


「パーティーの人数制限は8~10人か。この揺らぎはまだ解析しきれてないのか?」


「いや、そこはだいたい正解に近いところまで辿り着いている」


「おっ、さすがだな」


「解析班が寝る間も惜しんで頑張ってくれたからな。……肝になるのは忍者ランク。それからステータスの値も見てるらしい」


 忍者のランクごとに数値を割り振って計算した結果、ある一定の数値を超えると不死夜叉丸が分身し始める。

 また、同じランクの編成でも分身されるパーティーと分身されないパーティーもあり、それが議論を呼んだそうだが、さらにステータスなども細かく比較していった結果、それらも関係してるらしいという所まで判明したようだ。


「以上の情報を踏まえた結果、現在シャドウハウンドと逆嶋バイオウェアは同様の見解に至った。つまりは高火力忍者主体の少数精鋭による短期決戦だ」


「妥当だな、パーティー編成はどうする?」


「現状、俺がデバフをしてるが本職じゃない。デバフ役は追加したいところだな。それからタンクは必須だ。ちょいちょい避けきれない大技があるから、それを受け持てるのが理想」


「デバフっていうと呪いとかそういうたぐいか、一番に思いつくのはアリスだけど……」


「NPCは一旦無しだな。シャドウハウンドもアヤメは連れて行かないことになった。今は基本プレイヤーだけで回してる」


「力になれず残念です……」


 ハイトの説明を受けて、オペレーターと話していたアヤメはこちらへシュンとした表情を向けた。エイプリルの話によれば、アヤメは逆嶋の最大火力を誇る忍者だという。そんなアヤメをパーティーに組み込めないのは痛手だな。


「となると候補に挙げられるのはプレイヤーだけってわけか。……うーん、俺の『不殺術』は一応デバフだと思うけど」


「それはそうなんだが、まず最初に不死夜叉丸へ攻撃を当てるのが難しいかもしれないな。逆嶋での組織抗争で戦ったリデルを覚えてるか。あいつをもっとスピード特化にしたような相手だ」


「げぇ、それは厄介だな。」


 ハイトが例に出した相手リデルのことは忘れもしない。カルマのことを守りつつ、俺の両腕を簡単に切断してのけた難敵だった。

 あの時はイリスの俊敏ステータスをアマミの『結縁術・月下氷人』で受け取ってなんとかイーブンに持っていけた。しかし、素の状態の俺では中忍頭となった今でもあの時のリデルに一太刀入れるのすら難しいだろう。


「となると、条件の緩いデバフ役とタンク役がそれぞれ必要か」


「それからアタッカー役もメインはこっちで用意するが、それとは別にもう一人サブアタッカーが欲しいとこだな」


「へぇ、アタッカーか。アヤメ隊長の代わりが務まるようなプレイヤーがいるのか?」


 聞くところによると、アヤメはかのイリスが操る大怪蛇イクチを一撃で倒した実績がある。その代わりを担うとなるとずいぶんな負担だ。


「……まあ、一応な。ただ当然ながらアヤメほどの火力は出せない。だからフォローする形でサブ火力が欲しいんだよ」


「ふむ、となるとメンバー集めが先決か。知り合いで挙げた役割を受け持てそうなプレイヤーに声かけてみるわ」


「おう、よろしく頼む」


 情報共有を済ませ、ハイトと別れた俺はすぐさまフレンドチャットを開いた。タンク、デバフ、アタッカーか。それぞれ思い当るプレイヤーがちらほらといる。あとは彼らが了承してくれるかだ。



 ゲーム内時間で翌日。待ち合わせ場所に決めていた世界のくびきの石板前で俺たちは集結した。ハイトが呼んだのはコタロー、アルフィ、アマミ、タイド。それに対して、俺が呼んだのはデバフ役としてルペル、タンク役として城山組若頭のゲンだ。

 ここに一つの目標の為、8人のプレイヤーが揃ったのだった。

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