第195話 凱旋と勝利の実感
▼セオリー
「お疲れ様! おめでとう!」
「セオリーさん、お疲れ様です!」
序列決め第三種目「戦闘能力」戦を無事に終えた俺は不知見組の控え室へ戻っていた。そして、帰還するなりエイプリルとホタルからわいのわいのと祝いの言葉を投げ掛けられていた。言葉こそ無かったもののルペルも部屋の片隅で小さく拍手をしている。
駆け寄ってきたエイプリルは今にも俺へと抱き着こうかと言わんばかりの勢いで両手を広げていたが、近付くにつれて俺の異変に気付く。まあ、俺の異変というか、俺の胴体に引っ付く謎の物体というか。
「……セオリー、それは?」
ぴたりと歩みを止め、今度はじりじりと距離を開け始めた。
「それ、ではありません。私はセオリー様の腹心アーティと申します」
俺の胸の辺りから声を発する。突然、聞こえた女性のような高い声にエイプリルだけでなく、ホタルまでギョッとしたような顔をした。
そう、結局アーティは戦闘終了後も八本の脚で俺にしがみ付いて離れなかった。両腕も一緒にホールドされてるからちょっと困るんだけど、彼女が言うには八重組に見つかってまた監禁されてしまうのが恐怖なのだという。だから、俺に引っ付いていたいらしい。
しかし、そんな事情を露と知らないエイプリルは愕然とした目で俺とアーティを交互に見つめた。
「……また、増やしたの?!」
「いや、これには深い訳があってだな」
「女の声だったけど」
「性別は知らんけど、そもそもアーティは蜘蛛だから」
「蜘蛛に抱き着かせるのが趣味……ってコト?!」
「そんな変態的な趣味は無い!」
エイプリルから怒涛の質問ラッシュが繰り出されるのを無難に躱していく。これまでにもアリスが腹心加入した時なども同様のことがあった。つまり、こういう場面の対処法は心得ているのだ。
基本は誠実に受け答え、誤認していることは真っ向から否定するのではなくギャグっぽくテンション高めのツッコミ風に返答する。これで少なくともエイプリルの場合は一度沸騰した頭をクールダウンでき、冷静な目で俺の言葉を判断できるようになる。
「セオリー様は人の身の方がお好きですか。それでは『
ぼふんと古典的な煙を吹き出しながらアーティの姿が見えなくなる。ただ、見えないけれど身体をホールドしていた八本の脚が柔らかな二本の腕に変化したのが感触から分かった。
煙が晴れ、アーティの姿が再び現れる。地面に着きそうなくらい長い黒髪を垂らした、白い着物の女の子がそこにいた。最初に見た八重組の忍者としての人間形態と比べて随分と幼い見た目だ。身長は140センチ有るか無いかくらいだろう。
「……まあ、蜘蛛の姿のままだと周りに驚かれるから無理のない範囲で人の姿を維持してくれ」
「分かりました」
さて、それからもう一度エイプリルへ視線を戻す。なにやらエイプリルは面白い顔をしていた。一瞬、頭に血が上ったかのように詰め寄り、怒りの声を発する直前までいったようだったが、そこで急に動きが止まると顎に手を当ててアーティをよく見始めた。それからアーティに抱き着かれた状態の俺をまじまじと観察する。
何を見られてるのかとドギマギしながら待機していると、やがて「はぁ~……」という音とともにエイプリルが息を吐いた。
「そのくらい小さい子なら問題ないか……。もしかして、戦いの最中に保護してきたの?」
なんだか急に毒気が抜かれたかのように落ち着いた様子で俺の弁明に耳を傾けてくれるモードへ入ったようだ。
つうか、小さい子なら問題ないかって何だ。大きい子だと問題があるのか? そういえばアーティを見た後、俺のことも見てたな。アレって俺の反応を見てたのかな。アーティだと俺の反応は問題なしだったということだ。……つまり、アリスの時は俺の反応はアウトだったと。ちょっと待って何を見てたの?! やめて、恥ずかしいんだけど。もしかして、知らず知らずの内に鼻の下が伸びてたりしていたのだろうか。だったら恥ずかしすぎる。
何を見られていたのか非常に気になりつつも、今はアーティのことを説明するのが先だ。俺は咳ばらいを一つ挟み、「戦闘能力」戦の最中にあった出来事を説明する。
「簡単に説明すると、八重組が禁術を使ってアーティに無理やり戦わせてたんだ。それを『支配術』で解いたら腹心になっちゃった、というのが事の経緯だな」
「なるほどね、アリスの時と同じようなことがあったんだ」
「あぁ、その通りだ。理解が早くて助かるよ」
エイプリルを納得させることに成功し、ひとまず安堵する。パーティメンバー内で亀裂ができるのはパーティおよびクラン壊滅の可能性を高める。俺は本能寺の変を起こしたくはないのだ。信じた腹心に寝首を掻かれることほど悲しいことはない。
「あっ、そうだ。そろそろ序列決めの順位が発表されますよ」
エイプリルの話が一段落した場面で思い出したかのようにホタルが控え室のモニターを指差す。現在、画面は「序列決め結果集計中」とだけ表示されている。しかし、控え室で待っていたメンバーには事前に何分後に結果が出ると説明があったらしい。その時刻がもう間もなくなのだという。
モニターの前に用意された椅子にそれぞれが座り、その時を待つ。そして、時計の長針が数回頂点を過ぎた頃、映像が切り替わった。そこには椅子に深く腰掛ける冴島組の組長キョウマの姿があった。
『よぉ、見えてるか? ひとまずは全員、お疲れさん。最後の戦闘能力戦は興味深く見させて貰った』
一度、言葉を区切ると唇を舌で湿らす。その間も、獰猛な笑みを湛えてカメラ越しにこちらを見つめていた。
「時の運もあったかもしれねぇ。次に戦えば違った結果になることもあるかもしれねぇ。だが、この大一番で結果を出せたか、それが全てだ」
キョウマが指を鳴らす。すると映像が切り替わり、序列決めの順位が表示された。今度のは三種目すべての結果が反映された最終結果だ。果たして、その結果は……。
序列二位 不知見組
序列三位 甲刃重工
序列四位 八重組
序列五位 由崎組
第二種目までは序列四位に甘んじていた我らが不知見組は序列二位に鎮座していた。その表示を見て、改めて自分たちが序列決めで勝利したのだという実感が湧いてきた。それが何のランキングであれ、順位が上がったという結果には込み上げる嬉しさがある。じんわりと胸が熱くなるのを感じていた。
気付くと隣に座るエイプリルも興奮しているのか、俺の手の上から自分の手を重ね、ギュッと掴んでいた。
それから再びキョウマを映す画面に戻る。
『さて、上位幹部の序列決めも無事に終わったことだ。さぞや疲れたことだろう、食事を用意してある。案内に従って会場へ来てくれ。……特に各組の組長はぜひ参加してもらいたい。では、また会おう』
結果を発表し、食事会の案内を終えると映像は終了した。それと同時に控え室の扉がノックされ、冴島組の忍者が案内の為に現れた。
「勝利の祝賀会だな」
「……キョウマの話だと負けた方も参加だろう。あまり浮かれ過ぎない方が良い」
俺が呑気なことを言っていると、ルペルが釘を刺すように肩を叩いた。
おっと、そうか。たしかに由崎組や八重組からするとしてやられた形だ。食事会の方はキョウマがぜひにと呼びかけているのだから無下にもできない。そんな心中穏やかでない状況で、俺たちが浮かれた様子で現れたら、関係が最悪なものになってしまう。
今回は序列決めがあったから敵対したけれど、クランとしては同じ甲刃連合という大きなクランの仲間だ。もちろん、相手側がどう思っているのかは知らないけど、だからといっていたずらに関係を悪くするものでもない。とはいえ、アーティの件もあるから八重組の心象はこちら的にも最悪なのだけど。
つうか、アーティが戻らないことで俺たちに突っ掛かって来ないといいんだけどな。実際、俺がアーティを解放したわけだから恨まれても文句言えない状況だ。なんとかシラを切り通せないかな。
場所を移し、案内された場所は「百景島シーアイランド」内に設置されたレストランだった。今日はテーマパーク自体を序列決めのために貸し切りにしてある。そのため、当然と言えばそうだがレストランも貸し切り状態だった。
いくつかの丸テーブルで分かれるようにして座る。すぐ近くのテーブルには、すでにカザキら甲刃重工の者が座っていた。カザキは俺に気付くとニヤっと口角を上げてウィンクを投げてよこした。カザキとしては上々の結果だったのだろう。満足げだ。俺も軽く手を上げて応じた。
他の席には由崎組も座っている。ムスッとした表情で腕を組むのは組長のマキシだ。俺が来たことには気付いているようだが、決して目を合わせようとしない。まあ、マキシは『空虚人形』でこき使ってしまったから良い印象は持たれてないだろう。というか、最初から好感度最低だったか。しゃあなし。
あとは八重組だ。しかし、周囲を見ても八重組らしき者たちの姿は見えない。そうこうしている内にキョウマの方が先に登場してしまった。
「よく来てくれた。高級料理ってわけじゃないが、ここのレストランの料理はなかなかに美味くてな。ぜひ、楽しんで欲しい」
そう言っている間に、料理が運ばれてきた。キョウマが全体を見回す。全員に運ばれるにはまだもう少し時間が掛かるだろう。
「食事が行き渡るまでに少し話に付き合ってくれ。まず、序列四位になった由崎組」
キョウマが話を振った途端、マキシの身体が固まったように強張る。
「戦闘能力だけで言えば、由崎組は決して他に劣っちゃいない。ただ今回はボロ負けだったな。負けた原因は分かってるか?」
キョウマの質問にマキシは強張った口をなんとか開いた。
「相手を甘く見てしまいました。慢心し頭を使えていなかったことが敗因です」
「あぁ、そうだな。今回の序列決めは頭を使った者たちが勝ち上がってる。次があれば由崎組にもそういったクレバーさを期待したい」
「承知しましたッ!」
マキシは椅子から崩れ落ち、正座になり答えた。彼なりの誠意の示し方なのだろう。なんかやけに熱いな、なんだかんだキョウマもノリに合わせてるし。意外とアットホームな雰囲気だ。
「……八重組は欠席か。それじゃあ、序列三位の甲刃重工」
「はい」
キョウマの指名にも物怖じせず、カザキははっきりと返事をした。
「ここ数ヶ月でずいぶんと雰囲気が変わったな。以前は幹部になるどころか、関わり合う気もなかった癖によぉ」
「フフッ、若い熱に当てられてしまったのかもしれませんね」
横目で俺を見つつ返答するカザキに釣られキョウマも俺のことを一瞥する。
「なるほどな、新しい風は眠れる獅子を起こしてくれたってわけだ」
「獅子だなどと過ぎた言葉です」
謙遜するカザキをキョウマは鼻で笑った。何を言っているのだ、一度消えた野心の火が再び瞳の中で燃え上がり始めているだろうに。そんなキョウマの心の声が聞こえてくるようだ。ちなみに、今のアテレコは完全に俺の妄想である。実際のところは知らん。でも、俺と悪だくみしてる時のカザキはだいぶ野心家のように見える。あながち的外れでもないのではないだろうか。
「そして最後に、序列二位となった不知見組」
「……っ、はい」
いかんいかん、カザキの方へ気を取られていて次は自分に話が振られるだろうことを失念していた。若干、つかえつつ辛うじて返事をする。そんな俺を見てキョウマは盛大に笑った。
「はっは、まだまだ若いな。しかし、その若さが錆び付き始めていた歯車に再び動き出す原動力を与えたのだ。今日のことは誇ると良い。不知見組の勝利を予想した者は幹部たちの中にもほとんど居なかったはずだ」
キョウマがゆっくりと手を上げ、胸の前で拍手をした。すると周囲を固めていた冴島組の忍者たちも拍手をし始める。
周りを見渡す。カザキを含む甲刃重工の人々も同様に拍手を送ってくれた。そして、意外にも由崎組を率いるマキシも俺を睨むように見つつも拍手を送ってくれたのだった。
一時、周囲は拍手の渦に包まれる。それは新たな上位幹部誕生に伴う暖かな拍手だった。
「……そして、序列二位には序列一位への挑戦権が与えられる。この権利の行使は一度きりだ。もし、頂きに興味が有るなら言ってくれ」
キョウマは獰猛な笑みを浮かべつつ、そう締めくくった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます